Ⅱ9.我儘王女は依頼する。
〝来たぞ〟
国門から伸びるその行列に誰もが声を上げた。
神々しくもある馬車と積荷の山、従者や兵士と共に馬が統一されて列を成す。国門が開かれた時から既に、告知を受けていた民は一目見ようと駆け出していた。国門を潜った行列の存在を知らせようと、門兵が急ぎ馬を城へと走らせる。
列が城下へと進めば、子どもも大人も関係なく外へ飛び出し、屋根に登り、一目見ようとそれを見渡した。
「御報告致します!ただいま国門より報告が!」
その行列の足並みはあくまで緩やかだった。
積み上げられた荷を落とさないように、そして馬車の中を揺らさないように、あくまで安全を第一に進んでいく。
人の目に止まる速さでの歩みは、まるでパレードのように民の目を奪った。見たことのない豪奢な馬車と装飾。その大列はフリージア王国では数十年ぶりのものだった。
「プライド第一王女殿下、ティアラ第二王女殿下。御報告です」
近衛兵のジャックがプライドと休息時間を得たばかりのティアラに報告をする。
二人はその話を聞き、急ぎ城下を一望できる窓へと移動した。近衛騎士のアーサーとエリックを連れ、廊下へ出たところでステイルが「プライド、ティアラ!」と切れた息を堪えて声を掛けた。彼もまた、報告を聞いてからすぐヴェストに許可を得て彼女の部屋へと急いでいた。プライドと共にその時を迎える為に。
三人で見晴しの良い大きな窓へと移る。ジャックが窓を開ければ、三人は揃って露台に出た。城の中でも高い位置にあるそこは、一歩出ただけで下から風が吹き抜けた。プライドとティアラは自身のドレスの裾を抑えながら、遠目に見える城下を見晴らす。
王居の向こう、城の更に向こう、見晴らせるその先に小さくしかし連なっている行列にプライドは風に靡く髪を掻き上げた。
「……来たのね。セドリック」
プライドの誕生祭から三週間。
ハナズオ連合王国 王弟セドリック・シルバ・ローウェルがとうとうフリージア王国に根を下ろす為に訪れた。
どの馬車に乗っているかもわからないほどまだ離れているが、ざわざわと木々の騒めきのような音がうっすらと届いた。恐らくは王族の行列に民が騒いでいるのだろうとプライドは考える。未だに王女のどちらも異国の王子と婚約をしていない今、他国の王族が移住の為の行列を為して城下を横断するのは現王配のアルバートの移住以来の出来事だった。
落下防止の手すりをティアラはぎゅっと掴み、行列を見下ろした。そのどこかにいるであろうセドリックを思い出し、気が付けば無意識のうちに頬がぷくっと膨らんでしまう。今日から何度も顔を合わせることが出来るのだという事実が腹立たしくて恥ずかしい。
長く長く続くその行列が目指しているのは、間違いなく彼女達が住まう王都の頂きに位置する城。そして彼女達も住まう王居に彼も住む。
ステイルが「今、急ぎ歓迎の準備をジルベールが整えさせています」とプライド達に伝えれば、二人も一言ずつ返した。殆ど予定通りの到着であるセドリックの歓迎の宴は既に数日前から手配済みだった。
今夜は盛大な歓迎会かと思うとプライドは今から楽しみにもなったが、その前に、やるべき課題があるのだと気を引き締める。
ティアラと一緒に手すりを掴み、暫くじっと城に近付いてくる行列を眺めた。王都から城に近づくに連れ、今度は女性の黄色い悲鳴が聞こえてくる。それを聞いたプライドは「セドリックだなぁ」と思わず半笑いを浮かべてしまう。今の彼ならば、大々的に目立つような登場はしないと考えるが、窓の向こうから手を振る程度は民に返してくれているのかもしれないと思い浮かべる。
「今日からセドリックも我が国の民ね。……ティアラも、できれば優しくしてあげてね」
「わ、…………わかり、ましたっ」
膨らました頬を僅かに桃色に染めたティアラに、プライドはまだ怒っているのかなと思いながら優しく頭を撫でた。
プライドに言葉を返す中もずっと列を成す馬車を睨むティアラに、ステイルも「母上達の前では怒りは静めるんだぞ」と軽く窘めた。実際は怒っているわけではないが、ティアラが本当のことを言えるわけもなく大きく頷くことで応えた。代わりに別の話題をプライドに投げかける。
「お姉様っ。今日、お話するのですよね?……いつ話しますか⁇」
「俺は早い方がいいと思います。プライドが言わないなら、また俺の方から遠慮なく切り出しますが」
どきっ!と二人からの挟み撃ちにプライドの心臓が跳ね上がる。
女王であるローザからも任された、セドリックへの学校潜入の協力依頼。それをまた思い出してしまった途端、プライドの心臓は一度大きく収縮した後も、バクバクと思い出したようになり続けた。思わず自分の心臓をドレス越しに両手で押さえてしまう。ステイルの言葉にブンブンと激しく首を横に振ってから「ちゃっ、ちゃんと言うから……!」と喉まで震える前に声を放った。
二週間前、レオンが訪問した際に自分がうじうじ隠そうとしている間に先手を打たれてしまったことはプライドにとっても不意打ち以外の何物でもなかった。
アダムとティペットの存在を話し、更には〝それ以上も〟レオンに知られた可能性がある。レオンと二人きりで話をしたステイルは、その後プライドに何度聞かれても「約束を守っただけですよ」としか答えなかった。
約束とは何かも教えてくれないステイルの答えにならない返答に困惑をするばかりのプライドだったが、同時に〝自分はまたレオンとの約束を反故にしようとしたのかもしれない〟という罪悪感で、頭を悩まされた。防衛戦前にレオンと「次は頼る」という約束を自分の口ではまだきちんと果たせてはいないのだから。
しかし、頼るも何も今回は頼りようがないのも事実だった。学校や生徒に何かが起こる。それを止める為にも王族である自分が潜入する。フリージア王国内の問題であり、更には潜入捜査に隣国の王子であるレオンは現時点で立ち入る隙もない。
だからこそ言う必要はない。現時点で頼ることもない。そして自国の上層部も知らない秘密をこれ以上レオンに話すのも躊躇われたプライドに、沈黙以外の選択肢など残っていなかった。
「セドリック王弟には何処まで話すかはもう決めましたか?本来の目的だけ話すか。それともレオン王子とは逆にラジヤのことだけを隠すおつもりでしょうか」
「!わ、私はどちらも話しておいた方が良いと思いますっ!じゃないとあの人はまたお馬鹿なことをしちゃうかもしれませんっ!」
更に追撃が重なる。
セドリックに話すべきなのは、学校潜入とその協力まで。表向きの学校の潜入視察という名目で彼に語っても問題はないが、王弟である彼を少なからず危険に巻き込む可能性もある以上、学校に悪き影がある可能性も話さなければならない。
更にはアダムとティペットの生存。ラジヤ帝国と浅くない因縁を持つ彼には話しておくべきでもある。フリージア王国よりもラジヤ帝国からその本国に近いのは彼の故郷でもあるハナズオ連合王国なのだから。万が一、アダムが生きていた場合はプライド達だけでなくハナズオ連合王国の王弟である彼も狙われる危険性すらある。
「話し、ます……。その前にセドリックがもし、潜入協力を受けてくれたらその時に。」
もし、セドリックに潜入協力自体を断られたら、その時は話さなくて良いとプライドは思う。
先ず第一に城内であれば基本的には安全。そしてもし彼が学校潜入を断ったにも関わらず、アダムとティペットの存在を示唆すれば間違いなくセドリックは城から出る自分のことを心配してしまうだろうとも思う。
プライド自身が誰にどう言われても行動を変えようと思えない今、そんなことを言って国を離れたばかりのセドリックの気を散らせたくない。それに、逆に学校潜入を受けてくれたところでアダム達の危険性を知れば返事が変わる可能性もある。
あの二人の生存がわからないどころか、生きている可能性が出てきた今、城から出ることは断ると言われても当然だった。プライド達と違い、潜入する際にセドリックは偽装もなくそのまま王弟として学校に体験入学をすることになるのだから。しかし。
…………まぁ、多分……絶対、彼は。
そう心の中で既に諦めを抱きながら、プライドは額の冷や汗を指先で拭った。
……
「喜んで受けよう!俺も学校については以前より興味があった。可能ならばハナズオ連合王国にも学校を作りたいと兄貴達も話していた。実際に内部を知れると言うのであれば願っても無い」
快諾だった。
入国からとうとう城門も通過し、王居に辿り着いたセドリックはフリージア王国からの盛大な歓迎を受け、女王であるローザ達への挨拶から献上品、自身に住まう宮殿の案内などを一通り終えた後も落ち着くことはなかった。
従者と侍女達に荷解きなどを任せ、先んじて兄である〝ヨアン宛てに〟大事な手紙を書き、封をした手のまま使者を頼んだ彼は、今度はプライドの宮殿へじっくり改めて挨拶をするべく宮殿を飛び出そうとし、ばったりと玄関でプライド達と遭遇した。
彼から預かった手紙をフリージア王国の使者に頼むべく従者が腰を低くして横を通り過ぎる中、セドリックへの依頼の為にプライドの補佐を任されたステイルとティアラ、近衛騎士を連れたプライドという豪華な顔触れにセドリックは目を丸くした。
ローザ達との挨拶の際も一度はプライド達と挨拶を行い、更には今夜は歓迎の宴で夜会が行われると聞いていたセドリックはまさかプライド達の方から会いに来てくれるとは夢にも思わなかった。
セドリックの自室はまだ荷解き中だった為、急遽客間に招かれたプライドは、人払いをされてから早速第一の本題から彼に依頼した。一部はローザにも秘密でと頼みながらの〝予知〟とその依頼に、彼からの返答は予想通りのものだった。
「プラデスト学校の成功は、同盟共同政策に関わる国全ての悲願でもある。俺が行くことで極秘潜入するプライドの警備も強まるというのならば願っても無い。学校もそして民も、俺達王族が守るべき存在に変わりない。まだ十九になるまでにもひと月はある。喜んで協力しよう」
力強くそう断言し、瞳の炎を燃やすセドリックの姿は兄であるランスにも重なった。
やはり兄弟だな、とプライドは思いながら笑ってしまう。危険も承知の上で、ハナズオ連合王国も関わる同盟共同政策の為にもと宣言するセドリックは頼もしいことこの上なかった。
すると彼の覇気に若干圧倒されながらお礼を伝えるプライドに、今度は両脇からステイルとティアラが同時に見えないように肩を突いた。それを受け、プライドは先ほどよりも更に声を潜めて「あと、……もう一つ伝えておきたいことがあるの」と囁いた。
こちらも母上達にも極秘でお願いします、とステイルが隣から補足を入れればセドリックの背筋が伸びる。どうした?と目を大きく見開き、テーブルを挟んだ先のプライドへ前のめる。
「実は……もう一つだけ、憂いが」
セドリックが輝かせていた瞳の焔を紅蓮に染め上げるのはその直後のことだった。
断るどころか「ならば絶対に俺も共に行くぞ‼︎」と若干声を荒げる彼が学校の体験入学を確定させてからも暫く、今度はプライドの方がセドリックの質問責めに会うことになった。
……そして
役者が、揃った。
それからすぐ、セドリック自らが女王ローザにプライドへの協力を願い出たことで歓迎の夜会では早速セドリックのひと月の体験入学が公表された。




