表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【アニメ2期決定!】悲劇の元凶となる最強外道ラスボス女王は民の為に尽くします。〜ラスボスチートと王女の権威で救える人は救いたい〜  作者: 天壱
怨恨王女と祝勝会

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

830/2277

662.義弟は手にする。


……本当にこの人は、何度俺を殺しかければ気が済むんだ。


「さ、行きましょうっ前奏が終わっちゃう!」

手を引かれ、当たり前のように俺の手を引く。

言葉が纏まらない。どうして最後の最後に俺とのダンスを選ぶのか。今夜一度踊った俺よりも、他の騎士達やランス国王とヨアン国王がいる。彼女のことだからジルベールとだって踊りたいに決まっているというのに。


「宜しくね、ステイル。」

喝采と歓声の中、向き合う俺と組合いながら彼女は笑う。

反射的に「こちらこそ」と返したが、掠れた。もう慣れた筈なのに頭がついていっていないせいか、彼女の背中に腕を回しただけで熱が灯った。おかしい、さっきだって普通に踊れたというのに。

音楽が始まり、ステップを踏み出す。もう何度も経験したプライドとのダンスは目を合わせなくても自然に踊れた。今日で二回目となるプライドとのダンスで彼女の息はすぐに上がっていった。合わせた手も、腕を回した背中もドレス越しでもわかるほど湿り気を帯びていた。汗も喉まで伝い、深紅の髪が数本張り付いていた。温度が上がり紅潮した肌も、照明の下では余計にわかる。……なのに。



何故、こんなにも美しいのだろう。



「今日の催し、頑張ってくれてありがとう。お陰ですごく楽しいわ。」

…………駄目だ、今は可愛い。

満面の笑みを向けてくれたプライドをうっかり直視した。

至近距離で見ればただただ美しさばかりが目につく彼女が、改めて上から下まで確認すればこの上なく愛らしい格好で俺の目の前にいる。ダンスが馴染んで少し冷静になった途端にこれだ。視野が広がれば今度は目の前の情報を拾い過ぎて目眩を起こしかける。

最初に部屋の前でプライドを迎えた時だって、本気でフラついた。こんな可愛らしいデザインのドレスをいつ発注したのかと問い詰めたくなった。騎士達に対して褒美にも程があると思えば、まさかのティアラの差し金だ。

二人で揃いで買ったというドレスは、ティアラにはいつもと同じように可愛らしく明るい印象だった。よく似合っていたし、見て開口一番にも褒めた。

しかし、プライドはあまりにも今までと違う印象過ぎて刺激が強かった。露出こそいつものドレスよりは遥かに少ないのが幸いだが。しかし、それでもあまりに可愛過ぎた。

何故最初から心の準備をさせてくれなかったのか。部屋の前で彼女を待っている時に何度でも俺に教える機会はあったというのに!……ティアラは昔から、俺にだけ意地が悪い。


「いえ、ヴェスト叔父様にも任せて頂けたことですから。……こうして良い運びとなって嬉しい限りです。」

ああ良かった、今度はまともに話せた。

プライドと共に回りながら観客の前を横切る。歓声が上がり、拍手が上がる。そういえば彼らの中には王族同士のダンスを見るのが初めての者も多くいるのだと気がついた。王族の代表としてここで不出来なダンスは見せられないと気を引き締める。


「疲れてはいませんか。もし辛かったらすぐに教えてください。」

「大丈夫よ。もう疲れなんて忘れちゃったわ。」

そう言って笑い皺が見えるほどに力一杯笑うプライドに、俺からも笑みを返す。そんな風に笑まれたら、本当に騙されてしまいたくなってしまう。

彼女を端から中央へとリードする。疲れている筈なのに軽やかにステップを踏むプライドに俺の方が心配になる。なるべく彼女に負担の少ないようにダンスしたい。

そこまで考え、ふと先ほど目にしたレオン王子やヴァルとのダンスを思い出す。あれならば、とまで思ったところで速攻で首を振る。あんなダンスを今のプライドとしたら本当に今度こそ心臓発作で死んでしまう。今でさえ、身体の内側からこんなにも心臓がけたましく暴れているというのに。


「ステイル?……ごめんなさい、もしかして迷惑だった?」

「⁈いえ、とんでもありません!」

しまった。一人で首を思い切り振ってしまったせいで要らぬ心配をさせた。

俺が否定した後もプライドが心配そうに「この後のこと?」「何か急な案件とか」と尋ねてくる。違います、本当に何でもありません、と言いながら目を合わせれば顔の熱が勝手に上がってくる。

近い、可愛い、プライドとあのダンスを想像して正気に返ったなどと口が裂けても言えない。そんなことを言ったら確実にプライドは俺がそうしたいのだと思って実行に移すに決まっている!…………決して興味がないわけではないが。

だが、この後も円滑に最後まで進行する為にもそれはできない。あくまで全責任には俺にある。

それに、せっかく定着し始めているティアラ企画の催しでもある。ダンス中に第一王子が倒れるなど非公式の場であろうとも、ダンスパーティー自体に悪い印象がついてしまう。もうこれ以上の事件は絶対にー……、……。


「…………プライド。」


暫く経ってから、口から溢れる。

観客の前を巡り、ゆっくりとステップを踏みながら。未だに俺へと心配そうに眉を垂らすプライドに呼びかける。

なに?とすぐに応えてくれたプライドと目を合わせれば、本当にいつもの彼女だと思う。もう一ヶ月もこの彼女を見てきているというのに未だ夢のようだ。頭ではわかっている。こうして過ぎてしまえば、いっそあの悪夢の方がたった二ヶ月間のことじゃないかと。それでも、…………やはりどうしようもなく記憶は新しいままだ。


「ありがとうございます。俺とダンスを踊ってくれて。……お陰でまた良い思い出ができました。」


ダンスは、嫌いじゃない。

プライドとのダンスも、ティアラとのダンスも好きだ。

ダンスパーティーだってこのまま催しとして定着化して欲しいと心から思っている。

それでも、三ヶ月前のあの事件は一生忘れられない。ティアラの誕生祭で、プライドと踊り、ティアラと踊り、フリージア王国の明るい未来を見据え、幸福で満ち溢れていた。……そんな時に、あの悍ましい事件だ。絶望に突き落とされた感覚も未だに生々しく身体にへばりついている。

だが、こうしてプライドとダンスを踊ればやはりあのひと時は幸せだったと思える。最後に絶望が待ち受けてこそいたが、その直前までは間違いなく幸せだった。

ダンスパーティーも楽しかったし、ティアラの誕生祭自体も良い時間だった。そしてまたプライドとダンスを重ねれば重ねる度にあの時の絶望の感覚が少しずつ洗い流されていくのを感じる。ダンスをして思い出すのが、あの時の悪しき事件ではなくプライドとのこのひと時に塗り替えられていく。絶望よりも憎しみよりも幸福が上回り印象付いてくれる感覚は言葉にできないほどに幸福だ。


そんな俺の言葉にプライドは目を丸くした。

少しだけ意外そうなその表情に口元が余計に緩む。プライドはそんなつもりではないのであろうことぐらいは俺もわかっている。俺の記憶の上塗りとか、俺の心を見透かしたわけではなく、ただ純粋にきっと俺とのダンスを楽しもうとしてくれた。今回の催しを計画した労いか何かだと考えれば納得もいく。冷静になった頭で考えれば簡単だ。彼女は、プライドはいつだって誰かの為にばかり動く人なのだから。……が、あの時は。


…………全く、気づけなかった。


プライドが俺の所に来てくれた時、手を差し出すのすら忘れてしまった。

ダンスの最中で最後の相手を決めるところだとわかっていた筈なのに、全く考えが及ばなかった。義弟として最初か二番目にプライドとのダンスを確約されている俺は、今まで一度も彼女に自分からダンスを望んだことなどなかったのだから。

しかも最後の締めくくり。これ以上の褒美はこの場にない。

そう思っているとやはりプライドは「当たり前じゃない」と笑った。少し照れたようにも見えるその笑みに、胸の火照った熱がぽっかりと緩く温かくなる。本当に、いつもと変わらない彼女がいるのだとそれだけで








「言ったでしょう?ステイルだったらたとえ義弟でなくてもダンスを受けるって。」








……言葉が、出てこない。

息を呑み、目が最大まで見開いたまま焦点が合わなくなる。

せっかく落ち着いた思考が再びバラけ出して崩れ溢れた。胃が妙に重く、身体中の筋肉が強張った。喉の奥が呼吸をせずに空白だけを残し、異物感を残しているかのようだった。心臓が妙に遅い。大きく鳴らすくせに一回一回が酷く遅く止まりそうだ。

こんなに俺が死にそうなのに、プライドは躊躇いなく言葉を続けてくる。眩い筈の笑顔も、今は目で捉えられない。呼吸も瞬きの仕方もわからない。どうすれば息を吸い、どうすればこの乾いた目を潤せる?


「だからステイルと踊るって決めてたの。」


声そのものが、光のようだった。

反射だけでステップを踏みながら、このままではいつか転んでしまう。目隠しで踊っているような感覚に危機感が湧く。なのに、この足も意識も思うように言うことを聞いてくれない。

白とぼやけた世界でひたすらに彼女の笑顔を探す。


『私は、ステイルだったらたとえ義弟でなくてもダンスを受けるわよ?』


彼女の言葉は本心だと。……わかっていた筈なのに。

それでも堪らなく思い出せば、身体の内側がうねりを上げた。あの時の言葉をプライドは本当に叶えてくれたのだと思い知る。

全身が総毛立ち、両腕が痺れる感覚にまで襲われた。今の自分の立場と、だからこそ彼女が俺を選んでくれたのだとわかってしまった。

公の式典やパーティーと違い、俺と〝踊らなくても良い〟この状況でそれでもプライドが俺の手を掴んでくれた。

あんなに息を切らせて、汗を滴らせて、目を輝かせて、……俺の元に。

「ステイル?」と、反応のない俺にプライドが呼びかける。ああ最悪だ。騎士達も見ているというのに顔の赤みが絶対に出てしまっている。

顔だってどれだけ間抜けな顔をしているのだろう。瞬間移動して逃げたいのに逃げられない。今、彼女に触れているこの手と腕を俺が離したくないのだから。

はっ……と、浅い呼吸が叶う。死の淵に近いほど呼吸困難になった身体が無理矢理酸素を追って吸い上げてくれる。吐き出し、喉を震わせば僅かに声がでた。気が付けば腕の中にプライドをくぐらせている。彼女とのダンスが身体に染み付いてくれていて本当に良かった。


『ダンス、また手を取らせてね。絶対取るって約束するから』


意識もまばらだったあの時。確かに彼女はそう告げてくれた。

〝また〟と〝絶対取る〟と。それが、今この時のことを指してくれていたのだと今更ながら思い知る。元々彼女とダンスを踊る権利を持つ俺に、……彼女から手を取ってくれる時など今この時以外あり得ない。

今だけはあれほどに温かく感じた歓声も喝采もくぐもった雑音にしか聞こえない。くぐらせた後のプライドを再び引き寄せ、手を重ね合わせる。俺の返事がないのが心配なのか、プライドがまた俺の名を呼ぶ。未だに焦点の合わない目は、呼吸とともに瞬きをしてもやはり上手く合わせないままだった。意識的に深く息を吸い上げ、目を瞑り、そして再び開かせた目と口を彼女へ向ける。


「……っ。……俺であれば、踊って……くれるのですか。」

あの時と、同じ問いを投げかける。

喉につっかかり、僅かにがらつき、最後か掠れて音楽に飲み込まれた。途中からは聞こえているかも怪しい俺の声に、プライドがフフッとこみ上げるように笑う。

情けないところをまた見せてしまったと、耳の先まで火で炙ったかのように熱くなれば指先が痺れたまま震え出した。ピクピクと痙攣するような俺の指を、重ねたプライドの手が優しく包む。運動のし過ぎで過剰に熱の上がった彼女の手は、今だけは火照る俺よりも熱い。熱を分けられた感覚に少し震えが止まったと思えば、包む手が今度は俺の指と指の隙間に入ってきた。同時にゆっくりと擦れ合う五本分の指の感覚に肩が上がり、心臓の音が急激に早まった。彼女の指と擦れ合う感触だけで恐ろしいほどに背筋までぞくぞくと身震いを起こす。



「当然じゃない。」



彼女は言う、凛と透き通ったその声で。

静かに鮮やかな色を落としながら。

その、言葉の続きを俺は知っている。知っていてわざと問いかけた。

彼女がそう答えてくれることを期待して。

過去の傷痕を綺麗に彼女が重ね合わせ、塗りつぶしてくれることを確信し、耳を立てて息を殺す。




「だってステイルも大事な人だもの。」




「っ……。」

熱を宿した、喉が痛い。

瞬きを何度しても焦点の合わなかった視界が、一瞬で鮮明に開かれた。あの時と殆ど変わらない笑顔を向けてくれているプライドがそこにいる。羽のように柔らかく微笑む口元も、光を宿す紫色の瞳も、上気した頬も、その全てが……何故だか酷く懐かしい。

たったそれだけのことが、本当に奇跡のような気がして胸が絞られた。いっそ痛みにも似たそれに、息が詰まる。危険を感じて奥歯を食い縛ったが、上手く力も入らず微弱に鳴らすだけだった。薄く吐いた息まで熱い。結ばれた指に力が入り、俺からも彼女を掴む。

反して共に曲に流れる足が弱くなる。このまま立ち止まってしまいそうな己に焦る。息がつまり、何より発熱した喉が次第に込み上げ出していた。誤魔化すように、背中に回していた腕を離し、彼女と共に広げた。喝采が上がり、そして軽くまた手を引けばくるりと深紅の髪を宙に広げて俺の胸に戻ってきた。再び組み直し、曲に合わせて観客の前へ流れていけば、切った空が心地よく頬を撫でた。

口の中を数度に分けて飲み込み潤し、肩から息を吸い込み、言葉を作る。


「……また、踊ってくれますか。」

「勿論よ。踊らない理由がないじゃない。」

「また、手を取ってくれますか。」

「ええ、何度でも。」

「また俺を探してくれますか。」

「絶対に見つけるわ。」


躊躇いもなく答えてくれる。

その言葉一つひとつが心臓を高鳴らす。必死にこみ上げるものを押し戻す俺の気なんて知らないで、涙腺を何度も飽きずに引っ掻いてくる。

少しくらい考えてしまえば良いのに。少しくらい否定の言葉を言っても俺は傷付いたりしないのに。「ステイルの方からも探してね」くらい言ってくれれば少しは頭も冷えた。

折角プライドへダンスに誘える機会だったのに、自らそれを無碍にしてしまったことが悔やまれる。よりによって髪を直そうとした手を取られたなんて間抜け過ぎる。ちゃんと礼を尽くして手を伸ばせば、きっとプライドが一生の思い出にしてくれたに違いない。


『ッ踊りましょう!』


…………いや、もう充分だ。

思い直し、彼女を回す。俺の手を軸にくるりと弧を描く彼女に目を奪われる。深紅に舞う姿が何度見ても見飽きない。俺の手を再び取ってくれる度に息が止まる。

きっと、これが最後じゃないだろう。またダンスを踊れば彼女はこうして楽しげに舞ってくれる。式典でダンスパーティーが行われれば俺の手を取ってくれる。……まだ最後じゃない。

音楽が終わりに向けて曲調が緩やかになっていく。王族として迎え討つべく、手足に力を込めた。指先一つでも意思を張り巡らし、最後に相応しく彼女をと考え、輝かすべく細心の注意を払う。出来ることならば今日プライドが踊った相手の誰よりも彼女を美しく魅せたいと欲を出す。

最後の最後を締め括る為に、彼女の背を支える腕に力を込める。静まる直前の大きな畝りに合わせて背を逸らす彼女を受け止めた。動きを止め、最後の一音の余韻まで待てば一拍の沈黙が落ちた。

次の瞬間には、爆発的な喝采と歓声が湧き上がる。

おおおおぉおおおっ‼︎と拍手と声が互いに音で音を打ち消し合い耳が塞がった。

歓声に合わせ、彼女の反らした背を起こす。ヴァルのように倒れ込むように仰け反らせはしなかった為、己が足でも立てていたプライドはすぐに体勢を整え



「あっ⁈」



ガタンッ、と。自立したと思った瞬間、プライドが膝から崩れた。

観客席からも声が上がり、俺が急ぎ支えるように彼女を抱き止める。「大丈夫ですか⁈」と思わず声を上げれば、プライドが俺の腕に掴まりながら「大丈夫」と苦笑した。プライドを追って中腰状態になる俺に、プライドも慌てて崩れた膝を立て直そうとするが、目に見えて足が震えていた。……やはり無理をしていたらしい。

本人は笑っているが、周りの騎士達がどよめいた。プライド様⁈怪我か⁈無理をっ……と声を漏らすのが俺まで聞こえる。


「ごめんなさい、気が抜けちゃったみたい。」

俺達の心配を打ち消すように、プライドが大きめの声で言い放った。

俺の腕に掴まる彼女を、そのまま持ち上げるようにしてそっと膝を伸ばさせれば今度こそ自らの力で立った。ありがとう、と返してくれたプライドが腕の中で俺に笑う。恥ずかしそうに自分の脹脛をドレス越しに軽く撫でた彼女は、顔を俯かせた途端に額から汗の粒が落ちた。


「……疲れたらいつでも俺に合図をと言ったではないですか。」

思わず少し強い口調で言ってしまう。

本来なら、俺が止めの合図を送る前にプライドから自己申告を受ける筈だった。なのにいつまで経っても自分から合図をくれない為、結局俺から止めに入ることになってしまった。

俺の言葉に彼女が肩を竦めて苦笑する。ごめんなさい、と言いながら俺の腕を握る指に力を込めた。立てたとはいえ、未だに若干ふらつくプライドが不安で未だに手離せない。


「だけど一人でも多く踊りたくて。でももう大丈夫。だから、…………ステイル?」


大丈夫と言いながら支える俺の腕を下ろさせようとする。

それでもいつプライドが倒れるかわからずに手離せない。まだ無理をしている気がして手離せない。もう観客に礼をしなければならないというのに手離せない。彼女の温度を、感触を、香りを、現実を、奇跡を手離せない。


どんな理由でも良いから手離せない。


「ッ……。」

意識した瞬間、歯を食い縛ったが駄目だった。

俺の変化に気付き、プライドの表情が曇り出す。眉を垂らし、顔の筋肉全てに力が入る。小さく結ばれた彼女の下唇が、自身の言葉を塞き止めているかのようだった。

喝采が弱まった。もう、きっと騎士達にも顔が見られている。戸惑いが、空気で肌まで届く。開かれた筈の視界がまた歪む。堪らず口の中を噛んで俯けば大粒が零れた。パタリと落ちた水が内側から眼鏡を濡らし、残りはフロアだ。

情け無い、恥だと思いながら堪え切れない。わかりきっていたことがこの上なく嬉しく、…………辛かった。

息を引き、〝すみません〟の一言すら出てこない。プライドを抱き締めたまま俯き、喉が締められたように自由がきかない。体勢を立て直そうとしても、喉が震えるだけだった。乾ききっていた目が今はその逆だ。


「……ごめんね。」


不意に、優しい声と共に髪が撫でられた。

擽られるような感触と、心地良さに目が醒める。目を上げればプライドが正面から腕を伸ばして俺の頭に回していた。

さらり、さらりと何度も頭を撫でられ、気恥ずかしさよりも今は安堵が襲う。唇が震え出し、自制が効かない。滲んだ視界の先で俺へと紫色の眼差しを与える彼女から目を反らせない。後頭部から首筋へ、頭頂部から前髪へと何度も撫でる彼女の温もりに縋り、胸が落ち着かない。

一度離した手で眼鏡の隙間から指を差し入れ、涙を拭われた。視界が明るくなれば、悲しげな眼差しのプライドがそこに居た。折角プライドの為の祝勝会でそんな顔をさせてしまったことが胸に刺さる。


「また、沢山傷付けてきてごめんなさい。耐え続けてくれてありがとう。………………もっと、泣かせてあげれば良かったわね。」


何度だって俺を見通してしまう。

何度も何度も優しく頭を撫でられ、その度に大粒が落ちた。彼女の言葉を聞いた途端に喉がとうとう引き攣ってしゃくり上げた。細い身体を抱き締める腕に力を込めて、それでも彼女は受け止めてくれた。


……プライドが、居る。


当然だ。あの日、俺達は彼女を取り戻したのだから。

今日まで毎日彼女と会って、話し、とっくにプライドとの元の日々だって馴染んでる。

もうあの悪夢は消えて、彼女との日々が始まった。もう右手が震えることも無いし、彼女を殺すべきだなんて思わない。従属の契約の効果なんて全く心配ない。今だって腕の中にいる彼女を、ただただ確かめられている。この腕の中に居るのは間違いなく







乞い求め続けた現実だ。







一度は本気で諦めた。彼女との幸福な日々も、関係も。

もう十年の優しい日々だけを糧に生きるしかないと思った。いつかはこの手でプライドを殺してしまうんじゃないかと怖くて怖くて仕方がなかった。

辛かった辛かった辛かった辛かった辛かった辛かった辛かった辛かった辛かった辛かった辛かった辛かった辛かった。アーサーが右腕を失って、プライドが国を裏切って、頼れる人のいない世界は俺の中ではこれ以上なく空虚で冷たく枯れきった。今だってあの時の感覚は何度思い出しても身の毛がよだつ。

なのに今は彼女とダンスを踊り、またあの言葉を俺にくれた。この手にしっかりと抱き、腕の中で笑ってくれるプライドがいた。


「……ッ、…………もう、……っ……失、……せないで下さい……っ。」


涕泣し、枯れた声は窶れていた。

落ちた肩と丸い背で、彼女と背も近づいた。喉も肺も痛み、その熱を押し返すように意識的な息を繰り返す。周囲の動きがあまりに遅く、鈍い。指先の温度が消えていく。抑えるはずの震えが激しく乱れた。

プライドの指が、再び眼鏡の隙間に入る。

掬いきれない程の大粒を指の腹で撫でるように何度も払ってくれる。濡れた指が目元を滑り、最後は同時に俺の両頬をなぞった。


「…………うん。」

息と同じ音だった。

音楽すら止まり、既に沈黙に満ちた空間でそんな声量じゃ俺にしか聞こえない。……だけど俺はそれで良い。

涙の跡と、彼女になぞられた跡で顔がべたついた。涙で頬をなぞった跡の白い手がそのまま俺の首へとまわされる。首にかかった髪を撫で、少しずつ頭の上から撫でる位置を変えられる。やはり優しい言葉と享受しかくれない彼女が今だけは少し
















「その為に、また助けてね。」















彼女の背を反らすほど腕に力を込め、咽び泣く。

勿論です、誓います、当然です、この命に代えてでも。その全ての言葉が混ざり、濁る。

いくら強く瞼を絞ろうとも、涙は止めどなく溢れて食い縛った口にも入る。観客の目も、己が醜態も、今は全てどうでも良い。


彼女がくれた愛しい我儘に、今はただ獣のように吠え続ける。


410

642

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] プライドは豹変し、親友は騎士生命を絶たれ、女王始め上層部は捕らえられ、さらに契約の呪いにまで縛られていた当時のステイルの辛さは想像を絶しますね。本当に良かった。
[一言] やっぱりあの事件は忘れられないよね、、、。ステイル様がプライド様と踊れて良かったぁ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ