629.騎士は回り、
「え……エリック副隊長!その、……自分もご一緒して良いっすか……?」
緊張気味に上擦った声がエリックの背後からかけられる。
振り返り、エリックと共に酒を楽しんでいた騎士達も同時に目を向けた。見ればそこには首を窄めて緊張気味にジョッキを持ち佇むアーサーがいた。身体だけでなく、蒼い目が赤く目の周りの若干腫れた彼に周りの騎士達が「アーサー!」「アーサー隊長!」と声を上げる中、彼は口を絞ってエリックの返事を待った。
早くも、宴が始まって数時間が経過していた。
アーサーはできる限り多くの騎士達に挨拶をするべく、騎士達の集団に自ら突入していた。
八番隊の騎士はあいも変わらず避けるか、素っ気なく返す為に挨拶もすぐに終わったが、それ以外の殆どの騎士がアーサーとの酒に喜び、歓迎し、最後は酔いに押されて泣いた為なかなか全ての騎士達を回ることはできなかった。二集団ほどと酒を飲み交わして意図せず泣かせたアーサーは、自身も目を腫らせながらフラフラと次の騎士達の元へと向かっていた。
全員を回ることは不可能だろうと、当然のことにやっと諦めがついたアーサーはいくつもの盛り上がった各所の内でエリックを探し回っていた。
近衛騎士で何度も顔を合わせることがありながら、今まで一度も彼にだけは正式に右腕の報告をしていなかった。今更だとは思いながらも、どうしてもこの場で挨拶をしておきたかった。
エリックは中央から少しだけ外れたテーブルで一番隊や二番隊の騎士達と酒を交わしていた。すぐそこのテーブルではアランがテーブルの上に乗り、プライドの話で多くの騎士達と共に盛り上がっている。
それなりに酒のお陰で気持ちも明るく向上し、涙ぐんだ跡も誤魔化せた。今は他の騎士達と同じように口を開けて笑う数も増えてきたところにアーサーがちょうど現れた。
この一ヶ月間、アーサーになるべくいつものように接してきたエリックだったが、厳戒体制が解けて緊張の糸が切れた今は取り繕うのも難しい。だが
「当たり前だろ!ほら、来い来い!」
酒で赤らんだ顔で、笑いながらエリックは躊躇いなくアーサーを手招いた。
他の騎士達も共にアーサーを招く中、手が届く距離まで近付いた彼をエリックが最後に背中に腕を回して引き込んだ。そのままアーサーの背中を叩いて二人で前のめりになれば、騎士達が次々と二人のジョッキに溢れるほど酒を注いだ。
「あの、エリック副隊長。本当に御心配ばっかおかけして」
「大丈夫大丈夫。それよりもう今は右腕は平気ってことで良いんだな?」
口籠もり気味のアーサーをエリックが宥める。
既にアーサーの右腕が正真正銘に完治したことはエリック達の耳まで届いてきていた。本当に良かった、そう言いながらエリックが笑い掛ければアーサーの表情も和らいだ。
問い掛けに頷き、ひと声で右腕の完治を肯定すればその途端今までと同じように周囲の騎士が声を上げて盛り上がった。乾杯ッッ‼︎とジョッキを掲げ、ガラァッンと当て合うとエリック以外にも多くの騎士達がアーサーへと飛び付き、背中や肩を叩いてきた。
既に慣れた扱いに苦笑しながらも、アーサーはさっきよりも足元が容易にフラついていることを自覚する。それでも乾杯した後のジョッキを半分近く飲み干し、視界がグラついていないか確かめようと周囲の騎士達を見回すと
「ッッエリック副隊長⁈」
思わず目に止まったそれにアーサーは声が裏返った。
まだ乾杯したばかりにも関わらず、顔が赤らんでいたエリックは笑いながら泣いている。
表情こそいつもの笑顔で、隠すことなくアーサーに向けていたエリックだが、その目からはボロボロと既に涙が止めどなく溢れていた。あまりの泣く早さに体調が悪いのか酔ったのかと心配の声を上げるアーサーに、エリックは「大丈夫大丈夫」と片手を振って答えた。
「いや〜無理だから。もうこの一ヶ月、何回泣くの堪えたかわからないから。今日は泣かれるのは仕方ないから諦めろ。」
「ッ俺が諦めるンすか⁈」
全然大丈夫じゃねぇでしょう‼︎‼︎と叫ぶアーサーと泣き笑うエリックに周囲の騎士達が大声で笑い出す。
そうだそうだ諦めろ、と笑いながら、アーサーに酒を更に勧めては注いでいく。既に大分できあがっている騎士も多い為、話していくうちにまた涙ぐむ者が増えてきた。先輩騎士の中では説教が多くなる者がアーサーに「お前が居なくなったらどれだけ損失になると思ってるんだ」「心配なんて言葉で片付けられるか」「お前が死んだら俺は泣くぞ」と頭から怒っては、最後は「本当に良かった」と泣いた。
「また一緒に近衛騎士ができて嬉しいぞ、アーサー。プライド様からのご褒美は決めたか?」
ゴホッ⁈とエリックから潜めない声でそう投げられ、ジョッキを空にした後にも関わらず噎せるように咳込んだ。
まさかの話題に顔が更に塗りたくったように赤くなるアーサーを覗き込んだエリックは、歯を見せて笑った後に「そっか決めたかー」と返した。何も言っていないのに確定され、だが否定もできない。
すると他の騎士達が「なんだ⁈」「アーサーお前何を望むんだ⁈」と迫って来た。いえ、その……と逃げ道を探している間にも、アーサーの背中を軽く叩いたエリックが「恥ずかしいことか?」と珍しくからかってくる。違います‼︎と反射的に叫びたかったが、やはり否定できず代わりに口をキツく絞った。その様子にハハハッと笑うエリックにアーサーは「エリック副隊長はっ……」と声を漏らした。それに目を向けてきたエリックの目はまだ潤み溢れていたことに、一度だけ口の中を飲み込んだ。そして
「エリック副隊長こそ、もうプライド様からの褒美は決めたン」
「アラン隊長〜〜‼︎アーサーが来ましたよー!」
敢えてアーサーの声を上塗りするほどの大声を上げたエリックは、口の横に手を添えてテーブルの上にいるアランへ呼びかけた。
ずりぃ‼︎と今度は声に出して叫んだアーサーだったが、その後の言葉を訴える余裕はなかった。次の瞬間には「アーサー‼︎‼︎」と絶叫と間違えるほどの叫び声を上げたアランがテーブルの上からひと蹴りでアーサーへ飛び降りてきた。注目を浴びていたアランの飛び込みとアーサーの名前に一気に騎士達からの注目数が跳ね上がる。
アランは酔っているとは思えない程ストンとアーサーの目の前に着地する。突然目の前にアランが降ってきたことに驚き、後退ったアーサーは今度こそ転びかけた。背中をエリックの腕と背後の騎士達に支えられたが、それでも上体がグラリと揺れた。
アラン隊長、と目の前の彼を呼ぼうとすれば、その前に両手を広げられ、ガバッと確保されるように捕まった。既に酒で大分陽気になっているアランはアーサーを両腕で締め付けると、そのままわしわしと肘を曲げた手で頭を撫でた。カラムに整えられてからは何とか維持してこれた髪型が、再び左右に乱される。わははははっ!と大声で笑いながらアーサーを可愛がるアランは酒だけではなく場の空気にも大分酔わされていた。
「いや〜、ほんと良かったなぁアーサー!腕捥げたなんてプライド様が知ったら泣くぞ〜?」
「絶ッッ対言わないで下さいね⁈‼︎」
笑いながら放たれたアランの発言に、アーサーが間近で叫ぶ。
絶対っすよ⁈と赤く出来上がった顔から冷や汗まで滲んだ。アーサーの負傷について詳細を聞かされていないプライドは、未だにアーサーが治った理由どころか腕が切断されたことすら知らない。そして、どうかこのまま一生知らないでいて欲しいとアーサーは切に思う。
必死の形相で声を荒げるアーサーにアランが「わかってるって」と両腕を回したままアーサーの背中を叩いた。
「あん時はすっっげぇ大変でさぁ、運ばれたお前が目ぇ覚まさねぇからハリソンはキレるし騎士達は敷き詰まるしステイル様は乱心した後は死人だし。」
「す……すみません……。」
スラスラと明るい口調で何でもないことのように話すアランに、アーサーは肩が上がった。
自分が重傷を負って運ばれてからそんなことがあったのか、と軽く聞かされただけでも自分がどれほど心配をかけたのか思い知る。若干ステイルに対してはっきり言い過ぎだったが、あまりのアランのざっくりした言い方に指摘する間もなかった。
「お前が目が覚めた後だって俺もこいつらも騎士全員落ち込んだし、もうお前が右腕生えて現れた時は本気で目を疑ったぞ〜?」
生えてませんもともと接合はされてました、と言いたいが言えない。
予断を許さないアランの早口に頭を下げながらアーサーはまた一言二言の謝罪だけを零した。するとアランは「まぁ言えねぇってんなら仕方ねぇけど」と何でもないように言葉を続けながらアーサーから腕を緩める。抱き締めていた状態から真正面に互いの顔を向け合うと、アランはニカッと歯を見せて笑った。
「取り敢えずお前が戻ってきたんなら何でも良いや。」
なっ!と、そのまま周りの騎士達に投げ掛ければ威勢の良い声が間髪入れずに返された。
知らない内にまとめられてしまったと思えば、アランは飲め飲めとアーサーのジョッキに酒を注いだ。優し過ぎる言葉をさらりと言われてしまい、酒と既に涙腺が緩みきっていたアーサーは感極まる。
奥歯を噛み締めて堪えるが、それでも涙が目元に滲んだ。誤魔化すように注がれたジョッキの中身をグビグビと喉を鳴らして仰げば、何とか涙も飲み込めた。そのまま笑い話のように「いや〜長生きはするもんだなぁ」と老人のようなことを語るアランは自分もジョッキの中身を空にした。騎士達が再びアーサーとアランのジョッキに注いだところで、アランは中身が溢れることも気にせずそれを高らかに掲げた。
アーサーに乾杯!と叫ばれてしまい、更には騎士達も迷わずそれに応じた為にアーサーは顔が更に熱くなった。まさか自分の名前で乾杯されるとは思わず、さらにはその音頭を取り仕切っているのがアランだから余計に照れ臭い。エリックまでそれに乗じてジョッキを掲げている。
酒の所為で暑いだけだと誤魔化すように再びジョッキの中身を飲み干せば、今度はアランが酒を注いだ。「お前が無事だから酒も美味いんだぜ」と笑まれれば、アーサーは完全に涙腺を突かれた。
声を出すだけで泣きそうになるアーサーは返事をする前に再びジョッキを傾けた。衰えずに続くアーサーの飲みっぷりに騎士達が楽しそうに歓声を上げて応じる。いい飲みっぷりだとアランがアーサーの背中を叩き、肩に腕を回した。
「さっすが史上最年少騎士隊長!来年こそカラムから最優秀騎士隊長の座を奪」
「カラム隊長の方がすげぇです……‼︎」
突然、陽気なアランの声を断ち切るようにアーサーの低い声が放たれた。
一瞬、怒ったかと思うほどにさっきまでとは違う声色にアランは嫌な予感が胸に過った。アランの反応と、そしてアーサーの低い声に他の騎士達も異変を感じ取った。アーサー?アーサー隊長……?と彼を呼べば、アーサーは堰を切ったように突然語り出す。
「カラム隊長はすっげぇ人の気持ちわかっててくれて格好良いし頭も良いし俺と違って作戦指揮も完璧だし教えて下さるとすげぇわかりやすいし俺なんかに教える為にその時間まで取ってくれて人格者で昔っから本当に良い人です。今はプライド様にも慕われてるしダンスもお上手でプライド様が自害しようとした時もすぐに気付いて止めてくれて」
「アーサー‼︎酔ったな⁈お前絶対確実に酔っただろ⁈」
突然歯止めを無くしたようにカラムを褒めまくるアーサーに、アランは声を上げた。




