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【アニメ2期決定!】悲劇の元凶となる最強外道ラスボス女王は民の為に尽くします。〜ラスボスチートと王女の権威で救える人は救いたい〜  作者: 天壱
怨恨王女と祝勝会

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659.副隊長は断る。


「……プライド様。あとは私達が。」


そう言い、そっとエリックの肩に手を添えて声をかけたのはカラムだった。

最初以外、短く切り上げていた前奏が今度は再び長く伸ばされている。本来ならばプライドが次のダンス相手を選ぶ為の前奏は、今は彼女が選ぶ為ではなく別の理由でひたすらに伸ばされていた。

エリックが涙してから、彼の頭をそっと抱き締めたプライドはその場から動かなかった。自分の肩にエリックの顔をそっと押し付け、涙を隠させていた。

彼の栗色の短髪を何度も撫で続けるプライドと、彼女と片手を繋いだままその肩に顔を埋めるエリックに、早くダンスを進めろと苛立つものは一人もいない。プライドの性格は以前より騎士団も知るところなのだから。

七年前に新兵だった者には、自分のことのように胸が熱くなった。自分達と同じ新兵だったエリックがそこまで上り詰めたことが喜ばしい。

カラムの声かけに気づき、自分の意思でゆっくりプライドから離れて顔を上げたエリックの顔は涙と羞恥で真っ赤だった。「失礼致しました……」と萎れたような掠れ声でプライドに深々と頭を下げるエリックに、プライドはもう一度だけ毛先をなぞるように指先で撫でた。

カラムがまだ視界も明らかでないエリックの肩に手を添え手前に引き込めば、今度はアランが強引に肩へ腕を回した。アーサーがジョッキとグラスを両方持って、エリックに駆け寄る。「水と酒です」と二つ両手に突き出され、エリックの代わりにアランがジョッキを受け取った。


「プライド様はどうぞダンスの続きを。」


カラムに促され、プライドはそうだったと周囲を見回した。

気付けば前奏が一周回りそうなのに気づき、急がないとと少し焦る。自分は良いが、自分が強引に引き寄せた所為でエリックがダンスを長引かせたと思われるのは困る。

本来、ダンスは女性から誘うものではない。だからこそ、プライドは自分に差し出された無数の手から踊りたい相手を探さないといけない。今まではアランを見つけた後から近衛騎士が四人とも揃っていたからすぐに見つかり、前奏の時間も余った。だが、既にこの場の四人は踊り終えてしまった。次は、と考えて目的の人物はここから大分離れた位置でダンスを観ていたことを思い出す。そして前奏が二週目に近づく中、プライドが絞り出した方法は


「あっ、アーサー。ハリソン副隊長を呼んでくれるかしら⁇」


自分が呼んではマナー違反として卑しくなってしまう。

ならばとハリソンお気に入りのアーサーに呼び出しを頼むプライドにアーサーは目が丸くなった。

「え?あ、はい」と思わずまたプライドを直視してしまった所為でまた顔が火照り出しながら、辿々しく言葉を返し、急ぎその場で呼びかけるように喉を張る。


「すみません!ハリソンさ」

「ここに。」


風が吹いたと思った瞬間、ハリソンの声がアーサーを上塗った。

まさかの観客である騎士達の間を縫うのではなく、ダンスフロアを横断し、最短距離で現れたハリソンはプライドとアーサーの間に立っていた。一瞬の登場に僅かに背中を反らしたアーサーと目を丸くするプライドを前にハリソンは無言で跪く。

長い黒髪がフロアの床につきそうになりながら、目の前にいる王女へ恭しく手を差し伸べた。今がダンスパーティー中であり、そして女性である第一王女が前にいるならば自身が取るべき行動が何かはハリソンも理解していた。アーサーの要件を聞く前に、プライドへ最善の礼儀を尽くすハリソンは跪くことも手を差し出すことも躊躇わない。




ただし、本当に取られるかどうかは別だった。




「宜しくお願いします、ハリソン副隊長。」

そう言って差し伸ばした手をすぐに取られてしまい、ハリソンは一瞬で目を丸くする。

口を一文字に結んだまま、プライドに引き上げられるように跪いた状態から膝を伸ばし、立ち上がる。見開いた紫色の瞳が皿のように丸く光り、深紅のプライドを写した。

彼女に中央へと手を引かれるままに足を動かしながら、顔だけをアーサーへぐるりと向けて要件はと訴える。だが、ハリソンに睨まれたと肩を上下させるアーサーは必死にプライドを手と目線で示した。慌てすぎて手の中のグラスから水をコポリと零しながら「それが用事です‼︎」と口の動きも混じえて必死に訴えた。

近衛騎士とダンスを続けているプライドが次にハリソンと踊りたがるのはアーサーにも、他の騎士達にも容易に想像はできていた。ただ一人、本人を抜いて。


「……⁈……?…………⁈」


疑問符しか浮かばない。

プライドに手を引かれながら、何故自分をと思う。他の近衛騎士四人は日中プライドと共にいる存在だからこそ選ばれるのも納得できる。だが自分は近衛騎士になって日も浅い。しかも他の四人と違い、今回の祝勝会で最初に騎士団長達と共に挨拶を済ませている。なのに何故わざわざ自分をダンスにまで誘ってくれるのか理解ができなかった。

アーサーに呼ばれて飛び出したのも反射に近い。まさか自分とプライドがダンスをする為に呼ばれたなど手を取られた後にも察せなかったのだから。


「急がせてごめんなさい。」

小声でハリソンに謝罪をしながら、中央に早足で辿り着いたプライドは早速ハリソンと組み合う。手を重ね、背中へ手を回し添えたらすぐに互いの目が合った。

プライドとのダンス、そして前奏が終わった直後という状況にハリソンは無言のまま曲に流れた。彼女の深紅とハリソンの黒髪が同時に揺れ、緩やかなステップに連れられる。未だに状況を把握し切れてはいないが、取り敢えずは今の自分の役割に準じた。

今までの騎士達のように華やかさはなく、基本のステップを踏み続けるハリソンの姿は、それでも騎士達の目を見張らせる光景ではあった。戦闘の姿と、高速の足での神出鬼没も相まって騎士達から恐れられるハリソンが、ダンスをする姿など想像できるわけがない。それどころか、ハリソンがダンスを踊れること自体に多くの騎士の顎が外れた。


「お上手ですねハリソン副隊長。」

少し意外でした、と続けながら笑うプライドは全く躊躇いのないハリソンの足取りに感心する。

プライドにとってもハリソンはダンスを得意とするイメージは全くなかった。だが、振り付けに迷う様子もなく、前奏での準備時間もなかったのに関わらず優雅に踊る姿は充分に素敵だと思えた。実力だけで言えば、ティアラの誕生祭でのアーサーと同じ程度の腕前のハリソンだが、堂々とプライドをリードする姿はその何倍も見栄えていた。

恐縮です、と一言で返すハリソンは、プライドをするりと腕の中に潜らせた。戦闘に関係ないダンスは最低限程度しか身に付けようともしなかったハリソンは、自分の実力もよくわかっている。自分の身の丈に合った振り付けを繰り返しながら、淡々とこなしていく姿はそれでも充分絵になっていた。

相手がプライドであるということと、騎士団長と副団長に見られているということだけが僅かな緊張感を保っている。プライドと共に弧を描き、拍手を受けても眉一つ動かさないハリソンはプライドの目からも感情が読めない。


「あのっ……、ハリソン副隊長、ありがとうございました。本当にこの度はご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。……貴方にも、許されないことを犯しました。」

「?……何のことでしょうか。」

思い切って言葉を掛けるプライドに、ハリソンの眉の間が僅かに狭まる。

感謝も謝罪も全く覚えがないといった様子で問い返すハリソンは困惑にも近い表情だけを浮かべた。足取りだけは落ち着いたままステップを繰り返し踏み続ける。

他の四人と比べ、ハリソンは近衛騎士としてそこまでプライドに関わってはいない。プライドが豹変した現場こそ目撃したが、それ以降に彼女を止めたのは自分ではない。もともと、近衛騎士として補助要員でもあるハリソンはプライドと関わることは近衛騎士の中では少ない。

離れの塔でアーサーを陰ながら手助けして見張りを担ったことも奪還戦で将軍を捕らえた事も知らないはずのプライドに礼を言われても腑に落ちない部分の方が大きかった。

だが、プライドはその睨んでいるようにも見えるハリソンの目を真っ直ぐと捉え、顰めた声ではっきりと口にした。


「アーサーの怪我も元はと言えば私の責任です。当時の私がアダムに指示をしてアーサーを狙うように差し向けました。……八番隊の隊長である、彼を。」

「………………。」

ハリソンに隠すことは容易にできる。

だが、プライド自身がそれをしたくはなかった。当時のアーサーの怪我の具合をプライドは知らない。だが、自分の所為でアーサーが怪我したことだけはわかっていた。アーサーを隊長としても、そして隊長になる前から大事に思っているハリソンにそれを隠すわけにはいかないと決めていた。


「第一王女殿下は操られておられました。」

「ですが、私が命じたことに変わりはありません。」

ダンス中に卑怯だとも思ったが、そうでなければ怒れるハリソンに冷静に話せる自信もなかった。ハリソンに半殺し以上を受ける覚悟はあったが、それで自分が庇えないほどにハリソンが暴走して責任を問われた時の方が怖かった。

ハリソンがアーサーを可愛がっていることはカラム達から口止めを受けているが、そうでなくても八番隊の隊長に傷を負わせた事実は充分にハリソンが怒りを抱いて良いものである。しかも、実際は大怪我どころか騎士生命を絶たれ、命すら危ぶまれた。

プライドからの告白にハリソンは片方だけ肩が上がった。瞬き一つせず、曲に流れながら自分を臆さず見上げてくる王女を見つめ続け、数十秒の沈黙の後に口を開いた。


「………………第一王女殿下を責めることはできません。」


「……そう、ですか……。」

ハリソンの結論だけの言葉にプライドは視線を落とす。

責めることはできない。それは決して責めていないわけでも、責める気がないのとも違う。ハリソンが騎士であり、プライドが第一王女である限り〝立場として〟責めることはできないという意味だとプライドは思う。

許されなかったことに肩を落としているわけではない。ただ、自分には責める価値もなく、……責めて貰えなかったこと自体に胸を締め付けた。ハリソンへ添える手から力が抜けていきそうなのを必死に意識して留めながら、曇り掛けた表情を誤魔化す。「そうですよね」と少し抑揚をつけて返し、騎士達の視線を浴びる中でハリソンが誤解されないようにと笑ってみせる。


「そんなお気持ちの中でも、騎士として奪還戦に尽力してくださり本当にありがとうございます。」

「〝そんな〟……?」

プライドの返答にまた眉を寄せる。

顰めるような表情、周りの騎士から見ればハリソンがプライドに変なことを言わないかと気が気ではない。二人が何やら話している様子に遠目からアーサーまで胸がざわついた。ちらりと見えるプライドの取り繕った笑顔に、一体ハリソンが何を言ってしまったのかと焦燥する。


「……一つ、宜しいでしょうか。」

珍しく、今度はハリソンから口を開いた、

未だに納得いかないといったハリソンの表情に、プライドの方が緊張で声を少し裏返した。どうぞ、と返しながら今度こそハリソンから許さないの一言か鋭い発言が放たれるだろうかと覚悟する。背に回す指がピクリと震え、口の中を飲み込んで言葉を待つ。

ハリソンはプライドとフロアの端でターンをかけた後、その口を動かした。


「第一王女殿下は、それを仰る為だけにこの手をお取りくださったのでしょうか。」


自分に謝罪と感謝の為にダンスを、と。ハリソンの短い発言の意味こそ理解したプライドだったが、その問いに思わず「え?」と瞬きを繰り返した。

見れば、淡々と語られる口調と反して、ハリソンの紫色の瞳が先ほどよりも暗く沈んだ。もともと低めた声が、心なしか更に低まったのもプライドは気が付いた。何故このタイミングで、と少し不思議に思いながら首を傾げたい気持ちを抑えてプライドは当然の言葉を返す。


「いいえ、私がハリソン副隊長と踊りたかっただけです。……本当はダンスのみを楽しめる立場に私があれば幸いだったのですが……。」

ごめんなさい。と再び謝った。

プライドとしても本来ならば、他の近衛騎士達と同様にハリソンとも誰ともこんな風な気持ちで踊りたくはなかった。自分がこんな過ちさえ犯さなければ、もっと最初から笑って彼らとのダンスだけを楽しみたかったと思う。だが、今の自分の犯したことを考えればどうしても謝罪も感謝も口にせずにはいられなかった。いくら誰かに許されようとも、他の誰かと顔を合わせれば、また自分にはそんな資格はないと今でも思ってしまう。

プライドからの返答に、再びハリソンは黙した。見開いた目のまま、まるで爪を立てるようにプライドに添える手の指に急激に力が入った。軽くつねられる程度の痛みだったが、不意打ちに思わずプライドが息を詰まらせ肩を上下する。ハリソンも流石に気付き「失礼致しました」と返し、一度手を離してすぐに添え直した。

ダンス中に振り付け以外で女性の手を離すなどあり得ない。それは、当時ダンスを教えてくれた副団長のクラークにも散々言い聞かされたことだった。

「いえ」「びっくりしただけです」と返すプライドは、謝罪のすぐ後に、「ダンスが踊りたかっただけ」という発言など配慮に欠けていただろうかと後から反省する。だが、今の状況でハリソン相手に嘘をつくのも憚れた。

怒らせただろうかと、肩が強張りかけながらプライドはハリソンを上目で覗く。切り揃えられた前髪でも、長い黒髪でもともと顔が見えにくい彼は少し顔を傾けるだけで表情がわからなくなる。


「……ならばお楽しみください。」


え?と、あまりに突然放たれたハリソンの一言は、ぼやきかのようだった。

淡々と語る彼は、プライドではなくダンスの進行方向へと顔を向けていた。長く流れる黒髪と高い鼻先しかプライドの目には見えない。


「第一王女殿下には宴を楽しむ権利があります。」


次の言葉は妙にはっきりとしていた。

断言すると言ってもいいほどにはっきりとした口調に、プライドの目が丸くなる。つい今の今まで自分に怒りを抱いていた筈のハリソンが何故そんなことを言ってくれるのかわからない。せめて王族らしく振る舞えという意味なのだろうかと考えを捻り続ける。

気づけば踏み慣れたステップが僅かに早められ出した。勝手にも思える加速だったが、しっかりとその腕はプライドをリードした。


「我が隊長の負傷が第一王女殿下が元というならば。」


カンッ、と靴の音が軽やかに響く。

既に今まで何度も同じ基本を繰り返したステップに、速度を増す程度は容易だった。更にはさっきまでは時折にしか入れなかったターンや、プライドを腕の中に潜らせる回数も増えていく。


「今の騎士団が在るのも第一王女殿下の功績です。」


ダンスが早まったことよりも、ハリソンの言葉にプライドは驚いた。

淡々とした口調で断言するハリソンは、僅かな覇気すら混じえていた。今までとは違い、ハリソンの言葉には〝否定は認めない〟と言っているような圧まであった。

私の……?と意味を尋ねようとするよりも先にハリソンがくるりと自分を一回転させた。ハリソンと踊って初めての回転に、ドレスが柔らかく広がった。


「騎士団長の御存命もアーサー・ベレスフォードの入団も第一王女殿下の功績です。それを敵に操られ正気を奪われていた第一王女殿下が我々に責めろと仰られるのは無理な話かと。」

「!いえっ……ですが、それとこれとはっ!」

早口で語るハリソンにプライドは思わず今度は食い下がる。

大昔に自分が騎士団に助力したことは本当だが、助けたからといってその後にどんな扱いをして良いと言うわけではない。そんな考え方ではそれこそ狂気に飲まれていた時の自分と変わらないとプライドは思う。

力が入り過ぎて声が上擦ったプライドを、まるでいなすようにハリソンはしっかり抱き寄せる。そのまま二人で弧を描くように回れば、風圧でプライドの最後の声は打ち消された。一周した後にはまるでさっきの話が聞こえていなかったようにハリソンは再び言葉を続ける。


「たとえば私が騎士団長を殺めたとして。それがラジヤ皇太子に操られていたと訴えても、第一王女殿下は私を断罪されますか。」

信じられないほど淡々と語る言葉に、プライドは口を噤ませた。

唇を噛み、答えられなくなるプライドにハリソンはそれを返事と受け取った。一瞬だけ髪の隙間からプライドの表情を確認すると、ステップを踏みながら更に口を開いた。一度返す言葉を奪われたことでプライドも次こそはと返答するべく言葉を待つ。


「……私のような者ですらも、騎士団長を殺めたそれを本性とは思われませんか。」

「当然です、ハリソン副隊長は騎士団長のことを慕っておられるのは見ててもわかりますから。」

「ならば私が相応しき死罪をと泣いて懇願すれば殺して下さりますか。」

間髪入れない言葉にプライドは再び言葉に詰まった。

たとえの話でも、それを想像しただけで胸が刺すように痛んだ。ゲームではハリソンは出番どころか存在すらない。だが、もしハリソンにそんなことが起こればと思えば




「それが、答えかと。」




すとん、とまるで突き飛ばされたかのように強制的な理解に襲われた。

背中に互いに手を添え、片手を重ね合っている筈なのにプライドは本気で手離され倒れ込むような感覚を覚えた。気が付けば息も止まり、顔を逸らすハリソンへ必死に目を合わせようと自分と同じ紫色の瞳を追い掛ける。しかしハリソンは変わらずダンスを流しながら、プライドへ振り返ろうとはしなかった。


「第一王女殿下のお人柄と経歴を知り、その上で慕う我々に責めろというのは不可能です。諦めた方が賢明かと思われます。」

諦めろ、という言葉にプライドは自分の考えが読まれていると理解する。

責められたいと、叱られたいと思っても誰にもそうされない。許されないことを犯したにも関わらず、全員に許される。それどころか罪を認められない歯痒さが、彼らのその優しさが今やヤスリで削られるように薄く胸に擦り傷を重ねていた。


「許しを欲して謝罪を重ねる事は卑しいですが、的外れな贖罪は自己満足です。第一王女殿下の謝罪も贖罪も断罪も我々には重荷でしかありません。」

ハリソンの歯に絹着せない言葉がザクザクとプライドの胸に刺さる。

自己満足、という言葉がグリグリと傷口を抉ってくる。全てが全て仰る通りとしか言えない。こんなに話す人だったのかと的外れなことを思いながら、プライドは黙して聞いた。

ハリソンの横顔が変わらず見えないが、その声調には全く変化はなかった。だが、ハリソンの言葉は丁寧な言葉でこそあるものの一言で言えば「自己満足に巻き込むな」という意味なのだろうなと思う。


「我々は騎士です。救うも制すも守るも全て仕事です。当然のことをしてそこまで重荷に思われては我々の在るべき根幹が揺らぎます。」

「ごめんなさい……。」

完全にハリソンに論破される。

ダンスを踊りながらプライドの伸びていた背中がとうとう丸くなる。声に覇気が無くなり、口が笑うも泣くも出来ずに引き攣った。頭に漬物石でも乗せられているかのように重く沈ませ、隠しきれないほど表情を曇らせるプライドに、ハリソンはやっと目を向け、首を捻った。

プライドに突然謝まられた違和感に目を向ければ、何故か彼女の表情まで優れない。まだ何か気負っているのかと危惧したが、そこまでの心情は理解できない。だが元々自分はそういうのに向いていない。そう思えばわからない部分は他の人間に任せようと、ハリソンは自己完結すると再びプライドと共にくるりと回った。基本のステップを繰り返しながら、曲が終わりに行くのを待つ。


「ですから、どうぞ第一王女殿下は宴をお楽しみ下さい。」


ここまでけちょんけちょんにダメ出しされて自己満足を指摘されたら、自分の事が恥ずかしくて呑気に楽しめない。

むしろ何故ここまで駄目駄目な自分に楽しめと言ってくれるのか。そう思いながらも、プライドはすでに返す気力を失っていた。

あまりに脈絡がないと思えるハリソンの会話運びに、アーサーが一年前に彼の事を「わけわかンねぇ」と話していたのを思い出す。だが、少なくとも最初のたとえ話はハリソンからの優しさなのだなと理解する。

もしハリソンが同じ立場であれば自分は彼をどう思うかと考えれば、騎士や周りが自分を責めないでいてくれる気持ちも理解できた。レオンやステイルが言ってくれたのもそういうことなんだなと改めて思う。


「ありがとうございます……ハリソン副隊長。」

いずれにせよ、ハリソンが気付かせてくれたことは変わらない。

曲が終わるのに合わせて動きを緩めながら、プライドはハリソンに小さく唱える。プライドからの言葉に「いえ」と短く応えるハリソンは、ダンスの終わりまでプライドと目を合わせなかった。

動きを止め、礼をし、手を取り合いながら元々ハリソンがアーサーに呼ばれるまで控えていた場所へと向かう。

喝采に包まれる中、プライドは隣を歩くハリソンを前のめりに覗き込んだ。突然プライドに顔を覗かれ、さらにはその表情が不安げに歪んでいることにハリソンは思わず途中で足を止めかけた。目を見開き、見返してから「何か」と返すハリソンへ、プライドは並んで歩きながら尋ねた。


「次もまた踊って頂けますか……?その、…………義務でなくても。」

おずおずと尋ねるプライドにハリソンは耳を疑った。

何故、プライドの方が下手(したて)に出て頼むのかわからない。しかも「義務でなくても」とそうつけた意味もわからなかった。だが、プライドからの問い掛けは冗談の類ではなく、本当に自分へ許可を願っている表情だった。

ハリソンの戸惑いを察したかのようにプライドは更に言葉を慎重に重ねていく。


「次からは、……最初から最後まで笑ってハリソン副隊長とダンスがしたいので。」

願うように、自分へ重ねるプライドの指の力が強まる。

他でもないプライドにそう願われて、彼が答える言葉など決まっていた。


「…………謹んでお受け致します。」


ハリソンの抑揚のない声に、それでもプライドの笑顔が明るく灯された。

しかし、プライドにありがとうございますと返されても一言だけ発したらまた目線を前方へと向けてしまったハリソンはとうとう元の場所に辿り着いた。そこでハリソンに重ねていた手をプライドはそっと静かに離


「…………もし。」


……す、前に。ハリソンが引き止めるようにしてその手を握った。

零した言葉とともに握った手は、硝子に触れるかのように今度は慎重な手付きだった。

先程まで目を逸らされてばかりだったハリソンから止められ、プライドは驚きのあまり心臓が動悸した。はい、と返しながら息も潜めてハリソンの言葉を受け取ろうと向き直る。

先程まで逸らしてばかりいたとは思えないほどに真剣なハリソンの眼差しは眼光が刃物のようだった。それが更に鋭くなる彼からは些か覇気まで溢れ出してくる。まさかここで最後の最後に斬られるのかと身構えそうになるプライドへ、片手を離さないままハリソンは強く告げた。




「もし、万が一第一王女殿下を責めようとする愚者がいればこの私が制します……!」




瞬間、ハリソンの紫色の瞳がギラリと光った。

覇気だったものが殺気に変わり、思わずプライドは肩を上下した。ひっ……‼︎と喉が引く音が漏れ、周囲の騎士が反射的にハリソンへと身構えた。

違う!違うから‼︎とプライドは周囲へ目だけで訴えながら声が出ない。騎士達の反応が無理もないほどに、ハリソンからは色濃い殺気が溢れかえっていた。

外から見れば、ハリソンがプライドに殺気を向けているとしか思えない。あ、ありがとうございますっ⁈と早口で返しながら、プライドはハリソンの無実を証明するにはどうすれば良いかと考える。そして思いつくより先に二人へ向けて穏やかな声が掛けられた。


「ハリソン、殺気を無闇に飛ばすんじゃない。折角の祝いの場で騎士達に武器を抜かせるな。」


騎士達を背後から掻き分けた副団長のクラークがハリソンの肩へと手を伸ばす。

プライドとハリソンがダンスを終えるのに合わせて二人の向かう先へと足を運んだクラークは、呆れたように笑いながら二人を見比べた。

クラークに止めに入られ、また何かやってしまったのかと理解する前に「失礼致しました」と謝罪するハリソンは深々と頭を下げる。プライドもそれに答えたが、今はハリソンが無実の罪で自分の恐喝を疑われないかとそちらの方が気掛かりで仕方ない。ハリソンの脈絡がないように聞こえる言葉ばかりなのは既に理解したが、何故今度は突然ハリソンが怒ってくれたのかがわからない。

ハリソンからは自分を責める相手、更にはその人物を実力行使で叩き潰す気満々の意志さえ見えた。ハリソンが自分を慕ってくれているらしき話はカラム達から一年前に聞いたプライドだが、未だにこれではどちらかわからないとも思う。


「申し訳ありません、プライド様。ハリソンもプライド様とのダンスに少し燥ぎ過ぎたようです。」

はしゃぐ⁈と、クラークの言葉にプライドは衝撃を飲み込んだ。

ダンス中、一度も燥ぐの「は」の字も見せなかったハリソンが、更にはクラークの言葉に同意するように再び頭を下げた。ハリソンのその反応にも慣れたようにクラークは「どうぞダンスの続きをお楽しみ下さい」と言うと、ハリソンの肩を叩いた。クラークの合図に合わせるようにハリソンは掴んでいたプライドの手を大人しく離す。

プライドは離された手とハリソンを数度見比べ、少し固まった。それから改めて丁重に礼をするとハリソンへそっと最後に声をかける。


「たくさんのお言葉、本当にありがとうございました。また、次のダンスも楽しみにしています。…………ちゃんと、反省しますね。」


反省……?と少し首を傾げたハリソンだが、そのまま手を振って一人中央へ戻っていくプライドに何も言えなかった。

二人の様子に騎士達もわからずに訝しむ中、クラークだけがその肩に手を置いたまま溜息を吐く。


「……ハリソン。また、誤解を招くようなことを言ったのか?」

「ありのままをお伝えしました。」

嫌な予感がするぞ、と思いながらも慣れたように尋ねるクラークに、ハリソンは間髪入れずに応える。その返答に、自分の予想が当たっているのだろうなと思いながらクラークは質問を重ねた。


「率直に言うと?」

「第一王女殿下は責を負う必要はなく、我々は騎士として当然のことをしたまでだと。」

「あとは?」

「騎士団のことを想われるならば、必要のない謝罪よりもこの場を楽しんで頂ける方が宜しいと。」

「………………ちゃんと伝わっていたか?」

「わかりません。」


ハァ…………、と、クラークがぐったりと項垂れる。

多分その半分も伝わっていないだろうと、長年の経験から確信する。しかし「また私が何か」と尋ねるハリソンには「いや、大丈夫だ」と二度肩を叩いた。

プライドも彼女なりに言葉を受け止めてはくれている。少なくとも彼女の反応から、今回はハリソンから悪意のある言葉と誤解を受けてなさそうだと、そこだけは安堵した。


「お前があんなに話すのも珍しい。……よっぽど良い時間だったんだな。」


くっくっと喉を鳴らして笑うクラークの言葉にハリソンは首を僅かに傾けた。

内容こそ聞こえていなかったが、ハリソンが途中からは殆ど一方的にプライドへ話していた姿は誰の目にも明らかにだった。クラークに言われ、そういえば確かにぺらぺらと口が回っていたとハリソン自身も今更気がつく。

最初こそ困惑と疑問以外は冷静にこなしていた筈なのに、途中からは口数の少ない自分ばかりが舌を回していた。何故、いつの間にと考えれば、先程のプライドとのやり取りを思い出す。


『私がハリソン副隊長と踊りたかっただけです』


「………………。」

あの時からか、と。

理解すればハリソンは意識的に口を噤んだ。

てっきり自分へ懺悔する為だけに手を取られたのかと納得しかけていた頭に、さらりとプライドが言い放った言葉はハリソンにとってそれなりに衝撃だった。

自分も踊りたいとプライドが思ってくれた。最後にはまた自分と踊りたいと望んでくれた。細かいやり取りは抜きにして、ハリソンはその二つの事実だけで充分だった。


「次のダンスも約束していたじゃないか。……楽しみか?」

「はい、とても。」

そうかそうか、と楽しそうにクラークがハリソンの頭をわしわしと撫でた。

騎士団で唯一その行動をハリソンに取れるクラークは、愉快そうにまた喉で笑う。何故笑っているのかはわからないが、心から楽しそうなクラークの姿にそれだけでハリソンも満足した。

鼻から息を吐き、落ち着いたように次のプライドのダンスへと目を向け
















「ッざけんな主!俺がンなもんできると思うか⁈‼︎」
















「…………………………………………………………………………………。」

「……ハリソン。」


我慢できるな⁇と、念を押すように肩を強く叩くクラークに、ハリソンは無言のまま頷いた。

……殺気を混じえながら。


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― 新着の感想 ―
何度も読み返していますが、色々な場面でクラークやアーサーに呼ばれたハリソンが、指笛を聞いたステイルのように、遠くから高速で飛んでくるのがすごいと思うし、大好きです!
[一言] ある意味、ドストレートなハリソンだからこそプライドの気持ちを一番軽くできたのかなって思った。 ……まあかなりの荒療治だったが そしてオチw
[一言] 最高のオチだw
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