そして交流する。
「そっ、そこの〝赤いの〟もお前らの従妹だろ??」
赤いの、というのは私のことかなと顔を向けると、男子達の目線が一気にこちらに集中していた。
ステイルとアーサーとのトークで白熱し過ぎたのか顔がさっきより赤い気がする。さっきまで私だけ置いてけぼりだったからうれしいけれど、フレンドリーに話しかけていたステイルやアーサーと違い、微妙に全員顔が緊張気味だ。ラスボス顔の人相の悪さはこの年齢から既にだったっけといっそ悟りの境地で思い出す。男の子達の視線に合わせて私を見つめるステイルとアーサーまでぐわっと開いた目で私を見た。心なしかピリッとした空気が肌にヒリついて、顔の表情筋が吊る。
ここは場を和ませる為にもと、ええそうよと返す言葉と共に精いっぱい怖くない人アピールで彼らに笑って見せる。
「フィリップとジャックの従妹のジャンヌよ。宜しくね」
下手に設定を盛り込んだ自己紹介をしたら墓穴を掘りそうなので最低限でとどめる。
式典と社交界で鍛えられた笑顔で緊張にも負けずに力いっぱい笑って見せるけど、返事はなかった。
しーん、と悲しい効果音ができそうなほど黙りこくられてしまい、滑った感がすごい。これでも一般人にはラスボス顔は圧が強すぎたのか、男子は顔赤いし、アーサーは彼らと私を見比べてから慌てるように彼らに見えないようにステイルを肘で突くし、突かれたステイルは私の方に顔は向けたまま若干鋭くなった目を彼らの方向に向けた。まさか、さっきの「赤いの」発言ぐらいで不敬とか思って怒ってなければいいけれど。
それでも返事がない場が凄く居心地が悪くて、笑顔がだんだん苦笑いになる。十四歳の子ども達に囲まれているからか、すごく若づくりしたイタイ人だったのかなとか考えるとだんだん手のひらが湿ってくる。
もう爆笑でもいいから誰か喋って!と心の中で叫ぶと、やっと最初に話しかけてくれた男の子が沈黙を破ってくれた。
「あ……あー、お前アレだろ?さっき屋上の高等部に怒鳴ってたやつ!」
「さっき出欠でも返事忘れてたよな?!」
恥ずかしエピソード早くも解禁‼︎
でも今は沈黙よりもずっとありがたい。あはは、とつられ笑いで誤魔化しながら返すと、男子達がわいわいと「俺も見た」「寝てたのか」「昨日何時に寝た?」と話しかけてくれた。良かった、この空気感は前世の中学と似たようなものだ。
男子が女子と話す時もこういうふうに茶化して盛り上がっていることが多かった気がする。……地味だった私は遠目で聞いてるだけで全くそのリア充の輪には入れなかったけれど。
今は目立つステイルとアーサーのご加護でなんとかその輪にうっすらお情けで入れている感じだ。取りあえず浮いていないようでよかった。初日のやらかしもこの調子ならただの恥ずかしい思い出か話のネタ程度で終わりそうだ。教室に入った時は視界に入るだけで恥ずかしいくらいの人と思われていると思って大分落ち込んだ分、今はからかわれる程度なのが嬉しい。……アーサーが何故かすごい焦ったように私と男子達を未だに見比べているのと、ステイルからうっすら黒い覇気が見える気がするのだけが気になるけれど。
「さっきの高等部の奴知り合いか?」
「ええと、こっちに引っ越してから友達になったの」
「どこに住んでるんだ?フィリップ達と一緒か?」
「ええ。親戚の仕事仲間の人の家でお世話になっているの。すごく良い人達よ」
「親戚は王都で働いてるんだろ?じゃあ住んでるのも王都か?」
「いいえ、普通の城下よ」
「あっ、じゃあ帰り皆で一緒に」
「すみません、それはできないんです」
スパンッ!と、和気あいあいとしていた空気が突如としてステイルに叩き切られる。
さっきまでにこやかに対応していたステイルからの強めな口調に男子達も「え」と振り返った。見ればにっこりといつもの笑顔を彼らに向けているステイルだ。言い方はスッパリしていたけれど、顔が笑顔なのが逆に怖い。別に下校くらい一緒でもエリック副隊長が守ってくれるし、もともとそういう人がいても隠し通す為の仮宿なのに。
それでもステイルの意志は変わらない。「残念ですが」とやんわり二度目の断りを入れながら、言葉が出ない様子の彼らへさらに続ける。
「僕も皆と帰りたいですけど、ジャンヌまで他の男性と帰らせたと知られたら僕らがお爺さんに殺されてしまうので」
にっこりとした笑顔で怖いことを言う。
アーサーがステイルに合わせるように重く頷き、俯いた。ちょっと待ってそんな設定聞いてない。
この場でそう言うこともできず、ステイルのアドリブに固まっていると、男子の一人が「お爺さん……?」と怖々尋ねた。深掘りをしようとする男子にステイルは惑うこともせずに「はい」と涼しく答える。
「僕らのお爺さんがとてもジャンヌを溺愛しているんです。彼女は僕やジャックよりも山育ちの世間知らずで、今回城下の学校に通えるようになった時も、ジャンヌから絶対目を離すなと厳しく言われているんです。その所為で〝騎士隊長の〟アランさんにも凄く迷惑を掛けてしまって」
ざわっ、と最後のステイルの言葉で一気に男子……どころか話に耳を傾けていたらしいクラス全体の空気が変わった。
アーサーが全員から目を逸らす為に身体ごと向こうを向いて後ろの首を掻いた。嘘設定の追加に増してアラン隊長を巻き込んでいることに戸惑いが隠せていない。何も知らない男子達にはきっと別の理由で怖じけてるように映っただろう。
口がぽかりと空いた男子の一人が、白黒させた目でまたステイルに確認する。
「お前らの従兄弟って、…………騎士なのか……?しかも、本隊……⁇」
「はい。お世話になっているのもアランさんの部下の騎士であるエリック副隊長の家なんです。〝そこまでしても〟お爺さんは学校以外でジャンヌを不特定多数の男性とは近付けたくないらしくて」
僕らも巻き込まれちゃって。と肩を竦めてみせるステイルに、とうとう誰もが絶句した。
フリージア王国騎士団。
私やステイル、アーサーにとっては今や身近な存在だけど、元々は我が国でも限られた者しかなれない精鋭だ。
身分関係なく誰でも目指せる代わり、門を潜れる人間は極僅か。他国からの絶対不可侵を守り抜いた守護神でもあり、全軍でなくても一隊だけで街くらいの規模は守り抜けちゃう彼らは我が民には等しく敬われる存在だ。騎士団に所属できた人間は新兵ですら尊敬され、本隊騎士なんて畏怖される存在になる。……そして、その騎士達の多くを束ねる隊長格となると
「すっっげぇ‼︎‼︎騎士様の従兄弟がいるのかよ⁈」
「何番隊だ⁈隊長って確か十人しかいないんだろ⁈」
「さっき先生が言ってた騎士の特別講師も本物の騎士だろ⁈誰か聞いてるか⁈」
「高等部に騎士の護衛をつけてるって噂は」
文字通り、憧れの的だ。
何故かさっきまで隠していたようなのにあっさりアラン隊長のことを話してしまったステイルは、興奮した様子の男子達の質問に一つ一つにこやかに答えていく。完全に有名オリンピック選手の親族レベルの盛り上がりだった。
そして完全に彼らの注意がステイルへと移り、……私は逆に距離を置かれる。心なしか男子が私から離れるように身体の軸からステイルへと寄っていく。まぁ背後に騎士隊長がいるから近付くなと言われたらそうなる。怖いのはお爺様設定だけど、誰も憧れの存在である騎士に厄まれるような危険は侵したくない。
「じゃあフィリップも騎士目指すのか⁈」
「いえ、僕はお城で働くのが夢で。なのでこうして敬語も勉強中なんです。ジャックは騎士になる為に敬語練習中らしいですよ」
「ッばっ……おい‼︎」
巻き込むな‼︎とさっきまで顔をそらしていたアーサーが振り向く。
ずっと話を全部丸投げされていたことを怒っていたのか、ステイルが牙を剥くアーサーにだけ見えるようにニヤリと悪い笑みで返した。男子の視線がステイルからアーサーにまるごと移る。すげぇ!騎士としての訓練は⁈親も騎士目指してたとか⁈剣使えるのか⁈と、ステイル以上に前のめりに質問責めされるアーサーが喉を反らした。嘘が苦手なアーサーにはキラキラした少年達の目は騙すには眩し過ぎる。
「騎士の訓練はっ……す、少しだけっすけど」
「そのアランって騎士の人が稽古つけてくれたりとか⁈」
「たっ……たまに。本当に時々で」
「すげぇ!騎士隊長直々に稽古とか!絶対それなら騎士になれんだろ‼︎」
「い……いや!騎士隊長が身内だからってなれるほど柔なもんじゃ」
さっきまでは自然体で話せていたことが嘘のようにアーサーが冷や汗を流して受け答えする。
騎士の訓練どころか、今やアーサーは騎士隊長として時には指示したり訓練を監督する側だし、アラン隊長とも頻繁に手合わせしてるらしいし、騎士隊長どころか騎士団長に稽古をつけてもらって、更には最年少で新兵に入団しちゃってるのだけれど。
暫く尋常じゃない汗と共に顔が真っ赤になるアーサーだけど、途中から話題が質問責めから「騎士って格好良いよな‼︎」に移った途端に、また自然に笑うようになった。
アーサーにとっても自慢で憧れの騎士を好いてくれることは嬉しいのだろう。……だからこそ、嘘をつくのが心苦しいのだろうけれど。
男子に囲まれるアーサーが、途中から力比べ勝負をしようぜと挑まれた始めたところで、二限目の鐘が鳴った。今度絶対勝負だと全員が意気込んだところで、休み時間は終わった。くくくっ……とステイルが肩を震わせて笑う中、アーサーがぐったりと机に突っ伏す。
大丈夫?とアーサーを覗き込めば、ロバート先生が再び教室に入ってきた。またお喋りで目立つわけにはいかず、唇を絞ってアーサーの背中だけをそっと摩り、顔だけはしっかり先生へと向けた。
「では二限目ですが、……簡単な実力試験を行います。皆さんの学力確認のみが目的なので、点数が取れなくても構いません。文字が書けない生徒、文字が読めない生徒はそれぞれ今から黒板に書く記号を答案に書くこと」
結局またアムレットに話しかけるどころか顔を一度も見ることもできないまま二限目が始まってしまった。
この後はパウエルと昼休みに会う予定だし、色々聞ければ良いのだけれど。朝の授業前と、三限と四限の間だけが他クラスを確認しにいく機会だ。昼休みには教室にいない子が多いから確認できないし、二限目には私とステイル、アーサーは男女別で教室も分かれてしまう。私の護衛にはアラン隊長かハリソン副隊長がどこかで見張ってくれているから大丈夫だろうけれど……流石に一人で他クラスを回ることは、許されないだろう。
静まり切った教室で、配布されるプリントとペンを順番に受け取った私は再び第二作目とアムレットの記憶を必死に捻り出そうとすることに夢中になり、
盛大にやらかすことになる。




