そして騎士は眉を寄せる。
「ッよりによってあのヴァルと国を出るつもりだったと……‼︎‼︎」
やっぱそれか、と。
怒りで震わしたステイルの声にアーサーの顔が若干引き攣る。確かに自分もあれはかなり狼狽えた。身分も全て捨てて旅に出るなど、まるで駆け落ちだとも考えてしまった。それを平然と言い放ったプライドと、顔を覆い俯けていたヴァルからはアーサーにも全く真意が読み込めなかった。
「俺にも‼︎そしてお前にも相談なく!よりにもよってあの配達人を選ぶなど‼︎大体何故そんな選択が思い付いたのか……‼︎」
「いや……でも、結局は旅の同行って意味だろ?ンな変な意味でも」
「ッならばお前は納得して送り出せるのか⁈」
火がついたようにとうとう本気で斬り込んでくるステイルにアーサーは一度だけ息を止める。
至近距離まで剣同士鬩ぎ合い、両手で正面から斬り込んできたステイルの剣を片手で受けた状態から軽く反対の手を添える。ステイルの威勢に押され気味のアーサーは「そりゃァ……」と声を漏らす。
アーサー自身、確かにあの時は衝撃の方が強かったが、後から思うところがなかったわけではない。確かにステイルは摂政、そして自分はフリージア王国の騎士。プライドが王位継承権をティアラに譲るために全てを捨てて国から出れば当然離れ離れになる。だが、それでも
「あ!れ!だ!け言ったというのに全く伝わっていない‼︎俺の覚悟もお前の覚悟も全て‼︎‼︎」
珍しくプライドへの激怒を露わにしたステイルは、アーサーの目からみれば完全にムキになっていた。
八つ当たりのように次々とアーサーに剣を本気で振るい、足技や体術まで仕掛けてくるステイルにアーサーも真面目に応戦する。ステイルの一挙一動に気を配りながら、……その意見は尤もだと思ってしまう。自分も同じ事を考えたのは今日まで一度や二度ではない。
プライドが王位を捨てて国を去るということは、自分達と離れることも選択したということになる。一人で去ろうと考えていたらそれはそれで思うところはあったが、その連れに自分やステイルが候補にも入らなかったことは不満でもあった。
塔の上で彼女は確かに「また助けて」と自分とステイルに望んでくれた。にも関わらず、自分達からまた彼女は離れようとしたのだから。
まるで、代償を払ってまでして自分に付いて来る者がいないことが当然のように。
「折角頼ってくれたと思ったらまたこれだ‼︎俺やお前よりもあのヴァルの方が信用に値するとでも⁈姉君が望んでくれれば俺……だって、…………〜〜ッ。」
キンキンキンッ‼︎と言葉が途切れたのに反して、剣は鋭さを増した。
感情が剥き出しにされたお陰でアーサーには剣筋を読むことは容易だったが、それでも思わず舌を巻く。ステイルがその先を続けられないことが誰よりも悔しいこともわかっている。
ステイルが既にプライドの為だけではなく、自分自身にとっても〝摂政〟として務めることは目標であり夢でもある。それをプライドが女王にならないならと簡単に捨てられる訳がない。そしてアーサー自身もまた、騎士としての生き方に誇りを持っている。
「……それを、プライド様もわかってたンだろ。だから、俺もお前も」
「いや絶対お前は姉君を選んだ。」
丸く言うアーサーの言葉をステイルは刺し止める。
確信を持って言い放つその言葉は、異議を許さなかった。アーサーは絶対に騎士の名も名誉も立場を失ってでもプライドを選んだ。それは今回の奪還戦の前にこれ以上ないほどに証明されている。プライドが国を去るといえば、アーサーは間違いなく彼女に付いて行く。そうでない場合はプライドに諭されて断られる時だけだろうともステイルは思う。
そんなアーサーを羨ましいと思いながら睨むステイルは、拳を振るうべく突き出した。だが、それも軽々とアーサーに避けられる。
ステイルの言葉にアーサーは否定の言葉が頭には浮かぶが口には出せない。そんなことはわからない、プライドが自分が残すフリージアの民を守ってと望めば選択は変わるかも知れない。だが、それを口にしてしまうのはアーサー自身も躊躇った。
「………………我儘を言ってくれれば良いのに……。」
ぼそっ、と微かな呟きがステイルから落とされた。
それを拾ったアーサーが剣ではなくステイルへ目を向ければ、眉間に皺を寄せた表情は苦しそうに歪んでいた。ステイルから剣の手が止まり、アーサーも合わせるように一度構えを解いた。
実際は、プライドは二人を切り離そうとしたわけではない。寧ろ全く正反対に〝距離がいくら離れても〟繋がっている、会ってくれる、助けてくれるという絶対的信頼があったからこその判断だったが、言葉足らずのまま終わった当時の会話では、当然ながら誰にもその意思は伝わっていなかった。
プライドは二人への言葉を忘れたわけでも、二人の想いを無碍にしたわけでもない。むしろプライドにしては珍しく、最大の甘えと我儘を二人に委ねた結果でもあった。立場や権威を失い国から離れても二人は瞬間移動で毎日でも会いに来てくれると信じて疑わなかったのだから。
しかし、その意思が伝わってない二人にとってはただただプライドに頼られなかった、選ばれなかった、ヴァルに負けたという想いばかりが尾を引いた。
「それだけじゃない。あの人は未だ自分が〝切り捨てられて当然〟だと思い込んでいる。また、……自分の価値を己の中で貶めている。」
以前とは違う理由で。と、波のない声で放ったその言葉は、逆に様々な感情が垣間見れた。
奪還戦を終えてから、立ち直ったように見えても言葉の節々からプライドが当然のように奪還戦の騒動を自分の所為だと責めているのがわかった。どれだけ何を言おうともプライドの罪悪感は簡単には拭えない。ティアラの言葉を受けてすら、プライドの中でそれは変わらなかった。それほどまでに、プライドの傷は深い。
アーサーもそれには気付いていた。自虐でも謙遜でもなくプライドの中では淡々と〝事実〟としてそれが扱われている。自分に責があると信じて疑おうとすらしないのだから。
「だから俺は決めた。姉君にわからせる、その為に。」
さっきとは打って変わり、はっきりとした強い口調でそう言い放つ。
剣を勢いよく地面に刺し、足にも力を込めるように地面を踏み締める。片手は剣を地に突き刺したまま、もう片手で眼鏡の縁を押さえつけた。確固たる意志を宿して漆黒に光る眼差しに、アーサーは目だけで続きを促した。だが、今度はすぐには続きが返ってこなかった。それどころか唇をきつく絞り、微かに震わせるステイルの表情にアーサーは訝しむように眉を顰めた。見ればついさっきまで悠然と剣を突き刺していた手すらぷるぷる震え出している。更にはアーサーの目から見れば、今も落ち着き払ったように見えるステイルの表情がかなり取り繕われているのがわかった。
じっと、疑うようにアーサーの深い蒼に写されれば、嫌でもステイルはアーサーに気付かれてしまったのがわかった。堪えるのを止めて気を抜けば、その途端に頬に赤みがさした。それでも負けじとアーサーを見つめ返し、ステイルは自身に喝を入れるように拳を強く握った。そしてとうとう「姉君の……」と今まで自分の胸の中にだけ押し留めていた決意を初めて口にした。
それを聞いた、途端。
「なっ……⁈」と一気にアーサーからも顔に赤みが帯びた。
そのままみるみる内に赤みが増していくアーサーは思わず口を腕ごと使って隠しながら、ひっくり返った声を上げた。
「おまっ……何言っ……⁈っつーかンなことわざわざ俺に報告すンな!どォいうツラすりゃァ良いかわかンねぇだろォが‼︎……ンでっ……よりにもよって……‼︎」
辛うじて剣を落とさずに握ったまま、もうそれが振るえない。
熱を急上昇させながら、赤くなる顔を必死に隠すアーサーは耳も首も隠しきれないほどに真っ赤だった。ステイルも羞恥から顔の筋肉に必死に力を込めて耐えているが、友であるアーサーを前に大分崩れかかっていた。
昔の表情が出にくかった頃が今だけは恋しいと思ってしまうほどに。だが、言った言葉を撤回しようとも忘れてもらおうとも思わない。
ステイルは一度顔を俯け、大きく深呼吸をした。呼吸を整え、肺を充分に機能させてから地面に刺した剣に力を込める。
「そして、ここでお前に提案だ。……意思が伴わないなら、断ってくれ。」
恥ずかしさから変に上がってしまう口角と震える唇に力を込めながら、再び赤くなった顔を上げる。
自分でもアーサー相手にとんでもないことを言おうとしていることはわかっている。だが、どうしても自分は彼に承諾を取りたかった。他でもない相棒のアーサーだからこそ、ステイルは恥を忍んでそれを打ち明けたのだから。
「アァ⁈」と動揺のあまりアーサーが声を荒げる。ステイルの続きを待ちながらも、今この場で意味もなく叫び出したい衝動を抑えつけた。そして次に放たれたステイルの言葉にその衝動すら無に還された。
誘い尋ね、そして最後に「打ち消したい」と締め括った、友の言葉に。
ボンッッ‼︎と返事の代わりにアーサーの頭が爆発した。
今度は声も出なかった。ステイルからの予想外の提案に想像しただけで息ができなくなった。パクパクと空気を噛む事もできず、魚のようになるアーサーは酸欠に近かった。
言いたいことは山のようにある。だが、どれも頭には過っても言葉には出ない。脳が口に命令を出す前に、遮断されたままだった。
「返事は今でなくて構わない。……明日にでも聞かせてくれ。」
アーサーの予想通りの反応に、ステイルはなるべく落ち着いた声になるように意識して低めた。
辿々しくそれに返したアーサーは、無意識に剣を腰へ納めた。完全に手合わせどころでなくなってしまったアーサーに、ステイルも剣を引く。
そろそろ戻る時間だな、と告げながら解散の意を促した。言うべきことは包み隠さず伝えた。これ以上言えば、アーサーから承諾を得たところで強制させたことになってしまう。そう考えたステイルは駄目押しにならないように、敢えて話題を切り替える。
「…………今夜はお前も忙しいだろう。存分に楽しんで来い。」
その返事すら、アーサーは痺れた舌で滑舌悪く返してしまう。
悪態もつけず、沸騰した頭で単純な言葉しか出てこなかった。何度か意識して必死に口の中を飲み込んだ後、辿々しく息を吸い上げる。自分の頭を冷やす為にも違う話題へと言葉を紡ぐ。
「いや……楽しめるかはわかンねぇけどな、多分。……なんか、もうずっとすっっげぇ騎士の人らがよそよそしいしよ……。」
ハァ……と溜息混じりに放つアーサーは、落ち込むように肩を落とす。
気持ちが沈んだお陰で頭も冷めたが、同時に現状を思い出してすぐに二度目の溜息まで漏れた。
ステイルが尋ねるように視線を投げれば、アーサーは「お前も知ってンだろ」と纏めた髪から少し零れた自身の前髪を掻き上げる。
「むしろ自粛状態が解かれたら、騎士の人らに怒られる気しかしねぇし……。……すげぇ迷惑もかけちまって勝手な行動までして、……そりゃあ煙たがれても仕方ねぇけど。」
「お前。…………本気で言ってるのか?」
アーサーの嘆きにステイルはわずかに目を丸くした。
アーサーもアーサーでステイルからの予想外の返答に眉を寄せた。ん?と気の抜けた返答にステイルの方が今度は呆れて肩を落としてしまう。
アーサーが以前から騎士達の余所余所しさに気落ちしていることはステイルも知っている。ただでさえ人の取り繕いに敏感なアーサーには、そういうものが筒抜けになってしまうから余計に彼には辛い状況だった。それに落ち込む度に近衛騎士の誰かしらが慰めていたが、どうやら根本的に勘違いしてたらしいとステイルは気がつく。
「カラム隊長も言っていただろう、厳戒体制が解かれるまでの辛抱だと。」
「あぁ。騎士の人らずっと俺に言いたいことあるみてぇだし。……はっきり言って責めてくれた方が、俺も良い。」
王族からの配慮のお陰で騎士には戻れたが、元はと言えば自分は騎士の称号を捨てて叛逆まで行った。
アダムにやられた後は心配も迷惑も盛大にかけてしまった。その上、奪還戦中まで騎士の立場を剥奪されているにも関わらず介入をしまくった。騎士達が思う所がないのは無理な話だろうとアーサーは思う。
だが、そう言いながらストレッチ代わりに肩をぐるぐる回すアーサーにステイルは早足で歩み寄る。剣を腰に納めたまま、空いた両手で正面からアーサーの肩を掴んだ。
「……そういうところは、本当に誰より姉君に似てるよお前は。」
「?どういう意味だ。」
意味がわからないと言わんばかりとアーサーの返答に、ステイルは指が痛むほどに力を込める。ハァァァァ……と長い溜息を吐き、自分より背の高いアーサーを見上げるようにして睨んだ。見返してくる蒼い瞳の奥に自分の姿が反射したその瞬間
ステイルの手から消えたアーサーは、一瞬で地面に仰向けの状態で着地した。
ゴッ、と受け身を取る間もなく後頭部を地面に打ち付けたアーサーは「だッ⁈」と声を漏らした後にすぐ飛び起きた。
ステイルに地面へ瞬間移動されたことをすぐに理解し歯を剥く。が、目を向ければ憮然とした表情で腕を組んで自分を見下ろしているステイルがそこにいた。若干冷ややかとも見える眼差しと、沸き上がる殺気にも似た覇気に内心驚きながらもアーサーは立ち上がる。
「ッステイル!テメッ、いきなり何しやがる⁈」
「お前が鈍いのが悪い。……ちゃんと反省しろ。」
まったく、とアーサーに一撃与えた方のステイルが嘆くように首を振る。
眼鏡の位置を指で直しながら、土埃を払うアーサーを睨む。アーサーも意図がわからないままステイルを睨み返した。
反省も何も、アーサー自身この一ヵ月間に反省すべきことは全部反省し続けたつもりだった。後悔はしてないが、反省だけはこれ以上なくしてきた。だからこそ、もう痛くはない頭を片手で押さえながら彼は怒鳴る。
「わァってる‼︎だから今夜はちゃんと怒られて来るっつったろォが‼︎」
「そこからだ。もし明日会った時も分かっていなかったら、今度は城の頂上から放り投げるぞ。」
どうせ無傷だろうが、と心の中で思いながらステイルは言う。
だが、それでも「何でだよ‼︎‼︎」とあまりの理不尽さに猛抗議するアーサーは喉を張った。さっきから反省もしてる、騎士達が余所余所しい理由もわかってると言ってるのに全くステイルに受け入れられない。逆に自分が納得いく理由を言えと訴えれば、完全に意見を無視された上で「じゃあ騎士団演習場に送るぞ」手を伸ばしてきた。
まだ聞いてねぇぞ‼︎と触れられないように飛び跳ねて避ければ、ステイルは眉間に皺を寄せた。空を切っただけの右手を浮かせたままグッと握り、一度下ろす。それから眼鏡の黒縁を押さえながらアーサーを見返す。
その途端、さっきまで冷ややかな筈だったステイルの表情が本気で怒り出したかのように力が入り出したことにアーサーは気が付いた。
目を見開いたアーサーに軽く拳を至近距離からステイルが放てば、パシッと片手で受け止められた。そのままアーサーはステイルの拳を掴み握れば、……僅かにその拳が震え出した。
なんだ?と何故そこまで怒ったのかとアーサーは手の中のステイルの拳から、視線を彼の顔へと向ける。どうしたんだ、と尋ねようと動かしたその口が、ステイルの顔を確認した途端に一音も言えずに固まった。
「っ……ちゃんと思い知れ、馬鹿。」
次の瞬間。
ステイルのその言葉を最後に、アーサーは騎士団演習場の自室へと瞬間移動された。
視界が切り替わった後もステイルの拳を掴んでいた手のまま、アーサーは目をぱちくりさせた。さっきのは見間違いじゃなかったよな、と思いながら、誰にも問えずに記憶だけを探り、思い巡らす。
今、さっき。瞬間移動される寸前に見たステイルの顔。眉間に皺を寄せ、歯を食い縛り顔全体に力を込め、鋭くされた眼の奥は漆黒に焦げていた。そして何よりも
「……ンで、涙目だったンだ……?アイツ。」
わっかンねぇ……と、アーサーはやっと自由になった身体で一人頭を掻いた。




