640.騎士は恐縮し、
「いやはや、こうして生きている間に目にすることができるとは。」
「噂は以前から耳にしておりました。」
「もしや……とは思いますが、一つお聞きしても宜しいでしょうか?」
聖騎士殿、と。
そう何度も呼ばれる度に、口角が片方だけ引き攣った。
緊張と、信じられねぇ数の貴族に囲まれて意識してもどうしても肩が強張る。どうぞ、と返しながらも頭ン中では頼むからこれ以上情報増やすなと叫ぶ。もしや、っつーか絶対わかってンだろ‼︎その薄っぺらいツラ見りゃァわかンぞ‼︎‼︎
「ベレスフォードと申されましたが、……どうやら騎士団長とお顔もよく似ておられるようで……?」
「……ええ、騎士団長は自分の父です。」
おおおおぉぉお!それはそれは……!素晴らしい!
歓声が、また唸る。
さっきから何度も話す相手が変わる度にこの繰り返しだ。喜ンでくれてるのは嘘じゃねぇし、俺に目を輝かせてくれてンのも本音なのはわかる。けど、すっっっっげぇ疲れる。
歓声が上がる度に肩身が狭くなる。騎士団長も鼻が高いでしょう、とか流石は騎士団長、とか言われンのは嬉しいけど、何だか褒められ過ぎて全身が擽られるみてぇに力が入る気分だった。
最初は歓声が上がる度に遠目から笑って眺めてただけのアラン隊長とエリック副隊長が、今は来賓に俺のことを聞かれる度にベタ誉めするし、それが時々耳に届く度に恥ずかしくて顔が熱くなる。
しかも近くには父上が居て明らかに俺の話題を振られてる。ご自慢でしょう、素晴らしい御子息で、一体どのような教育をとか言われる度に父上が返してる言葉に耳が向いちまう。恥ずかしいから聞きたくねぇのに気になるし。なんか来賓に俺を誉めさせられてるみてぇな気もして悪い気までする。クラークなんて明らかに俺に聞こえるように誉めやがる、畜生。
せめて聞こえない位置に離れてぇのに、来賓に囲まれて動けなくなる。その間にも話しながら気にしないようにすればするほど周りの声を拾っちまう。目の前で俺を誉めてくれる人達も期待してくれる人達も取り繕いのないぐらいにそのままの笑みで、それだけでもくすぐってぇのに
「ええ、本当にアーサーはすごい騎士ですよ!隊長格になる前から才能は抜き出ていましたね。」
アラン隊長の嬉しそうなハツラツとした声が聞こえるし
「はい。お恥ずかしい話、自分の方が確かに経験としては長いですがアーサー隊長は周りの騎士と比べても昇進は段違いです。本当に優秀な騎士で……」
俺よりすげぇ筈のエリック副隊長が俺を持ち上げてくれるし
「御心配はいりません。アーサーは私や騎士団長が手を掛けずとも昔から真面目な騎士ですから。プライド様と並んでも恥ずかしくない立派な騎士だと自負しております。」
副団長のクラークまで褒めすぎなぐれぇ大声で褒めてくるし
「ええ、自慢の息子です。それに、違いはありません。」
ッッ父上まで褒めてくっし‼︎‼︎
わかっけど‼︎今の場面じゃ俺を褒めるしかねぇってことくらい‼︎たとえ思っても思ってなくてもそう返すしかねぇって‼︎
でも、ここで父上達の顔を見る勇気がない。見なくても確実に皆が嘘や取り繕いなんかで言ってるわけじゃないって思えちまうし。ンな顔みたらそれこそ顔から火が出るに決まってる。既に耳が熱いのに直視なんかできるわけがない。
目も耳もどっちに意識を集中させても死にそうだ。ありがとうございます、と来賓に言葉を返しながら必死に笑顔を作る。ここまで期待されると本当に囓るだけでも聖騎士がどんなもんなのかステイルから教えて貰えておいて良かった。
こんな来賓の数を父上は毎回相手にしてたンだと思うと改めてすげぇと思う。それに、ステイルの誕生祭の時なんて……
ざわり、と突然周囲が騒めいた。
「騎士団長殿、そしてアーサー騎士隊長殿。今朝方は表彰、心よりお祝い申し上げます。」
集まっていた来賓が、自然と道を開けていく。
中央から堂々と現れたのは三人の王族だった。今回の祝勝会、ステイル達以外で王族で招かれているのはたった二国。
王族の登場で当然のように来賓の貴族達が俺達に挨拶だけ伝えて引いていった。俺も父上達も誰もが向き直って目の前の王族を迎える。一歩前に出た父上が礼をしてから伸ばされた手を順々に掴んだ。
「ありがとうございますランス国王陛下、ヨアン国王陛下、セドリック王弟殿下。この度は御助力誠に感謝致します。」
王族相手に臆さず胸を張る父上に、ランス国王達も「こちらこそセドリックが」と笑みを返す。
今までも式典で何回か挨拶をしたことはあるけれど、特にランス国王は威厳がすごい。本当に国王なんだなと一目でわかる風格で押されそうになる。あン時の寝込んでた姿とは別人だ。父上と並ぶと余計に覇気に煽られる。
父上の次は副団長のクラーク、そして次は俺が握手を求められた。順々に手が湿りそうになりながら握手を交わす。……アラン隊長やエリック副隊長を差し置いて良いのかと、それだけでも胃が重くなる。
ありがとうございます、と言葉を返しながら最後にセドリック王子と握手を交わす。手を握る前から目の奥の焔を眩しいくらいに光らせていたセドリック王弟は、俺の手には一瞥もなく目をがっつり合わせてきた。そのまま手を握った途端、興奮した様子で祝いの言葉の後に続けて話し出す。
「本当に聖騎士とは素晴らしい。私は文献でしか知りませんが、三百二十二年ぶりの聖騎士誕生の場に立ち会えるとは思いませんでした。ですが、此度の奪還戦のみならず我が国の防衛戦でも見事な活躍を為されたアーサー隊長ならば騎士ガーターと騎士ベルトランの名を継ぐに相応しい騎士かと!」
すっげぇまた褒められた。
それでも必死に興奮を抑えるみてぇに言ってくれるセドリック王弟の目は焔が揺らめいていた。っつーか、フリージア王国の人じゃねぇのに絶対この人俺より聖騎士に詳しい。やっぱステイルから借りた本もちゃんと読まねぇとなと改めて思う。目を灼熱に輝かせて言ってくれるセドリック王弟に俺も頭が下がった。恐縮です、ありがとうございますと返せば、素晴らしい快挙ですとまた褒められる。この人の褒め言葉は本当に真っ直ぐで熱くて恥ずかしくなる。
「僕らもセドリックから聞いて驚きました。勉強不足でお恥ずかしいことですが、アーサー隊長が表彰された後に歴史的快挙であったと知り……本当に素晴らしいことだと思います。」
すみません、俺はもっと後に知りました。
父上に投げ掛けながら俺を示してくれるヨアン国王に、言葉こそ返せねぇけど両肩に力が入る。聞けば聞くほど騎士である俺が知らねぇのはやべぇンだなと思い知る。ランス国王が続くように「まさかフリージア王国伝説の騎士を継ぐに等しいとは!」と頷きながら言うから余計に肩が強張ってとうとう不自然なくらい上がった。セドリック王弟と握手を終えた後にも思わず唇を絞ったまま何も言えなくなる。
その間も父上がありがとうございます、と返しながら言葉を続ける。さっきみたいに周りの来賓の声がないからはっきり聞こえて、代わりに俺は息の音を必死に消す。
「私も正直、驚いております。このままでは私が抜かれるのも時間の問題かもしれません。」
そう言う父上の声が、すっっげぇ嬉しそうで。
何を御謙遜を、とランス国王が快活に笑うけど俺は顔すら見れない。正面にいるセドリック王弟達に向けたまま手の中のグラスを割らねぇようにだけ気を張る。
こんなとこでンなこと言うンじゃねぇよ泣きたくなンだろォがと頭の中で父上に十回以上叫ぶ。せめていつもの無愛想な言い方にしてくれりゃァ良いのに、ンな嬉しそうに言われたら余計泣きたくなる。
「……アーサー隊長?」
口の中を何度も飲み込んで堪えていると、不意に怪訝な表情でセドリック王弟が覗き込んできた。
思わず喉を反らしちまうと「失礼致しました」と逆に謝られた。いや、俺が完全にぼけっとしてたのがわりぃンだけど。
どこか体調が、と心配されて俺から断って慌てて謝る。まずい、王族相手に呆けるとか最悪だ。父上はランス国王達と今回の奪還戦について話してたから良いけど、背後に回ったクラークに背中を無言で叩かれた。しっかりしろ、と言われてるみてぇで背筋が伸びる。……直後に、バレてたみてぇにくっくっと喉を鳴らす笑い声が小さく聞こえて腹が立った。
振り返りてぇのを耐えながらセドリック王弟に受け答えすると、「ところで」と投げ掛けられる。父上達の話から意識を逸らそうと集中すれば、セドリック王弟は改まるように声を低めた。




