II11.我儘王女は訪問し、
「う〜〜ん……、……髪、どうにか誤魔化せないかしら?」
鏡の前で私は吊り上がった目で自分を睨みながら眉を寄せる。
両脇では専属侍女のマリーとロッテ、そして背後にはティアラが目をキラキラさせて私を見ていた。「可愛いですっ!」とティアラは喜んでくれるけれど、私としてはなんとも言えない。整えられた深紅の髪先を摘みながら首を捻ってしまう。
マリーが「化粧は落としましたが……」と呟きながら私と同じような首の角度で止まってしまった。鏡の向こうには悩み顔のマリーと鏡の私を丸い目で見つめるロッテ、指を組んだまま眩しい笑顔のティアラ、そして庶民の服に身を包んだ
十四歳の少女が私を睨んでいる。
ジルベール宰相の特殊能力で若返らせて貰った私だ。
エリック副隊長との最終打ち合わせも終わり、日が暮れた頃にジルベール宰相も城に帰ってきた。母上と父上に報告後、私にも問題なく入学希望者の民の受け入れ手続きを終えたと教えてくれた。
それから内密にジルベール宰相の特殊能力を受け、洋服ダボダボ状態からステイルに瞬間移動で自室まで移動させて貰った。
そして今、部屋の外に交代した近衛騎士のカラム隊長とハリソン副隊長を待たせたまま私は自室で民に紛れるべく着替え兼変装の検討中、……なのだけれど。
「いっそ切ってカツラでもつけようかしら……」
なりません‼︎だめです!と、私のぼやきにロッテとマリー、ティアラが同時に声を合わせた。
十四歳。胸もぺったり、顔も幼顔にはなったけれど、それでも吊り上がった悪い目と深紅の髪が私の面影そのままだ。
目つきの悪さは仕方がないとはいえ、深紅の長い髪は印象としては大きい。開校式でも姿を見せてしまったし、遠目で見た民や生徒にはラスボス顔よりもウェーブがかった赤い髪の王女の姿の方が覚えられているだろう。
深紅の髪自体は、別にそこまで珍しくもない。だけど、ここまで伸ばした上にウェーブがかった髪だと印象は強い。更にはマリーとロッテのお陰で自分で言うのも恥ずかしいけれど、庶民にしては手入れが行き届いている髪だ。女の子だと気付く子は気付く気がする。
「でもほら、髪はその内に伸びるし、城にいる間は今の髪型のカツラを身に付けておけば……」
「駄目ですっ‼︎お姉様の髪すっごく綺麗なのに切っちゃうなんて勿体ないです‼︎‼︎」
説得を図る私に、ティアラが眉を上げて猛反対する。
髪を褒めてもらえるのは素直に嬉しいけれど、この長さのままカツラを被るのも難しいしなぁと苦笑いしながら悩む。ショートヘアならカツラなんて被りたい放題だから変装にも困らないし。確かに長髪は、王族の威厳としても重要ではあるのだけれど。
今頃アーサーも王族ではないにしろ長髪だし苦労してるのかなと思う。今頃別室で侍女達に着替えさせて貰っている筈だ。
私が何も言わずに苦笑いだけで誤魔化していると、ティアラが頬を膨らませて「お姉様が切ったら私もバッサリ切っちゃいますからっ!」と言われ、流石に焦る。ティアラならショート似合うだろうけれど絶対駄目!こんなにゆるふわで綺麗な髪なのに切られたら私の方が失恋したレベルに落ち込んでしまう‼︎
わかったわ、と鏡越しではなくちゃんと振り返ってティアラを止める。白くて細い手をぎゅっと握って止めに入れば、やっと膨らんだ頬が元に戻ってくれた。今は私よりティアラの方が手が大きいしお姉さんだからちょっぴり変な感じだ。
ロッテとマリーが二人で「髪型を変えて見ましょう」と試行錯誤を始めてくれる。
あまり手の混みすぎた髪型も目立つから加減をしつつと言いながら、左右で半分に私の髪の束を手に取った。その途端、ティアラの手がうにゃうにゃと疼くように動いて、唇を噛んで二人と私の髪の束を見比べ出す。……多分、ティアラも弄りたいんだろうなぁと思う。人の長い髪って弄りたくなるわよね。
二つ結びから始まり、ポニーテールとか色々試す内に時間になってステイルが私の部屋に訪れた。専属侍女二人に髪を編まれながら鏡越しに背後へ目を向けると、ステイルはすぐにこちらから顔を逸らしてしまった。……実年齢十九歳の姉が大人気ない髪型をしてるのが直視できなかったらしい。逸らした顔から見える耳だけが見事に赤い。十四歳ならアリかなと思ったのだけれど、やはり恥ずかしいか。でももう決めちゃったし諦めて貰うしかない。
ステイルはもともと美形以外は特筆する外見ではないし、本当にそのまま子ども版ステイルといった姿だった。黒縁眼鏡までちゃっきり装備済みだ。話によると当時の眼鏡を引っ張り出してきたらしい。やっぱり、使わなくなってもちゃんと取っておいているんだなぁと思うと何だかほっこりしてしまう。
ティアラが跳ねた声で「兄様可愛いっ!」と自分と背が近付いたステイルへ飛び込んだ。二、三歳ステイルより年上になったティアラだけどそれでもステイルの方が背が高い。まぁ十歳の時から一個差の私より背が高かったステイルだから当然だけど。
十四歳になった兄を抱き締めるティアラと、年上の妹の頭を撫でるステイルの姿を微笑ましく鏡越しに眺めながら、私は髪型完成を待った。
……
「じゃあ紹介します。三人とも自分の兄達の子どもで甥と姪になります。暫くお世話になりますが、どうぞよろしくお願いします」
明るいアラン隊長の声が私達の目の前の人達に掛けられた。
紹介される、と肩に力が入ってしまい、背筋をピンと伸ばす。子どもらしく笑ってみようと思えば、子どもらしい笑い方がまったくわからずにうっかり強張った。
私とステイル、そしてアーサーの前には初対面の男女が三人並んでいた。更には既に緊張で赤いエリック副隊長、そして同じく両肩が上がり気味になりながらも笑って私達を紹介してくれているアラン隊長が間に入ってくれている。
今、私達はエリック副隊長の御実家にいる。
私の身支度が終わった後、侍女達の力作により完成したアーサーとも合流した私達はそのまま直接エリック副隊長の元へ瞬間移動した。
既にご自宅で待機してくれていたエリック副隊長と、挨拶すべきご家族。そして非番にも関わらず私達の〝親戚〟としてエリック副隊長の家に先にお邪魔してくれていたアラン隊長と一緒に私達は直接エリック副隊長の家の中にお邪魔した。
視界が切り替わってみると、目の前に広がったのはすごく綺麗に整頓された内装だった。少し古びた色合いのついた壁とか、町で買ったらしい小物とか、可愛らしい刺繍とかが窓際や棚の上に飾られている。木製のテーブルにお洒落なティーカップとポットがうっすらとだけ湯気を出していた。紅茶と一緒に甘い香りがするなと思えばテーブルには手焼きのクッキーまである。なんだか初めて訪問するのにすごく落ち着く雰囲気の家だ。
お待たせしました、と声を掛ければ勢いよくお茶を出されていたエリック副隊長とアラン隊長が立ち上がってくれた。目が合った瞬間、エリック副隊長もアラン隊長も口を一文字に閉じたまま若干顔が火照った。ステイルに続き、アーサーにも顔を逸らされて間もなく、これで連続四人に不評を受けてしまったことに心の中で落ち込みつつ、私はなんとか笑って誤魔化した。
口を貝みたいに閉じたまま固まってしまったアラン隊長に変わり、先にステイルが「アランさん、お待たせしてすみませんでした」と円滑に話を進めてくれた。それから気が付いたようにアラン隊長も慌てて「あ、あ~!全然全然!」とかなり大きめの声で私達の背後に回った。
自分を落ち着けるように子どもの姿になったアーサーの頭に手を置きながら「取り敢えず挨拶からな」とお兄ちゃん的な合図の後、私達はエリック副隊長の家、改めギルクリスト家の方々に声を合わせて挨拶をした。
アラン隊長が最初に初対面の設定で自分の部下としてエリック副隊長を紹介してくれた後、今度は打ち合わせ通りにエリック副隊長がバトンを受け取るようにしてご家族へ私達を紹介してくれる。
「じゃあ自分がアラン隊長から伺っていたことの確認も含めて、紹介させて頂きますね」
そういって額に汗を滴らせながら、エリック副隊長がアーサーの隣に立つ。そのまま手前から、と最初にアーサーから説明を始めてくれる。
「先ず、今年で十四になるジャック・バーナーズ。他の二人と同じく今朝、中等部の二年生に入学が決まった子だ」
ご家族に向けてアーサーを手で示してくれるエリック副隊長に合わせ、アーサーが「宜しくお願いします」と頭を下げた。
服装自体は子どもの頃にステイルと稽古の為に城に来てくれた時と変わらない印象のシンプルな格好だ。ただ、髪型は私と同じく手を加えていた。話によると身内の学校送迎希望に自分の部下が一人騎士団へ外出申請を出したらしい。その為にも正体を気付かれ無いようにいつもの髪型は目立つからと、侍女達も頑張ったそうだ。まぁそうでなくてもアーサーの家は普通の庶民の家だし、知り合いとか友人、お店のお客さんとかに顔も知られている。うっかり生徒やその保護者に知り合いが混じっていたら長髪を一本に括っている男の子というだけで、アーサーに似てると気づかれる可能性は高い。
その為、着替えを担当してくれた侍女さん達と試行錯誤と相談を重ねた結果、今は括った髪を頭の下側に下ろした上で一本の三つ編み……所謂おさげで髪の長さと印象を誤魔化していた。これはこれで格好良いし、もともと顔がすごく整っているアーサーにお似合いだったのだけれど、初めて見た時に私とティアラで大絶賛したら顔を真っ赤にしたまま「あんま……見ないでくださいっ……」と両腕を交差して隠した上で更に顔を逸らされた。アーサーとしてはこの格好も恥ずかしいらしい。
銀淵の伊達眼鏡までかけていてちょっぴり理知的な印象もあって、素敵なのに。……ステイルは照れたアーサーが面白かったのか、それとも眼鏡姿がお揃いで楽しかったのか眼鏡を曇らせて照れるアーサーに肩をぷるぷるさせながら無言で大爆笑していた。最初にアーサーと並んだ時は、何故かアーサーの頭頂部を目で見上げながら不機嫌そうだったからその反動かもしれない。
アーサーの仮名は相談した結果、事情を色々知っている私の近衛兵のジャックの名前を借りることになった。ジャックの名前なら珍しくもないし、ジャック本人も快諾してくれた。
「そして、……ジャンヌ・バーナーズ。ジャックとは別のアラン隊長のご兄弟の娘さんだ。」
一瞬だけ言葉に詰まったエリック副隊長が、少し低くなった声で紹介してくれる。
よろしくお願いします、と頭を下げて挨拶すれば、ぽこりと頭の巨大なお団子が顔を出す。
マリーとロッテの試行錯誤の結果、素朴に攻めようという考えの元、編み込んだ三つ編みを頭の上でお団子にしてもらうことになった。侍女とかにもわりと多い髪型だ。
微妙にアーサーと被ってしまったけれど、シルエットだけで言えば私はお団子でアーサーはおさげで全然違うし、ギリギリセーフだと思いたい。それに個人的にはアーサーとお揃いも嬉しい。以前、ハナズオ連合王国の防衛線でも髪を括ってお揃いになったから、これでなんと二回目だ。いっそ私もステイルとアーサーに合わせて伊達眼鏡を装備しようかなとも思ったけど、アーサーに「勘弁してください」と断られてしまった。……そんなに眼鏡が私には似合わないのか。もしかして今まで長髪に隠れていただけで結構私って顔が大きかったのかしらとこっそりへこんでしまった。ティアラが小顔天使だから余計に並んだ時に際立ったのかもしれない。
それでも優しいギルクリスト家の皆さんの眼差しはみんな温かいから、今やっと少し立ち直る。
「最後に、フィリップ・バーナーズ。彼もまた別のアラン隊長のご兄弟の息子さんだ。ジャンヌ、ジャックと同じ中等部の二年生だ」
宜しくお願いします、とにこやかにステイルが笑う。
今回、ステイルと私は姉弟ではない振りをすることになった。やっぱり姉弟でセットで年齢差まで一緒だと怪しまれるかもしれないし、私とバラバラなところにいたら王族二人の警護が大変になってしまう。一応王子とはいえ、ステイルは私の〝従者〟の立場が強いから警護の義務付けも私やティアラほどではない。けど、アーサーが守ってくれる為にも年とクラスは三人揃えた方が絶対安全だ。……ステイルは何故かギリギリまでアーサーと自分の年齢差をずらしたかったらしいけれど。最終的には却下するアーサーとジルベール宰相の理詰めに負けてしまっていた。やっぱり一緒に行動するにも同い年の方がやりやすい。更には中等部の三年生には私達のことをよく知る人物も居るし、なるべく三年生からも距離をとるべきだという結果になった。
名前も、本当は私もステイルも以前と別にしようという話もあったのだけれど、それよりも当時と同一人物とバレた上で名前が違って長々怪しまれる方が面倒という結論になった。
現時点で騎士団で送迎予定の騎士は全体でエリック副隊長を入れて二人しかいないし、アーサーの部下も〝ジャンヌ〟の名前は知っていても四年前のそれが私のやらかしとは知らない。
それに、ステイル曰く「守衛の騎士にバレた時〝余計なことを言われない為の予防〟です」らしい。……確かに、私の正体がもし近衛騎士以外の騎士にバレたとしても、怪しむ間もなく私だって気づいたら逆に口を閉ざしてくれる。折角当時アーサーが考えてくれた素敵な名前なのに、気が付けば騎士達への牽制みたいになっていて申し訳ないけれど。
ステイルだけは髪型も眼鏡も変わらない。もともと私と違って大々的に民の前に出ないし、そこまで変装にこだわる必要はなかった。せめて伊達眼鏡だけでも外した方がとも思ったけれど、よくよく考えると元庶民のステイルは眼鏡をつけていない方が気付かれる可能性も高い。ステイル本人もむしろこの方が良いと自分で言っていた。もしステイル王子と似ていると言われた時に「真似しているんです」と言い張ることにも使えるとまで言っていた。まぁ、ステイルが伊達眼鏡と知る人は少ないものね。
「さっきも話した通り、三人とも両親は違うが全員アラン隊長のご兄弟のお子さんだ。フィリップが特殊能力者で、血縁者の元か一回行った事のある場所に瞬間移動はできるけれど、本人は隠したいらしい」
だからエリック副隊長の家で預かってもらっているということにして、玄関だけ貸してほしい。玄関以上は上がらないし、面倒もかけないと。そう説明してくれたエリック副隊長の言葉に私達はうんうんと頷く。打ち合わせ通りだ。ステイルの特殊能力は表沙汰にはなっていないし、少し事実を変えて教えてもそれを第一王子と結びつけることはない。
一頻りエリック副隊長が話すと、最初にエリック副隊長の弟さんと思われる男性が席から口を開いた。




