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そして王弟は悩ます。


「…………セドリック。思い出すのは仕方がないが、自分で話して思い出して落ち込むな。」


濡れた毛皮のように落ち込んで俯くセドリックに、ランスが息を吐く。

馬車に乗ってから興奮した様子で騎士達との手合わせを話し続けたセドリックは、ランスの宿泊部屋にヨアンと入ってからも止まらなかった。詳細に一人一人の騎士の切り返しや攻撃を口頭で説明するセドリックの説明は目に浮かぶようにわかりやすいが、同時に長い。

馬車に乗ってからはしっかりとセドリックの話に耳を傾けた兄達だったが、最後に戦った相手がハリソンだったことを聞いた時は二人も驚いた。防衛戦でハリソンの実力は二人とも恐ろしいほど理解している。ヨアンに至っては、自分の目で確認しているのだから。

特殊能力や武器の制限などはあったとはいえ、セドリックがハリソンとも健闘したことは流石に疑った。だが、模擬剣で目を狙われたり絞め技で意識を奪われかけたり腕を捻りあげられたという容赦ない攻撃は間違いなく、二人が知るハリソンの一面そのままだった。むしろセドリックが怪我なく戻ってきたことだけで幸いとさえ思う。

しかし、ハリソンに敗北したと口にした時から一気にセドリックの目の中が萎れ、背中が曲がった。落ち込むほど負けたのが悔しかったのかと、ヨアンが彼の頭を撫でながら小さく笑う。


「そんなにハリソン副隊長に勝ちたかったのかい?」

「だが、彼は元隊長だろう。」

そんな相手に勝てるわけあるまい、とランスがヨアンに続いてセドリックに投げかける。

むしろ、そこで勝ってしまった方が驚きだと思う兄にセドリックは一度首を垂らしたまま左右に振った。「問題はそこではない」と断った彼は、ゆっくりとその口を開く。


「手合わせに夢中になり過ぎたあまり、ティアラに情けないところばかりを見られた……。」


ズゥゥゥン、と沈んだ声は床に垂れるほどだった。

ソファーに掛けたまま落ち込みを吐露するセドリックに、ランスとヨアンは同時に顔を見合わせる。そんなことを気にしたのか、と思いはしたが本人が気にしていることを軽んじるわけにもいかない。今度はランスが柔らかくした声でセドリックの身の内を覗く。


「騎士達に負けたことを言っているのか?ティアラ王女はその程度で落胆するような御方ではなかろう。」

そうだよ、とヨアンも応戦する。

だが、やはりセドリックの落ち込みは晴れない。いやあれは絶対に落胆されたと頑なに語り、更に影を落とした。自分が今回騎士と手合わせを許され、プライドの付き添いで一緒に来てくれたステイルとティアラ。ステイルは「何処までやるか楽しみだ」と言ってくれたが、ティアラは挨拶以外何も話しかけて来ず、それどころかずっと怒っている様子だった。


「ただでさえプライドやステイル王子との時間を俺に煩わされ、更には全て騎士の胸を借りる形となったにも関わらず大半は敗北した。ティアラが時間の浪費と怒るのも当然だ!」

俯いたまま金色の髪ごと両手で頭を抱える。

着替えの際に折角侍女達に泥のついた顔と一緒に整えられた髪をぐしゃりと鷲掴みながらセドリックは変わらず項垂れる。彼の言葉に、ランスとヨアンは無言のまま呆れたように顔を見合わせた。


「ハリソン副隊長殿との手合わせ後など、俺の顔も見たくないようだった……。やはり最後の最後に特に圧倒的な敗北で締め括った俺に」

「お前はその思考を何とかできんのか馬鹿者。」

セドリックの吐露を今度こそランスは切る。

何だと⁈とセドリックは顔を上げるが、ランスは呆れた顔のままだった。ソファーの手摺部分に頬杖を突き、僅かに笑いを堪えた口で弟を眺める。セドリックの隣に座るヨアンも、ランスに同意するように眉を垂らした。


「セドリック。多分、ティアラ王女は〝時間の浪費と思う余裕すら〟なかったと思うよ。」

なに……?とセドリックが顔をヨアンへ向ける。

興味津々に目を見開いたその顔は全く理解している顔ではなかった。「必要以上教えてやるなヨアン」と厳しくランスが止めに入るが、肩を竦めた動作をした直後にヨアンはまた言葉を選んで彼に続ける。


「例えばの話だよ?もしティアラ王女がこれからフリージア王国の騎士達と手加減なしの手合わせをすると言ったら君はどう思う?」

「先ずは全力で止めたい。しかし彼女が望むならば背を押すしかあるまい。…………とても生きた心地はせんが。」

「そういうことだよ。」

⁇⁇⁇と、セドリックの頭にいくつも言葉にならない疑問が浮かぶ。

そういうこととはどういう事かと、目で訴えるがそれ以上はヨアンも何も言わない。ただ中性的な顔を柔らかく緩めてセドリックが答えに辿り着くのを待つ。しかし、セドリックの返答は残念ながらまたズレた。


「⁇〝俺が騎士達を〟怪我させるなど思われるわけがない。ティアラが心配せずとも、彼女自身騎士達の実力はよくわかっている。」

「ヨアン無駄だ。セドリックはもう〝それ〟関連だけ壊死している。」

そうだね、とすんなりヨアンがランスの言葉に応じて引く。

そっちじゃない、の一言すら出さずに諦めたヨアンはもう何もヒントを出すつもりもなくなってしまった。首を何度も左右に傾けながら必死に考えるセドリックを眺め、取り敢えず落ち込みからは気が逸れたのだけ良かったと思う。

セドリックの言う通り、フリージア王国の第二王女であるティアラが騎士達の実力を知らないわけがない。しかも一度倒したとはいえ、今回はレオンから借りた武器も無ければ騎士達からセドリックを攻撃できない理由もない。極め付けに最後の対戦相手はアーサーすら恐れる容赦ない騎士のハリソンだ。

セドリックが怪我を負わないかと心配したのはプライドだけではない。ティアラもまた、ハリソンの恐ろしさはよくわかっていた。一度、ヴァルだけでなくセフェクやケメトまで殺されかけているのだから。そして奪還戦でセドリックが騎士達に実力を振るうことになった理由も元はと言えば、ティアラの為だった。

そんな状況でティアラが、騎士達と手合わせをするセドリックを心配しないわけがなかった。

更には八番隊が倒された事を気にしているハリソンとも手合わせとなれば、心配しないことの方が無理な話でもある。いっそセドリックが心変わりして手合わせが中止になればとも思ったが、それどころか終始セドリックは上機嫌で闘う気しかなかった。そして彼はティアラが心配しているだなどと微塵も思わない。

結果、彼の手合わせ中ずっとティアラは生きた心地のしないままそれを見守ることとなった。しかも態度には出せないから余計に辛い。にも関わらず、ハリソンと手合わせを終えたセドリックは暢気に笑っているのだから腹立たしくもなる。しかもティアラはその自分の心配していた顔も安堵した顔もセドリックにだけは見せたくなかった。


「⁇ならば……俺が怪我すると心配されたということか?確かに来賓である俺が騎士達に怪我させられれば、騎士団だけでなくプライド達にも迷惑がかかるが。」

「そら見ろ。一周回って転んだぞ。」

近付いたと思えば、また的外れな発言をするセドリックにランスは指を指して息を吐く。

ソファーに沈めた身体をゆっくり起こし、立ち上がる。セドリックの向かいからヨアンと挟むように彼の隣のソファーに腰掛けた。「どういう意味だ」と尋ねるセドリックだが、やはり二人とももう答えない。弟が謎の壁にぶつかっている姿を温かく見守った。

セドリックからの話を聞いただけでティアラの乙女心を察した二人に対し、一人だけ全く謎が解けない神子は腕を組んで唸りだす。しかしどうあってもティアラに嫌われているという大前提からは抜け出せない。

その様子を眺めながら、二人はセドリックが騎士団と手合わせをしている間に話していた女王ローザとの会談を思い出す。

今回、プライドの式典を控えて二人が王宮へ招かれた理由はランスもヨアンも想像した通りのものだった。


ティアラの婚約者候補の白紙。


ティアラが王妹としての権威を確立した為、国王である二人との婚約が不可となった。

本来であれば白紙の理由まで語る必要はないが、今回は原因が明白な為、摂政のヴェストからもその旨の説明があった。誠に勝手ながらと詫びてくれる彼へ二人は一言で断り、了承した。二人にとっては予想できた上に、どちらでも良いことだった。むしろ問題はそれよりも


婚約者候補に外されるのが自分達二人〝だけ〟なのか、という一点のみだった。


そしてローザもヴェストも王配のアルバートも、それに頷いた。

つまりセドリックだけは未だ、彼女の中で固定されたままだという事実。それだけわかれば、兄二人は充分だった。

了承と、これからも末永く互いの同盟関係をと。挨拶を交わし終えた二人はのんびりとした足取りでセドリックの迎えに向かった。残念ながら弟の戦闘姿は間に合わず目に出来なかったが、自分達を前にした途端に顔を真っ赤に染めたティアラを確認すればやはり明らかだった。自分達兄弟三人が婚約者候補だと聞かされた日と、全く同じ反応だったのだから。

やはり本命は、と再び確信した二人からすればセドリックの憂いは論外だった。時間の浪費どころか、ティアラは人知れずずっとセドリックを心配してくれていた。たかが手合わせにも関わらず、心配し過ぎて怒るほどにティアラが気にかけてくれていたのだと。それをセドリックが自分の頭で行き着くまで、二人はただただ待つしかない。


「せめて百年後までには気付け。」

「できれば僕らが生きている間にね。」


絶対記憶を持つセドリックなら、ティアラの気持ちにさえ気づけばきっと今日のことも思い出し、理解する。

ただしそれが何十年後か、鈍感なセドリックがこのままティアラに振られる前か後かはわからない。

ただ、あそこまでわかりやすい意思表示をしているティアラの為にもどうか自力で気付いて欲しいと兄達は切に思った。

頭がショートする寸前まで腕を組んで考え込むセドリックは、兄達の言葉に抗議する余裕もない。暫く唸り続ける弟に、最後ヨアンは優しく声を掛けた。




「明後日はプライド王女の誕生祭だし、僕らも備えないとね。」




明日は打ち合わせもあるよ、と続けるヨアンにセドリックもランスと共に頷いた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] プライドの相手は誰か分からないけどティアラはこれだけ同じようなイチャラブコント展開やってまだ引っ張るのかな。他に候補がいなくてドキドキも無いからくどいと思う。
[一言] これ一回、セドリックが死にそうな目にあってティアラが内心を吐露でもしないかぎり改善しないのではないかw
[一言] 兄ちゃんズいい加減教えてやれよ……プライドがもし素直になれないティアラの気持ちを知っていたなら親切に仲立ちしてくれるだろうけど、セドリックと同じくらい色恋に無知だから期待できないから……
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