613.継承者は受け、
「待っていましたよプライド、ティアラ。」
謁見の間の扉が開かれた。
お姉様と一緒に並んで入れば、既に広間の中には母上達だけではなく兄様やセドリック王子も控えていた。お姉様の近衛騎士のアーサーとカラム隊長すら、他の護衛や侍女と同じように今回は扉の外で待たされることになった。そしてまだ厳戒体制中のいま、広間の外にいる警備自体、いつもの衛兵ではない。その殆どが
我が国の、騎士。
あまりにも内密な話だから謁見の間に入れるのはジルベール宰相とセドリック王子以外は我が国の王族のみ。
既に温度感知の騎士が安全確認を行った広間には、私とお姉様が入ってもたったの八人しか居なかった。
更には、扉の外で警護している騎士も選別された騎士ばかり。正確には、当時塔の上にいて私の予知を目にしていた九番隊の騎士、母上達と共に本陣に控えていて通信兵からの映像で見て知ってしまった護衛の騎士達。騎士団長や副団長、そしてアラン隊長達近衛騎士の方々も並んでいた。……扉の外にいる騎士達全員が、私の予知能力を知ってしまった人達ばかりで構成されていた。
謁見の間の扉を潜る前、騎士の方々はお姉様が姿を現した途端に声こそ出さなかったけれど、息を飲む音がいくつも私の耳まで届いた。皆、いつもの様子でいるお姉様の姿に目が離せないようだった。
お姉様だけは居心地が悪いかのように肩が強張らせて唇を結んでいたけれど、私からそっと手を取って笑い掛けたらすぐに小さく笑みを返してくれた。そんなに緊張しなくても、誰もお姉様を責める人なんていないのに。
……むしろ、私の方が。
そう思うと、今度は母上達の前で私の肩が強張ってきた。
まるで処刑台に登るような感覚で、私は細かい足取りでお姉様とそこに進んだ。
母上達と順番に挨拶を交わして、話を聞く。要件は、と母上が同時に視線を投げればすぐにヴェスト叔父様とジルベール宰相がお話してくれた。
フリージア王国の城下は既に七割が復興。残り三割の建物も国をあげて修繕を進めている。
拷問塔については、もともと使用していない塔だったこともあって作り直しはしないらしい。代わりに別の建物を内密に建造予定。ただ、問題は騎士達が夜通し続けて行った捜索と撤去作業を行った結果、今も誰の死体も出てこないままなこと。我が国の騎士団はもちろんのこと、ラジヤ帝国のアダム皇太子とそして
「ティペット⁈」
突然、その名前を聞いた途端にお姉様が声を上げた。
自分でも声を上げたことに驚いたようにすぐに両手で口を覆ったお姉様は「失礼致しました……」と謝罪した。
目を丸くして、謝った後も紫色の瞳を震わせながら目を左右に揺らしているお姉様はもしかするとティペット嬢が女性だと知らなかったのかもしれない。だってずっと透明かローブを深く被って姿を隠していたという人だもの。
私は誕生祭でアダム皇太子に挨拶を受けた時に、隣に控えているのを見たけれど、本当にそんなことをするとは思えない大人しい女の子だった。当時、ジルベール宰相に事情を聞いた時もまさかあの人まで協力者だったなんてと驚いた。予知にもあの人の姿は一度もなかったから。お姉様のことが好きなアダム皇太子が、機嫌を損ねない為にずっと姿を隠させていたらしい。
改めて話を続けるジルベール宰相が、ティペットという透明の特殊能力者がアダム皇太子の側室として誕生祭に侵入したことから大きく流れをお姉様にもわかるように説明してくれた。ヴェスト叔父様が尋ねると、やっぱりお姉様はお顔を見たことがないらしい。
そして、そのティペット嬢とアダム皇太子はまだ発見されていない。逃げた可能性も鑑みて捜索隊も城内から城下にも出しているけれど手掛かりすらない。可能性としては逃げたか、瓦礫に潰されて跡形も残らなかったかの二つ。だけど、あの爆破と崩落で助かる人がいるのかは私も難しいと思ってしまう。
爆破に直接害が及ばない上の階に逃げれば、あの高さからでは助からない。地上に近い方へ逃げれば爆破の余波を受けてしまう。当時、城内にラジヤ帝国軍は侵攻していなかったし、アダム皇太子とティペット嬢の特殊能力でどうにかなるとは思えない。それに、お姉様に掛けられた特殊能力が解けたことから考えてもアダム皇太子が死んだと母上達も判断しているようだった。……私も、お姉様を何故あの時に救えたのか明確にはわからない。
「そして、プライド。後ほど私とアルバート、ヴェストの方から貴方に一つ相談があります。」
母上からの打診に、お姉様は少し不思議そうに瞬きをしながら一言で答えた。
何かしら。ヴェスト叔父様やジルベール宰相にも聞かれてはいけないことなのかしらと思うと、少し気になってしまう。
お姉様や兄様もわからないようで目が少し丸いままだったけれど、……ジルベール宰相は見当がついているのか切れ長な目が少しだけ細まった。でも怒っているようではないから、お姉様に悪いことではなさそう。
それからも現状について当時の状況の確認も含めて色々な報告が続く。じりじりとその時が迫っている感覚にお腹の中心が痛くなりそうだった。手のひらがぺたぺた湿ってきて、早くこの緊張感から解放されたいと思ってしまう。そして
「ティアラ。」
びくっっ!
わかっていた筈なのに、身体が思わず跳ねた。
はいっ、と声が最初はひっくり返ってしまいながら私は姿勢を正す。お姉様達もわかっているように、私が呼ばれただけでこの場の緊張感が一気に増した。
ビクビクとまだ肩が僅かに痙攣するように震えながら、母上の言葉を待つ。
「本題に入りましょうか。……貴方の特殊能力について。」
……来てしまった。
私は一言返した後、前に重ねた両手を握る。もう、そのことはあの場にいた大勢の人達が知っている。隠すことなんてできるわけがない。
母上の言葉を繋ぐように、今度は父上が口を開いて私に問う。
「確か、最初に予知能力を自覚したのは三年前からという話だったな。」
「はいっ……。最初が三年前、一年前には二度、そして今回も二度。三年前と奪還戦当日は同じ予知をしました。」
三年……⁈とお姉様と兄様が同時に驚いた。
お二人にはまだ私の予知能力について話してはいなかった。……ずっと三年間も秘密にしていたことを知られて、肩が狭まってしまう。
「未来が近付くにつれ、同じ予知をすること自体は過去にも前例はある。年に二度、というのも珍しい数ではない。……予知は全て、現実になったのか。」
「同じ予知の二つ以外は現実になりました。……その、予知は…………お姉様が塔の上で、亡くなるものだったので……。」
ヴェスト叔父様の問いに答えながら、最後は濁したくなってしまう。
母上達にも既にそのことは当日に説明した。セドリック王子と一緒に予知した未来を変える為に勝手な行動を取ったとも伝えた。……そのお陰もあって、セドリック王子は何も責められずに済んだ。
それほど、フリージア王国では〝予知〟の力はとてもとても特別だから。
予知能力者の予知、悪い未来を好転させるべく動き、変えれば功績にもなる。
特に第二王女の私が予知をして、その悪い未来を変えるべく動くことは絶対的優先事項。セドリック王子は我が国でたった一人、フリージア王国の悪い未来を変えるべく立ち上がってくれた人。そして唯一、〝予知能力者〟である私を支持してくれた人。その功績はとても大きなものとなっていた。
…………ただ、本当は私もセドリック王子も予知能力のことは誰にも言わずに隠し通すつもりだった。その場合、騎士団や兄様そして母上の指示に背いて実力行使に出たセドリック王子がどんな罰を受けていたのかと考えると、結果はきっと全く違ったと思う。私もセドリック王子も違反者でしかないもの。
私が予知能力者で、セドリック王子がその為に独自に動いてくれたからこその結果。だから、あの夜に母上達も騎士団もセドリック王子に頭を下げた。〝予知能力者〟の私の予知に基づいて動いて、私の行動を一人守ってくれたから。立場を逆転させてしまうほどの〝予知〟の存在。私が得てしまった力は、そういうものだった。
「……予知能力は代々フリージア王国では〝王の啓示〟とされております。数十年に一度しか現れなかった予知能力者が二人。……前例はありません。」
ジルベール宰相が静かな声で、確認を取った父上に答える。……ごめんなさい、ジルベール宰相。せっかくずっと隠して貰っていたのに。
悲しげに切れ長な目の奥を揺らすジルベール宰相は、口元だけで私に笑んだ。一年前の予知は私とジルベール宰相だけの秘密だった。
「王位継承権を持つ王女が二人。……これを民に知られれば大きく波が立つでしょう。公表するか、否か。」
女王として、母上が言う。
私も、この場にいる誰もがそれはわかっている。王位継承者が二人というのはそれくらい大変なことだから。
「過去に、予知能力者が遅咲きの為に〝現れなかった〟状況で王位継承権を当時の王女と王子四人で検討した事例がある。」
ヴェスト叔父様が、言う。
最終的にはその七年後に第二王女が予知能力を開花させて王位に就いたと続けながら手元の書類を捲った。そしていつもの毅然とした言葉ではっきりと言い切った。……私も、皆が覚悟していた言葉を。
「〝王位継承権の条件が同等の場合〟……王位を決めるのは〝より王として優秀な者〟もしくは〝次点に継ぐ優秀な特殊能力〟を持つ者となる。」
……当然だった。私とお姉様は条件は一緒になってしまった。二人とも予知能力を持っているなら、あとは個人の能力が優れている者に決まっているから。
選ばれるべきなのは当然お姉様。ずっと女王となるべく勉学に励んで、民も皆がお姉様が女王になると信じてる。お姉様が元に戻った今、女王にならない理由がないもの。そして、……残された方は。
「また、我が国の法として……女王の王位を脅かすほどに〝優秀な特殊能力者〟や〝王位継承権に近い王女〟は国外に出すことになっております。」
今度はジルベール宰相が告げる。
女王の王位を脅かさない為。革命など叛旗の種を産まない為の大事な掟。
だから第二王女の私も、国外の王族との婚姻が求められた。特殊能力が無くても、たった二人しかいない王女の片割れだから。何人も王女がいた上の末妹なら国内の貴族との婚姻を許されることもあるけれど、今世代の王女は私とお姉様だけだから。
「そして」とジルベール宰相が続ける。苦しそうに顔を顰めながら、口調だけは落ち着いたもののまま我が国の法律を告げる。
「特殊能力が優秀性か希少性の高い者などの場合、国外の戦力を増して要らぬ争いを招くこと防ぐ為に国外へ嫁ぐ王族は〝処置〟として特殊能力を生涯〝契約〟で封じます。」
……これも、決まり。
特殊能力者が他国で子どもを産んでも特殊能力が遺伝することはない。だけど、本人の特殊能力がフリージア王国の脅威になる可能性や安易に争いや利益に悪用されてしまう可能性もある。だから、国外に出る前に特殊能力は〝契約書〟で封じられる。
つまりどちらかが女王となり、どちらかが特殊能力を封じられて他国に嫁ぐことになる。しかも、予知能力を持っている時点で封じられていても〝王になる権利〟は持っていることになる。不要な争いを産まない為にも、女王とならないどちらかは遠い国へ嫁ぐことになる。そしてきっと
二度と、フリージア王国の地は踏めない。
きっとお互いの接触すら禁じられる。
一生関わらないくらいに離さないと、予知能力者が他にいることは女王の権威を奪いかねないほどに危険過ぎることだから。
だから、私はセドリック王子にちゃんとお断りをした。彼はフリージア王国の郵便統括役。女王の権威を奪う可能性がある人間を国内の更には王都になんて置けるわけがない。そして、仮に私一人がハナズオ連合王国に身を置くとしてもそんな危険人物の夫がフリージア王国の中枢機関の一つを担うなんて叛旗の芽と見られてもおかしくない。
「問題は、どちらを選ぶか。そして民にはどう伝えるか、ですね。」
母上が優雅な動作と共に口を開く。
静かな眼差しと声に反して、それでも少し表情が険しいように見えた。セドリック王子が見ている手前、女王として堂々と振る舞ってくれているけれど、きっと母上も凄く苦しんでいるのだと見ててわかった。母上の耐えてくれてる姿に思わず胸を押さえつけながら、私は考える。
私とお姉様、どちらが王位を継承することになっても私の予知能力覚醒を民に伝えるかどうか。……私は、言わなくて良いと思う。
このまま民には知られずに国を離れればそれで良い。無駄に私を利用しようと考える人やお姉様の戴冠に疑問を抱く人もいないで済む。いっそ、嫁ぐ先の王族にも隠し切りたい。
私とお姉様の意見を求めるように沈黙を続ける母上達に、私が口を開く。あの兄様すら何を言えば良いのか悩んでるように顔を顰めて眼鏡の淵を押さえつけていた。やっぱり、当事者である私がちゃんと最初に
「ティアラを女王に推薦します、母上。私がこの国を去ります。」




