そして移る。
いつもの調子を取り戻したアーサーにティアラも嬉しそうに笑いながら、私の腕に甘えるようにしがみついた。ふふっ、と音符がつきそうな楽し気な音で笑うと、そのまま私の方を見上げてくれる。
「本当に表彰式も素敵でしたっ。アーサーも兄様もすっごく格好良かったですっ!」
ねっ!お姉様と笑いかけてくれるティアラに私も笑って同意する。
そうね、と言葉を返しながら二人でアーサーとステイルに視線を向けた。見れば二人ともきょとん、としたように目をぱちぱちさせていた。そっちに話が進むとは思っていなかった顔だ。
「とても素敵だったわ。母上ではなくてステイルを指名した時なんて感動しちゃったもの。」
本当にあれは感動的だった。
今まで王子と騎士という立場だった二人が並んで歴史的瞬間を作ったのだから。養子であるステイルが三人目の聖騎士になったアーサーに勲章を与えるということはどちらにとってもすごいことだ。あそこでどうして母上がわざわざアーサーに王族で誰を指名するか聞いたのかは不思議だけれど、そこでステイルを選んだ二人の友情は本当に本物だなと改めて思う。
「いや、あれは……。」
突然アーサーが言葉に出した後に小さく口ごもった。
少し目で回りを見回した後に、うっかり口にしたことを後悔するように口を絞った。どうしたのだろう。
ステイルもアーサーの様子に怪訝そうに見つめ返した。アーサーのことだしまさかその場のノリでとか、母上に頼むのが畏れ多かったからとかいう理由ではないと思うのだけれど。
アーサーの続きを待つように沈黙が続くと、ステイルが痺れを切らしたように腕を組む。「なんだ、はっきり言え」と問い詰める口調は若干怒っているような気がする。私と同じようなことを考えたのかもしれない。
ステイルに押されるようにアーサーがゆっくり口を開く。気まずそうに肩に力が入り始めるアーサーがなんだか少し不吉だ。今度は私達の方が妙に緊張させられながら言葉を待つと、潜ませるように落とした声でアーサーがとうとう放った。
「……これは、ステイルと二人のモンだと思ったンで。」
……何故かすごく言いにくそうに、物凄くアーサーらしい言葉が放たれた。
寧ろどうしてそんな気まずそうにするのか、と思っていれば先にアーサーがアラン隊長達に「すみません」と頭を下げた。
どうやらアラン隊長達に気を遣っていたらしい。その後にはティアラにまで頭を下げたから、ティアラが「へっ⁈」と逆にびっくりしていた。
ステイルは、と見ればあまりにも予想外だったらしく、目を丸くしたまま無表情に近い顔で止まっている。私からステイルに代わって「ステイルと?」と聞き返してみれば、アーサーが一度だけ胸の勲章を目で示してから頷いてくれた。
「一応、表向きは俺が一人でプライド様をってことになってますけれど、……やっぱ一番すげぇ血反吐を吐いて功労したのはステイルで。ンで、塔の上で最後の最後ン時のこと思い出したら、ステイルから勲章を受けたいって思いました。」
ステイル本人を前に真っすぐ私達へ気持ちを言ってくれたアーサーは本当に〝聖騎士〟の名に相応しい顔だった。
……だけど、本当にその通りだなと思う。当時のことは私もずっと覚えている。ステイルがどれだけ私の所為で苦しんだかは数えきれない。途中からは私が離れの塔にいたり、距離を置いてくれたステイルだけれど、その間もずっと私の所為で苦しんでくれていただろう。ラジヤ帝国の為にたくさん対抗策を考えてくれていたかもしれない。一番私の傍にいてくれた彼が、一番私の為に傷ついてくれたことは間違いなかった。
アーサーが苦そうな顔で「もちろん、ステイルだけじゃなくって騎士団やティアラ達のお陰で助けられて、俺ら二人だけの手柄とかは全ッ然思ってないンすけど……!!!!」と必死に訴える。でも、誰一人アーサーの意見を否定しようとする人はいなかった。アラン隊長達もティアラも皆、柔らかい笑みで返している。彼らにとってもアーサーだけでなくステイルの功労は知るところなのだろう。
「それにあの時言いてぇこともあったし……、……?おい、どうした。」
アーサーが不意に気が付いたようにステイルを見た。
目の前にいるステイルが固まった状態から今は俯いてしまっている。不思議そうにするアーサーに、ステイルは下ろした両手がそれぞれ拳を作ったままだ。肩ごと微弱に震えていることから、かなり拳に力が入っていることがわかる。……うん、気持ちはわかる。
気付かずにアーサーが肩を叩く、そのままステイルを覗き込もうとした途端、ステイルが瞬間移動で消えてしまった。あ⁈と驚いたように声を漏らした後アーサーが部屋を見回したけれど、どこにもステイルはいなかった。
「ンで、アイツが怒ンだよ……。」
わっかンねぇ、と独り言を呟くアーサーに、アラン隊長達が三人で目配せして笑う。
そりゃあなぁ……と言うアラン隊長にエリック副隊長が「アーサーですから」と返した。私も彼らの言葉に全面的に同意だ。ステイルがどんな顔をしていたのかはわからないけれど、あんな風に騎士や身内である私やティアラの前で親友であるアーサーに激褒めされたら流石のステイルでも照れるのは当然だろう。ステイルを照れさせられる相手なんて世界中探してもアーサーかティアラくらいじゃないかと思う。
暫くはアーサーも一人で考えるように視線を部屋中に彷徨わせていた。でも、一向にステイルが戻ってこないことに不安を覚えたのか「俺、なんかステイルに悪いこと言いました……?」とカラム隊長に訴えるように尋ねたけれど、カラム隊長も明確には答えなかった。「ステイル様が居られないところか、もしくはステイル様と二人の時に話すべきだったな」とアーサーの肩に手を置いて諭すように言ってくれた。まさにベストアンサーだ。
カラム隊長の困ったような優しい笑顔に、場所が悪かったということだけは察したアーサーが、少し反省するように視線を落としたその時。
彼の頭上に極太の本が落とされた。
無音で突然空中に現れた辞書レベルの分厚い本が。
ゴンッ、という鈍い音をたて、背表紙がアーサーの頭に直撃した。どあ⁈と声を漏らしたアーサーが頭を押さえて、次の瞬間には振り返って構えたけれど当然そこには誰もいない。
それを確認した瞬間にアーサーも犯人が誰かは察しがついたらしく、床に落ちた本を抱えるように拾いながら部屋中を見回した。声を上げて呼んでも意味がないことはわかっているアーサーは、いつ現れても良いように今度は全身に気を張り巡らせていた。「ッヤロウ……」と呟いた言葉と一緒に目がどんどん鋭くなっていた。
「取り敢えずお前はそれを読んで勉強しろアーサー。」
その言葉と共に、ステイルが瞬間移動で姿を現した。
何事もなかったかのように表れた彼に「ステイル!テメェ!!」とアーサーが噛み付く。そのまま本を投げ返そうと振りかぶったアーサーだけど、本を投げることに躊躇ったらしく代わりに殴りかかった。
ステイルはそれも予想していたかのようにアーサーが踏み込むタイミングで彼の背後に瞬間移動し、……後ろ蹴りを受けた。流石アーサー、ステイルの動きは身体に沁みついているらしい。ステイルも腕で蹴り技をいなし、直撃は受けなかった。「王子に蹴りとは何事だ?」と笑いながら言うくらいの余裕はあった。
「いきなり本降らすンじゃねぇよ!!しかも殆ど鈍器じゃねぇか!!」
確かに。アーサーの手ですら片手で掴み切れないくらいの太さの本は言葉の通りだった。
まだアーサーの頭上数センチから落ちたから良かったけれど、もっと高い位置からか直接振りかぶられていたら確実に致命傷だ。アーサーの言葉に「避けられないお前が悪い」と無茶ぶりを言うステイルは眼鏡の黒縁を押さえながら視線を投げた。……心無しか眼鏡の奥の目が赤い気がするけれど、気のせいということにしておこう。
「フリージア王国の逸話で最も史実に近いとされている本だ。さっき話した二人の騎士や聖騎士についても記されている。」
アァ?と声を荒げながらアーサーが、改めて手の中の本を見た。
表紙に返して題名を確認すれば、カラム隊長とエリック副隊長も気になるようにアーサーの背中から本を覗き込んだ。どうやらアーサーの為に聖騎士の本を取ってきてくれたらしい。ティアラが本を指さして「私、読んだことありますっ!」とちょっと自慢げに声を跳ねさせた。流石読書家ティアラ。
アラン隊長はあまり興味なさそうだけれど、カラム隊長とエリック副隊長は本の表紙を見るなり感嘆の声を漏らしていた。多分今はもう一般では出回っていない本だ。カラム隊長の家でも手に入らない物なら相当だろう。
アーサーが背後の二人に見せるように開けば、アーサーの十倍は興味深そうに二人とものぞき込んでいた。ステイルが「お二人もどうぞ。返すのはいつでも構いません」というと、エリック副隊長もカラム隊長も嬉しそうに目を光らせた。
「ついでに、お暇な時間にアーサーへもみっちりご指導願います。記念すべき三人目の聖騎士が先代を知らないなど恥でしかありませんから。」
にっこりと黒い笑みを浮かべるステイルの言葉に、アーサーの肩が本を持ったまま強張った。
せっかく覚悟が決まったのにまたプレッシャーをのしかけられている。彼にとっては手の中の鈍器よりもよほど凶器だろう。
額に汗を湿らせ出すアーサーにステイルが満足気に笑った。一矢報いたと顔に書いてある。ティアラが「もう兄様ったら」と頬を膨らませたけれど、もうなんかあれはあれで微笑ましく見えてしまう。
エリック副隊長が「アーサー、次のページを見せてくれ」と掴む手に力が込もるアーサーに呼びかける。ギギギッ……と開いたまま固まったアーサーの手にカラム隊長が「指を放せ!本が傷む‼︎」と慌てて声を上げた。三人の様子にアラン隊長が面白そうに三歩くらい下がった位置から笑って見てる。すると
コンコンッ。
「プライド様、湯浴みの御準備が整ったとのことです。」
ティアラ様、ステイル様の侍女も来ています、と。ノックの音に応えた近衛兵のジャックが教えてくれる。
時計を見ればいつの間にかそんな時間だ。これからとうとう休息無しの怒涛の準備ラッシュが始まる。……といっても一番忙しいのは私達じゃなくて侍女達なのだけれど。専属侍女のロッテとマリーも既に準備を終えて控えてくれていた。今行くわ、と答えてそれぞれが動き出す。
ステイルが通り過ぎ際にアーサーの手の中の本を触れて瞬間移動させた。たぶん、彼の自室に移動させてあげたのだろう。そのまま私に挨拶をした後にアーサーの背中を強めに叩いて部屋を出て行った。
続けてティアラも「また後ほどっ!」とスキップ混じりに部屋から出て行く。私も二人を見送った後に、私用の湯浴み場である浴室へロッテ達と向かった。
宮殿内を移動して、扉の前まで付いてきてくれたアーサー達ともここで一旦お別れだ。ジャックにも声を掛けた後、彼らにも「また後で」と伝える。私が湯浴みやら何やらしてる間、彼らはこの場でお留守番になる。アラン隊長達と揃って礼で返してくれる中、アーサーはまだ少し肩が強張ったままだった。まだじわじわとステイルからの一矢が効いているらしい。あの本を読んだら、きっとまた色々考えてしまうのかなと思いながら私は最後扉を開ける前にアーサーを覗き込んだ。
アーサー、と声を掛ければ、反るほどに背筋を伸ばしてくれた。さっきの硬直していた時よりは元気で良かった。だけれど、とまだ少し血色の悪いアーサーに私は目を合わす。
「確かに緊張するのはわかるわ。だけど、大丈夫よ。アーサーは本当に本当に素敵な騎士だもの。特別に考えなくてもそのままのアーサーで良いの。」
びくっ、とアーサーの肩が上下した。
そのまま目を見開いて唇を強く結ぶ。更に肩を強張らせてしまうアーサーの手をそっと両手で包めば、……余計に手まで固まってしまった。やっぱりそっとしといてあげた方が良かっただろうか。これ以上話を蒸し返しちゃうのはとも思ったけれど、
アーサーにもちゃんと祝勝会を笑顔で過ごして欲しいから。
聖騎士がどれだけすごいかはちゃんとわかっている。
今まで前世のゲームや教師からの授業と本でしか聞かなかった聖騎士が、新たに現れたってことだけでも大変なことだ。アーサーへの見る目が変わる人もいるかもしれない。期待の眼差しだって今までと段違いになる。でも私もステイルも皆もアーサーがそれに不相応とは思わない。それくらいアーサーは立派な騎士で、……間違いなく私を救って、引き止めてくれた人だから。
「それに」と一度言葉を切る。既に私の言葉で逆に重圧に感じてしまったのか顔が息を止め続けてるように紅潮している。全くそんなつもりなないのだけれど、と思うと少し苦笑いしてしまう。せめて湯浴みで待ってくれている間にゆっくり考えて貰えれば良いなと思う。経過がどうであれ、間違いなく今のアーサーが評価されたことに違いはないのだから。だって
「聖騎士のアーサーよりも〝私の騎士でいてくれる〟アーサーの方が私にはずっと特別だわ。」
じゃあまた後でね、と言って手を振りながらジャックに扉を開けて貰う。マリーとロッテと一緒に扉を潜り、その場を後にした。
ぽかんとしたままの赤い顔のアーサーから返事はなかったけれど、これ以上浴室係の侍女達を待たせたら湯が冷めてしまう。伝わってなかったら後でまたじっくり話そう。
外からジャックに扉が締められた音を確かめてから、私は早速湯浴みに移った。
「いや、本っ当にプライド様だよなぁ……。」
「アーサー……息してますか……?」
「辛うじてはしている。…………脈が速いが。」
三月三日発売書籍の特典について活動報告に報告させて頂きます。宜しければ是非ご覧下さい。




