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【アニメ2期決定!】悲劇の元凶となる最強外道ラスボス女王は民の為に尽くします。〜ラスボスチートと王女の権威で救える人は救いたい〜  作者: 天壱
沈黙王女と終戦

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636.騎士は認められる。


「騎士、アーサー・ベレスフォード。」


厳かな声が広間に響き渡る。

謁見の間。

女王謁見や重要な話し合い、そして重大な式典の時のみに使用を許される空間に今は多くの来賓と騎士が参列し見守っていた。

金の刺繍があしらわれた赤の絨毯が長く続き、その導く先には女王ローザが剣を片手に佇んでいた。彼女の背後に控えるようにして左右に並ぶのは王族を含む上層部。彼らの護衛として控える騎士とプライドの近衛騎士四名。更に表彰される彼の最上官でもある騎士団長のロデリック、副団長のクラークも最前列に近いそこにいた。

そして女王ローザの前ではアーサーたった一人だけがその場に跪き、頭を垂らすことを許されていた。

ローザからの呼び掛けに一声返したアーサーはまだ頭を上げない。緊張で心臓が絞り上げられ、唇をきつく結んだ。


「貴殿は、この度の戦にて我が第一王女プライド・ロイヤル・アイビーを救い、我が国に多大な貢献をしました。その栄誉を讃え、ここに勲章を与えます。」

ありがたき幸せ。そう返しながら、垂らされた頭が熱くなる。バクバクと心臓の音が響き、女王どころか周りにも聞こえてるんじゃないかと思えば余計に鼓動が激しくなった。

未だに自分にはそんな資格がないと、アーサーは思う。

自分が犯したのは反逆罪と暴力行為。騎士にあるまじき行いだったと。ただ、彼はそれでも守りたかったものの為に全てをかなぐり捨てただけだった。

剣をそっと肩に当てられ、震えの振動がローザに伝わらないようにと拳に力を込めて口の中を飲み込んだ。

儀式の手順通りに勲章の名を伝えられ、その途端に参列者のみならずプライド達まで息を飲む。事前に伝えられていたのは段取りのみ。具体的にどのような勲章や褒美などがあるかはプライドどころか摂政付きのステイルすら把握していなかった。今アーサーが与えられた勲章は現騎士団長であるロデリックが持ち得る勲章の中でも最上位から数えた方が早いものだ。それをまだ二十歳の騎士が得ることなど前例もない栄誉だった。

口がぽっかり開きそうなのをアーサーは顎に力を込めて踏み止まる。ここで「そんなの受け取れません‼︎」と空気を壊す勇気は流石のアーサーにもなかった。代わりに受け取る意思を示して顔を上げ、ローザを下から見返した。顔の筋肉に力を込め、必死に表情を引き締める。

ローザの柔らかな表情はティアラにも、そして凛とした佇まいはプライドをも彷彿とさせ、アーサーの心臓が大きく高鳴った。同時にローザの背後に控えたプライド達の姿が視界に入った瞬間


『だけど。……これだけはお願いだから受け入れて欲しいの』


プライドから受けた言葉を、思い出す。

その途端、反射的にアーサーは息を止めた。口を開く代わりに目を強く見開き、視界に広がる光景を正しく捉え、焼き付けた。絨毯の刺繍ばかりを見つめ、ローザの言葉を受けるだけでは気が付かなかった景色を今度こそ受け止める。目の前にいるのも、儀式を行っているのも間違いなく女王であるローザだ。

だが、一瞬で頭に過ったプライドの言葉があまりにも新しく鮮明で、まるで今この場でプライドに儀式を受けているのではないかという錯覚すら覚えてしまう。


『あの時、どんな形であってもアーサーが私を……ううん、〝私達〟を救ってくれた事実は変わらないから』


その言葉をプライドから受けられたことが、アーサーには思考を打ち消されるほどに衝撃だった。

たとえ、自分の手柄を誰にも認められなくてもアーサーは気にしなかった。手柄や功労、勲章や褒賞より何よりもプライドを迎えに行けた、救い出せたという結果こそが全てだった。

「私達」と彼女がそう言い直した時に、プライドだけでなく隣にいたステイルも強く頷いた。あの時に初めて彼に殴られた理由を垣間見た。

そして背後にいたアラン達にも肩を次々と叩かれ肯定された。自分が実際に何をしてきたかを知っている彼らにまで認められた事実が、国中の民に讃えられた時の何百倍もアーサーには嬉しかった。


『これから与えられる勲章は間違いなくアーサーだけのものよ』

何度も、何度も自分だけの手柄ではないと信じて疑わなかった。

自分ができたことはほんの僅かだったのだと。にも関わらず「アーサーだけのもの」とほかでもないプライドに言われた。彼女がそれを認めてくれたなら、受け取ることも誇らしいと素直に思えてしまった。

プライドがその勲章を相応しいと思ってくれるなら、たとえ他の誰もが不相応だと言っても、だれより自分自身がそう思えても胸を張って受け取れる。自分の働きがプライドにとってその勲章分の価値があると認められた。相棒に、尊敬する騎士達に認められた。なら、受け取らない理由などどこにもない。


胸を張らない理由などどこにもない。


真っすぐに上げた顔と蒼の眼差しがローザとその背後を映す。

その世界はアーサーが思っていたよりもずっと暖かく、そして身近だった。女王の背後に控えるのは王族と護衛の騎士、そして騎士団長と副団長。七年前の自分であれば間違いなく恐縮し、近づくことすら許されない天の上の存在だった。

憧れるばかりで羨むばかりで手を伸ばす事すら恥ずべき眩い存在だった。受ける勲章すら、自分のような人間が受けるには恐れ多すぎる誉れ高いものだった。だが今は、その全てが眩く自分を照らしてくれている。

プライドとティアラが目を輝かせてアーサーとローザを見比べる。彼女達にとってそれほどまで大きくアーサーの働きが認められたことが嬉しくて仕方ない。彼が騎士としてまた一つ高見に登ったことが純粋に喜ばしかった。

その隣で見守るステイルも満足げな笑みをアーサーに向けていた。自分にとって唯一無二の相棒であるアーサーが相応の形で認められたのだとそう思う。アーサーの視界に自分が入っていると思えば敢えて意地の悪い笑みを向けてやりたくなったが、今はそれよりもこみ上げる喜びを表情に出し過ぎないようにするのに必死だった。この場に誰もいなかったら「よしっ!!」と拳を力の限り握って声を上げていただろうと自覚する。

そして何よりも、と。

それを思えば、本気でまた涙が持ち上がりそうになり、ステイルは無理やり思考を消した。アーサーの目にもなんとなくステイルが喜びをあれでも堪えてくれているんだなというのは長年の経験で察した。つい口元が緩みそうになり口の中を軽く噛み締める。

近衛騎士のアランとエリックも、カラムも勲章の位の高さに驚いた後は始終笑顔だった。彼らの持つ勲章の遙か上をアーサーが受けたにも関わらず、誰一人嫉妬も妬みも羨みすらなかった。彼が報われたことに安堵し、その勲章を得たのが他ならぬアーサーだったことが嬉しい。むしろ勲章の大きさに驚愕するアーサーが少し微笑ましいと思った。

ハリソンのみが無表情に最も近かったが、見開かれた紫色の瞳はこの上なく強い光を放っていた。アーサーがここまで来たのだと、彼こそが今回の奪還戦で最も讃えられるべき騎士だと心の内で誇らしげに叫ぶ。今回だけは尊敬するロデリックよりも敬愛するクラークよりも彼がその勲章は相応しいと心からそう思った。それほどまでにアーサーの勲章の大きさに満足する。寧ろここで勲章が自分の満足いくものでなければ静かに怒りに燃えていたであろう彼は、彼の勲章を聞き届けた後から僅かにその口元が緩んでいた。ハリソンが視界に入った時、一瞬アーサーは見間違いかと思った。一年前、ハリソンの部屋で初めて見た、笑みに近いその表情に。

近衛騎士達の喜びは全員が他の参列する騎士達と同様に大小違いはあれど表情に隠しきれるものではなかった。アーサーの表彰と栄誉はそれほどまでに喜ばしい。……()()()()()()()、と。

更にはジルベールや王配のアルバート、そして摂政のヴェストまでもが間違いなく暖かな眼差しを彼に向けていた。王族としての儀式用の笑みではない、心から自分を祝してくれている取り繕いのないものだとアーサーには一目でわかった。

特にジルベールはその笑む切れ長な眼差しの奥が揺れていた。潤みかけるのを耐えるような顔の強張りに、アーサーでなくてもその込み上げるような喜びの感情が伺えた。彼にとってもアーサーが今こうして報われたことが嬉しくて仕方がない。()()()()()()()と、その想いを自覚した途端本当に目を潤めているものが零れそうになった。自然な動作でジルベールは指で拭い、滴り落とすことだけは免れた。

正面にいるローザから目を逸らさないまま視界の中に映る彼らの温かな表情一つ一つが他でもない自分に向けられていることを受け止めたアーサーは、込み上げる前にと口の中を何度も細かく飲み込んだ。そして


……父上。クラーク。


ローザの宣言と言葉を聞きながら、胸の中で彼らを呼んだ。

自分にとって尊敬する父親と、そして兄のような存在。ずっと彼らに憧れ、いつか並びたいと何度も願い、その度に剣を必死に振るってきた。

ローザを視界の真ん中に捉えれば、彼らの姿は視界の端にうっすらとしか入らない。ただ、間違いなくその注目を真っすぐ自分に向けてくれていることだけは確信できた。そして、その捉えきれない位置に敢えてロデリックは控えていた。

クラークを彼が不自然にならないように僅かに位置をずらして並ぶが、その表情は湧き上がる喜びを堪えきれてはいなかった。

特にロデリックは騎士達や公衆の面前で感情を抑えきるのも喉の奥に込み上げるものを抑えるのも難しかった。表情を引き締めた顔で、アーサーと同じ深い蒼の目だけが今は赤かった。一度だけアーサーが俯いている間に目頭を押さえて堪えたが、一度赤くなった目は隠しきれない。隣でそれを盗み見したクラークにははっきりとわかった。アーサーが瀕死の重傷で運ばれてきた時の方がまだ堪えられていた。

自慢の息子であるアーサーが、勲章一つの大きさだけで言えば自分にあと一歩まで近付いた。フリージア王国の女王に、国中の人間に騎士として認められた。

幼い頃に自分に憧れて騎士になりたいと願ってくれたアーサーが。一度は父親である自分の所為で挫折し、騎士を諦めたと口にしたアーサーが。十三の時に騎士を目指し、そして新兵から本隊騎士に、副隊長から隊長にまで登り詰めたアーサーが。…………()()()()()()()、と。

ロデリックも、クラークも騎士達もステイルもジルベールも、今最も喜ばしく泣きたくなるほどに嬉しいことは同じだった。アーサーへの喜びの気持ちはそれぞれであっても、間違いなく彼らの胸の奥を熱くさせ、喉まで込み上げさせる理由はたった一つ。




アーサーの、再起。




瀕死の重傷と右腕の損失。

騎士生命を間違いなく奪われ、そしてその命すら危ぶまれた彼を知る者にとって今の光景は奇跡だった。

誰もが一度は諦めたアーサーの騎士としての未来が繋がったのだから。それどころかこうして正式な場で彼の命を賭した任務が報われ、生きて騎士として授与を受けている。彼らがこれ以上にアーサーへ望むものなどない。一度は生きてくれさえすれば良いとまで思ったのだから。


「アーサー・ベレスフォード。望む褒美はありますか。」


ローザが問いかける。

彼女の横には司祭の一人が恭しくアーサーに付けるべき勲章を台ごと抱え、控えていた。その輝かしさと象徴は国中の騎士が欲してやまない証だった。にも関わらず、勲章を授ける前に問い掛けるローザにアーサーは息が止まる。

ありません、と。その口を「あ」で動かそうとしたまま止まった。問いにはすぐ答えなければならない。女王を、観衆を待たすわけにはいかない。迷いなく言える筈だったその言葉をアーサーは直前に躊躇った。

もう、充分過ぎるほど自分は貰ってる。だが、この国の最高権力者が、今ならば富も地位も何でも与えてくれる。民を前にして女王自身も簡単には無碍にできないこの場で、何でも願える欲せる今ならと。





「……ップライド・ロイヤル・アイビー第一王女殿下の、騎士に……‼︎‼︎」





上擦った声は勢いよく放たれ、広間に響いた。

ざわり、と一度はその場が騒然とした。どういう意味なのかと、問うような騒めきだ。その戸惑いは来賓や騎士だけでなくプライドやステイル達、目の前のローザも同じだった。

アーサーは既にプライドの近衛騎士だ。それは既に民の前でもローザの口から紹介されている。にも関わらず、何故それを今改めてこの場で望むのか。

思わず口から説明不足なまま出てしまった言葉に、アーサーは後から汗が噴き出した。喉がカラリと干上がり、緊張で心臓が耳まで振動させた。まずい、言わねぇととまるでこれ以上言い間違えたら首を刎ねられるかのような緊張がアーサーに走る。跪いた体勢のまま、床についた手を震えるほど強く握り、再び喉を張る。


「ッ未来永劫、何があろうともプライド王女殿下の騎士で在り続けることこそが自分の願いです。どうか、……ッこの先〝何時如何なることがあろうとも〟騎士としてプライド王女殿下のお傍にいる御許可を、自分に……‼︎」


……まだ、まだ足りねぇから。


プライドが豹変して近衛騎士を停止されてから、何度も嫌なほどアーサーは思い知らされた。

王族である彼女達を助ける為にまだ届かない隔たりがあることを。だからこそ彼は願う。プライドを、そして彼女を支えるステイルをティアラをこれから先も騎士としての守り続けることのできる権利を。

渇望をそのまま声にしたようなアーサーの訴えに、ローザは一度目を丸くした。彼の望みをやっと理解し、今回のことを振り返る。彼が、騎士の称号も立場も全て捨て、叛逆者となってでも果たそうとしたことは何だったのかと。


「それが、貴方の願いなのですね。」

緩やかに、ローザの開かれた眼差しが緩まる。

荘厳な通る声に反して、その言葉はゆっくりと確かめるような柔らかさだった。アーサーが瞬き一つせずにそれに応えれば、ローザは「良いでしょう」と容易に言葉を返した。


「ならば、貴方には権利を与えましょう。この先、貴方が望む限りいついかなる時も騎士としてプライドの元へ参じる権利を。城内であろうとも、王居であろうとも……たとえ、地の果てであろうとも。」

その許しに、アーサーの目が輝く。

他ならぬ彼女の元へ、いつ何時も駆け付ける権利を得た彼は喜びで顔を紅潮させた。僅かに空いてしまった口が、その許可が彼にとっては勲章よりも大きな褒美であることを妙実に物語っていた。

正直な表情の変化にローザは音には出さず小さく笑う。「アーサー・ベレスフォード」と再びその名を呼べば、慌てるように再びアーサーの顔が引き締まった。ありがたき幸せ、とその言葉を返すべく跪く体勢を改める。再び頭を垂らし、与えられたものへの感謝を言葉だけでなく全身で表明すべく整え、一息で酸素を吸い上げ












「〝聖騎士〟」













……今度は、本気で声が出なかった。

その言葉の意味を理解するには、あまりに衝撃が強過ぎた。

ピタリと動きが止まり、発しようとした息が肺の手前で中断された。瞬きを忘れ、目を見開く余裕もなく表情筋まで固まった。

ローザの言葉を聞いた来賓や騎士でさえ、その言葉に耳を疑った。期待と興奮が入り混じり、来賓の中には口を覆ったものも少なくなかった。アーサーが〝与えられた〟ものに空いた口が覆われたまま塞がらない。

ステイルすら眼鏡の縁を押さえつける余裕もなかった。指先が痙攣し、腕を上げることすら叶わない。

騒然と水を打ったような沈黙が流れ、耳鳴りのような無音がアーサーの耳を刺す。自分だけではなく、観衆すらも言葉を失う反応にやはり自分が聞こえた言葉はそのままだったのだろうと理解する。

ガチ、ガチと不出来な人形のように俯かせた首を小刻みに角度を変えて上げるアーサーがやっともう一度ローザを視界に捉えられた時。まるで待っていたかのようにローザの薔薇の唇が開かれ、続きを紡ぎ出した。


「その〝称号〟と共に与え、許しましょう。次期女王となるプライドに未来永劫最も近き騎士の座を。」


はっ……‼︎と、謝辞の前に一息で答え受け取った。

顔がみるみる内に紅潮が強まり、恐れ多いが故に遠目でもわかってしまうほど赤面してしまう。今度こそローザの言葉にその場にいる誰もが絶句した。〝勲章〟〝褒美〟そして〝称号〟まで一度に女王直々に与えられた騎士の存在に。

そしてアーサーもまた、戸惑いが隠せない。女王直々に〝称号〟を与えられただけでも大ごとだ。しかし、アーサーが何にも増して身体が震えるほどに興奮を覚え、動揺を露わにした理由は。



〝異名〟……‼︎父上と、同じっ……二つ名……‼︎



〝傷無しの騎士〟そうロデリックが呼ばれていたのは彼の輝かしい功績からだった。

未だロデリック以外、異名を持つ騎士はいない。そしてそれをアーサーは今、〝称号〟として女王に与えられた。歴史に名を残してもおかしくない、偉業を成し遂げた証だ。

ただし、憧れの騎士であるロデリックと同じように異名を得た事自体に喜びが隠せないアーサーだけが、未だに気付いてはいなかった。与えられた称号の、その大きさに。

〝聖騎士〟の称号はフリージア王国の長い歴史の中でも得た騎士は先人でたったの二人。

そのどちらの人物も、歴史上の遠い昔に名を残した伝説的な騎士だった。それを何百年以上の時を経て、今再び一人の騎士に与えられたのだ。それを知る民は誰もが湧き上げたい歓声と興奮を抑え、固唾を飲んだ。

〝聖騎士〟の名を与えられた先人の共通点は騎士であること。国の未来を左右する大事に大きく関わったこと。そして


「強く高潔で勇ましく。忠誠心を持ち、寛大さと信念を兼ね合わせ礼儀と崇高なる行動を携えし者。……全てを認められし騎士にのみ許される称号です。」


その言葉を受けながら、アーサーにはまだピンとこない。

自分の尊敬する騎士達は全員がその全てを兼ね揃えている騎士だ。何故それを彼らは未だ授けられていないのかと、一瞬疑問にも思った。

子どもの頃から憧れの騎士が父親であるロデリックのみだった彼は、フリージア王国どころか騎士の歴史や逸話にも疎い。子供の頃の彼にとっての英雄は書物の登場人物よりも父親。そして十三歳になってからはプライド、その二人だけだったのだから。

ただ、その〝自分の尊敬する騎士が持っている要素〟を自分にも備わっているとこの場で認められたことに、気がつけば身が震えた。

固く握った拳も疼き、唇が乾く。涙が零れそうなのを何度も耐えながら、潤みかけるその蒼い目をローザへと向けた。

次々と与えられたものの大きさにアーサーは感情がじわじわと波打とうとしているのを自分で感じた。それに反して変わらず女王としての優雅な笑みを浮かべるローザはとうとう最後の締め括りへと進んでいく。

アーサーの肩に置いた剣を引き、代わりに司祭が手に控え続ける勲章に目を向けた。彼女の動きに合わせてアーサーもゆっくりと膝を立て、立ち上がる。あとは女王自ら、その勲章を彼の胸へと授けられれば儀式は締め括られる。そこでふと、ローザは手を伸ばす前に思い直す。視線を再びアーサーへと向けたローザは、少し不思議そうに目を開き返してくる彼を見て微笑んだ。


「......貴方は、プライドの騎士でしたね。」


フフッ、と一瞬だけ少女のように年齢を感じさせない笑みを浮かべたローザは小さくそう呟いた。

目の前にいるアーサーと、参列者の一人として招待を受けたセドリックにしかその言葉は届かなかった。しかし、すぐに今度は響かせるように威厳を放った声でアーサーへと問いかける。


「アーサー・ベレスフォード。この勲章を貴方へ授ける者に、望む王族はいますか。」

普通ならば女王に決まっている。国の最高権力者である彼女の手で与えられることこそが国一番の栄誉なのだから。

しかし既に己が望みを高らかに言葉にしたアーサーが、誰を最も望むのかは誰もが予想がついていた。そしてだからこそローザが計らいで敢えて彼にそれを尋ねたことも。

アーサーは一度喉を大きく鳴らした。ゴクリと、一瞬響いてしまったのではないかと思うほどの音が自分の中に響いた。それから見開いた目と乾いた口で「プラッ......」と息遣いに近い声を放ち、......止まった。

たった二拍程度の間だ。しかし、衝動のままに躊躇いなくその名を口にしようとした彼が止まったことに参列者は不思議に思った。

それから改めて、アーサーは今度こそ落ち着いた眼差しと共に口を開いた。衝撃のままではなく、騎士らしい仕草で返し、ありがとうございますと女王への計らいに感謝を示してから再び言葉を放つ。




「ステイル・ロイヤル・アイビー第一王子殿下に願いたく存じます。」




ざわり、と驚きで一度だけその場にざわめきが広がった。

静かなアーサーの声は、それでも芯を持って広間に響いた。何故そこでと、ただただ純粋な疑問を観衆が露にする中、アーサーはローザから目を逸らさずに言葉を続けた。


「叶うならば、プライド王女殿下の片腕たるステイル王子殿下にお認め頂きたいと。......そう望みます。」

そう言ってから、初めてアーサーは視線を真っ直ぐとステイルへ向けた。

視界の端に捉えることしかできなかった彼を正面から捉えれば、今はこの上なく驚愕の一色だった。人前にも関わらず僅かに開いた口には力もなく、丸い目でアーサーを見返していた。

ティアラとプライドが嬉しそうに傍から彼に視線を向けるが、それすらも今のステイルの目には入らなかった。放心にも見える表情は、彼がこの展開を全く想定していなかったことを表していた。

ジルベールが思わず彼のその表情に笑いを噛み殺し、気付かれないように顔を逸らす。あまりにも茫然とする彼にアーサーは静かに笑みを浮かべた。さっきまでの緊張に張り詰めたものと違い、肩の力の抜けた笑みが無二の友へと向けられる。

一度は驚いたローザも、それから視線をステイルへと向けた。言葉ではなく、視線で尋ねるローザにステイルは瞬きも忘れたまま「喜んで」と言葉を返す。

その途端、おおおぉ......と来賓から声が漏れた。騎士への勲章授与を王子が担うなど、女王制のフリージア王国では歴史上数えられるほどしかいない。そしてそれを許された王子は全員が養子ではない純粋な王族のみだ。養子である王子が行うのは間違いなく史上初の試みだった。

それを充分に理解しているステイルは、一度だけプライドに目を配った。目が合えばすぐに眩しいほどの笑みと頷きが彼女から返される。

第一王女である彼女の許可を得たステイルは、最初の一歩目だけはふらりと身体を揺らした。その後は第一王子としての意識が定まり、多くの民の視線の中で確かな足取りでローザへ並ぶ。驚いた表情のまま自分へ視線を刺すステイルにアーサーは一瞬だけしてやった顔を浮かべて見せた。その少し悪びれた表情に、ステイルもやっと二度瞬きを繰り返す。目を潤し、肩の力が少し緩む。そして司祭とローザに促されるままに勲章を慎重に手に取った。

来賓に示すように一度そのまま正面へ向き、それから伸びた背筋でアーサーへと向き直る。自分より背の高い彼は、至近距離からだと自分が見上げる形になるのが少し悔しい。だが、それ以上にこの勲章を与えることに自分が選ばれたことが誇らしかった。無二の友であり、相棒であり、自分の知る中で最高の騎士であるアーサーに。そして


プライドと自分の〝英雄〟に指名を受けられたことが、震えるほどに。


そう思えばステイルは整えた笑みがそれ以上に弛みかけた。

口の中を噛み、指に力を込めてとうとうアーサーの胸へ勲章を与える。人より器用な筈のステイルは少し手間取った。震える指と、心臓が内側から身体を揺らし照準がうまくとれなかった。それでも円滑に進ませるべく意識を集中させる。記念すべき彼の勲章が間違っても傾かないようにと細心の注意を








「〝満足〟できたか?」








突然。囁くような小さな声でアーサーが彼に問いかけた。

ローザにも聞こえないようにと至近距離のステイルのみへ向けたその声は、一字一句間違いなく耳に届いた。だが、どういう意味かわからず手を動かしたままステイルは上目で睨むように見返した。聞き方によっては勲章を授与させてやったことに対する嫌みや傲りにも聞こえる言葉だ。しかし、アーサーがそんなこと言うわけないと漆黒の眼差しで尋ねれば、彼は再び声を潜めた。


「......まだ、騎士団長じゃねぇけど。」

少し照れ臭そうに笑いながら言うアーサーの言葉にステイルは一瞬だけ動きが止まった。

すぐに誤魔化すように動き、彼の団服の生地へ通そうとすれば笑いたくなるほど円滑に指が動いた。まるで白昼夢のように記憶が光速で頭を駆け巡る感覚に、少しだけ目が眩む。


『俺はまだ満足していないぞ』

『もっと俺を満足させてみろ、アーサー』


一年前だ。

彼が副隊長に昇進したことを祝って飲んだ時に、自分が彼に言った言葉だった。

副隊長程度で満足するものか、騎士団長くらいになれば満足してやると。そう口にした時の誇らしい気持ちは今も忘れない。アーサーはこんなものでは終わらない、終わるものかと絶対的な自信がステイルにはあった。

そして今、目の前にいる彼は多くの民に認められ、勲章とプライドを守るにこれ以上ない褒章と称号を与えられた聖騎士だった。

そう思えば、今度こそ本気で込み上げた。涙腺が目の奥まで響いていることにステイルはいっそアーサーがわざと泣かせてこようとしているのではないかとすら思ってしまう。そして、そういうことをしない人間だということも自分が一番よくわかっているとも思う。

口では言いたかった。まだまだだ、と。いつもの口癖で鼻を折ってやりたい。最後に自分の方が勝ち誇ってやりたい。だが、込み上げるものとどうしようもない喜びが彼の皮肉に今回だけは勝ってしまった。


「......ああ。」

息を吐く音に近い声量で言葉を返す。

彼の胸に勲章を間違いなくつけ終わり、両手を離す寸前に向き合う彼に柔らかな笑みを向けた。

参列者に示すように二人でローザと同じ正面へと身体を向ける。その胸に輝かしい勲章を宿す騎士と、史上初の養子から勲章授与を許された王子。女王と共に並ぶ彼らに誰もが目を輝かせ、感嘆の声を漏らす中。同時に誰よりも響かせる声を放つローザの宣言が最後を飾った。



「聖騎士アーサー・ベレスフォード。貴方の栄誉をここで讃えます。」



その言葉を皮切りに広間中から惜しみない賞賛の歓声と喝采が耳を破るほどに膨れ上がった。

来賓も騎士も、その場にいる全員が興奮が冷めないままに手が痺れるほどに拍手を繰り返し、ローザやアーサー、ステイルの名を繰り返し叫び呼んだ。上気した彼らの熱が広間中の気温を上げ、文字通りの熱気に包まれる。

「聖騎士!」と誰かが声を上げれば、次々とアーサーの名の代わりにその異名が勲章を胸に宿す騎士へと向けられた。

儀式が終わり、やっと首を自由に動かしアーサーが広間中を見回せば、あまりの参列者の数に圧巻させられた。その賞賛を気恥ずかしそうに受ければ口角が不器用に上がってしまう。だが、その直後に来賓から女王ローザのいる方向。副団長のクラークと並び拍手を向けてくれている父親の目と重なれば、思わず唇を結んでしまった。

自分がロデリックから拍手を受けていることと、何より自分の騎士としての晴れ姿を見て貰えたのだということに再び紅潮する。既に潤み始めた目で、自分と同じ蒼の瞳を見返しながらアーサーは彼一人に向けて頭を下げた。

アーサーの意図をすぐに察したロデリックはその喜びを笑みだけで返した。クラークが横で二人を見比べたが、何も言わずに彼もまた微笑みながらアーサーへ惜しみない拍手を送り続けた。その直後にはアーサーの眼差しが自分にまで真っ直ぐ向けられ、再び頭を下げてきた彼にクラークは少し照れたように苦笑した。

アーサーに見てもわかるように大きく何度も頷き、彼が別の方向へ視線を向けてから素早く指で目元を拭った。一番泣きたいであろう親友を隣から目で見れば、自分と同じようにアーサーの視線が外れた途端に口を片手に覆ったまま真後ろまで顔を逸らしていた。どんな顔をしているのかは予想もつきながら、クラークはその肩を数度叩いた。

身体を軸に一周するようにして各方面へ視線を配り、アーサーはとうとうまた一方向で動きが止まった。追ってステイルもアーサーの視線を追うようにそこを向き、そして笑む。

自分達に向け、未だに止まない拍手を繰り返しているプライドに。

アーサー、そしてステイルが賞賛されていることが多くの民に祝されていることがプライドは自分のことより遥かに嬉しかった。その笑みを目に焼き付けた二人は、暫く視線を逸せなかった。今までだって何度も何度も思ったことだ。しかし、プライドがまたいつものように笑って、そこにいてくれるだけで彼らは何度でもその幸福を噛み締める。


取り戻せたのだと。


一度は諦め、それでも踠き続けてやっと届いた彼女を確かに再び光の中に引き戻せた。

勲章も褒賞も称号も喝采も賞賛も、その全てにまして彼女の笑顔こそが最も価値のあるものだった。いま、この場で、この状況が。全てが彼らにとって夢のような光景だった。

熱を上げ続ける熱気と鼓膜を揺らし続ける喝采に包まれながら、二人は示し合せることもなく同時に視線を動かした。

プライドから、自分達へ未だ喝采を送り続ける参列者のいる正面に。そして、その勢いが衰えることのない喝采に紛れるようにステイルはその口だけを動かし、アーサーの背中を民衆には見えないように叩いた。









「大満足だ。」









自分がした問いへと答えだと。確かに聞き取ったアーサーは正面を向いたまま、くしゃっとあどけない満面の笑みで呟いた。

よっしゃ、と。相棒のその声を聞き届けたステイルもまた一人で笑った。黒縁眼鏡の位置を直す振りをして俯きながら一度だけハハッと声に出た。


本番でもある夜の祝勝会を前に、民の興奮は早くも最高潮まで跳ね上がった。


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― 新着の感想 ―
[一言] アーサー…………それ、ほぼプロポーズ…………………
[良い点] ロイヤルナイツ!!
[良い点] 胸熱です!アーサーのポンコツっぷりも素敵!
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