637.沈黙王女は言葉が出ず、
「は…………⁈」
……アーサーが言葉を失ったのは、表彰式が終わってからの後のことだった。
素敵な式典で、朝から最高の盛り上がりを見せてくれたアーサーの表彰式。そこで招かれた来賓も一度城を出て、夜の祝勝会に向けて各自最終調整に向かった。女王である母上の許しの元、衛兵や使者達の口で城門に集った民を始めとして国中にアーサーの功績とその表彰式での内容が広められ出した。恐らくもう城内から王都までには広まりきっているだろう。ここまでの大ごとなら拡散も早いに違いない。
それから私達も一度自分達の宮殿へ戻った。湯浴みの時間になるまでの束の間の休息を私の部屋で取ることにしてくれたステイルとティアラ、そして騒ぎから避難の意味も含めて引き続き私の近衛業務に付いてくれたアーサーと近衛騎士三人が集まっていた。本当なら近衛騎士はアーサー入れても二人の筈なのだけれど、前回のことがあるから今回の式典は基本近衛騎士四人の厳戒体制で私を守ってくれるらしい。
流石に多過ぎるのではと言ったけれど、……ジルベール宰相が「数を減らすならば代わりに護衛に騎士団長を」と言い出したから、全力で近衛騎士四人でお願いした。ただでさえ母上の護衛と騎士団への指揮で忙しい騎士団長を私の護衛にまで回すとかあまりにブラック企業過ぎる。しかも騎士団長を私の護衛に動かすこと自体申し訳ない。……いや、騎士四人も充分申し訳ないのだけれど。ハリソン副隊長も途中から休憩を回す為に交代に戻ってきてくれる予定だから二度手間かけちゃっているし。
興奮が冷めないままに部屋に戻った私達は早速アーサーの表彰式について花を咲かせていた。
ステイルも式典が終わってから凄く機嫌が良くて、私とティアラが盛り上がっている時もずっと笑顔で聞いてくれていた。アラン隊長達もずっとアーサーのことを褒めちぎりまくりだ。
最初こそ「いや、本当に俺はそんなンじゃ……」とか「本当に、本当に畏れ多すぎて」と謙遜し続けていたアーサーだけど、話が勲章から褒美の話になったあたりからは顔を茹らせて押し黙ってしまった。あまりにも先輩である騎士達からの誉め言葉が多過ぎて限界に近かったらしい。「あれは思い切ったよなぁ」というアラン隊長の感嘆の声にエリック副隊長まで「思い切りましたねぇ」と続いた時にはもうプシュゥゥゥゥと湯気を放っていた。俄かに開いた口が何か言いたげだったけれど、その前にカラム隊長が「素直でよろしい」と一人頷いた途端しゃがみ込んでしまった。曲げた膝頭に頭突きする勢いで縮こまって「もう勘弁して下さい……」というアーサーは結構瀕死だった。エリック副隊長に「護衛任務中だぞ」と怒られながら腕を引っ張り上げられたらすぐ立ち上がってくれたけれど。
時々「抜け駆けだ抜け駆け」とアーサーに投げかけるアラン隊長はすごく楽しそうだった。完全に悪戯心でアーサーを突くアラン隊長を途中でカラム隊長が「後輩で遊ぶな」と言って止めに入っていた。
そうして楽しくわいわいと話が何度が前後したり飛びながら、盛り上がっていた私達はとうとう母上がアーサーに与えた称号の話になった。すごいよな、騎士としても快挙だ、誰もが羨むだろう、だがアーサーにこそ相応しい、それくらいの功労だと口々に褒めちぎる中で、アーサーのその称号がどれだけすごいかという話になった。
騎士であるアラン隊長はもちろん、ステイルもティアラも本や歴史の勉強で教師から教わって知っていた。それでも知っていることにはバラつきはあるから聖騎士がどんな称号かと話を広げていた時だった。
事件が、起こった。
本当に最初は他愛もないアーサーの感想だった。
ずっと褒められ側と聞き手に回っていたアーサーが私達の話を聞いてから途中で口を開いた。「つまり……」と呟くように出したアーサーの声は妙に落ち着いていた。どうしたのか、今になって称号がプレッシャーに感じているのかと心配した時だった。彼は公衆の面前で言ったら絶対大火事になる発言をポロリと口にした。
「やっぱ、わりと普通の称号だったンすね。」
……何言ってるんだお前、という空気が一瞬で部屋に流れた。
何故、何をどう聞けばそうなるのかと私まですぐに返答がでなかった。全員が口をあんぐり開けてしまう中、言葉を続けるアーサーは寧ろ何故か安堵したように視線を落としたままだった。
「でもなんか、安心しました。陛下が称号とか仰るからすっげぇ緊張しましたし。異名貰えただけで充分過ぎるほど光栄」
「待て待て待て待てアーサー?!おまっ……何言ってんだ⁈」
一人完結しそうなアーサーをアラン隊長が前のめりに止めた。
両腕を伸ばしてアーサーの両肩をぐわしっっ‼︎と音が響くほど勢いよく掴むと、そのままそれ以上言わせまいと前後に振る。
アラン隊長の的確な指摘に目が覚めるようにエリック副隊長とカラム隊長が「何をどう聞けばそうなるんだ⁈」「まさか聖騎士のことを何も知らないのか⁈」と声を上げた。先輩騎士三人に叫ばれて、アーサーの目が転がり落ちそうなほど開いてはぱちぱちと瞬きを繰り返した。「へ……?」とまだ状況を掴めていない様子のアーサーに私は未だ掛ける言葉が見つからない。すると今度は腕を組んだステイルがアーサーに問いかけた。
「アーサー。聖騎士の称号の何が不満なんだ。」
もし他の人に聞かれたらアーサーが背後から刺されかねないステイルの発言にアーサーが「いや、だから不満じゃ……」と言葉を返したけれど、途中で止まった。聞きたいのはそこじゃない、と鋭くなったステイルの眼差しが言っていた。
ステイルに睨まれ、先輩騎士に詰め寄られ、せっかくの和やかムードを壊してしまったことに少しばつが悪そうにアーサーはポツポツと言葉にし始めた。ステイルよりも、目の前で自分を凝視するアラン隊長達に説明するように。
「その、……少なくとも騎士団長みたいな唯一無二の異名とは違いますし。勿論、先代の騎士の方々と同じ異名を頂けたのは光栄です。ただ、そこまで特別な称号ってわけではないとわかっただけで」
「それ他の騎士の前で絶対言うなよ⁈確実に説教か殴られるぞ⁈」
アラン隊長が再び途中でアーサーの言葉を遮った。
は、はい……と返しながらアーサーは未だに掴めていない様子だ。
カラム隊長がとうとう頭を抱えだしてしまう。「アランすら知っているというのに……」という呟きに彼の嘆きの全てが集約されていた。エリック副隊長もアーサーの疑問を理解したらしく、凄い気まずそうな苦笑いを浮かべていた。うん、わかる。私も今ここでアーサーに本当のことを言うべきがすごく悩む。けれど、それを容赦なく切り倒すべく、ステイルがとうとう核心に触れた。
「〝聖騎士〟は、それを知る騎士の誰もが一度は憧れる称号だ。次代の英雄と呼ぶ者も少なくない。」
は…………?と、そこでアーサーの口がぽかりと開いた。




