見守り、
「〝聖騎士〟は、それを知る騎士の誰もが一度は憧れる称号だ。次代の英雄と呼ぶ者も少なくない。」
は……?とそこでアーサーの口がぽかりと開いた。
理解の範疇を軽く超えてしまったらしく、その続きがまだ出てこない。
アラン隊長もやっと事の重大さを理解し始めたアーサーの肩から手を離し、苦笑いした顔だけをアーサーに向けて下がった。エリック副隊長の隣に並びなおして、ステイルの言葉を聞きながらアーサーを眺め始める。私もステイルの言葉にティアラと一緒に何度も頷きながら、早くアーサーが情報を飲み込んでくれることだけを願った。
「確かに騎士団長の異名と違い、前例が過去に二名いる。ガーター・ベルリヒンゲンとベルトラン・ロイヤル・アイビー。どちらもフリージア王国の歴史上に名を馳せた代表的な騎士だ。……〝鉄腕の騎士〟と〝百年騎士〟。それならお前もわかるか?」
おぉ、おぉ、……ハァ⁈と最初はぽかんと相槌を打っていたアーサーが再び絶叫する。
ちょっと待て⁈と続けながら、既に頬まで冷や汗が滴っていた。恐らく色々気付いたのだろう。聖騎士と名前こそ使われてないけれど〝鉄腕の騎士〟も〝百年騎士〟もフリージア王国では有名な昔話だ。英雄キャラクターとして絵本や逸話でもたくさん残っているし、これは流石に知らない人はいない。実在する人物だと私は授業や前世のゲームでも知っていたけれど、物語としてなら前世の〝桃太郎〟レベルで有名な話だ。むしろ昔から騎士大好きだったアーサーが知らなかったことの方が私はびっくりだけれど。
質問を投げようとするアーサーを無視してステイルが更に衝撃的事実を告げる。
「因みに二人とも三百年以上昔の騎士だ。騎士ガーターの死後に騎士ベルトランがその称号を継いでからは聖騎士の名を授かる騎士は出なかった。たとえどれ程の功績を立てようとも、人格や人望が優れていようともな。」
そう言ってステイルは目でカラム隊長達を指示した。
目の前にいるアーサーが尊敬する騎士達すら授からなかった。それどころか騎士団長すら得なかった称号がどれほど貴重で伝説級の代物なのかをステイルがじわじわとアーサーに思い知らせていく。既にステイルの視線の意味を理解したアーサーの顔は真っ青だ。それでもさらにステイルが最後のとどめとも言うべき言葉をアーサーに突き付ける。
「つまりお前は歴史上の二大英雄騎士に並ぶと、そう母上にあの場で宣言されたということだ。」
そして、アーサーは言葉を失った。……うん、無理もない。
「は…………⁈」とパクパクと口を何度も動かしながら、途中から乾いた息しか出なくなるアーサーに「やっとわかったか」と言わんばかりにステイルが鼻から息を吐く。
呆れの混ざった眼差しに口元だけが意地悪く笑んだステイルは、首を傾けてアーサーを見返した。
「見る者によっては騎士団長の称号より上に見る者も居るかもしれないな。……まぁ、今の騎士団長ならば寧ろ〝聖騎士をも従えた騎士団長〟と評価が上がるのだろうが。」
半端な騎士団長であれば確実に食われていた、と続けるステイルにアーサーの顔が完全に蒼白になった。自分がどれだけ恐ろしい称号を与えられてしまったのかどうやら完全に理解してしまったらしい。
アーサー……?と血の気がなくなったアーサーに呼びかければ、彼の見開かれた目だけがカチリと私の方を向いた。プライド様……と呟く彼には全く覇気がない。本当に特殊能力さえなければ速攻で医者を呼んでいたレベルだ。そのままアーサーは引き攣った口を無理やり動かすようにして私に言葉を形成した。
「あの……称号返還とかって」
「もう遅い。する場合は騎士の名ごと返還する覚悟でいけ。」
アーサーの言葉をステイルが容赦なく切る。
確かにもう不可能だ。受けたあの時に畏れ多いと断ればまだ許されたけれど、今返還したら完全に不敬にあたる。王族に恥をかかす行為だ。
その途端、アーサーが両手で頭を抱えてしまった。ぅぅァァ……と内側に押し込めるような唸り声が漏れて、完全に押し潰されかかってしまっている。私からも駆け寄り、丸くなった背中を摩りながらアーサーを宥める。
「大丈夫よ!アーサーに相応しい称号だと思うわ。皆があんなに認めてくれたじゃない。」
「完ッ全に不相応っす……!これって、もしかして歴代の騎士の方々に泥を塗ることになるンじゃ……!」
このままじゃ本当に騎士の名前ごと返還しそうな勢いだ。
顔面蒼白のアーサーはどんどん背中が丸くなっていく。アーサーはちゃんと立派な騎士だし、今回やり遂げたことに関する評価だから気にする必要はないと続けて訴えても駄目だった。さっきステイルが言った〝次世代の英雄〟という言葉がかなりプレッシャーになってるらしい。摩る背中が微弱に震え出していて本気でまずい‼︎苦笑いしていたアラン隊長達も一生懸命アーサーにフォローをいれてくれるけれど、どうにも調子が戻らない。
「大体よ、なんでお前〝聖騎士〟を知らなかったんだ⁇ガキの頃とかよく聞いたろ?」
「!そ、そうですよね。自分も子どもの頃に何度も繰り返し聞きましたし、騎士団長もご存知の筈ですし……。」
「その伝説や聖騎士に憧れて騎士を目指す者も少なくない。アーサー、お前は騎士団長から聞かなかったのか?」
アラン隊長が話を逸らす方向に変えれば、全力でエリック副隊長もカラム隊長が応戦する。
三人の話にステイルも気になるように深く頷いた。私もティアラもお互いに目を合わしながら首を傾げる。確かに。式典の時も遠目から見えた騎士団長は知ってる様子で驚いていたし、子どもにお話とかはしてくれないタイプだったのだろうか。
そう思ってもう一度アーサーの方に視線を向ければ、…………何だか顔色が変わってる。背中の震えも止まっているのは安心だけれど、どうしたのだろう。
無言になってしまうアーサーに近衛騎士達が呼びかける。どうした、とステイルも眉を寄せて投げ掛けたけれど返事がない。カラム隊長が肩に手を置いてそっと覗き込めば、やっと絞り出すような声が返ってきた。
「〜〜ガキの、頃は……っ。……その、………………父上の武勇伝の方が聞きたくて……。」
あぁ……、と。
顔が蒼白から真っ赤に茹だってるアーサーに、何とも言えない微笑ましい空気になってしまう。
そうだ、アーサーにとって一番の憧れは騎士団長だ。歴史上の偉人より目の前の騎士団長の話の方が聞きたいに決まってる。そう考えれば、子どもの頃のアーサーが「それよりもこの前の任務の話!」と騎士の伝説を語ろうとする騎士団長にねだる姿が容易に想像つく。……子どものアーサーにお話ししてあげる騎士団長、すごく見たい。
カラム隊長だけでなくアラン隊長とエリック副隊長まで優しくアーサーの肩や背中を叩いた。同情と共感がここまで伝わってくる。
そうされている間にもアーサーが「父上は、話そうとしてくれたンすけど……‼︎」と必死に騎士団長を弁護する。大丈夫、確実に皆わかってる。
「それにっ……途中騎士を一度諦めて、……それからはそういう類の話は避けてきたンで。」
そういえばそうだった。
アーサーは一時期、騎士にはならないと騎士団長との喧嘩も絶えなかった。そんな中で騎士の話なんて本人にとっても地雷にも近い。ステイルやアラン隊長達も「あー」と納得したように声を漏らしていた。
アーサーが騎士を避け始めたのが何歳からかはわからないけれど、子どもの頃で騎士の逸話系の知識が途切れているのなら納得だ。アーサーは教師に教わるような身分の家でもないし家庭教師を雇ってもいない。それからは畑仕事に精を出していたのだから。
ふと、ステイルが思いついたように「騎士を目指し始めてからも聞かなかったのか」と確認したら、アーサーがゆっくりと赤い顔を上げた。
「……あの時からは、騎士の伝承とかってよりも父上から聞いてたのはー……。」
じわりと声を漏らしながら言いにくそうにアーサーがそこで言葉を止める。
代わりに丸くなった背中のまま覗くように蒼い目が私に向けられた。どうしたのだろう、私には言いにくいことなのだろうか。そう思っていると何故か視線を受けた私よりもエリック副隊長達の方が再び「あ~~~~……」と察したように声を合わせて半笑いした。うんうんわかるわかる、とアラン隊長が何度も頷いてアーサーの肩をぽんぽん叩いた。同時にアーサーの顔が更に赤くなる。
ステイルまでおかしそうに肩をぷるぷる震わせて笑い顔を隠すように俯いてしまった。片手で口を覆いながら明らかに大爆笑している。気になってティアラの方を向けば、彼女までくすくすと笑ってた。
なんだろう、この一人だけなぞなそが解けなかった時のような疎外感。諦めてアーサーに「聞いていたのは?」と答えを求めたけれど「いえ‼」とまさかの未回答で終わらせられてしまった。あまりに大声を上げて解答を拒絶するアーサーにからも強くは聞き出せない。首を傾けて肩を竦める私にアーサーが顔ごと逸らして「ですから全然そういうの疎くて」と話をまとめてしまった。
「まさかンな凄い称号だったなんて……」
「……だが、それくらいの騎士でなければお前の求める褒美も難しかったのだろう。あの勲章だけでは第一王位継承者である姉君への優先権など不可能だ。」
また落ち込みそうなアーサーを、ステイルがくくくっ、とまだ笑いが収まらないままに論点を再び逸らした。
笑い過ぎたのか目元に涙が溜まっているステイルは、それを一回だけ指で拭いながらアーサーに笑いかける。本当ツボに入ったらしい。大分ご機嫌なステイルの言葉に、逆にアーサーは目を見開いた。
確かにその通りかもしれない、と私も思う。アーサーが母上に望んでくれた私の護衛優先権。つまりはどんな緊急事態でも今回みたいに近衛騎士停止みたいなことがあっても私を守る為になら特別にいつでも何処へでも足を踏み入れる許可を与えられたということだ。騎士とはいっても男性であるアーサーが、王女である私の元に自由に通える許可なんて本当ならかなり難しい。
私としてはアーサーがどんな時でも駆けつけてくれるのは嬉しいし、心強い。それを母上に願ってくれた時なんて少し泣きそうにもなった。本当に私を守ってくれる為だけに貴重な褒美までも使ってくれたのだなということがよくわかったから。
ただし、……アーサーが受けた護衛優先権は「私を守る為」と言えば騎士らしい立派なお願い事だ。けど、穿った見方をすればまるで
「補佐である俺以外で王女である姉君の傍を無条件に許される者など婚約者か夫くらいのものだ。」
ボンッッ‼と、アーサーの顔が突然爆発した。
とうとう極限まで真っ赤に塗りつぶされたアーサーに私だけでなくティアラも悲鳴をあげる。アーサー⁈と叫んだけれど、完全に本人には届いていなかった。
どうやらアーサー本人もそこまで大袈裟な権利とは考えていなかったらしい。その反応にステイルが楽しそうに悪い笑みを浮かべてアーサーを眺めたけれど、本人は焦点もあってないようだった。グラリと身体の軸から揺れるアーサーが仰向けに倒れかかるのをカラム隊長とエリック副隊長が二人で支える。アラン隊長が今度はお腹を抱えて笑い出したけれどカラム隊長が「アラン‼」と怒鳴って叱る。それでもアラン隊長の爆笑もステイルの悪い笑みも消えない。
「だからこそ聖騎士くらいの保証された人間でなければ不可能だったともいえる。聖騎士は戦闘技術、勇敢さ、高潔さ、忠誠心、寛大さ、信念、礼儀、崇高なる行動その全てを当然兼ね備えているという国からの認印でもあるからな。お前が絶対に姉君に妄りな行いはしないという女王からの保証でもある。」
「ンなことするわけねぇだろォオが‼‼」
ステイルの歯に絹着せない言葉にアーサーが目が覚めたように絶叫する。
あまりにも心外極まりない発言に身体に力が入ったようにアーサーが自分の足で立ってステイルへ前のめる。まぁつまりはそれだけアーサーが信頼に足るという意味なのだけれど。聖人君子といったら変な感じだけれど、確かにアーサーはその全てを兼ね備えている。眼前まで真っ赤な顔を近づけたアーサーにステイルが笑いながら「知ってる」と一言返した。ステイルからしても当然アーサーは信頼に足りている。
「よく考えてもみろ。騎士団長が母上の護衛に付くことはあっても、それ以外で自由に母上の元へ会いに来たことがあるか?」
んぐ、とアーサーがステイルの言葉に背中を反らす。
確かにそうだ。騎士団長が母上の近衛騎士でないことを抜いても、密接に関わっているところを私達は見たことがない。あくまで忠誠を誓った騎士と女王というだけの間柄だ。……それ以上の爛れた関係だと昼ドラ展開で私達もアーサーも色々と気まずくなるのだけれど。
黙り込むアーサーにステイルが「そういうことだ」と言い切ると、数秒の溜めの後にアーサーが納得したようにコクンと頷いた。それくらい特別な権利を与えられたアーサーに、聖騎士の称号は周囲からの理解も信頼も与えてくれる。
「つまり、俺の願った褒美がもとでこうなったってことか……?」
「それも、ある。というだけの話だ。……言っておくが、たかが帳尻合わせの為に得られる称号だとは思わないことだ。母上は決して甘くも大まかでもない。お前がそれに相応しくなければ妥協案で抑えられたに決まっている。」
何とか落ち着きを取り戻したアーサーが、聖騎士の称号を〝お飾り〟だと勘違いしそうなところをステイルが釘を刺す。
まったくもってその通りだ。きっかけはそれかもしれないけれど、そうでなくでも母上はアーサーに何らかの称号を与えるつもりだったのだろう。それこそ最初から聖騎士の称号を与えるつもりだった可能性の方が大きい。そんな思いつきで与えられる称号なんかじゃないもの。
それでもまだ自分がそこまで凄い騎士と自覚がないアーサーはまた「じゃあ結局どうして」と無限の思考ループに入りかけた。その前にとステイルがドスッとアーサーの胸に軽く拳を叩き込む。
「とにかく。姉君の傍を願うならば、聖騎士の称号くらいは背負う覚悟を見せろということだ。」
その言葉に、拳とは関係なくアーサーが唇を結んで息を詰まらせた。
真っすぐにステイルを見返せば、鋭くなった漆黒の眼差しが緩んで笑った。フン、というステイルの強気な笑みがすごく誇らしげなのがわかる。友人であるアーサーがそこまで認められたことが嬉しくて仕方ないのだろう。
まだ気持ちの整理がつかない様子のアーサーだけど、それでもやっとステイルに向かって笑顔を返してくれた。「……わァった」という言葉が少し喜びを抑えているようで、きっとステイルからの鼓舞だと正しく受け取ったのだろう。
良かった、本当にこれでアーサーが畏れ多いから騎士の名前ごと返還するとかいったら今度は私が取り乱してしまう。
叩き込んだ拳をしまいながら、ステイルが黒縁眼鏡を淵を指で押さえた。そのまま、アーサーに挑戦的に笑いかけた。
「俺に勲章を与えさせたんだ。恥をかかすなよ?」
ステイルの笑みに、アーサーが「……ハッ」と鼻で笑うように一息で返した。
その笑顔もまたすごく嬉しそうだ。完全にいつもの調子に戻ったアーサーにほっとする。アーサーは拳を作るとそれを団服に付けられた勲章の横に力強く叩いて見せた。ドンッ、とステイルの拳よりも力強い響きが鎧から放たれて、真新しく輝く勲章を象徴させるかのようだった。
至近距離にいるステイルへ丸くなっていた背中を伸ばし、胸を張るアーサーはいつもの格好良い騎士だ。ステイルに向けて歯を見せて笑うアーサーは、さっきまでの弱弱しい声とは違い、はっきりと周囲にも聞き取れる声で宣言するように言葉を返した。
「上等だ。」
覚悟ができたらしい。流石はアーサーだ。
その様子にカラム隊長達も安堵したように肩の力を抜いて二人を見比べた。やっぱりこういう時、励ましてくれる友人の存在って大きいんだなと心から思う。




