625.騎士は惑い、
「ンで……ッなン、の話だよステイル!」
キンッ、キンッ、キィンッと。
プライドの近衛騎士が交代の時間になり、アランとカラムに交代をした後、休息時間になったアーサーをステイルは自身の稽古場へと招いた。ステイルもその為に休息時間をアーサーに合わせるようにヴェストから許可を得ていた。
互いに剣を交わし合うのが久し振りである二人は、実に三ヶ月ぶりの手合わせだった。プライドが倒れてからはずっとそれどころではなかったのだから。
互いに剣で打ち合いを重ねながら、出方を見る。そしていつものように最初に痺れを切らしたのがアーサーだった。お前が誘ったんだろと言わんばかりにステイルを睨むと、容赦なく蹴りを繰り出した。
「……姉君からの、褒美。」
蹴りを一歩跳ねて避けながら、ステイルは小声のようにぼそりと呟いた。
その途端、逆にアーサーの動きが鈍る。心臓が身体を揺らすほどに跳ね上がり、顔が真っ赤に染まった。口を一文字に結んだまま振るった剣はステイルの剣どころか地面に着地し、固まってしまう。
ステイルがそれを掬うように剣で払い上げれば、アーサーはふらりと一歩退がったまま片腕で顔を隠すように口を押さえつけた。
「もう決めたのか?」
「ッンなもん!受け取れるわけねぇだろォが‼︎」
上擦った声を上げながら、乱暴に剣を横に振るう。
ステイルに届くこともなく空を切った剣を握り締めながらアーサーは心臓の音が聞こえないようにと更に退がった。
やはりな、とステイルは予想通りの返答に頷く。
まだプライドからそれを言われて半日も経っていない。ステイルからすれば、アーサー達や近衛騎士にプライドが何か礼や詫びをしようとすることは予想も付いていた。そしてアーサーが遠慮して断ろうとすることも。
「姉君の気持ちだ。素直に受け取れば良いだろう。特にお前にはその権利がある。」
「ッねぇよ‼︎‼︎あの人の騎士として当然のことしただけだろォが‼大体なンで俺が」
「騎士の称号すらかなぐり捨てて一人で姉君の暴走を止めたのは誰だ?」
ンぐっ⁈とステイルの言葉に途中で口を閉ざす。
今回の褒美は、近衛騎士に対して言えばプライドからの感謝とそして謝罪の意味もある。彼女が狂気に侵されてから最初には彼女の暴走を抑え、その後は二ヶ月近くそれを秘匿し、奪還戦ではステイルとジルベールによる采配で彼女の落下と自害を防いだのだから。
特にアーサーの功績は大きい。彼がいなければ、更に多くの衛兵に被害とアダムとの間違いが起こっていたかもしれない。もし騎士団を動かさなければいけない事態になれば、プライドの醜態が九番隊どころか奪還戦前には全騎士団に広まっていた。
「いや……でも、やっぱそれじゃあ俺は貰い過ぎだ。大体お前も知ってンだろ?…………祝勝会の、日に」
「アレは正当な評価だ。」
ざっくりと言葉でアーサーを斬りながら、突きをステイルが繰り出す。
突然の攻撃にアーサーはその場からは動かず、剣の動きだけでステイルの一撃を叩き落とした。キィンッ!と金属同士の音が響き、今度はステイルの剣が地面につく。
「〝また〟殴られたいのか?」
「いや、もう充分だ」
アーサーから叩き落されることはわかっていたステイルは、表情も変えないままに剣ではなくアーサーを見た。攻撃を防がれたのはステイルにも関わらず、アーサーの方が向けられた漆黒の眼差しに戸惑うように喉を反らす。
〝また〟というステイルの言葉に、数日前にとある失言で彼に殴られた腹部を無意識に手で庇った。その時もアーサーはうっかりステイルの前で失言をした結果、問答無用で殴られていた。
だが、アーサーからすれば、本当にもう充分すぎるというのが本音だった。プライドを生きて取り返し、再び騎士としてプライドの側に立つことができている。望んだ全てを手に入れたというのに、その上に褒美だの勲章だの貰っても受け止めきれない。
プライドから〝個人的な褒美〟をと言って貰えたその気持ちだけで、息が苦しくなるほどに心臓が脈打った。アーサーにとってはあれだけ一人身勝手な行動を取ったにも関わらず、こうして騎士で居られることを許されるだけで贅沢なくらいだった。
「大体……欲しいもん全部貰ったのにこれ以上どうすりゃァ良いンだよ……。全ッ然何も思いつかねぇし。欲しい物とかあの人にして欲しい……こと、とか……、…………〜〜っっ。」
一度顔ごと逸らした後、自分で言いながらじわじわと熱が込み上げた。
緩みそうな唇を途中で絞り、口の中を噛む。考えるだけで目が回りそうになる。「私個人からの褒賞」とその言葉があまりにもアーサーには破壊力がありすぎた。
して欲しいこと、と考えてしまえば当然無いわけではない。プライドとまたダンスを踊りたい、彼女の手作りが食べたいという欲はそれなりにある。更には手紙を貰えたことや額に祝福の口づけを受けたことも思い出してしまえば、二回目を望みたくなってしまう自分も当然居た。
アーサーのわかりやすい反応にステイルは鼻から息を吐く。そうだろうな、と言葉にせずともアーサーが考えていることはある程度察しがついていた。そのまま相棒を少しつついてやりたくもなったが、今はそれよりもと本題に移るべく続きを投げつけた。
「……奪還戦から一週間ほど経った時。姉君が話していたことを覚えているか?」
突然の話題の飛び方にアーサーの目が丸くなる。
そして思い出したように軽くステイルに剣を振りながら、一言返した。当然話したこと自体は覚えている。だが、どの事を指しているのかだけはわからない。すると、ステイルも合わせるようにアーサーが振る剣に次々と剣を当てながら言葉を紡ぐ。まだ、アーサーにもティアラの王妹のことは伝えていない。しかし、今はあの場で話した共通の話題だけで充分だった。
「…………姉君は、今回の事に責任を感じて王位継承権から身を引こうとしていた。」
キンッ!とさっきまでより強い力で剣が当てられる。
アーサーも片手でそれに応じながら思い出す。確かにあの時、プライドとステイルはそう言っていた。責任感の強いプライドが王女としてその判断を下そうと考えてしまったことも、気に病んでいたことも理解はできる。それはアーサーにもそれなりに予想はできた。
実際、女王の前でそんな話が進んでいたのだと知った時はやはり驚いた。だが最もアーサーが衝撃的に感じ、耳を疑ったのはそこではない。その時のことを思い返せば、自分と同じ事を思い出したのかステイルの剣が次第に研ぎ澄まされていった。
怒りを押さえるような剣筋と威力に、アーサーは割と本気で防御する。ステイルの話を聞き漏らさないように距離は開けず、剣を身体を翻すか弾くだけで捌いていく。彼の怒りの矛を受け流しながら、その目を覗けば漆黒の瞳が焦げるように燃えていた。
思い出すように怒りを露わにしながら「そして」と、ステイルは噛み締めるように言い放つ。
「ッよりによってあのヴァルと国を出るつもりだったと……‼︎‼︎」




