617.王弟は語り、
「……セドリック。取り敢えず水を飲もうか?」
セドリックの寝室。
たった今、この二週間近くの間に何があったかを全て語り終えたセドリックにヨアンは苦笑いを浮かべながらグラスの水を勧めた。
気を失ってからやっと目を覚ましたセドリックはランスとヨアンとの再会を今度こそ喜んだ後、今はベッドからソファーへ寛ぎ直していた。テーブルを挟み、向かいの席に並んで腰を下ろしたランスとヨアンに、船でアネモネ王国に到着してから今日までの経緯をティアラの予知能力のみは伏せてなるべく詳細に語った。
そして今、最後のティアラとのやり取りを語ったところで再びセドリックは急激な心拍数と発熱で死にかけたところだった。
最初こそ本当に書物の冒険譚のような語りに何度も問いや確認を挟んだランスとヨアンだったが、アダムが特殊能力者であったことと更にはプライドが操られていたと聞いた時には驚きを隠せなかった。
プライドの豹変が人為的なとのであったことの憤りと、そして〝本性〟ではなかったという安堵が混ざり声も出なかった。そしてセドリックがティアラを塔まで強行突破させる為にラジヤではなくフリージアの騎士を薙ぎ払い独断で動いたと聞いた時には気が遠くなった。「何故お前はまたそうやって……‼︎」「騎士に⁈勝ったのかい⁈」とランスは頭を抱え、ヨアンは思わず声を上げた。
やはり次の祝勝会では謝罪の品を用意しなければと考えた二人だったが、最終的にはティアラの説得のお陰でプライドが踏み止まり、正気を取り戻したと聞いてやっと肩の力が抜けた。背凭れに体を預け、そうか良かったと言いながら、その後の経緯は穏やかな気持ちで聞けた。…………が、しかし。
「まさかフリージア王国の統治体制にまで踏み入るなど……。セドリック、下手をすれば二度と我が国に帰ってはこれなかったぞ。」
セドリックによる、ティアラの王配業への提案。
理由は語っていない、ただティアラに王配を任せてはどうかと提案したと聞いたヨアンとランスは二人で同じように両手で頭を抱えた。たとえどんな理由があろうとも、他国の王子が踏み込んで良い領域を軽く超えている。にも関わらず、厳罰に処すどころか前向きに検討を考えて送り出してくれた女王の懐の深さには頭が下がった。
「覚悟の上だった。……それしか方法が思いつかなかったのだから仕方があるまい。」
「普通は思い付いても口にはしないものだよ……。」
ヨアンから差し出された水を一息で全て飲み切った後、やっと少し冷えた頭で言葉を返したセドリックの返答にヨアンは弱々しい声で断った。
両手で口元を覆い、細縁の眼鏡がずり上がる。それも構わず大きな溜息まで吐き、最後は俯いてしまう。勉学や教養は得て、それが常識外れだとわかっていても果敢に挑んでしまう性分は確実にランスに似てしまったのだろうと思う。実際、こうして兄二人に呆れられてもセドリックには全く後悔の色がなかった。ティアラが幸福になる方法であれば、藁でも何でも縋ると彼は一年前に既に決めていたのだから。
ランスも自分の膝に片手で頬杖をつき、やれやれと肩を落として息を吐いた。たとえ失敗し、自分の立場が危ぶまれても構わない。ティアラの為ならば自分の体裁程度は簡単に賭けてしまえる性分はヨアンに似てしまったのだろうと思う。
兄二人の心労に申し訳なくなり「すまない」と詫びたセドリックだが、その後すぐに「しかし」と言葉を続けた。
兄二人には未だ秘匿されているティアラの特殊能力については話せない。だからこそ、余計に自分の一連の行動が向こう見ず過ぎると思われているのだろうと思う。
しかし彼がティアラの行動に全面的に従ったのは〝予知〟でも、共にアネモネ王国を目指した理由も行動を共にした理由も騎士を強行突破した理由も全てはティアラの為だ。
ここでティアラの予知能力を言えば、フリージア王国の王族や騎士達のようにヨアンやランスも自分の取った行動を頷いてくれるかもしれないとも思う。しかし、それでもセドリックはそれに関しては口を噤んだ。王配業についてはあくまで提案の域だから話せるが、予知能力というフリージア王国の民すら知り得ていない情報を口外して良いわけがない。やはり、とティアラの予知能力だけは伏せ、改めて兄達に説明を続けた。
「ティアラがフリージア王国に残り、プライドと共に国を守ることが最も最善だと考えた。それにティアラは王女としても優秀」
「その上。王の啓示である予知能力を覚醒されているからか?セドリック。」
なっ……⁈と、ランスの言葉にセドリックは絶句する。
目が落ちてしまいそうなほど限界まで丸くし、口が開いたまま塞がらない。筋肉を強張らせ、今の台詞が本当にランスのものか自分の幻聴かと耳と記憶を疑った。息を忘れ、一瞬で喉が干上がるのを感じながらセドリックはランスを凝視する。
セドリックのわかりやすい反応に「やはりな」と小さく呟いたランスは頬杖をついたまま、口角を片方だけ上げて笑った。少し意地悪めいた笑みに余計にセドリックが狼狽える。何故、どうして兄貴が知っている⁈と言いたいが言葉に出ない。まさかさっき寝ている間に譫言でも言ってしまったのかとまで考え、赤い目を白黒させると今度はヨアンが苦笑気味に口を開いた。
「セドリック……。そのわかりやすさは今のうちに直さないと駄目だよ?郵便統括役になったら、色々な人との駆け引きもあるんだから。」
「ッ兄さんも知っていたのか⁈」
あまりにも冷静過ぎるヨアンにとうとうセドリックが声を上げた。
何故だ⁈と叫び、ソファーから立ち上がるセドリックに、二人は無言で笑いながらからかうように自分の両耳を塞いで見せた。その目が明らかに「またわかりやすい」とセドリックに言っている。
実際はセドリックも相手が兄二人でなければここまでわかりやすくはならない。今までも勉学に打ち込んでからはそれなりに駆け引きもできた。だが、他でもないランスとヨアンにつつかれてしまえば、どうしても包み隠しきることは難しかった。
兄貴!兄さん‼︎と焦らす二人に声を荒げれば、ランスが「わかったわかった」と耳を塞いだまま返した。ヨアンが立ち上がり、落ち着けるように正面からセドリックと目を合わせた。「取り敢えず座ろうか」と細縁の眼鏡の奥から金色の瞳を柔らかく輝かせるヨアンに、セドリックも勢いを削がれる。むぐっ……と唇を強く絞ったセドリックは、こくりと無言で頷くとそのままゆっくり元の席に腰を下ろした。
大人しく座るセドリックと、眉を垂らして笑みながら再び自分の隣に腰を下ろすヨアンを見比べ、ランスはうっかり口元が緩んだ。むくれるように顔を険しくし、膝の上に手を下ろしたセドリックは今度は言葉では促さずに言葉を待った。自分と同じ燃える瞳で焦がさんばかりに見つめてくる弟に、ランスは眉を上げながら口を開いた。
「……ティアラ王女がお前と共に我が国に瞬間移動されて来られた時。お前が私達に話したことで大体の察しはついていた。」
私も、ヨアンも。と続けるランスにセドリックは目を丸くする。
当時はまだ自分もティアラが予知能力を持っているとは知らなかった。なのに何故、と思えばランスはセドリックの疑問を見通すように「初めから思い出してみろ」とセドリックの絶対的記憶能力に呼び掛けた。
ランスに言われた通り、セドリックは思い出す。十二日前、自分が二人に何を話したのか。




