そして告げられない。
ばたん、と扉が閉まった途端に僅かな風圧にすら押されるように身体がふらついてしまう。
足が今更酷く震えてしまって、兄様に肩を支えられながらも床にへたり込んでしまった。
ティアラ⁈ティアラ様‼︎と兄様からジルベール宰相、扉の前で待ってくれていた専属侍女のカーラーやチェルシー、騎士や衛兵まで皆がどよめいてしまう。だけどもう足も、手も震えてしまって動かない。
涙がまたボロボロ溢れて、身体が寒くなる。兄様が部屋に移動させるかと聞いてくれたけど全力で首を横に振る。髪が勢いあまって目の前に居た兄様やカーラー達にぶつかった。嫌、駄目、今だけはここから動けない、動きたくない。だって……
「ティアラッ!体調が悪いならば無理せずステイル王子殿下に任せた方がっ……」
セドリック、王子……。
声が聞こえた途端、余計に込み上げた。
両手で顔を覆って隠す。俯いたままひっくひっくと喉を鳴らすことしかできない。
本当なら今頃私はここに居なかった。彼と話す時間なんてある筈がなかった。今頃はもう母上達と今後の事についてお話や打ち合わせをする筈だった。予知能力を外部に漏洩しない為の契約を行う日取り、私の予知能力を知ってしまった人の確認も含めて。
─ 話したいのに、言葉にできない。
「……っ、……っっ、……ァ……なダがっ……泣……たんでしょうっ⁈」
貴方が私を泣かせたのに。
何故、そんな他人事のようなことを言うの?
何故かすごくすごく腹立たしくて、涙声のまま濁して怒鳴る。手の隙間からセドリック王子や兄様が僅かに身体を反らしたのが影でわかった。
「ティアラ様」と優しい声で背中を摩られて、ジルベール宰相が宥めようとしてくれてるのがわかる。優しい声も思いやりもすごくすごく嬉しい。
セドリック王子だけじゃない。ジルベール宰相や兄様、お姉様まで支持してくれた。私が国に居て良いと、そう思ってくれた。
王配の父上や厳しいヴェスト叔父様まで最後まで反対しないでくれた。母上が「望み通りになる」と言ってくれた。全てが全て嬉しくて堪らない。
─ これ以上の幸せなんて
「す……すまない……⁈や、やはり……勝手なことをしたのを怒っ……⁇」
セドリック王子が狼狽えているのが、声だけでわかる。
違う、そんなことで怒ってない。怒るわけがない。
貴方が母上に直訴してくれたお陰で、こんなことになったのに。どうしてそんな風にしか思わないの?
「しかし、意見が通るかすらわからなかった。ジルベール宰相殿とステイル第一王子殿下がお力添えをして下さったお陰で何とか……」
まるで悪いことをしたみたいに言い訳をする。
最初の扉を開いてくれたのは貴方に変わりないのに。お願いだから謝らないで。怒りたくなんてないのに。ちゃんとお礼を言って頭だって下げたいのに。ありがとうと、何回言ってもとてもとても足りないのに。
「…………だが、前向きに検討して下さるようで良かった。俺の自己満足だが、お前の望みをその唇から聞けたことも幸運だった。」
今まで、一度だって私はこんなことを望んでるなんて打ち明けたことはなかった。
なのに、どうしてわかったの?どうして貴方なの?貴方は何故ここまでしてくれたの?貴方は……
「っ……っ、貴゛方゛……ッが……っ。」
また喉を鳴らしながらの声はガタガタだった。
簡単な言葉さえ肩まで揺れて喋るのが難しくて紡げない。顔を覆ったまま指先に力がこもって関節から曲がる。握った手で腫れてしまった目を強く押さえつける。
言葉を口にしようとすればするほど涙も溢れて喉がヒクついてしまう。息をするのも難しい。
私の言葉に「俺が……何を……どれだ?」と聞き返してくるセドリック王子に、とてもまた腹立たしくなって「貴方がっ‼︎‼︎」と一息でもう一度叫んだ。だけど続きの言葉が
─ 貴方が好きです。
出て、こない。
簡単な、その言葉が今なら言っていい筈なのに出てこない。
話そうと思っただけで喉に引っかかって涙が込み上げて、もう声すらちゃんと出ない。代わりに肩が大きく上下して息が辛過ぎて咳き込んでしまう。
本当に、この人がわからない。お姉様に何度も酷いことをして
─ 私を何度も助けてくれた。
「あなっ……貴方、が……っっ、……わがんない……‼︎」
ヒクついた喉で泣きながら彼に言う。
何故か悪い口ばかりはちゃんと話せて、こんな悪い私は誰にも知られたくなかったと頭の角で思う。
この人はとても泣き虫で、甘えっ子でお姉様に助けて貰うのを待つばかりの人で
─ 騎士にも、兄様にも、母上にも立ち向かってくれた。
「すまない。ただお前を愛してるからこそ、本当に幸福であって欲しかった。」
ッ騎士が大勢見てるのに‼︎
兄様やジルベール宰相だって傍に居るのに‼︎どうしてそういうことを恥ずかしげもなく言うのっ⁈何故っ……どうしてその言葉を素敵なお姉様ではなく私に言うの⁈
だって貴方はお姉様の素敵なところをたくさん知って、今はとてもとても慕っていて
─ 私を選んでくれた。
「余計な世話だったことも、女王や王配にも不敬な提案だったことも百も承知だ。だが、この一週間で導き出せた方法はこれしかなかった。」
余計、なんかじゃない。
貴方のお陰で未来が変わった。貴方が考えてくれなかったら、私達の選択は一つだけだった筈なのに。
勝手に助けてくれたのに、勝手に責任まで負わないで。
一週間ずっとたくさん考えてくれていたなんて。私に居場所をくれたのは貴方でしょう?私は諦めたのに、ちゃんと伝えたのに何故貴方は諦めないでいてくれたの?この一年、貴方は時々私にだけはとてもとても意地悪で
─ 心からの望みに貴方だけが気付いてくれた。
「俺に介入されたのが、……っ。それほど、屈辱的だったのならば心から謝罪しよう。だが、…………甘んじて受ける価値はあるとだけ言わせてくれ。」
嫌い。大嫌い。
屈辱なんて思わない。甘んじてなんて、私が欲しくて堪らなかったものを貴方は全部くれたのに。
どうしていつも伝わらないの?どうして貴方にだけは素直に言えないの?どうして貴方は……こんなにも、優しいの?
─ 好きです。大好きです。
「っ………………だいっきらい。」
「すまない。」
すんなりと受け入れてしまうその人を、私は顔を上げて睨みつける。
きっと真っ赤に腫れた目と赤く啜った鼻で髪を振り乱したまま化粧も剥げた私は、とても人に見せられる顔ではなかったと思う。だけど、その人は燃える瞳を真っ直ぐに逸らすことなく私の目に合わせてきた。
彼の顔を見るだけで、また涙が溢れてしまいそうで私の方が喉を反らしてしまう。
嫌いなその人に、今はとても触れたいと手が疼く。悔しくてぐっと手で拳を作って握り締めてしまえば「殴ってくれても構わない」と言われてしまった。
─ これ以上の幸せなんて本当に絶対何処にもあり得ない。
ばか、ばか、ばかと同じ言葉しか出てこなくなる。それすら彼は「すまない」の一言で受け止めてしまう。
それからお姉さまが相談を終えて扉から出てくるまで、ずっとずっと私は「ばか」と「きらい」をセドリック王子に繰り返し続けた。
悪い言葉ばかりを口遊みながら、自分の涙が止まるのをひたすら待つ。頭ではどこか冷静になって、彼はもうこのままハナズオに帰ってしまうことを寂しいと思ってしまう。
〝皆で幸せに暮らしました〟
─ 今夜、貴方の夢を見たいと思うくらい。
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