638.男は惑う。
「我らがフリージア王国の勝利を、ここに祝します。」
乾杯、と。
大広間中に全員の声が響き渡った。
ひと月前の奪還戦の祝勝会。国中が祭り騒ぎの中、城内も今は多くの来賓で賑わっていた。上層部を始めとする国内の上流貴族、それ以外の上級層も集まっては勝利の美酒に顔を綻ばせていた。
第一王女プライドの奪還と回復、更には数百年ぶりに現れた〝聖騎士〟の誕生。そのどちらもが彼らを昂揚させるのには充分な報せだった。
朝の公式発表から興奮も冷めやらないまま夜を待った来賓は、乾杯が行われてから早くも顔を紅潮させる者も少なくなかった。フリージア王国の貴族以外の来賓は貢献国として招かれたアネモネ王国とハナズオ連合王国の王族のみ。残すは今回の奪還戦で活躍した騎士団、……ではなく。
「…………。」
「……失礼致します。その、少しよろしいでしょうか……?」
会場で茫然としている人物の一人にセドリックは声を掛ける。
そのまま名前を呼び挨拶をするが、呼ばれた人物はセドリックの襲来に戸惑い、目を疑った。その人物だけではない。他にも多くの人物がグラスを持ったまま、茫然と行き場もわからず大広間を見回しては口を開けていた。
セドリックに声を掛けられたその男は、挨拶を返しながらもまず自分が最初に話しかけられたことに驚いた。相手はハナズオ連合王国の第二王子。奪還戦後からはフリージア王国の王族に〝王弟〟としても認められ、重きに置かれている人物だ。
貴族からすら必要以外話しかけられたことがなかったその男は、突然王族に話しかけられたことに身構えてしまう。頭を低く下げ、やはり自分達のような者がこの場に招かれていることを疑問に思っているに違いないと考える。珍しく冷や汗が止まらない彼は、喉の渇きを潤したい気持ちをぐっと堪えた。王弟を前に安易に自分がそれをすることはできない。そう彼が考えている間にもセドリックは挨拶と男への労いの言葉の後、眉を寄せて問いかけた。
「先ほどから顔色が優れませんが……。他の方々もそのようですし、やはり日中の疲労がお辛いのでしょうか。ジャック殿。」
ジャック。
プライドの近衛兵である彼は、セドリックの言葉に首を横に振った。とんでもありません、と基本的に口数の少ない彼はそれでも間違いない言葉をセドリックに返した。
疲れているわけではない。確かに他の招かれている衛兵と同様に日中も護衛や警備で慌ただしかったジャックだが、それは毎日のことだ。むしろその倍以上、今この場の状況への困惑が強かった。
通常、たとえ城が戦場となって自分達がもった矢面に立って敵と混戦しようとも、衛兵である彼らが貴族も交えた祝勝会に招かれることは殆どない。武勲を上げる騎士と違って、城内や担当範囲、人物を守ることだけが彼らの仕事だ。そして今回の祝勝会でも彼らは来賓としてではなく、護衛や警備として呼び出されているだけの筈だった。
しかし、何故か予定時刻に来てみれば第一王子であるステイルから「今回、皆さんの管轄は騎士団の方々が担ってくれています。飲酒は禁じた束の間の休息ではありますが、どうぞ楽しんでください」と言われ、流れるように祝勝会に招かれてしまった。
基本的に衛兵である彼らは騎士とは違い、その身分は決して高くない。城内では侍女と同程度に見られることすらある。厳選されるとはいえ、彼女達と同じようにある程度の面接と試験、もしくはコネさえ通れば雇われるのだから。上級層が個人的に雇う衛兵よりも遥かに難関である敷居を突破し国に雇われ、更には城下ではなく王族の住う城を守るという栄誉を受けている彼らだが、出身も庶民かそれ以下の人間。そんな彼らが下級貴族どころか中級貴族すら招かれない社交界の最上位である者達が集まる城の祝勝会に招かれるなどありえないことだった。
茫然と戸惑いを隠せなかった彼らにステイルは「ただし、この後には皆さんにも働いていただきますが」と詳細も伝えてはいる。それを聞けば、やっと彼らも少しは納得もできたが、それでも代わりに祝勝会に招かれるなどどちらにしても身に余るにもほどがある。
自分達が滅多にありつけない御馳走が所狭しと並び、祝いの場には珍しくアルコールが含まれていない飲物も充分に用意されていた。その上、彼らが遠慮してパーティーを満足に楽しめないことがないようにと、給仕係や侍女達にはしっかりと彼らの元へ料理を盛りつけた皿を頻繁に運ぶように指示が与えられていた。
茫然と立ち尽くしている間にも確実に彼らの元には料理や飲物が届き、更には決して言葉を交わすことが許されないような上級層の人間にまで話しかけられる。来賓にも既に事前の連絡は書状で届いていた為、誰も彼らが招かれていることに疑問の目を向ける者はいなかった。むしろ今回の功労者としてまるで騎士のように労い、話を聞き、肩を叩く者も多い。本来ならばこの場の騎士が受けるべき賞賛を自分達が受けていることに衛兵達の戸惑いは大きかった。
「このような場は、自分達には畏れ多く……。」
「何を仰るのですか。ジャック殿も含め、衛兵の皆様は今回の奪還戦で城内の者を守り切った功労者。招待状でも、その旨はしっかり伝えられております。」
どうか胸を張って下さい、と鼓舞するセドリックにジャックは頭が上がらない。
これが本当に一年前に愚行を繰り返して城内を敵に回したあの王子と同一人物かと心の底で思ってしまう。近衛兵としてプライドの傍にいることが多いとはいっても、自分のような端にしかいない人間に彼が話しかけてくるとは思わなかった。特にセドリックは今回詳細こそ知らされてはいないが、奪還戦でフリージア王国を救った功労者の一人。今朝は女王直々に国民へ紹介を受けた人物だ。
更にはひと月ほど前には長く城に滞在していた為、その間に彼の虜になった侍女も多い。今も彼と話をしたいと視線を向ける上級貴族の令嬢が多く頬を紅潮させ、男性の貴族もまた彼とお近づきになろうと照準を合わせている。ハナズオ連合王国の国王二人と共に来賓に囲われていた彼が何故わざわざ人垣を抜けて自分の元に来てくれたのかとジャックの疑問は尽きない。
「招待状には〝陰ながら奪還戦前から城内の治安を守り続けた者達〟とも記されておりました。……きっと、私共の想像もつかぬ戦いをされたのでしょう。」
セドリックの言葉を受け、ジャックは思わず喉を鳴らした。
今回、祝勝会に招かれた衛兵は彼を含めて招かれた衛兵は多くいる。奪還戦中に城内の住まう人間や逃げ遅れた者、そして地下に隠れていた侍女や使用人達の護衛についていた者だけではない。奪還戦前にプライドのいた離れの塔で逃亡する彼女を何度も押し留めた者。プライドに傷を負わされた者だけではなく、警備中にアダムに発狂させられた者や、最上層部が襲われた時に先にその場で護衛をし発狂させられた者。奪還戦ではアーサーに目覚めさせられるまでは戦闘に全く関与しなかった衛兵までもが当然のように招待させていた。
むしろ、そんな彼らこそが一番にステイルが労いたい功労者でもあった。
発狂させられる寸前まで彼らは王族の為に身を張った。更にはプライドの所為で怪我を負わされた衛兵に、彼女への不信感があれば払拭したいという気持ちもステイルの中にはあった。それはステイルから招待客として参列するようにと指示を受けた際「プライド第一王女の感謝と謝罪の気持ちです」という言葉が全てを物語っていた。
そして今、彼らは騎士団に警備を代行される中で、衛兵として相応以上のもてなしを受けている。騎士としてこの場に招かれているのは騎士団長であるロデリックと副団長のクラーク、今朝の表彰式でその名を轟かせたアーサー、そしてプライドの近衛騎士として控えるアランとエリックだけだった。多くの招かれた衛兵の代わりに、今はフリージア王国最強の戦士である騎士団が万全の体制で各拠点を守っている。城外から会場となっている大広間内まで温度感知の特殊能力者を含んだ騎士が配備されているそこは間違いなく彼らが守る以上に鉄壁の体制だった。
「こうしてジャック殿とお話ができ嬉しい限りです。……以前、一年ほど前には本当にご迷惑をお掛け致しました。プライド第一王女を守るジャック殿は、フリージア王国の誇る兵だと確信しております。」
どうかこれからも宜しくお願い致します、と。そう言ってグラスをジャックへと傾けるセドリックは目奥の焔を揺らした。
自分へと傾けられたその意図に、ジャックは畏れ多く思いながらも怖々とグラスを彼へと傾け、互いに当てる。
カラァン、と軽やかな音が鼓膜を揺らす。そして目の前の王弟と共に喉を潤しながら改めて実感する。今自分達は勝利の渦中に招かれたのだと。
プライド第一王女はやはり素晴らしい人望だと言われ、セドリックに視線で示されれば、振り返った先にはプライドが優雅な足取りで歩いていた。多くの貴族達の視線を集めながら、彼女が望んで自ら歩み、言葉を掛けて回っているのは全員がステイルにより招かれた衛兵達だ。心からの笑みを向け、一人一人に時折憂いを帯びた表情を見せ労う彼女に多くの衛兵が顔を紅潮させた。
きっと彼女は自分の元にも挨拶に来てくれるのだろう、と。ジャックは自惚れではなくプライドという人間を理解した上でそう思った。
国で最も眩く煌びやかなその場所で、祝勝会の幕が開かれていた。
本日、書籍二巻が発売致しました。
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