そして失言する。
「…………聞いても、良いっすか……?」
ゴクッ、と喉を鳴らした直後にアーサーが躊躇いがちに口を開いた。
目も未だ合わせられないプライドは、少しだけ俯きがちにだが顔だけをアーサーに向ける。目を逸らしたまま「どうぞ……」とぎこちない笑いと手で譲れば、二拍ほど置いた後に恐ろしい質問が投げられた。
「……どんな。……どんな未来を視たンすか……?」
あああぁ……と心の中だけでプライドは悲鳴をあげた。
ペラペラ言い過ぎたと後から後悔したがもう遅い。予知をしたと、未来を知っていたと話した限りはアーサー達がその未来が気になるのも当然だった。
自分がフリージアを裏切り、アダムと結託した未来は間違いなく予知だ。だが、自分のどうしようもない未来に関しては前世のゲームの記憶。ルート毎に死に方も違う為にどれを言うべきかすら悩む。まさか騎士団長達を見殺しにしていた未来ですなんて口が裂けても言えはしない。
沈黙を続ければ、続けるほどにアーサー達からの視線が強まっていく。優秀な頭脳を回し、何とか共有のエンディング部分のみを選び、プライドは問いに答えた。
「…………一言で言うなら私が死んで国中が大喜びしてる未来、かしら……。」
お祭り騒ぎレベルで……と口端がピクピクと震えながらプライドは膝の上のドレスを掴む。
ヴァル達やカラム達がゲーム内で喜んでたかどうかはわからないが、自分を命がけで助けてくれたステイルやアーサーが、未来では歓喜に沸いて女の子とイチャついていたなどと言えば、それこそこの場が凍りついてしまうと思う。
が、実際は既にプライドがそれを言い放った直後から充分に部屋は凍りついていた。
全員が言葉も出ない。当時齢八の子どもがそんな未来を見たのかと思えば、むしろ性格が更に歪まなくて良かったとすら考えてしまう。
しかも目を逸らすということはプライドの言う「皆」には自分も含まれているのかと思うと衝撃でしかない。だが同時に、考えれば考えるほど狂気に取り憑かれたプライドが何故あそこまで自分の死が喜ばれると思い込んでいたかの謎も解けてしまった。確かにあのままプライドが歪んだ性格で育ち、アダムの狂気を受ければ誰も疑問にも豹変とも思わない。そこであの狂気のプライドが死んだところで……、とそこまで考えてしまったところでステイルとカラムは殆ど同時に思考を止めた。ただ、あまりのプライドが視てしまった未来の重さにその後も掛ける言葉が見つか
「絶ッッッッッ対にあり得ませんから。」
……る、前に。
アーサーが恐ろしく低い声で言い放った。
声を荒げるでもなく、はっきりと断るアーサーは蒼い目が深い色に光っていた。突風かのように凄まじい覇気が溢れ出し、プライドやその向こうにいるケメトとセフェクのみならずヴァルまで煽りを受けて僅かに肩を揺らした。
見開いた目がプライドに向けてるとは思えないほど鋭いが、その先端はプライドではなく彼女の視た予知の中で喜んでいたという面々に向けてのものだった。
「無いンで。プライド様が死んだら絶ッッ対に俺も騎士団も泣くンで。っつーか喜ぶ連中いたら俺らが許しませンから。………。…………………もう、ご存知でいて下さるとは思いますが。」
覇気に漲った声が、最後だけボソリと萎れた。
最初こそメラメラと目の奥で蒼い炎を燃やしていたアーサーだが、一度口を噤んだ後に一言呟いた途端に今度は僅かに赤らんだ顔を逸らした。眉を寄せ、嫌な事を思い出すように顔つきこそ険しいが、同時に火照りも増すアーサーの言葉に、プライドは彼が何を示唆しているかはすぐにわかった。
今はアーサー達も含めて、自分が死んだら悲しんでくれる人がいるのを痛いほどプライドも理解している。自分でも軽率なことを言ってしまったと思い、ごめんなさい、と彼女が謝ろうとした時だった。
「お姉様……?」
自分の隣から呼ぶティアラに、プライドは一瞬息を止めた。
背筋が冷たくなり、考えるより先に伏していた目を上げて向ければ、至近距離から澄んだ金色の瞳が飲み込むようにプライドへ注がれていた。細い眉が中心に寄せられ、少しだけ怒っているようにも見えた。ぎゅっと結んだ小さな唇が何を言おうとしているのかわかり、プライドは開かれる前に「待って‼︎」と声を上げた。
「大丈夫!もうちゃんとわかってるからっ‼本当の本当に︎今は理解してるから!ねっ⁈」
「ティアラ!ヴァル達もこの場に居るのを忘れるな‼︎」
「ティアラ様それをあまり容易に扱うは危険かと……!」
「ティアラ‼︎良いからすンな!絶ッ対にすンな‼︎‼︎」
プライドのみならずステイル、カラム、アーサーが一斉に待ったを掛ける。
四人に血相を変えて止められ、ティアラは仕方なく無言で見つめて訴えるだけに留まった。アーサーと同じように、ティアラもプライドが〝自分が死んで喜ぶ〟と思っていることは不満でしかない。理解して貰えないならと、再びプライドに〝予知〟を見せて訴えようと思った。彼女自身、どこまで自分の予知能力が扱えるかはわからない。やってみたところで不発の可能性もあるとも思う。しかし、試すだけならば簡単だ。
そしてステイル達からすれば、ティアラが一度見せたあの予知は出来れば二度と見られたくも見たくも見せたくもない光景と感情だった。泣いた姿も嘆いた言葉も、いっそ自分のだけは全員が忘れて欲しいとすら思う。
ティアラの予知能力を知らないヴァル達だけが、意味もわからずティアラとプライド達を交互に見つめた。「どうしたの?」「どうしたんですか?」とセフェクとケメトが尋ねるが、誰も答えられない。
「…………私だって、絶対に泣いちゃうんですからねっ。」
ぷくっ、と頬を膨らませたティアラは、そのままムクれるようにプライドの腕にしがみついた。
ごめんなさい、と謝りながらプライドがティアラの頭を繰り返し撫でれば「本当の本当ですからっ!」と声を上げながら、伏した目に少しだけ涙を滲ませた。プライドにとって十年後の反乱が〝未来〟だったように、ティアラにとってもプライドの死も嘆き悲しむ人々の姿も抗うべき〝未来〟だったのだから。
わかってるわ、ごめんなさいと繰り返しながらプライドがティアラを抱き締めるとやっと膨れた頬が戻った。そのままの意味でも、そして別の意味でも恐ろしい特殊能力を開花させてしまった妹にプライドは宥めるように優しく言葉を掛ける。
「大丈夫よ。もう今は死のうとだなんて思っていないわ。さっきの話し合いでだって、国を去るって言ったでしょう?死ぬどころかヴァル達と一緒に身分落ちでもと思ったくらいだもの。」
「「「は……⁇」」」
ゴフッ、ガハッとまた咳込む音とアーサー達の合わさる声、更にはティアラの「え?」という声まで混ざった。
予想外の周りの反応に、プライドは「へ⁇」と声が裏返る。見ればアーサーもステイルもカラムも目を丸くしていた。自分としてはそれなりに以前の自分よりは明るい未来を描いたつもりだが、あまりにも驚愕以外の感情が見えない彼らに首を傾げてしまう。
もしかして自分が国を捨てると捉えられたのか。だが、遠い国へ嫁いで帰国を禁じられれば結果としては変わらない。それとも国外逃亡と思われたのか、とまで考えが進んだところで慌てて彼らへ補足を入れる。
「もっ、勿論、母上達にも許可を得てと考えてだから‼︎国外逃亡とかそういうんじゃ」
「お姉様……ヴァル達と一緒になるおつもりだったのですか?」
ゴホッガハッゴホゴホッ‼︎
ティアラの純粋な質問に、今度はステイル達も咳き込んだ。
さっきまでプライドの発言に何度も一人噎せてた人物とは別の方向から三人分の咳にプライドは振り返る。見れば三人が真っ赤な顔で背中を丸くし口を押さえていた。風邪だろうかと思うくらいの酷い咳に「大丈夫?」と尋ねれば返事の代わりにアーサーとステイルが殆ど同時にぐわりと顔を上げる。
「本気ですか⁈‼︎」
「マジすかそれ‼︎‼︎」
扉の外にいた騎士が断末魔かと思うほどの凄まじい声がプライドの耳を劈いた。
両耳を手のひらで押さえ、顔を絞るように力を込めたプライドは怒られた子どものように首を引っ込める。カラム一人だけが声を上げるのを躊躇えたが、咳を押さえた状態のままの手で口を覆いながらプライドを凝視した。顔色も見開いた目の大きさもアーサー達と同じだ。
声の波に押され、背中を反らしながらプライドは何とか「え、ええそうよ」と返せば、三人とも開いた口が塞がらない。
プライドは以前にヴァルから一緒に旅をしようと誘われたことを話そうと思ったが、その前にと背後へ振り返る。話して良いか確認を取ろうとヴァルへ目を向ければ、本人は既に顔を鷲掴んだまま俯いていた。既にステイルの「プライドは王位継承権を捨てて国を去ると仰いましたよね」発言から咳き込んでいた彼はもう今は完全に沈黙している。完全に自分と目すら合わせてくれないヴァルに、少しだけプライドも頭が冷えた。
あの時のことを忘れているのかとも思ったが、どちらかと言えば敢えて他人の振りをされている気がした。ケメトとセフェクがベッドに転がるようにして俯く彼の顔を覗き込んだが、それでもヴァルは反応がない。ぐったりとした彼の様子に頭が重いのか、それとも勝手に自分の中で確定したのを怒っているのかとも考える。当然、本当にそうなった場合はヴァル達に事前相談するつもりもあったが、今それを言っても意味はない。
とにかくヴァルに旅を誘われていたことは伏せて話そうとプライドは思考を巡らしながら、彼らに説明をすべく舌を回す。
「勿論、必要だったら他国へ嫁ぐ覚悟だったけれど……あんなことした王女なんて嫁がせるのも難があるでしょうし。」
発狂して内乱を起こした王女。そんな人間をだれが欲しがるものかとプライドは本気で思う。
それに他国に嫁ぐなら未だしも、身分も全て失い名を捨てれば〝全くの別人として〟ティアラ達と会うことも許されるかもしれない。自分が全て捨てる代わりに、大事な人達とこの先も会えるのならばそれで良いと。予知能力を処置として封じられてもラスボスチートの戦闘力を生かして〝配達人〟としてフリージア王国に貢献するのも良いと思えた。ステイルの協力さえあれば毎日でもまた彼らに瞬間移動で会うこともできるのだから。何よりも
ステイルとアーサーならばたとえ自分が身分を失っても変わらず居てくれるとそう思えた。
『俺達が居ます、俺達が一生かけて護り続けます……‼︎』
『たとえこの世界の誰が貴方を否定しようとも、俺は肯定します』
何度でも助けてくれる、駆けつけてくれる、手を差し伸ばしてくれる。
そう思えば、遠い国へ嫁ぐよりもずっと彼らとの繋がりを守っていける身分剥奪のほうが良いとプライドは思えた。
……それともやっぱり王女でもなくなったら流石に難しいかしら、と。少し二人の反応に落ち込みながらプライドは苦笑う。
「ほら、ヴァル達なら国を巡るのを付き合ってくれるでしょう?それならその方がずっと……」
「つまりは旅の同行者という意味ですね⁈」
この男が‼︎‼︎と、ステイルが長い指でヴァルを指し示す。
ステイルに指されても気にしないヴァルは、未だに反応がない。ステイルの言葉の意図がわからず、プライドは瞬きを三度繰り返してから首を傾ける。そうよ、と一言返し、それ以外の答えがあるのかと言わんばかりに頷けば目に見えて三人は脱力した。ハァァ……と息を吐き出しながら項垂れる彼らに、王女の立場を捨てた後にもヴァル達に同行者として付き合って貰えるという甘い考えを呆れられたのかとプライドはオロオロと手を伸ばして狼狽える。実際は事前に許可を得ていると言いたいが、やはり本人の許可なくはそれも言えない。代わりに言葉を続け、ちゃんと様々な可能性を踏まえた上での最善であり、安易な考えではないことを訴える。
「私があんなことを犯さなければ、普通に他国へ嫁ぐこともあったでしょうけれど……。それこそレオンと復縁もあったかもね。」
そこで、レオンが現れた。
もともと王位継承者同士の為、破談となった婚約だ。自分が王位継承者から外れたら、それが一番落ち着く場所だっただろうとプライドは思った。だが、ティアラの王位を危ぶまさせない為に嫁ぐ都合上、隣国のアネモネ王国では難しかっただろうともすぐ考え直したところで、レオンが杖を落とした音が響き渡った。話に夢中になっていた為、レオンのノックに誰も気づけなかった。
「レオッ……!」
引き攣らせた顔で振り返ったプライドは顔を蒼ざめた。
アネモネ王国の第一王子を相手に、まるで自分が貰ってもらえることが前提のような言い方をしてしまったと血の気が引いた。
レオンにも、むしろ次期国王であるレオンにこそ選ぶ権利があるというのに‼︎と、たとえ話とはいえ傲慢過ぎる発言をしてしまったことに後悔する。顔を赤らめフラつく姿に、あの温厚なレオンを怒らせたのか、それともここまで迷惑をかけてしまった自分に本気で婚約を迫られてしまった時を考えて気が遠くなったのかと、どちらにしても慌てふためいた。更にはセフェクの発言が完全に王手だった為、最終的には平謝りするしかなくなってしまう。
結果、レオンを落ち着ける為に座らせたプライドはそれまでの話の流れを初めから話の流れを説明するに至った。




