そして潰れる。
「アーサー‼︎酔ったな⁈お前絶対確実に酔っただろ⁈」
まずい、とアーサーがこれ以上酒を飲まないようにとジョッキを取り上げると誰か水持ってこい!と騎士と新兵に声を荒げた。すると手の中のジョッキが無いことに力なく手を下ろし荒らしたアーサーは遮られたのを忘れたかのようにまた口を動かした。
「アラン隊長だってすげぇ格好良いですし、素手での模擬戦じゃまだ勝てねぇことの方が多いし剣もすげぇし力も強いし鍛錬だって誰よりもやってて。塔の上でプライド様を止めたところとかマジで格好良くて優しいし右手すんなり差し出すとか流石だししかもプライド様と踊る為にダンスの練習までッモガ……。」
「早く水!水‼︎‼︎アーサーがやべぇ‼︎アーサーお前は頼むからもう喋るな‼︎っつーか俺のこと喋るな褒めるなそういうのはカラムにしとけ‼︎‼︎」
矛先が自分に向いたことにアランが途中でアーサーの口を塞ぐ。
顔が酒とは関係なく真っ赤になるアランは一気に目が動揺に揺れていた。焦点が定まらないまま声を上げ、急いで水差しを持ってくる新兵に「アーサー飲め!」と塞いだ口を一度手離した。ジョッキに注がれた水を促されるまま飲んでいると、今度は背後の方向から「アラン!私を巻き込むな‼︎」とカラムの声が飛び込んでくる。
「後輩に絡むなと言っているだろう!しかもよりによってアーサーを酔わせるなど……‼︎責任持ってお前が面倒をみろ!」
騒ぎを聞き付け、更には自分の名前まで出されたカラムが顔を顰めて現れる。
つかつかと歩み寄りながら、一目で現状把握し、尖った声でアランに叱責した。わりぃ、つい……と謝るべくアランが頭を掻く。水を飲み切っては別のジョッキに入った別の水を新兵に差し出されるアーサーは半分目が溶けていた。
「あ〜、そろそろまずそうだなぁとは思いました。自分の所に来た時には既にフラついてましたから。」
「エリック‼︎‼︎わかってたんなら止めろよ‼︎」
笑いながら言うエリックに、アランが猛抗議する。
いや〜すみません、とにこにこと謝るエリックは、全く反省していない。もう自分が泣かされることを覚悟した時点で、アーサーも死なば諸共と考えていたのだから。
とにかく水飲め!喋るな‼︎と促すアランは、取り敢えず騎士達の前から回収することにする。棒立ちで水を仰ぐアーサーの肩へ手を回し、広間の隅へ
「アラン・バーナーズ。……我が隊長に何をした?」
連れて行こうとした、瞬間。
アランとアーサーの前に立ち塞がるようにしてハリソンが現れた。室内にも関わらず、風が二人の顔を撫でたと思えば、アランの視線の先には不機嫌そのもののハリソンの姿があった。
アランの「アーサーがやべぇ」発言が耳に届いてからすぐにハリソンは高速の足で駆けつけていた。私闘を副団長のクラークに注意された為、すぐに飛び掛かりはしなかったが、様子を見ていれば完全にアランの現行犯だった。せっかくの祝いの席で締め括る前にアーサーを酔い潰したアランへの怒りと殺気が周囲の騎士達まで届く。
ハリソン!と思わず叫んだアランは、この状況をどうするか若干酔いが覚めた頭で考える。隣でまたジョッキに注がれた水を飲み切ったアーサーは、完全にアランにもたれかかっていた。アーサーのジョッキに更に騎士が水を注ごうとしたが、ハリソンの殺気で下手に近付けなくなる。
するとアーサーもやっと慣れたハリソンの殺気に気付いたように顔を上げた。ぐしゃぐしゃに乱された髪が垂れ、視界を邪魔されながら見ればそこには紫色の眼光を放つハリソンが映った。「ハリソンさん……。」と丸くなった声でそう呟けば、アランがギクリと肩を上下する。……が、すぐに思い直したように閃いた。
ニヤリと悪戯を思い付いたように笑ったアランは、アーサーの肩に掛けていた腕を解き、まるで押し付けるようにハリソンの方へ背中を押した。
「よし行けアーサー。」
ドン、と勢い良く突き飛ばされたアーサーをハリソンが反射的に片腕で受け止める。
突然アーサーを突き飛ばした上に介抱を放棄したアランに、ハリソンの殺気がさらに膨らむ。この場で斬りかかることはできずとも、殴り掛かるぐらいはしてやろうかと考えた。
ならば、荷物になるアーサーを誰に預けるかと比較的傍にいるカラムとエリックに目を向けた。二人とも何故か半笑いするように口を引き攣らせながら自分とアーサーを見比べていることにハリソンは
「ハリソンさんはすっっげぇ強ぇしよくわかんねぇのに時々気遣ってくれるし父上とクラークの命を完全遂行とかマジで格好良いしちゃんと手合わせも飯も頼んだら付き合ってくれるし特殊能力なくてもハンデあっても敵圧倒するしナイフ投げとかまでできちまうし八番隊の人らがそれ真似て鍛錬して身に付けるのとかめっちゃ尊敬されてんじゃないすかなのに若年の俺なんか隊長に選んでくれて……」
「………………………………。」
固まる。
そんなハリソンの反応にすら気付かず、アーサーはなんとか自分の足で立ってはいるが、半分近くの体重を支えるハリソンの腕に預けていた。完全に指先まで硬直したハリソンは柱のようになってしまう。さっきまで膨れ上がっていた殺気どころか覇気まで消失したハリソンは、見開いた目のままアーサーを凝視した。
ハリソンにアーサーという爆弾を押し付けたアラン本人も、アーサーのベタ褒め発言とハリソンの予想以上の表情に「おぉ……」と半笑いで声を漏らした。あんな表情をハリソンもできたんだな、とその顔をみた騎士の誰もが心の中だけでそう思った。
しかも固まるだけで何も言わないハリソンにアーサーからの猛攻撃は止まらない。
「っつーかなんで俺なんすか、あんだけ強いしマジで殺されるかと思ったぐれぇ強いし敵の一団壊滅とかできちまうのに隊長じゃなく副隊長とか……どうやったらハリソンさんみてぇになれるんすか。俺なんか隊長にして後もちゃんと立ててくれるとか器めちゃくちゃでけぇじゃねぇすか。ひと月前だって心配してくれたのにプライド様のことすげぇ冷静で構えてるのとか……よくわかんねぇし怖いのに優しいとか本当マジわかんねぇし……。でもあの上着すげーー助かりました……お陰で何とかプライド様助けれて、…………ほんっとハリソンさんかっけぇ…………。」
段々と支離滅裂に拍車が掛かってきたところで、カラムが「アーサー、まず水を飲め」と水差しごと持って歩み寄った。
既に殺気が止まったハリソンからアーサーの肩を掴んで引き剥がす。その間も「いや本当にすげぇ人なんすよ……」と零すアーサーは、引かれるままにグラついた。
アーサーの発言に、静まり返っていた騎士達がこそこそと「器が……⁈」「いやそれより優しいとか言わなかったか⁈」と騒ついた。ハリソンのイメージとはかけ離れた情報に彼らも彼らで戸惑いが隠せない。
「思った以上に大人しくなったなぁ……。」
「アラン隊長……肉食獣に弱った小動物投げ込むような真似しちゃ駄目ですよ……。」
「いやどっちかっつーと親熊に子熊返しただけだって。」
呑気にエリックの隣に移動して感想をつぶやくアランにエリックが少し呆れたように息を吐く。
完全にハリソンへのアーサーの扱い方を理解してしまったアランは「あのままハリソンに預けたら全部丸く収まるんじゃねぇ?」と言ったが、それを聞き逃さなかったカラムが「アラン!逃げるな‼︎」とアーサーを広間の壁際にある椅子に座らせながら怒鳴った。
差し出された水を再び仰ぐアーサーに、カラムだけでなく他の騎士達もじわじわと距離を詰めている。
その間ハリソンだけがその場に固まり佇んだままだった。既に騎士団長と副団長に褒められただけでも満たしきられていたというのに、そこからたった数時間しか経たない内にアーサーからの怒涛の賞賛の嵐を受けて頭の処理が全く追い付いていない。長い黒髪を流して佇む姿は横からでは彼の顔も覗けないが、心霊写真のように存在感だけは強く残った。正面から立った騎士が振り返るように確認すれば、彼が目を見開いたまま表情まで固まっているのがはっきりわかった。
ハリソンの珍しい反応に、笑いを噛み殺しながらアランがアーサーに歩み寄る。そしてさらにその背中にエリックも続いた。
だが、二人がカラムの傍まで並んだ時には既にアーサーの周りに人だかりが出来上がっていた。酔い潰れたアーサーを心配してのことだろうと二人は思ったが、ざわざわという喧騒から一人一人の言葉を拾ってみると
「アーサー隊長!自分は‼︎自分のことはいかがでしょうか⁈」
「アーサー俺は⁈俺も褒めるところあるか⁈」
「ッ八番隊でもない隊員が割り込まないで下さ」
「アーサー!アーサー‼︎ケビン!ケビン・シネマズ‼︎」
「アーサー隊長‼︎」
騎士達が次々とアーサーに呼び掛けていた。
今ならば褒められるかと期待に目を輝かせながらアーサーの周りに敷き詰まり、呼び掛ける姿は子どもに自分の名前を呼ばせようとする親にも似ていた。
アーサーの後輩から先輩騎士まで次々と集まり、更には「アーサーがまた酔ったらしいぞ‼︎」「よし行こう!」と同期を含めたアーサーの酒癖を知る騎士まで騒ぎを聞きつけて集まってくる。
うわ〜……と楽しそうな騎士達の覇気に押され、アランは搔き分けるのを躊躇った。しかも騒ぎが騒ぎを呼び、さっきまでは集まっていなかった騎士達までもが「アーサーが今なら褒め倒してくるぞ」「アーサーの惚気が聞ける」と飛んでくる。
「当時自分達とアーサー達が呑んだ時もこんな感じでしたから。」
あはは、とわかっていたように笑うエリックにアランとカラムは返事も出来ない。
アーサーが騎士団でも慕われていることは知っていた二人だが、こんなにもアーサーに褒め倒されたい騎士がいたのは知らなかった。自分達からすれば顔から火が出るような攻撃だったが、そうではない騎士も多かったのだと理解する。
アーサーからの褒め言葉に心から嬉しそうに笑い、目を輝かせる騎士達に彼を止める必要はなさそうだと二人は判断した。
「いや〜……俺本当にあの時死ななくて良かった。」
「今それを言うかアラン。」
ははは……と、予想外に面白いものが見れたことを喜ぶアランの言葉に、カラムは瞬時に指摘した。
前髪を指先で払いながら言うカラムの言葉に、アランは苦笑気味に笑みを返した。重さも情緒も出さず、素直な気持ちでそれを口にできた自分に安堵しながら、カラムに笑う。カラムもそれを理解すると「アーサーの面倒見るぞ」とアランの肩をパシッと払うように叩いた。それに一言で返したアランはもういつもの笑みだった。二人でそのままアーサーを挟み、エリックも笑ってしまう。
自分の事ではなくプライドの惚気話を聞き出そうとする騎士にカラムが「そこ。アーサーのプライベートな話は尋ねないように」と止めに入る。
更にはアーサーに更に酒を注ごうとする騎士をアランが「こらこらこら!もうアーサーに一滴も飲ませんな‼︎」と酒瓶ごと没収する。
新兵から受け取った水差しでエリックが「取り敢えず頭を冷ませ」と順調にアーサーに水で酔いを覚まさせるべく奮闘していく。
近衛騎士三人の介護を受けるアーサーは、水で火照りを少しずつ冷ましながら騎士達の質問に答え続けた。「隊長は」「ブレアさんは」と、ぽくぽくと騎士達を褒め続けていくアーサーは、一時間もしない内に誰よりも注目を浴びていた。
「……アーサーが酔ったのは私も初めてみたな。お前はどうだ?ロデリック。」
騎士達の集ってる中心を遠巻きに眺めながら副団長のクラークが笑う。
隣に並ぶ騎士団長のロデリックがそれに「私もだ」と腕を組んで一言答えた。楽しげな騎士達の声と、その中心にいるアーサーに、改めて彼が帰ってきたのだということを実感する。
宴が始まってからまだ直接アーサーと話してはいない二人だが、遠目から見えるアーサーと騎士達のその姿だけで充分だった。特に身体の大きなロデリックには遠くからもしっかりと全身を真っ赤にしたアーサーが砕けた笑みで騎士達に受け答えしている姿が捉えられた。
奪還戦当日にアーサーとの再会を済ませられておいて良かったと二人はつくづく思う。そうでなければ確実にこうして穏やかな気持ちだけでアーサーの姿を眺められなかっただろうと確信があった。
「アーサーの酔い方。……お前に似ているな。」
「……。」
自身の酔った姿を唯一知るクラークの言葉に、ロデリックは眉間に皺を刻んで口を閉ざす。
全く否定できず、苦そうな顔で黙するロデリックに、クラークはくっくっと喉で笑いながらその背中を叩いた。
やっぱり親子だな、と。多くの騎士達に慕われる最年少騎士隊長の姿に、現騎士団長の当時の背中を重ねた。
騎士の半数以上が潰れる明け方まで、二人はその様子を眺め続けた。
彼らが統べる騎士団全員が、翳り無く笑うその光景を。
30-幕




