623.騎士隊長は空を仰ぐ。
「っっって、プライド様さぁ……。いやぁ〜……本気で殺す気かと思った。」
ラジヤ帝国との条約締結後。
護衛の任を解かれた騎士達と共にアラン、カラム、ハリソンもまた騎士団演習場へと向かっていた。プライドの近衛騎士任をアーサーとエリックに任せた彼らは、交代の時間帯までは再びいつもの演習へ務めることになる。
何も変わらない、正真正銘いつもの日常だ。
先程のプライドの話題を早速出せば、王居の門をくぐってすぐ高速の足で先に戻ろうとしていたハリソンも足を留めた。ギロリと目だけをアランに向けながら、彼の語るプライドからの〝褒美〟の話題に耳を傾けた。
思い出すように再び顔を熱らせたアランは、後頭部に両手を回しながら笑って空を仰ぐ。へへっ……と笑いながら、頬がどうしても緩んでしまう。
「アラン。喜ぶのは良いが、他の騎士には決してひけらかすな。」
わかってるって。とカラムからの言葉に笑顔で返す。
だが既に九番隊の騎士達には知られてる今、今夜には確実に質問責めされることは目に見えていた。
他の騎士達より数歩先に足を速めて歩く彼らは、ある程度声だけは抑えていた。しかし顔の緩みも火照りも抑えられていないアランは、笑みも止まらない。そして顔の火照りが治っていないのはカラムもまた同じだった。横目でそれを確認したアランは敢えて唇を尖らせながらカラムを言葉で突く。
「そういうお前だって真っ赤じゃねぇか。一体どんな〝褒美〟を考えてるんだよ?」
「ッ誤解を招く言い方をするな‼︎……。それに、……未だ思い浮かんですらいない。」
アランの言葉に余計に顔を真っ赤に染めるカラムはアランの頭を叩く。王居を抜けた後とはいえ変に聞かれたら不敬罪になりかねないと、前髪を指で払いながら周りを見回した。背後を振り返って騎士達にも聞かれてはいない様子にほっとする。
カラムの言葉に「そっか」と殴られたことも気にせず、頭に回した腕も顔の緩みも買えないアランは簡単に言葉を返した。
「俺はもう決めてるけどなぁ。」
さらっ、と言い放つアランにカラムは目を丸くする。
なっ⁈と声を漏らせば同時に耳だけを傾けるハリソンも紫色の眼差しをアランに向けた。驚愕ではなく、むしろ冷めたその眼差しはアランへ軽蔑も混じっていた。
プライドに褒美を告げられてまだ半刻すら経っていない。にも関わらずアランがもう決まってるということは、既にプライドからの褒美を期待や予想していたということになる。そして実際、アランは奪還戦の時既にエリックや一番隊にはその話題に振っていた。
「アラン・バーナーズ。本気で第一王女殿下に褒美などを望むつもりか?」
騎士として王族を守ることなどは当然の義務。それを褒美を受けるどころか自分から催促するなどあり得ない。ここは気持ちだけ受けて断るべきだと、ハリソンがそう言いたいことはカラムもアランもわかった。
そしてカラムも一理はあると思う。カラムもハリソンも既にプライドからのあの言葉だけで充分過ぎるほどに身が焦げた。他の騎士達がいる前で、彼女ははっきりと近衛騎士である自分達を特別なように扱い、個人的な褒美まで与えたいと望んでくれたのだから。プライドの騎士として誉れを、たったの五人だけが与えられた。
今すぐ撤回しろと言わんばかりに声色を低くするハリソンに、アランは一度だけ目を向けてから逸らす。「いや、だってさぁ」と言い訳のような言葉を放った途端にハリソンは静かに腰の剣を握った。しかし、次にアランがあっけらかんと放った言葉にそれを振る事は躊躇った。
「〝こういう機会がねぇと〟絶対叶わねぇ願いとかもあるだろ?」
ピタリ、と手を硬直させたハリソンはアランを睨む。
意味深に含みを持たせたアランの言葉に「どういう意味だ」と今度は言葉にして尋ねた。カラムも同じようにアランに目を向ける。すると、敢えて口を噤んだままのアランは暫くは目も合わせなかった。
青空を眺めながら呑気に歩くアランにハリソンは眉を寄せる。受け取り方によっては、ハリソンが最も怒ることを望みそうにも聞こえた。だが、アランがプライドの優しさに付け込んだり恩に着せて地位や名誉を要求するような人間でないことは二人も知っている。
「いやさぁ、本当は別のこと望みたかったんだけど。そっちは…………かもしれねぇし。」
独り言のように言うアランは、最後の言葉だけは息遣いの域まで抑えた。急激に声量を絞ったことで二人の耳にも届かなかった。
なんだ、何と言ったと二人の関心も興味も更に高まったところで、アランはニッと楽しげな笑みを顔ごと二人に向けた。アランのからかうような笑い方にカラムもハリソンも身構える。そして
「プライド様に───────────────。」
なっ……‼︎と、今度はカラムだけでなくハリソンも目を見開いた。
あまりの衝撃に二人で足が止まる中、アランは「やっぱ俺はあの人が良いからさ」と数歩だけ二人を置いていった。
それから「ん?」とわざとらしく振り返り、立ち止まった。楽しげな笑みが、二人の反応を確信していたように輝いている。後続の騎士達が立ち止まった二人にどうかなさいましたか、と声を掛けたが反応はない。それほどにアランの発言は予想を上回り過ぎ、言葉にならなかった。そして何よりも
「いや〜、そっか。二人は〝そう〟しねぇか。わりぃけど俺は遠慮なくそうさせて貰うな?やっぱ一生に一回の機会だしさぁ。」
ニッ、と勝ち誇ったように二人に笑いかけたアランは再び足を動かす。
後頭部に添えた手を背後の二人に向けて片手だけヒラヒラと振ってみせた。そのまま、明日言うのが楽しみだと鼻歌混ざりに一人語るアランにカラムは顔を真っ赤にして拳を震わせた。
アランの性格はわかっている、敢えてそれを自分達に言うということはつまりは〝誘っている〟ということなのだと。たとえ自分達が断ろうと本当にアランは断行する。そして何よりもアランの望むつもりの〝褒美〟は
自分達も喉から手が出るほどに欲しいものに違いなかった。
「〜〜っ、……ッ待てアラン‼︎私はひと言も願うつもりがないなどとは言っていないぞ‼︎」
ズンズンとカラムにしては珍しく大股で速足をしながら、前方を行くアランを追い掛ける。
足を止めたハリソンを追い抜き、アランの背後に続く。真っ赤な顔を顰めながら声を上げるカラムにアランが「そうだっけ?」とわざとらしく笑う。自分から足を緩め、カラムの横に再び並ぶと歯を見せてその顔を覗き込んだ。
「で?カラムは何を願うか決めたのか?」と言ってみれば、後続の騎士にも聞こえるほどの大声で「決まっているだろう‼︎」と喉を張った。それに満足そうに笑うアランは満面の笑みで返すと、再び前を見た。
「じゃ、俺とお前はそれで決ま」
「私もそれにする。」
横から射るように、突然アランの隣に高速の足で並んだハリソンがはっきりとした口調で言い放った。
突如現れた黒い影に一瞬だけ目を見張ったアランだっだが、予想はできていた為そんなには驚かなかった。追いついた途端、アランとカラムに歩幅を合わせたハリソンは二人には目を向けず逸らすように前だけを見据えていた。
「良いのかよ?褒美なんて受け取って。」
「問題ない。」
アランの問いにひと言で断じたハリソンは完全にさっきと意見が逆転している。
ついさっきまで褒美を受けることを反対していたとは思えない変わり身の早さにアランは堪えきれず声に出して笑った。カラムもあまりの切り替えの早さに呆れてぽかんと顔の力が抜けてしまう。だが、それほどまでにハリソンにとっても魅力的な提案だったのだろうと思う。
ハリソンは話が終わったと判断し、次の瞬間には高速の足で誰よりも速くこの場を去った。消える寸前に風が吹き、二人の顔を撫でた。
相変わらずだなぁ、と呟きながらアランはハリソンが去ったであろう軌跡をぼんやりと目で追った。アランが呟き終わる時には既に目で捉えられる距離にいなかった。
「……アーサーとエリックには言うのか?」
「いや、良いだろ言わなくても。それにこれであいつらが何を願ってもハリソンも怒らねぇだろうし。……まぁ、アーサーは心配なかっただろうけど」
最初から、と。付け足せばカラムも無言で頷いた。
ハリソンはアーサーだけは今のやり取りが無くともプライドから褒美を得ることは許しそうだと思う。アーサーに甘い、ということもあるがそれ以上に〝アーサーだけは〟褒美をプライドから得る権利が相応するとハリソンだけでなくカラムもアランも思う。今回の件で、アーサーの功労は誰もが認めている。そして〝認めているからこそ〟今日まで騎士団は誰もがアーサーに安易には触れず、強張り、遠巻きにしたままだった。
「今日の飲み会は荒れるだろうなぁ。」
「それはお前もだろう。」
まぁな、とカラムからの相槌にアランは笑う。
とうとう一カ月も続いていた厳戒態勢も解かれた。奪還戦勝利後も後処理や追撃の警戒、城下の安全確保、更にはアダム達が行方不明のままなこともあり騎士団は気を抜くことは許されなかった。勝利の美酒に酔うどころか、祝い合うことすら自粛したままだった。ラジヤ帝国との条約締結が無事終わるまでは、奪還戦に完全勝利したとは言えない。
城で取り行われる祝勝会を待たずして、自粛解禁された今夜には騎士団での祝いの席が行われることは確実だった。とうとう今日、彼らは張り詰め続けた緊張の糸を緩め、奪還戦の勝利と喜びを正面から受け止めることが許されるのだから。
「やっと、……だもんなぁ。」
「ああ、やっとだ。」
長かったなぁ……と思わず感慨深く思ってしまえば、アランは頭に回していた腕を前に組んだ。
騎士団でも、このひと月が今迄で一番長く感じた騎士は少なくない。安易に喜べない、気を抜けないと感情を抑え、引き締め、研ぎ澄まし続けた彼らはやっと今日解放される。
今から今夜の飲みの席が待ち遠しくて仕方がないのはアランだけではない。間違い無く自分達や今日護衛に入った九番隊の騎士は質問責めに遭うだろうと確信する。そして、いっそそれはアランもカラムと、そしてエリックも望むところだった。聞けない騎士達と同じように近衛騎士達も話せないことがかなりの負担になっていた。
プライドからも予知能力関連以外は口止めされてはいない。だが、祝杯の時までは当時のことを報告以外で振り返ることも自粛されていた。情報共有なら未だしも、騎士団はそのことを〝過去〟にしてはならなかったのだから。
今日までプライドの様子や具合は毎日のように騎士達に尋ねられたアラン達だが、奪還戦当時のことは報告以外全く騎士達から聞かれてはこなかった。奪還戦のことは騎士団内でも謎が多いままのものが多い。必要な事実は共有されている。だが、関連付けや理由までは理解が及んでいない事が多いのもまた事実だった。そして今日こそとうとうその橋も掛かるだろうと思う。
「俺さぁ、……本当にあの時…………。」
「…………………………………………。」
さっきまでとは違う、ぼやくようなアランの呟きにカラムは続きを促さなかった。
前髪を押さえ、眼差しを向けたまま、アランを待つ。アランは腕を組み、想いを馳せるように遠い目で視線を浮かせていた。数秒の間の後、僅かに開いたままだった口を閉ざしてから彼は首を横に振った。
「…………………………いや、これは後で良いや。」
断ったアランが、何を言おうとしたのかはカラムも見当はついた。
だからこそ無言で聞き流す。今でなく、その話こそ今夜の祝杯で酒と共に交わすぐらいが良いとわかっていた。二人で何も言わずに前を向き、見据えた。今日もまだ祝杯を上げるまでは気を抜くべきではない。この後の近衛任務でも変わらず彼らを気を引き締めてプライドの護衛に望む。
きっと今日見る空の色と明日見る空の色は全く違って見えるのだろう。と、そう思いながら二人は、足並みを揃え続けた。




