Ⅱ37.支配少女は聞く。
三限目、選択授業。
プライドの所属する三組では、二限は男女別の選択授業、そして三限が男女共有の選択授業となっている。
男女別の選択授業はそれぞれ男子、女子のみが担う類の仕事に関した技術演習を主に、そして三限の男女共有の選択授業ではどちらの性別でも関係なく働ける仕事関連や専門知識の授業が行われる。
最初のひと月で全ての科目を受け、翌月からは各生徒が男女別、共通を含めてその中で各々特化して学びたい内容を受けられる仕組みとなっている。
そして今日、三限目の男女共有の選択授業では生徒全員が興味深そうに専門講師の話に耳を傾けていた。
「……ということで、この国で産まれること。そして我が国の血を僅かでも受け継いでいることが特殊能力者が産まれる絶対条件と言われています」
特殊能力に関しての講義に、誰もが興味を示した。
フリージア王国で育った限り、誰もが存在は聞いたことがある特殊能力。しかしその詳細を知る機会は親や大人から聞く以外になく、人伝のものばかりだった。特殊能力者が身近な存在かそうかも人によって大きく分かれる。
「特殊能力者は数百人に一人の確率で生まれると言われています。我が学校の中等部の生徒数で例えれば……」
プライドとステイルも改めてその話を聞きながら、それぞれうんうんと小さく頷いていた。
ジルベールが選出した専門講師は自分で特殊能力の研究や本も出している研究者の為、知識も間違いない。更には憶測を含まず正しい情報のみを伝えていることを彼女達はその耳で確認した。「講師のネイサン・オックスフォードです」と最初に自己紹介した彼は、間違いなく本物の専門家である。
男女共通の選択授業は、専門の講師ではなく教師が担うこともある。しかしフリージア王国独自の存在である特殊能力者による専門家や学者は国内に少なくはない。そして今授業を担うネイサンもまた、教師ではなく専門講師である。特殊能力の研究や調査を続けながら給料を得られる講師の職種は、彼ら研究者にとってありがたい仕事だった。
「正しい内容のようで安心しました」
当時、学校を作ると決めた時にジルベールへ特殊能力の授業を入れたいと望んだ本人であるステイルは、眼鏡の黒縁を軽く指で抑えながら声を潜めた。
特殊能力は大人であっても、専門家でない限り間違った知識のまま思い込んでいる者は多い。騎士であるアーサーすら初めて聞く知識があった。小声で「数百人って……結構少ないンすね」とプライドとステイルに呟けば、二人は無言で大きく頷いて返した。
成人した特殊能力者はそのまま仕事に恵まれる城下へ集まることが多い為、城下育ちの彼らには特にその貴重性はピンとこない者も少なくない。アーサー自身、自分や父親、そして身近な存在である副団長のクラーク、そして騎士団に所属してからは特殊能力者の在籍も珍しくない為、完全に感覚が麻痺している。更には友人であるステイルもティアラもプライドもジルベールも特殊能力者である。ただし、希少な特殊能力である瞬間移動や王の証と呼ばれる予知能力よりも、自身の特殊能力こそが最も伝説級の代物であるということを本人は完全に忘れている。
「特殊能力者は成長と共に発覚する場合も多く、もしかすると今この場にも無自覚な特殊能力者がいるかもしれません」
敢えてこの場に特殊能力持つ者はと聞かず、講師は話を進める。
まさか希少な特殊能力者が三人揃って自分の講義を聞いているとは夢にも思わない。
「特殊能力者は古来より神に選ばれた存在と我が国では考えられてきました。その為、国の上層部になるには特殊能力は必須となります。それ以外でも優遇される例は多く、代表的には王族の予知能力という……」
王位継承権の話になり、プライドは思わず顔を俯ける。
自分に近い内容はどうにもむず痒くなる。更にはそこで「次代はプライド王女が」や、「ティアラ第二王女が史上初となる王妹として」と解説されれば、全身が羽で擽られるような感覚に耳を塞ぎたくなった。
特殊能力についての基礎知識を講師が話し終えたところで、質疑の時間を設けられる。するとプライドの前世ではありえないほど、殆ど全ての生徒が手を上げていた。講師のネイサンが一人ずつ指していけば、様々な質問が飛び交い出す。
どんな特殊能力があるのか、と全く特殊能力者と無縁で生きてきた生徒が訪ね、特殊能力はどうすればあるかどうかがわかるのか、と自身も特殊能力があればと願う生徒が声を上げる。更には
「プライド王女が予知能力なら、ステイル王子は何の特殊能力者ですか?」
ン゛……‼︎と、ステイルが気取られないように息を詰まらせた。
まさか自分の話題が投げられるとは思わず、プライドと並んで自分もテーブルを睨むように俯いた。
予知能力者のプライドとティアラと違い、ステイルの特殊能力は公にはされていない。講師がその事を説明しながら、ただし希少か優秀な特殊能力には違いないと続ければ何人かの生徒が推測をポコポコと呟き出した。
テーブルに握り拳を押し付け黙するステイルに、アーサーは少し笑ってしまう。本当に昔より感情が出やすくなったなと心の隅で思う。
更に質問が続き、優遇される職種についての問いが上がった。上層部以外にはどんな仕事が、とその問いに講師は一つ一つ上げながら「逆に特殊能力関係ない狭き門の業種もあります」と続ければ、アーサーの背筋が伸びた。続きの言葉を待つ彼に、今度はステイルがおかしそうに小さく笑う。
「たとえば王国騎士団では特殊能力者が多く在籍していますが、入団と入隊どちらでも特殊能力使用禁止の難関試験を突破しなければなりません」
詳しくは騎士に関しての授業で聞いてください、と切る講師の話を聞きながら、アーサーは机の下でガッツポーズをした。
話を聞いた生徒達が感嘆の声を上げたり、笑いながら「じゃあ俺もなれるんじゃ」と話すのが聞こえてきただけで嬉しかった。騎士になることが並大抵のことでないことはアーサーがこの場の誰よりも理解しているが、特殊能力が関係ないという事実は騎士を目指したいと思う者にはこれ以上なく大きい。
黙したままキラキラとしたアーサーの横顔に、プライドも思わず頬が緩んだ。……直後、彼女の視線に気付いたアーサーは大人気なくはしゃいでしまったことに唇を結んで顔が紅潮した。その様子にステイルはくくっと肩を震わせる。
アーサーが赤面したことに、馬鹿にしたのと思われたのだろうかと少しプライドが焦り出す。むしろ「良かったわね」という共感の笑みだったのだが、ここでそれを言っても言い訳にしかならないと意識的に口を噤んだ。その間にも教室の外で見回りと称し、こっそり授業を聞いていたアランは一人、アーサーと同じ理由で笑っていた。
「また、特殊能力には様々な違いがあります。能力者によって同じ能力でも差があり、年齢の経過と共に能力が安定するだけでなく成長する場合や、発動する条件にも違いがありー……」
質疑応答を一度終え、講師が再び話を続けていく。
特殊能力者の説明として一限まるまる使った授業は全て基礎的な内容だったが、どれも生徒達からの興味は尽きなかった。最後に講師から特殊能力を持つメリットだけでなくデメリットを語られれば、教室内は水を打ったように鎮まった。
最後の締め括りの言葉に、誰もが息を飲む。
「その為、フリージア王国民の中でも人身売買の人間に国内外問わず最も狙われる存在にもなります。今、この場でも特殊能力を自覚しながら隠している生徒がいるかもしれません」
能力は安定に時間がかかる、意志に反して人を傷つけてしまう、国外からは理解されにくい、危険視される、能力によっては蔑視をされる。その情報のどれよりも、人身売買の一言は生徒達の身の毛をよだたせた。
特殊能力を持つ人間が必ずしも幸福か不幸かは判断できないと誰もが理解する。
……まさか四年前に人身売買の組織壊滅に一役買った人物が最後列に三人も並んでいるなど誰も思いもしなかった。




