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【アニメ2期決定!】悲劇の元凶となる最強外道ラスボス女王は民の為に尽くします。〜ラスボスチートと王女の権威で救える人は救いたい〜  作者: 天壱
沈黙王女と終戦

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631.義弟は承る。


「おはようございます、父上。お待たせ致しました、ステイルです。」


コンコン、と衛兵が扉を鳴らした後にステイルは言葉を投げる。

プライドとの朝食後、いつも通りヴェストの元へ向かおうとしていたステイルは急遽衛兵に呼び出されていた。いつも付いている摂政のヴェストではなく王配のアルバートからの呼び出しだ。


それも、ラジヤ帝国との条約の翌日である今日。


プライドやティアラはなく、自分だけというところにもステイルは不穏を覚えた。逸る気持ちを押さえ、早足でアルバートの執務室へ急いだ。

ステイルからの呼び掛けに、部屋の向こうから一言アルバートからの返事が返ってくる。入室の許可を得たステイルは衛兵に扉を開けられ中へ足を踏み出した。失礼致します、と意識的に声色を押さえて礼をし部屋の先へと顔を上げれば


「……おはようございます、ステイル様。」


ジルベールが、そこに居た。

驚くことではない。王配であるアルバートの補佐であるジルベールが彼の執務室に入ることは日常だった。だが、今回だけはその姿を確認した途端にステイルは思わず眉を寄せかけた。いつもと全く異なる彼らの配置と部屋を満たすピリピリと張り詰めた気配に。

いつもならばアルバートは自分の仕事机、ジルベールはその隣に補助の為佇むか自分の仕事机の前に座っている。だが、今はアルバートとジルベールはテーブルを挟んでソファーに向かい合って掛けていた。しかも常に整頓をされている筈の部屋には書類が床に散らばっている。その側の本棚まで書物が二冊床に落ち、収まっていたであろう空間は、他の本が空いた隙間へ倒れ、全体的にもその列は傾いたままだった。今は祝勝会に向けて忙しい状況ではあるが、それでもこの散らかりようは珍しい。プライドがティアラの誕生祭で倒れた時ぐらいにしか、ここまで散らばってはいなかった。

そして二人はそれを片付けようともせず、ソファーに腰を降ろしたままだ。アルバートは眉間に皺を寄せたまま腕を組み、ジルベールは珍しく背中が丸くなっていた。さっきまで項垂れていたかのように横髪が前に垂れ、顔色も悪い。嫌な予感が的中してしまったような感覚に、ステイルは既に背筋が冷たくなった。

まさか……と、ジルベールの姿に一つの不安が過ぎる。今すぐ詰め寄りたい気持ちをアルバートの前だからと奥歯を食い縛って押さえ、堪える。そうしている間にもアルバートから「突然呼び出してすまなかったな」と言葉を掛けられ、自分の隣のソファーに掛けるように促された。

何故、ジルベールの隣ではなく自分が父上の隣に、と。再び疑問が過ったが、ステイルは大人しくそれに従った。

失礼致します、と丁寧に腰を下ろせばジルベールの斜め前に位置することになる。まるでアルバートと共にジルベールを詰問するかのような配置に、間違いなく彼が何かをやらかしたのだと確信した。


「ステイル。今日お前を呼んだのは他でもない。ジルベールからお前に話があるそうだ。」

はっきりとした口調でそう言い放つアルバートの声は若干威圧も混じっていた。

ステイルはそれが自分に対してではなくジルベールに対してのものだということはすぐに察した。ジルベール宰相が……?と聞き返しながら、未だ顔色の悪いジルベールに目を向ける。アルバートの前でなければ確実に鋭くなっていたその漆黒の瞳で彼を写した。


「…………王配殿下。やはりステイル様と二人きりでお話をさせては頂けませんでしょうか。」

「この期に及んで何を言っている。隠し事の上手いお前の「話した」を信用できると思うか?」

確かに。と、容赦ないアルバートの言葉に心の中でステイルは大きく頷いた。

以前、ジルベールは友でもあるアルバート相手にすら長年嘘偽りを続けていたことすらある。それを知っているステイルは、流石よくわかっておられると思う。

無言でジルベールとアルバートを見比べれば二人の様子はかなり対照的だった。怒っているように見えるアルバートの表情は険しく、それに比例してジルベールは大きく息を吐き出したまま見るからに項垂れていた。

腹の中の空気を全て吐き出すかのようなジルベールの溜息に耐え切れず、ステイルは「一体何が……」と詳細を促す。更にアルバートが「言わないならば私からあらましだけでも言うぞ」と言葉で叩けば、ジルベールは観念したように「畏まりました……」と顔を重く上げた。

ステイル様、と身体ごと正面に向くようにステイルへ向き直るジルベールは、切れ長な目を僅かに細めた。ステイルからも姿勢を正し、言葉を返せば順を追ってゆっくりと話し始めた。低めながらゆっくり放たれたその口調は、ステイルだけではなく自分自身も落ち着けようとしているようだった。


「先ず……我が妻と娘が、屋敷の者と共に二ヶ月ほど前から国外に難を逃れていたことはご存知だと思います。」

やはりそれか、と。

ステイルは言葉を返しながらも今度こそ眉を寄せた。ジルベールの唯一の弱みとも呼べるその存在を上げられたことに、ステイルの手のひらがじんわりと湿り気を帯びる。マリアの元に直接瞬間移動できる自分に頼みたいことなど、予想はできていた。アルバートが呼んだということは、居場所や座標は掴んでいるのか。それともまさか自分が直接瞬間移動できることを話したのか、いやそれはジルベールに限ってあり得ないと。次々と予測を浮かべながらも、さっさと本題を言えと頭の中でだけ唸り、ステイルは漆黒の眼光だけを光らせた。


「彼女らは、フリージア王国の同盟国でもあるヤブラン王国に身を潜めておりました。先に弁明させて頂きますと、奪還戦の前後でもきちんと定期的に連絡を取らせて頂いておりました。互いの安否についても同様です」

ステイルの怒りがどうかアルバートの前で爆発しないようにと。

ジルベールは細心の注意を払い、言葉を選ぶ。その言い分にステイルは意識的に固く口を閉じながらも「当たり前だ……‼︎」と頭の中で唸った。

むしろ、そうして居らずにおめおめと今回のような事態に陥ったのであれば問題解決の前にジルベールを今度こそ殴っている。

無言のままステイルから黒い気配が既に放たれ始めていることを肌で感じ取りながら、更にジルベールは続ける。


「そして昨日、ラジヤ帝国の条約締結を終えた後に私は王配殿下のお許しを得て、妻に……連絡を取りました。……。」

もう大丈夫だ、帰ってきてくれと。

そう続けながら、だんだんとジルベールの語り口が更に重くなる。真っ直ぐステイルを捉えていた筈の薄水色の瞳がとうとう顔ごと逸らされ俯いた。瞳と同じ薄水色の髪が垂れ、顔を隠す。どんな表情をしているのかもステイルに見せられないまま、彼は一度噤んだ口を再び開く。低めた上、声量も今は目の前にいないと聞こえないほどに萎んでいた。


「重ねて申させて頂きますが、本当にその時までは互いに連絡を取り合っている中で問題もその兆しすらありませんでした……。」

呟くような声で懺悔のように言い訳を吐き出す。

能書きは良い、さっさと話せと言いたい気持ちを押さえつけステイルは「それで」と今度は強めに低めた声でジルベールを促した。

すると、耐えられないようにとうとうジルベールは俯いたまま背中を丸め、両手で顔を覆った。手の隙間から覗かせたその口が、ゆっくりと動かされる。「ですが」と苦々しく吐き出し、そしてとうとう昨日あった現実をアルバートとステイルの前で白日の下に晒した。


















「妻が、……身籠っておりまして……。」

















「………………は…………?」

目が皿になり、ステイルはそれ以上の言葉が出ない。

耳を疑い、肩が上がった。聞き返すことすらできず、顎に力が入らない。口がポカンと開いたまま目の前のジルベールに茫然と視線を落とし続けた。

隣でアルバートが息を吐き出す音が聞こえたが、それでも視線が釘付けになったように動かせない。座り直して背凭れに身体を預けたれば、区切られたソファーはそれでもズンとステイルの方まで介して小さく振動が伝わった。


「……ヤブラン王国で医者に掛かった際に発覚したそうです。もともとプライド様が倒れた後から体調が優れないことは増えていたのですが、…………まさかと。」

予想もしておりませんでした……。と沈むように紡ぐジルベールの声は恐ろしく重い。

てっきりプライドの事を気にしての精神的なものから来ているのだとジルベールも、そしてマリア自身や屋敷の人間も信じて疑わなかった。フリージア王国から離れ、体調が悪くなる一方なことに不安を覚えて医者にかかれば案の定だった。

だが、マリアも屋敷の人間や護衛の騎士も今のジルベールに心配はかけないようにと、せめて彼の憂いが晴れるまではとそれを隠し通していた。定期的に連絡を取り合っていた時もそのことは言わず、何もなく体調も良いとマリアは言い張っていた。

ジルベールからフリージア王国に帰って良いと言われた時も、本当は帰国して直接会うまでは隠し通すつもりだった。しかし




『かーさま、お腹大きくなってるのに⁇』




子どもだからと、ジルベールにうっかり言ってしまわないようにマリア達から妊娠を隠されていたステラが、最後の最後にやらかした。

ジルベールからの問い掛けに体調は良いとマリアが答えた後、安堵するジルベールの言葉を途中でうわ塗ってそう言い放ってしまった。最初こそ普通に映像で上半身を見せても大して変わらなかったマリアだが、今はステラにも気付かれる程度にはお腹が大きくなり始めていた。

ジルベールへの映像こそ視点の位置を工夫してお腹を隠すなり、胸上を写すなりして誤魔化していたが、すぐ傍にいる娘は誤魔化せない。そして賢いジルベールがステラからその言葉を聞いて結論に至れないわけがなかった。

思考が停止し、真偽を確かめるべく無理矢理に口を動かし「お腹……?」と尋ねれば、二の句も告げられなかった。

呼吸も忘れ茫然とするジルベールに、マリアが観念したように「隠していてごめんなさい……」とその事実を彼に告げた。


「昨日からジルベールの様子がおかしいとは思っていたが、今日は特に酷かった。問い質せばこれだ。」

ため息混じりに言いながら眉間の皺を押さえつけるアルバートにジルベールは何も言えない。

昨日は一日かけて帰国の準備を行っていただけだったからこそ、ジルベールも頭の状況整理に集中できた。だが、今日マリア達は馬車でフリージア王国へ帰る。健康な状態なら未だしも、既に大きくなってきたお腹のマリアが馬車で長時間の移動だと思えば夫として親として心配にならないわけがない。

昨日こそアルバートに通信後も誤魔化したジルベールだが、朝からその事ばかりを考えてしまえば流石の彼も仕事に集中は難しかった。今までマリアの妊娠に気付けなかった事実、見事に隠し通されていた事実、既に妊娠四ヶ月は経っているという事実、そして何よりもそのマリアが馬車で帰ってくる不安と家族が一人増えるという喜びが混ざり合った彼は大分混乱していた。

アルバートの前で書類を持ったまま本棚に正面から衝突し、書類を床に撒き散らし、本棚の本まで零し崩してしまうぐらいには。

お陰でアルバートに「いい加減にしろ」と隠し事をしていたことに対して久々の拳骨を喰らい、撒き散らした書類を拾う間も許されずソファーに引きずれた。更に白状すればアルバートにとっても友人であるマリアの妊娠。そんな大事な事を黙っていたのか、昨日も言っただろうと叱られ、急ぎステイルが呼び出された。そして



「夫人の御懐妊、おめでとうございますジルベール宰相殿!これはこれは本当に……大変喜ばしいことですねぇえ⁇」



ぶわりっ、と。

さわやかな笑顔で祝いを告げるステイルから、それに反して恐ろしいまでの黒い覇気が放たれた。

まるで突風のように正面から吹いたそれに、ジルベールは俯いたまま身体を強張らせた。今、顔を上げれば青筋を立てたステイルの笑顔が目に入ることは優に確信できた。

ありがとうございます……と答えれば、ステイルから妙に明るい声で「本当に喜ばしいことばかりで僕もとても」と祝いの言葉が続くが、腹の底では全く別の言葉が放たれているのがジルベールには聞こえてくるようだった。

〝そんな大事なことを黙っておくつもりだったのか〟〝そんな状態のマリアを二ヶ月近くも放っておいていたのか〟〝言いたいことはわかるな?間違ったら今度こそただじゃおかないぞ〟とステイルの祝いの言葉の倍の念量でジルベールの頭には叩き込まれるかのようだった。

若干隠しきれていない感情が言葉にも乗り、アルバートはステイルに眉間に皺を寄せた後に目を瞑った。ステイルの腹黒さこそ大して知らないまでも、彼がジルベールに怒りたい気持ちが自分と一緒なのだということだけはわかった。ジルベールが顔を覆ったまま固まっていると、祝辞を述べ終えたステイルからの気配が変わる。「ところで」と、ここからが本題と言わんばかりに言葉を切ったステイルはニコリと笑う。黒い覇気が渦巻き、炎のように渦巻かせながら笑顔と言葉だけを整えた。


「ジルベール宰相殿。……僕になにかできることは〝ありますか?〟」


アルバートの前とはいえ、また〝殿〟を丁寧につけてくることすらジルベールには忿怒のように感じた。

〝あるんですか〟の一言には「あ・る・ん・だ・ろ・う・な⁈」と意思がはっきりと込められていた。それでなくとも凄みを効かされ、立ち昇るステイルの覇気にジルベールは項垂れる。プライドが見れば確実にステイルがジルベール二号に見えてしまっただろう。

更には追撃するようにアルバートが「ジルベール、私からは言わないぞ」と釘を刺すように断った。ステイルをここまで呼びつけたのはアルバートだが、事実上は何の事件性もない。〝王族〟として〝宰相〟の為にそこまでの配慮をする必要もない。だが、当然ながら知ってしまった友人のアルバートとステイルが「大変だな」で済ませるわけもなかった。

未だ葛藤するように俯き、息を深く吸い上げてはゆっくり吐き出すジルベールから活気が死んでいく。頭に鉛を乗せられたように深く沈み、口にすることを躊躇い強く結ぶ。顔を覆っていた両手がそのまま後頭部を抱え込むように回された。

奪還戦の前後でも殆ど見なかったジルベールの弱り果てた姿を、優位な立場で眺められた状況にステイルはそこでやっと小さく笑った。今までの緊迫した状況と異なり、ジルベールが完全に父親としての等身大の悩みに潰れていることはいっそ微笑ましい。それに少し頭が冷えたステイルはにこやかな笑顔で強情な彼へ最後の一刀を降ろす。


「本当におめでたいことです。早く僕も姉君やティアラに伝えたいです。今の時間帯ならば近衛騎士にアーサー隊長とエリック副隊長もおられますが、彼らもきっと喜ばれるでしょう。」

大恩あるプライドとアーサーの名前を出され、確実にジルベールが追い詰められる。

更にはそれを聞いたアルバートが、今度は含みも持たせないそのままの意味で「ローザにも今すぐ伝えて良いんだぞ」と槍を刺す。マリアの友人でもある女王の名前まで出て来れば、ここで自分が葛藤し続けても諦めても結果は同じだろうと理解する。

息をひと息で静かに整え、ジルベールがとうとう顔を上げる。眉が下がり、瞼も重く、結んだままの口端がピクピクと痙攣した顔は年相応以上に見えるほど情け無い。そして、躊躇いがちにはあるものの弱々しい声でジルベールは敗北を認めた。


「ステイル様……。……御手数とは重々承知の上で図々しい願いとは存じますが、我が家族を今すぐに帰国させる為に貴方様の特殊能力をお借りできますでしょうか……。」

「喜んで。」


最後の最後まで聞き届けた後、ステイルはにこやかな笑顔で言葉を返した。

満足、とその二文字を満面に広げて笑うステイルは晴れやかだった。アルバートも二人のやり取りに安堵して息を吐き、そしてジルベールは深々と頭を下げたまま落ち込んだ。「ありがとうございます……」と、頼む為の頭を下げる前に了承を得てしまったジルベールは感謝の念を伝えながらも身が重い。

そのまま再び項垂れるジルベールに、ステイルを口元を手で覆ったまま肩を震わせて笑ってしまう。「そう気落ちされないで下さい」と言いながら、一度笑いを堪えたステイルは目尻に滲んだ涙を眼鏡の隙間から指先で払った。


「〝ジルベール宰相と〟その御家族は、僕にとっても大事な方々ですから。」


含みもなく言い放ったステイルのその言葉に、ジルベールは目を丸くして顔を上げた。

切れ長な目と黒縁眼鏡の奥が合えば、ステイルは眼鏡の縁を押さえたまま静かに笑んだ。アルバートの前だからとはいえ、ステイルにとっての大事な方々の中に自分まで入れられたことに驚きが隠せない。いつもならば含みを持たせるか、敢えてそうとだけは取られないように言葉を選ぶステイルからの真っ直ぐな言葉は、アルバートの拳よりも衝撃だった。

今回のジルベールからの依頼自体、一年前の防衛戦の時とは状況が全く違う。〝宰相〟の持つ〝王族〟から与えられた〝権限〟ではない。


〝ジルベール〟から〝ステイル〟への〝個人的な頼み〟だ。


「では僕は座標を確認次第、早速バトラー夫人達を迎えに行って参ります。父上、ジルベール宰相はこの後……?」

ジルベールから笑みをアルバートへと向き直し、さっさと始めましょうとばかりに話を進める。

ステイルからの問い掛けにアルバートは「後で倍働けば良い」と休息を最初に与えた。もともとマリア達が帰ってくる予定時には休息を取る予定ではあった。今の落ち着かないジルベールよりも家族との憂いを晴らした彼の方が百倍仕事の効率が良いに決まっている。

ジルベールもこれ以上遠慮することは無駄どころか余計だと理解し、彼らへ頭を垂らしてただただ受け入れた。既に発覚した時点で、アルバートから通信兵を介してマリア達の出発を中断はさせている。宿にいる彼女達を迎えに行き、馬車を騎士に任せて屋敷の人間を屋敷へ瞬間移動させれば良いだけの話だ。

それでは、とステイルは笑顔でアルバートに挨拶をすると、次の瞬間にはジルベールに挨拶の間も与えずに瞬間移動をさせた。予告なくジルベールの視界が切り替わり、執務室のソファーから見慣れた筈の我が家のソファーに腰掛けた状態で着地した。

すぐに立ち上がり、見回せば間違いなくジルベールの屋敷の中だ。マリア達を旅行に出してから、広過ぎる屋敷に帰るのも忍びなく彼自身も殆ど帰ってはいなかった。


「さて、マリア達を今から迎えに行くが。……先に侍女達を戻した方が良さそうだな。マリアの部屋だけでも一度掃除させた方が良い。」

手近な窓のカーテンを勢い良く開けば、朝の陽射しが部屋を突き刺した。

同時に埃が舞い、太陽に照らされて光った。ふた月近く掃除がされてない部屋は埃が溜まるのも当然だった。換気の為に更に両開きの窓も全開にしたステイルは先程の笑顔が嘘のように横目でジルベールを睨む。

既に諦めがついたジルベールはそのままの苦笑いを彼に返して肩を竦めた。その通りですね、と返しながらいっそステイルからはその厳しい眼差しの方が自分は落ち着くと思ってしまう。


「全く。……てっきりマリア達の身にまた何か起こったのかと思えばこれだ。俺の心配を返せ。」

「申し訳ありません。まぁ、ある意味間違ってはおられませんが。」

鼻息と共に眉間に皺を寄せるステイルにジルベールも応える。

いつもの調子で上げ足を取ってしまえば、更に鋭い眼光を向けられた。失礼致しました、とすぐに謝罪すればステイルは腕を組んで正面をジルベールに向けた。まだ言いたい事がある、とアルバートもマリアもプライドもいないこの場だからこそ彼は遠慮なく言葉にした。


「この程度のことで、何故俺にすぐ相談しなかった?また面倒なことを考えたんじゃないだろうな?」

「……否定は致しません。が、何より今回は本当に私の職務も関係ない、家族だけの問題だったので。………………それに。」

観念したジルベールはステイルからの問い掛けにも素直に答えていく。

しかし、最後だけ躊躇いがちには言葉を切れば、ステイルの眼光は強まった。なんだ、と言わんばかりに睨んだまま小さく唸る。

家族を国外を逃したのはジルベールの立場も関係する。だが、それとマリアの今の体調と馬車移動は別の話だ。そこでアルバートに許可を得たとはいえ、第一王子であるステイルに頼むのは気が引けたのも間違いない。しかし、それにも増して何よりも。




「どうしても幸せ自慢のようで……。」




はぁぁぁ……と、言葉にした途端にジルベールは両手で再び顔を覆った。

覆った指の隙間から透き通った肌がみるみるうちに紅潮していく。その言葉とジルベールの姿に、次の瞬間ステイルは「ぶふっ‼︎」と口を手のひらで押さえたまま噴き出した。肩がジルベールと同じくらい丸くなり、プルプルと震え出す。笑いを途中で堪えた所為でステイルの顔まで紅潮していく。予想外のジルベールからの憂いに、流石のステイルも不意打ちを突かれてしまった。


ラジヤ帝国への完全勝利。プライドの奪還、ラジヤ帝国との同盟締結と良い事が重なった今、続いてのマリアの懐妊。ジルベールにとっては一度に抱え切れる幸福量ではなかった。まるで便乗犯のようにここでステイル達に伝えれば、〝報告〟ではなく相談に見せかけた〝幸せ自慢〟になってしまう気がしてならなかった。

マリアの体調が心配なことも、この二ヵ月近く傍にいれなかったことも落ち込み、悩んだ。だが、それに合わさって二人目の子どもができたことも嬉しくて仕方がない。アルバートに妻のマリアのことを報告した際にも「幸せ過ぎて死にそうだ……」と項垂れた程度には気持ちの整理がついてはいなかった。


「ふ……はははははははっ……‼︎」

破顔を隠すように項垂れるジルベールにとうとうステイルが腹を抱えて笑い出す。

ステイルに笑われることも呆れられることも怒られることもある程度覚悟していたジルベールは、その声に静かに顔を上げる。大変申し訳ございません、と弱々しい声で謝罪しながら目も向ける。頬を染めたまま情けない表情を露わにして背中を丸めて小さくなるジルベールが、自分よりも年下のようにすら思った。

ジルベールの始めてみる姿にどうしてもステイルは笑いが止まらない。ははははははははっ……とその後も息が苦しくなるまで笑い通したステイルは、最後は大きく何度も息を整えると目元を指先で拭った。眼鏡の位置を直し、それからしおらしい表情で無言を貫くジルベールの肩を一度だけ払うように叩いた。


「間違いなくその通りだ。」


すぐ戻る。と最後に一言そう言った後、ステイルはジルベールの前から消えた。

彼が姿を消す寸前、その顔が今までになく柔らかな笑顔だったことをジルベールは見逃さなかった。何がそんなに嬉しいのかと思うほど、まるでプライドやティアラ、アーサーへ向けるようなその笑みに暫く瞬きを思い出せない。


屋敷の使用人、そして荷物が次々と屋敷に瞬間移動され始めるその時まで。


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― 新着の感想 ―
この世界のジルベール宰相は自分の一族をずっと護っていけるもんな…ジルベール宰相救われて良かった
[一言] ジルさん 闇堕ち再びかと思ったらまさかの幸せ自慢! 数話前からハラハラしながら読み進めたけど良かった良かった。
[一言] サスペンションのない馬車は乗り心地ひどいからなあ、妊婦にはキツかろう。 というか、ジルベールにステイル、もう互いの脳内に完璧にイマジナリーエネミーが焼き付いてるなw
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