632.沈黙王女は念じる。
「えぇええええっ⁈マリアが⁈妊娠‼︎⁈」
昼食も終えて午後が過ぎた頃、ジルベール宰相が久々に私の部屋に訪れてくれた。
直接会うのも本当に久しぶりでどうしたのかしらと思えばまさかの電撃発表だった。思わず大口を開けて叫んでしまった私は、直後に口を両手で押さえつける。
慌てて周りを見回したけれど、皆も私と同じように口を開けたまま目もまん丸だった。ティアラは口を押さえたまま驚きで声が出てなかったし、アーサーに至っては口がぽっかり開いたままの絶句だ。エリック副隊長と交代したカラム隊長も瞬きが出来ていない。
そんな驚く私達に苦笑しながら、ジルベール宰相は話してくれた。ずっと難を逃れる為に国外に避難していたマリアが身籠もっていたことを昨日知らされたこと。そして今朝、ステイルの特殊能力で無事屋敷に帰還したこと。帰国してからも一応診せた医者の話だと体調に問題はないこと。更には既にお腹も大きくなってきているらしい。あまりのサプライズに視界が白黒する。
今朝父上にステイルが呼ばれた理由がよくわかった。そりゃあ身重なマリアを馬車で長距離移動させるなんて不安に決まっている。……と、いうか‼︎
「あ、あああのっ……ジルベール宰相……?その、マリアは私が犯したこととか……そうでなくても倒れたことは知っていたわよね……?」
動揺のあまり上手く話せない。
あわあわと唇を震わせながら、喉まで痙攣する。手までガクガクしながら意味もなくジルベール宰相に手を伸ばしてしまう。どうしようどうしようと若干パニックになりかけながら答えを待つ。
するとジルベール宰相は困ったように眉を落として笑いながら「ええ」と落ち着いた声で返してくれた。
「妻にはプライド様はまだ病で寝込んでいると伝えております。心苦しいですが、あと二日の辛抱ですから。」
きゃあああああああああああああああああああああ‼︎‼︎
ごごごご、ごめんなさい‼︎とまともに考えるよりも先に叫んでしまう。
自分でもみるみる内に血の気が引いていくのがわかる。腰まで抜けそうになってフラついたらカラム隊長とアーサーが同時に支えてくれた。カラム隊長にお気を確かに、とそっと声を掛けられたけれど、確かになんてしてられない。
マリアに‼︎妊婦さんに‼︎私はなんて最悪のストレスふっかけてるの⁈‼︎
心優しいマリアのことだからずっと私のことを心配してくれていただろう。しかも、そんな大事で気持ち的にも浮き沈みが激しい時にジルベール宰相は私の所為で大忙し。途中からは国まで離れてきっと死ぬほど不安だったに違いない。通信兵を介して連絡は取っていたらしいけれど、慣れない土地で夫も不在でいつ帰れるかもわからなくて私は病床とか言われててしかもラジヤ帝国が押し入ってきてるとか‼︎‼︎
精神衛生上最悪な状況しか作り出していない。これでマリアだけでなくお腹の赤ちゃんに悪影響があったらと考えたら気まで遠くなってきた。
唯一の救いは、スプラッタ映画レベルの私の犯行の被害に遭っていないことと、ジルベール宰相が枷を嵌められたり私の所為で辛い想いを何度もしていたことを知らないことぐらいだろうか。……旦那さんがあんな目にあっていたなんて卒倒してもおかしくないし、ストレスで最悪な状況もあり得る。
若干貧血気味になりながら、とにかく平謝りをしてしまう私をジルベール宰相が「母子ともに健康ですから……」と宥めてくれ、ティアラまで背中を摩ってくれる。二人の優しさにぎりぎり意識を保てた私は、何とか必死に呼吸を整えながら胸を押さえた。ハッハッフー、とまるで私の方が妊婦のように息が粗くなる。整え終わり、それからやっと自分を落ち着けられた私は改めてジルベール宰相に向き直る。
「……本当におめでとうございます、ジルベール宰相。すっっごく嬉しいわ。今度是非お屋敷へマリアとステラちゃんにもお祝いに伺わせて下さい。」
姿勢を正してから、本来最初に言うべきだったお祝いの言葉をきちんと伝える。
今はまだ私のことは秘匿状態だけど、ちゃんと全て終わったら心配かけたことのお詫びも含めて妊娠のお祝いを伝えに行きたい。
そう思うとティアラの誕生祭は本当に貴重だったんだなと思う。今後また難しくなるであろう貴重なマリアの出席だったのに、私の所為で台無しにしてしまったことだけが悔やまれる。
それでもやっぱりバトラー家の第二子は嬉しくて、挨拶を伝える為にジルベール宰相と目を合わせれば思わず顔が綻んでしまった。私を見つめ返してくれたジルベール宰相が凄く柔らかい笑顔で、それを見たら本当におめでたいことだなと思えたから。
是非とも、と返してくれたジルベール宰相が優雅な動作で頭を下げてくれる。あんな小さかったステラちゃんがお姉ちゃんになるんだなと思うと凄く感慨深い。それに前世のゲームではジルベール宰相は第二子どころか、マリアが…………。
……だめだ、今それを考えると泣きたくなる。前世のゲームで一番差が凄いのはジルベール宰相かもしれない。
堪える為に口の中を飲み込むと、じわじわ身体の中心が熱くなる。何とか笑みを作ってジルベール宰相と見つめ合ってしまう。切れ長な目が柔らかく緩み、薄水色の瞳が…………潤み、始めた。
「えっ⁈あっ、じっジルベール宰相……⁈」
まさかの泣きそうになっていた私ではなく、ジルベール宰相が涙目になっていた。
一瞬目を疑って、それから心配になって声をかければティアラも殆ど同時に呼んだ。ジルベール宰相は「失礼致しました」と落ち着いた声と動作で私達から顔を背けて優雅に人差し指で目元を拭ったけれど。
何だろう、人に報告した途端に実感が湧いてしまったのだろうか。父上はもう知っているらしいけれど、私の元にも興奮が冷めない内にこうして報告に来てくれたんだろうなと思う。
ティアラが私の腕を掴んで「私もジルベール宰相のお屋敷に行けるの楽しみですっ」と笑ってくれた。その言葉に私も嬉しくなって「そうね」と返しながらティアラの腕を握り返す。
「……歓迎致します。またいつでいらっしゃって下さい。」
未だ薄水色の瞳を揺らしながらジルベール宰相が静かに笑う。
本当に穏やかな笑みで、今更ながら父親だなぁと思ってしまう。昔から全く老いを感じないジルベール宰相だけど、それでもずっと父親らしい顔つきになっている気がする。
ありがとうございます、と言葉を返しながら私からも笑顔を返した。ジルベール宰相が泣いてくれたお陰で驚いて自分の涙が引っ込んで助かった。すると今度は背後から咳払いが聞こえてきた。ジルベール宰相と丁度お互い口を閉じたところだったから、意外に音が響いて反射的に振り返ればカラム隊長だった。
拳で口元を軽く押さえたままカラム隊長も正面から顔だけ逸らしていた。失礼致しました、と枯れ気味の声で早口に言ってくれた。エリック副隊長と交代した時も、挨拶を交わした際に今みたいに顔の筋肉に力が入って目の周りも赤かった。やはりエリック副隊長みたいに昨晩の宴の疲労だろうか。アーサーも居るし、風邪ではないと思いたい。
ジルベール宰相にお祝いを伝えるティアラの後に、アーサーも頭を下げて続いた。いつもは礼儀をすごく重んじるカラム隊長が、背けた顔を戻した後も表情がそのままだったので、気になって覗き込んでみる。
「っ……⁈」
一拍遅れて気づいたカラム隊長が背中を大きく反らして半歩下がった。
い、いかがなさいましたでしょうか……?と続けるように目を丸くしたまま言ってくれるカラム隊長はさっきより顔が全体的に赤い。心配になって手を伸ば
「プライド様。……ところで本題を忘れておりました。王配殿下からこちらを、預かって参りました。必ず極秘にとのことです。」
するりとジルベール宰相の綺麗な手が差し出された。
私とカラム隊長の間に入るように伸ばされた手には一枚の封筒が摘まれていた。突然間に入ってきたことに少し背を反らした後、すぐに受け取る。
父上からの手紙なんて珍しい。早速中身を改めようと思えば、封を開けるより先にジルベール宰相が「それでは私はこれで」と深々と礼をして退がってしまった。
一度封から顔を上げ、私からも挨拶を返す。ジルベール宰相が優雅な動作で扉の向こうへ去っていくのを見届けてから、私は改めて封の中身を改めた。アーサーとカラム隊長、そしてティアラも〝極秘〟という言葉の為、配慮して私から少し離れてくれる。
一応私からも皆に見えないように背中を向けて中を開く。中身の文面は短かった為、一目で読み終えた。ああなるほどと思いながら、手紙を封筒に戻す。
中身は覚えたしと、専属侍女のマリーが火をつけてくれた蝋燭に炙って炭にする。時間にはステイルが来てくれる予定だし早々に済ませよう。
怪我が治ってからステイルはまた休息時間が不規則になっていた。それでも毎回休息時間には会いに来てくれて、私の用事にも付き合ってくれるのは本当に優しい。今日は朝からジルベール宰相家の迎えに行っていたし、きっと仕事が溜まっているだろう。今回、摂政業務とは別に大役を任されているというステイルは平行してヴェスト叔父様の仕事を手伝っている。
一応、今日は大事な予定があるのは伝えていたし、合わせて休息時間も取って来てくれるとは言っていた。間に合ってくれると信じよう。私は心の中だけで仕事中であろうステイルへ願うようにと念を送った。
ちゃんと、皆で彼らを見送りたい。
今回の一件だけでなく、ひと月も引き止めてしまったのだからそのお詫びも含めて。




