641.怨恨王女は前に出る。
「ただいまより、ダンスパーティーを行います。どうぞ来賓の方々は中央フロアへ御集り下さい。」
布告役のその号令に、私は口の中を飲み込んだ。
どうしよう、前回よりも心臓がすっっごく煩い。けどそれも当然だと一人で納得もする。
前回、初めての試みとして行われたティアラ発案のダンスパーティー。誕生祭はその後に私が台無しにしてしまったけれど、ダンスパーティー自体は大成功だった。私がアダムに襲われたのもダンスパーティーは関係なかったこともあり、無事今回も行われることになった。私としても折角ティアラが整えてくれた最高の催しに嫌な印象が残ってしまわないように払拭したかったから、是非ともと提案してくれたステイルに全力で同意した。
今回、祝勝会でのダンスパーティーは、前回の誕生祭と比べて規模が小さいことに合わせて今回も縮小化された。今回はダンスパーティーへの汚名返上の意味合いも大きい為ということもある。
ダンスの相手も一名を除いて後は事前に承諾を得た五名のみ。そして披露するのは
私、一人。
「頑張って下さいっ、お姉様、兄様!」
最初に踊る相手であるステイルと並ぶ私をティアラが元気付けてくれる。
目を陽の光みたいにキラキラさせてくれるティアラが眩しい。今回、二度目のダンスパーティーが公式にも行われることが決まった時にも一番喜んでいた。ありがとう、と顔を綻ばせてくれるティアラにお礼を言いながらも最後の最後に悪足掻きをしたくなる。
「だけど、本当に……本っ当に良いのティアラ?それにステイルもやっぱり三人で一緒に」
「いえっ!折角のお姉様のお祝いですからっ‼︎皆さんもお姉様のダンスを望んでいると思いますっ!」
そう言ってふわふわな金色の髪ごと顔を左右に振るティアラの意思はやっぱり硬い。
今回、縮小化ということでティアラはダンスを踊らない。ステイルも私とダンスをしたらフロアから引いてしまう。もう本当に心細いしプレッシャー感すごい‼︎
私の無事を披露することがメインだからという話だけれど、そんなこと言ったら前回は誕生日であるティアラが主役だったけど三人で踊ったし、彼女こそ今回の奪還戦収束してくれた立役者の一人なのに‼︎
縮小というのならティアラと二人で分けて六人と踊った方が早く終わるし、もしくは私が六人と踊ってる間にティアラが別の人とダンスをすれば問題ない筈だ。なのに「皆、ちゃんとお姉様と踊って欲しいんですっ」「皆さんはお姉様の無事を見たいんですっ」と言い切られてしまった。しかもステイルまで賛成する始末。
可愛く可憐なティアラとダンスしたい人やその姿を目に焼き付けたい人の方が圧倒的に多いと思うのだけれど。それにステイルとダンスしたい令嬢だって絶対いる。というか絶対ダンスに於いて男性はティアラ目当てだし女性はステイル目当てが殆どだ。折角のお祝いに私がその機会丸ごと奪ってしまうと思うと気が咎めた。……ただ、
これから踊る彼らは、きっと私とのダンスを心から楽しんでくれる。
それだけが唯一の救いだと、そう思う。
ティアラが目を変わらずキラキラさせながら「お姉様達のダンスをじっくり見れるのがすごく嬉しいです!」と満面の笑みまで向けてくれた。だけどそれを言ったら私もティアラ達のダンスを最初から最後まで特等席で平和に見たい。
既に興奮気味のティアラは頬をぽかぽかと紅潮させながら、今か今かと演奏家達へ目を向けた。もうこんなにダンス鑑賞を楽しみにしてくれてるティアラに「心細いから一緒に踊って」なんてとても言えない。
諦観を胸に苦笑いを浮かべてしまう私の右手をティアラが両手でぎゅっと握ってくれる。きっときっと素敵な時間になります!と木漏れ日のような笑顔を向けられればもう腹を括るしかない。
「行きましょう、姉君。」
ステイルが私に手を、伸ばす。
とうとう演奏が始まって、綺麗な音楽が私達を呼ぶように大広間全体に響き出した。ステイルの言葉にその手を取りながらダンスフロアに目を向ければ、大勢の来賓が集い、信じられないほど静まり返って私達を待っていた。
今回はあのフロアに私一人。唯一の頼り便りは最初に私とダンスのエスコートをしてくれるステイルだけだ。
ええ、と言葉を返して私はとうとう一歩踏み出す。ティアラがいってらっしゃいと最後にそっと私とステイルの背中を押してくれた。その暖かで小さな温もりを最後に私は歩み出す。
「第一王女、プライド・ロイヤル・アイビー殿下。第一王子、ステイル・ロイヤル・アイビー殿下。」
布告役からの紹介と私達の登場に、静まりきっていた広間が一瞬で大きな喝采に包まれる。
誕生祭の時よりもずっと人数が少ない筈なのに負けないくらいの大きな拍手だった。身体に力が入って思わずステイルを握る手に力がこもる。これから最後まで彼らの視線を浴び続けるのだと思うと胃の中身がぐるりと先に円を書いて踊り出した。もういっそこの場で卒倒してしまいたい。
シャンデリアの明かりが灼熱の太陽のように熱く感じてしまう。汗が滴って、化粧が落ちていないかと今更もう一度鏡を確認したくなる。ステイルと向かい合って互いに組んでもまだ心臓の音が鳴りやまない。寧ろ覚悟を決めたはずなのに余計酷くなっている気が
「緊張していますか?」
……不意に、柔らかな声で尋ねられる。
びくっ、と指摘されてしまったことに身体が跳ね上がった。来賓から目の前にいるステイルへと焦点を合わせれば、黒縁眼鏡の奥から漆黒の瞳が私に真っすぐ向けられていた。
しまった、これからダンスを踊るのに。とちゃんとステイルに集中するべく息を整える。少し、と短く返しながら頭の中で必死に当然のようにできていた筈のダンスの振り付けを思い返す。すると明らかに緊張ど真ん中な私に気づいてか、ステイルがクスリと小さく俯いて笑った。
緊張を隠しきれてないのが恥ずかしくて、唇を結んで固まってしまう。まずい、もう始まるのにと緊張で泣きたくなりながらステイルを見返せば、それ以上の笑いを耐えてくれた所為か、既に頬が赤く火照ったステイルが込み上げるような笑みのまま私へと口を開いた。
「俺もです。」
優しく、どこか楽しそうなステイルの言葉の直後、とうとう前奏が終わった。
410




