Ⅱ72.支配少女は焦り、
「おい、主。また一体なにやらかしやがった?」
それが、開口一番に投げられたヴァルからの言葉だった。
学校を終えていつものように城へ帰った後、ヴァル達が我が城へと訪れた。私達が身支度を整え終わるまで客間で待っていた彼らの元へステイルとティアラ、そして近衛のアーサーと先に部屋の前で控えてくれていたカラム隊長と向かえばこれだ。
「……それは、どういう意味かわからないのですが」
挨拶をかけてくれたセフェクとケメトに言葉を返した後、彼にも問いかける。
本当なら「主!学校楽しいですよ‼︎」「私も友達がっ……」とヴァルを押しのけて話そうとしてくれている二人の話をほっこり聞きたいけれど、彼の言葉も聞き捨てならない。投げられた言葉には若干の呆れと苦情も混じっていた。生徒を四階から突き落とした人にその言葉は言われたくない。学校に通っていないティアラもヴァルと私を見比べて首を傾げていた。
備え付けのソファーではなくいつものように床に座って壁に凭れる彼は、十八歳の姿で私達を睨んでいる。正直未だに私は見慣れないけれど、少なくともセフェクとケメトは既に馴染んでいるようだった。こういう時の柔軟性は見習いたい。まぁ学校でもたまにしか会っていない私達と違って二人は放課後毎日ヴァルに会っているのもあるのだろうけれど。
私の問いに、ヴァルは片眉を上げると先に舌打ちをした。そのまま一度無言のままセフェクとケメトを指し示すと、ティアラが気が付いたように声を上げた。
「セフェクとケメトは一足先に私のお部屋で待ってましょうっ!」
ねっ、とそう言って手をパチンと叩いた。
そうだ、二人にはヴァルが学校潜入のことは知っていても私達の潜伏状況は秘密だ。
ティアラからの提案に二人も顔を上げると、一度振り返ってヴァルに確認を取ってから頷いた。「じゃああとでね」「待ってますね!」と明るくヴァルに手を振ってティアラについていく。多分私達だけで話したいことも察してだろうけれど、昔はヴァルから離れなかった二人が成長したなぁと感慨に耽ってしまう。
ティアラに「学校のこと色々聞かせて下さいっ」と手を引かれて二人は客間から出て行った。後で話した事を伝える時にティアラにもちゃんとお礼を言おう。
扉が閉じた途端、ヴァルは壁に寄りかかる体勢から前のめりになった。自分の膝に頰杖をつき、上目でジロリと私を睨んだ。ステイルが「それで」と一言促せば不機嫌そうな顔で口を開く。
「噂になってるぜ。高等部で三年の馬鹿共を追い払ったガキ共。中等部の赤髪とその〝とりまき〟が幅利かせてるってなぁ?……俺様に文句言ったわりには、随分なお楽しみっぷりじゃねぇか」
んぐっ!
思わず喉を逸らしてしまう。まさかもう三年の教室まで噂が広まっていたなんて‼︎
というかもう確認を取るまでもなく私達だと断定されているのも悔しい。そして大当たりだ。
ステイルが眉を寄せながら、一体どこで聞いた?と尋ねてくれると、ヴァルは舌打ちを数度鳴らしてからうんざりとした口調で説明してくれた。
話によると、昼休みを終えた直後から廊下で三年の問題児生徒が騒いでいたらしい。ベタに言う〝お仲間〟に「一年の階にも近づかない方が良い」と連絡網が口頭で回り出した。
そして彼らの声が大きすぎた結果、噂が噂を呼び、問題児ではない普通生徒も噂の真偽に興味を持ってしまい、一年に妹弟がいればそこから二年三年が尋ねと瞬く間に広がり、高等部生徒から中心に〝中等部生徒が高等部に乗り込んで問題児三年を退治した〟という結論が下校時には持ちきりになっていたと。……失礼ながら、同クラスに友達がいないであろうヴァルが知っているということは、もう高等部全体に回っている可能性もあるなと思う。後でセドリックにも特別教室まで噂が届いてないか確認しよう。
話を聞いていたカラム隊長が「すくなくとも三限終わりまでは職員室に情報は届いておりませんでしたが……」と言いながら、前髪を指先で押さえつけた。やっぱり生徒間の出来事だと教師に情報はなかなか届きにくい。
「ですが、一日で高等部まで回るとなると、更に拡大するのも時間の問題ですね。……来週には中等部まで広まっていることも覚悟すべきかと」
カラム隊長の言葉にステイルも頷く。……確かに。
高等部で中等部に弟妹がいる人なんてザラだろうし、そこから休み中に話が伝わればあっという間だろう。下手すれば初等部ぐらいまで広まる可能性もある。
私以外にも赤系の髪の子はいるしパッと見で断定はされないと思うけれど、目撃者から容姿を詳しく伝達されたらまずい。
銀髪イケメンと黒髪美男子と目つきの悪い赤髪とかで広まったら、確実に特定される。ヴァルから聞いた噂だと完全に私達が高等部に喧嘩を売りにきた人みたいになっているし、このままだとクラスどころか中等部、高等部の目にも浮いてしまう。特別教室の子とかにまで興味を持たれたら、公爵家とか貴族の子から正体が気付かれてしまうかもしれない。
口が引き攣ったまま固まる私に、アーサーが頭を痛そうに抱え出す。私だけじゃなく、彼やステイルまで注目を浴びせてしまったと謝ろうとすれば先にアーサーが死にそうな声を絞り出した。
「すんません……‼︎俺がもうちょっと目立たねぇようにすりゃァ……‼︎」
「えっ⁈いえ!そんなことないわ‼︎あれは私が任せたことに責任があるし……元々高等部の教室に行くと決めたのも、彼らの誘いを断ったのも私でっ……!」
「アーサー、別に怪我させたわけでも気絶させたわけでもないだろう。どうせあれ以上の揉め事になっても噂は立っていた」
四階から突き落とすよりマシだ、と。私に続いてステイルもアーサーを弁護する。
その途端、ヴァルが納得したように「やっぱりテメェか」と溜息を吐いた。噂だと取り巻きカウントされているけれど私の傍にいる護衛と言ったらアーサーだし、ヴァルにも予想がついたのだろう。アワアワとなる私と腕を組むステイル、そして頭を抱えて落ち込むアーサーへカラム隊長が慰めるように肩を叩く。これ以上アーサーを気負わせない為にも話を変えるべく私からも話題を変える。
「そ、それで他には何か気付いたことはあるかしら⁈その、私達のことでも、学校の騒ぎとかっ……」
「あるが。……面倒なことになりやがった」
私の問いにすぐ答えたヴァルは、そこでまた舌打ちを鳴らした。
面倒⁇とそこで私だけでなくアーサー達も一度動きを止めて視線を向ける。ヴァルの言い方からしても穏やかなことではなさそうだ。
視線に気がついたヴァルは面倒そうに顔を顰めた後、何だかものすごく嫌そうに顔を逸らしてから口を開いた。
「……高等部で早速〝ジャンヌ〟と取り巻きを嗅ぎ回っている連中がいやがった」
ぼそっ、と独り言のように呟くヴァルの言葉に今度はステイルもアーサーも「なに⁈」「アァ⁈」と声を上げた。
カラム隊長も詳細を話せと声をかける中、その反応にヴァルは予想していたかのように両手で耳を押さえた。
嗅ぎ回っている……ということはもしかして報復だろうか。それともまさか私の正体が本気でバレたんじゃないかと背筋が寒くなる。どうしよう、まだ一週間しか経っていないのにこの体たらく!
両耳を塞いだまま煩わしそうに顔を歪めるヴァルへ、とうとうステイルが「詳しく話せ!」と声を荒げた。流石に耳を塞いでも聞こえたらしく、命令通りにヴァルはへの字のままの口を開く。
「正体は勘付かれちゃいねぇ。が、どうにも要らねぇ噂が多すぎる」
いやいやといった様子で話してくれたヴァルによると、私の噂が広まってから彼のクラスや廊下だけでも私達に関しての情報を色々共有し合っている様子が見て取れたらしい。「確か赤髪で合ってるよな⁈」「私さっき聞かれて……」と。しかもかなりの生徒が他の誰かにも聞かれたと話し合っているのも聞こえ、聞き耳を立てれば会話に直接混ざらないヴァルにも簡単に私達の噂が拾えたらしい。
ステイルがそこで「詳しく聴取できなかったのか」と尋ねたけれど、ヴァルが一定距離よりも近づいただけで大概の生徒が逃げてしまうこともあり詳しくは聞けなかったらしい。
まぁ無理もない、生徒を四階に落としただけでなく彼自身の人相の悪さもある。正直、交流も勉強にも興味を示さない彼が何故学校にいるのか疑問に思う生徒もいるだろう。それでもきっちり耳だけで色々情報収集してくれただけでもありがたい。流石は元裏稼業というか……そういう技能は界隈で長生きする為に必須だったのだろうなと思う。
「敬語ばっか話すガキ三人だ銀髪のガキが強過ぎるだ、偉そうな赤髪が連れ歩いて中等部を覗き回ってるだ、職員室に呼ばれるだ実力試験で満点叩き出しただ高等部の特別教室に乗り込んでくるだ……そんなガキがテメェら以外居てたまるかよ」
ケッ、と吐き捨てたヴァルにそのまま「偵察の意味わかってるのか」とまで言われる。……本当に見事に色々情報収集できてくれている。そこまであれば確かに私だと断定しちゃうだろう。
元々は私に何かあった時の護衛の為に巻き込んじゃっただけだけれど、こうして高等部の情報まで集めてくれるとヴァルに協力お願いして良かったと思う。運良く攻略対象者は中等部だったけれど、高等部にいる可能性もあるのだし。
でもヴァルがずっと怒っていた理由もわかった。そんなにぎゃいぎゃい私達が騒ぎを起こしていたら、そりゃあうんざりもするだろう。初日に目立つなと言ったのに、私達は初日のヴァルの倍は目立っている。
思わず申し訳なくなり肩を落としたまま丸くなってしまうと、ヴァルが舌打ちを鳴らした後に「どこまでが本当かは知らねぇが」と零しながら私を睨みあげた。
「でぇ?主。実際何やってやがる。今度は何処の男をはべらしたってんだ。わざわざ高等部で男漁りか?」
違います。と、今度こそ私ははっきりと言い返した。




