635.沈黙王女は姿を現し、
祝杯だ。
民が、謳う。
フリージア王国中。特に城下でその声は一際大きく飛び交った。ある店は今日の為に客を引き込もうと外観を飾り付け、ある店は一つでも多く売り出す為に商品を大量に生産しては並べ、ある店は祭りを楽しもうと店を閉めて駆け出した。
今、国中で最も民が集う王都へと。
太陽が昇る前から多くの民が城の前へと詰め寄っていた。招待を受けた国内貴族のみならず、平民、下級層の人間も混ざり、中には噂を聞き付けた他国の貴族や王族の使いまでもが一刻も早く情報を得ようとその時を待ち続けた。……女王から祝勝会前の公式発表を聞く、その為に。
定刻となり、最初に招待客の貴族達が城門から順々に通された。温度感知を含む様々な特殊能力を持つ衛兵と騎士が検問する中で、彼らは案内されるままに城内の正面にあたる謁見台がある建物の前へと進んだ。
城門と城壁の向こう、城下まで見渡せるその建物を直接見上げられるのは招待客である彼らだけだ。そしてそうではない民もまた、城門前から王族の姿や声を知らせをと集い続ける。招待された貴族達が城内に入った分、更に前へ近くへと民が集う。衛兵に道は開けるように、近付き過ぎないようにと声を上げられながらも彼らの気は逸るばかりだった。
城門の民のざわめきが増す一方、通された貴族達は場内の緊張感に静まり返る。彼らもまた、今日は公の報せがあることしか知らされてはいなかった。ラジヤ帝国の侵攻と完全勝利、条約締結からそれに関する内容であることは誰もが察しはついている。だがその脅威が去った今、民の誰もが心待ちにしている知らせはラジヤ帝国のことや条約締結の詳細だけではなかった。
定刻、謁見台とそして閉ざされた城門の両方で同時に軽やかなラッパの音が響き渡った。
同時に民の心臓もこの上なく高鳴る中、女王の名が高らかに宣言された。ざわついていた城門すら静まり返り始める中で、とうとう女王ローザが姿を現した。
その傍らには王配であるアルバート、そして摂政であるヴェストが続き、背後には護衛として騎士団長を含む優秀な騎士達が控えている。温度感知の特殊能力者を含めて民の前に姿を現す王族を守るため、謁見台の周りには尋常ではない緊張感が張り積めていた。
豪奢なドレスと威厳に包まれた女王ローザに誰もが目を奪われる。優雅な動作と美しい容姿、そしてしなやかに細い身体からは想像できないほど響き渡る声が彼女から放たれる。
「この度、ラジヤ帝国による条約違反と侵攻に戸惑いも大きかったことでしょう。」
悠然と放たれるその声に誰もが聴覚を研ぎ澄ます。
そしてその多くが無言のままに僅かに頷いた。彼らからすれば避難指示が出されたのも侵攻も勝利も全てが突然だった。疑問もラジヤ帝国への不満も何故このような事態になったのかも、全ての発端も知りたいと望むのは当然だ。
ローザの語りを聞きながら、早くその真実をと望んだ民は次の言葉の直後に考えることを放棄した。
「事の始まりは第二王女であるティアラ・ロイヤル・アイビーの誕生祭。そこで第一王女であるプライドは、ラジヤの手の者によって“重態”を負わされました。」
ざわり、と多くの声を漏らす音と息を飲む音が重なった。
彼らにとって最も関心の渦中にいた存在。今日まで病に伏せていると告げられていたプライド・ロイヤル・アイビーの病状。彼女の重態原因こそがラジヤ帝国であったことに予想をした者こそいても、動揺は隠せない。そして更にローザの口から語られたのは今日までの経過とその真相だった。
ラジヤ帝国からの暗殺未遂によるプライドの重態。城に再度招かれたラジヤ帝国の捕縛と内部侵攻。それが判明してから急ぎ民に避難誘導を行い、人質に取られたプライドを奪還する為に奔走し尽力した騎士団の活躍。そして
「そしてこの度、ラジヤ帝国からの防衛勝利と共に我々は無事奪還することに成功しました。」
おぉ……とまた声が漏れる。
それは、もしやまさかと呟きが続く中、民の間で期待が膨らんでいく。一度言葉を切ったローザは軽く背後に顔だけで振り返った。優雅な微笑みのままに合図を送れば、謁見台の奥からまた人影が姿を現した。
ローザと同じ波打つ髪と透き通った肌。
王配のアルバートと同じ深紅と鋭くも凛とした紫色の眼差し。
薔薇のような唇と王女と呼ぶにこれ以上なく美しく佇むその女性は間違いなく
「第一王女であり第一王位継承者、プライド・ロイヤル・アイビーです。」
わあああああああぁあああああぁぁああああああああっっ‼
ローザからの紹介に、民は一瞬で沸き上がった。
待ちに待ったプライドの現状と回復の報せ。目の前でローザに並び優雅に笑むプライドの姿というこれ以上ない証拠に誰もが歓喜した。
民の歓声に応えるようと右手を緩やかに振りながら城内から城門の向こうまで視線を向けるプライドは、僅かに片方の口端が痙攣する。彼らが自分の無事を喜んでくれるのも、こうして再び民の前に立てるのも嬉しい。だが、ローザの説明に嘘こそ無いものの、実際は自分が城内でクーデターを起こした主犯格。更には重態に間違いはないが、その状態で寝込んでいたどころか暴れまわり城内で甚大な人的被害すら起こした。城下に被害を受けた民がいないのこそ良いものの、一時的にでも避難で居場所を追いやられ、彼らの住まいや建物がラジヤ帝国に破壊されたのも自分の責任だ。そんな騒動の元凶であるにも関わらず、上手く隠され民に歓声を受けるなど、それこそ前世でよく見たアニメやゲームの権力者系悪役の常套手段だと思ってしまう。
口端のみならず右肩までピクピクと痙攣し始めるが、遠目から見上げている民には優雅に手を振る第一王女の姿にしか見えなかった。プライド自身、民に挨拶をとローザに命じられた時にその打診も予想はできていた。更には「仮にも騒動の中心だった私にそのような形で民の前に立つ資格はありません」と考えていた断りもいれた。
が、それを口にした途端、速攻でステイルとジルベールに論破されていた。
ローザの前だからこそ穏やかな口調ではあったものの要約すれば「貴方は操られていたのですからね?」「民が心配していたのですからそれを想うなら寧ろ積極的に公の場に出るべきです」という旨だった。
更には傍にいたティアラが頬をぷくぅと膨らませれば、彼女が何をしようと考えているのかと容易に想像ができ、プライド自身が折れるしかなくなった。
実際アダムに洗脳されていたプライドに責任能力自体は殆ど無く、たとえここでローザがアダムの特殊能力から事件の真相までを全て民に話したとしてもプライドに責任があると考える者は極僅かだ。彼女はラジヤ帝国に“利用”された側なのだから。だが、だからといってそう簡単に納得できるわけでもない。プライドにとってはあくまで狂気に染まった上で自分の意思の元犯したものなのだから。
止まない歓声に応え続けながら強張った肩と筋肉に力が入りすぎた表情はどうにも治らない。
ローザが両手を広げ、静まるように民へ示せば音を絞るように歓声が止んだ。同時にプライドも振る手を降ろし、前へと重ねて姿勢を正す。
促された謁見台の中央から一歩分控えるようにして端へ寄る。再びローザが民へと語り始めれば、身体を正面に向けたまま僅かに傾けた顔と目だけで背後に振り返った。視線の先にいる人物に、プライドは少しだけ肩の力が抜ける。
「この度、第一王女プライド奪還に多大なる尽力をして下さった方々をご紹介します。」
その言葉と共に女王ローザがプライドの反対側へと場を開ける。
誘うように片腕を広げ、謁見台の真ん中へ招かれた二人は一歩一歩確かな足取りで奥から姿を現した。一体何者かと誰もが目を凝らし、彼らの姿を確認できた瞬間、ローザやプライドとは異なる黄色い悲鳴が合わさり響き渡った。




