611.継承者は告げた。
「いっ……あ、あ、ああァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼︎‼︎‼︎」
やっと、ここまで辿り着いたのに。
目の前の光景に、予知した未来はまだ変わってなかったのだと思い知る。
頭を抱え、俯き叫ぶお姉様はとてもとても苦しそうで、あまりの光景に頭では駆け寄らなきゃとわかっているのに足が怯み慄いてしまう。
「ッ‼︎皇太子が‼︎‼︎」
アダム皇太子が、消える。
騎士達が気付いて駆け込み、銃を構えたけれどお姉様に阻まれる。あまりにも状況がどんどん変わり過ぎて頭が追いつかない。透明の特殊能力者が現れたことで騎士達が私とセドリック王子を守るべき更に強固に行手を阻んだ。
兄様が怒鳴る、何故アダム皇太子を逃したのかと。それに対してお姉様は
「これで、やっと終わるもの。」
言葉の意味を考える余裕もなかった。
今度は足場が瓦解して爆風に煙に行く手どころか視界すら阻まれた。兄様の叫び声と同時にアーサーとお姉様が消えてしまう。
頭が真っ白になって、口を覆いたくても身体が硬直して動けない。アーサーが、お姉様がと思考が追いつけば勝手に呼吸が浅くなって息の仕方もわからなくなる。
「ッハリソン‼︎ステイル様はこちらだ‼︎‼︎」
「ッハリソン‼︎‼︎おい‼︎ステッ……イル様はこっちだ‼︎ッおい‼︎」
「ハリソン副隊長ッ‼︎ステイル様に!早く‼︎‼︎‼︎」
近衛騎士達の叫び声に気が付けばまた状況が変わっていく。
カチャンカチャンッッ‼︎と急に金属の甲高い音が聞こえた。もしかしてこれはと思えば、次の瞬間には兄様がアーサーとお姉様を抱き締めて私達の目の前に着地したところだった。
良かったと、力が抜けそうになるのも束の間でお姉様はとても、……とてもとても取り乱していた。叫び、暴れ、悲鳴を上げて、アーサーや騎士達に押さえつけられて。
「お姉様っ‼︎」
今度こそやっと動くことを思い出した足でお姉様の元へ行こうとすれば、またアラン隊長達に阻まれてしまった。
セドリック王子が動こうとした途端、まるで既に警戒していたようにハリソン副隊長が彼の背後に回って片腕を捻り上げていた。
騎士達が見えるように前を開けてくれるけれど、それ以上は進ませてくれない。お姉様、お姉様と叫んでも、暴れて叫び続けるお姉様の声やその傍で呼びかける騎士達の声の方が大きかった。
「……と少しで終わったのに‼︎‼︎やっと‼︎やっとやっとこれで幸福な結末がっ……‼︎ッ死なせ……て‼︎‼︎死なせなさいよ‼︎‼︎私、はこの世界のエンディングをっ……」
……駄目。
このままじゃ、駄目。
気が付けば目の前の光景が全て予知した未来と怖いくらいに重なっていた。
アーサーがお姉様を抱き抱えて、兄様は枷から解放されて、塔の上で大勢の騎士達に囲まれている。殆ど一緒で、このままじゃ……!
行きたい、と。無理矢理前に進もうとしたら、騎士の腕に阻まれた。兄様を呼んでも声が届かない。アダム皇太子が居なくなったこととお姉様が元に戻らないことで放心してしまっている。
お姉様がアーサーの肩に噛み付いた。信じられない光景に息を飲んだけれど、その直後にお姉様を必死に押さえつけようとする騎士達の一人の言葉に喉が干上がった。
「誰か舌を噛まないように布を!」
『捕らえた時には酷く暴れられ、舌を噛まれぬようにと布を噛ませっ……、……ッその、途端、…………ッ……‼︎‼︎』
駄目。
やめてやめてやめてやめてやめてやめてそれだけは絶対に駄目‼︎‼︎
予知した時に通信兵が泣きながら報告していた言葉が、高速で頭の中に繰り返される。血が凍って、目の前の光景が色褪せながらゆっくり動いて見える。お姉様が舌を噛まないようにと布を持って駆け寄る騎士が、まるでお姉様の首に縄を掛けようとしているように見える。
これだったんだ、と一気に頭の中で理解した。
お姉様はこの後にきっと死んでしまう。きっかけがあれなのかはわからない。ただこのままじゃ全部が予知の通りに進んでしまう。ヴァル達もレオン王子もここに居ないセドリック王子も動けない、私の声も届かないここで予知を変えるには状況を変えるのは変えられるのは‼︎
「ッお姉様から離れなさいっ……‼︎」
ナイフを、放つ。
騎士達がお姉様に注意を向けてる間に服の下からナイフを三本取り出し、投げた。
─ 最初からわかっていた……‼︎
ストストストッ‼︎と狙い通りにナイフがお姉様と騎士の間を裂いて、石畳みに突き刺さった。
騎士の、アーサーの、そして兄様の視線が私に注がれる。
─ 私は、今日この日の為に変わると決めたのだから。
十年も前から、警鐘が鳴っていた。
助けろ止めろ未来を変えろと叫んでいた。あの日からずっとずっと未来は変わる為だけに私に警鐘を鳴らし続けていた。
兄様に許しを得て、私はお姉様に歩み寄る。
セドリック王子が私の背後に立つ。……やっぱり、予知で背後にいてくれたのはこの人だったのだと理解する。
一歩、また一歩と近づいて兄様から今度は騎士、そしてアーサーからお姉様を解放する。
怒って、大声を上げて、怖い表情のお姉様は、……もう不思議と怖くなかった。むしろ、皺くちゃのドレスを揺らし、髪を振り乱すお姉様はとても痛々しかった。
「お姉様。……私が、わかりますか?」
最初は、お姉様に語りかけてみる。
大丈夫だと、不思議とそう思った。
まるで既に何かに導かれているように私はお姉様に歩み寄る。
お姉様が怖い笑顔を浮かべた時も、笑い声を上げた時も、……首を絞められると思った時も
少しも、恐れはなかった。
……お姉様。〝そこ〟に居られるのですよね。
笑顔を向けながら、私は心の中でお姉様に呼び掛ける。
さっき取り押えられて暴れていた時だけじゃない。もう、ずっとずっと前からお姉様が苦しんでいるのがはっきりとわかった。
殺されたい殺されたいと言いながら、苦しみ続けていた姿は〝もう殺したくない〟と呻いているようだった。
「お姉様。……私は、お姉様が居なくなってしまったらとても悲しいです。」
きっと言葉は届くと。それは、理由もない確信だった。神様がいるのなら私の耳の横でずっと囁いていたと言えるくらいはっきりとした確信。
大丈夫、この人は私を傷付けない。
私の首を絞められず、目を潤ませ溢すお姉様の涙はとても綺麗で。ぽつん、と滴る雫は今までだって目にしたことがある〝私達の〟お姉様のものだった。
「……お姉様。」
涙を拭おうとする手を拒み、崩れ落ちてしまったお姉様を私はそっと抱き締める。
今までだって何度も私を受け止めてくれたその腕で抱きしめ返されることはなかったけれど、突き返されることもなかった。
─ 今まで、何度この人は〝私の代わりに〟傷付いてくれただろう。
最初は、込み上げるようにそう思った。
私の気持ちなのに、私の思考じゃないようで。だけど、違和感もなければ穏やかな気持ちだけがそこにあった。
─ 救ってくれただろう。
たくさん。……たくさんたくさんお姉様はその手を差し伸べてくれた。
皆が大好きな、私のお姉様。
兄様の心を救って、初めて会った私を〝妹〟と呼んでくれた。アーサーの心を救って、たくさんの騎士達を救ってくれた。
私がずっと気付いても何も力になれなかったジルベール宰相とマリアを救ってくれた。娘のステラちゃんをこの世に与えてくれた。
私では言葉も届かなかったヴァルを救ってくれた。ケメトやセフェク……可哀想な奴隷被害者の民を助けてくれた。
悲しんでいたレオン王子を救ってくれた。レオン王子のお陰で笑っている民も皆きっとお姉様のお陰。
セドリック王子を救ってくれた。セドリック王子の大切なお兄様達と、その国と民を救ってくれた。
こんなにたくさん、数え切れないくらいのたくさんの人を救ってくれたお姉様だから。だから、どうか
今度は、お姉様が救われてくれますように。
「お姉様。……貴方が死んでしまっては、幸福な結末なんて絶対に叶いません。」
お姉様のことが大好きな皆が、泣いてしまうから。
誰一人、お姉様の死を喜ばない。そんな物語を誰も望まない。
皆が望んでくれているのは、たくさんの輪の中で愛されて笑うお姉様の姿だけだから。
「何、故……ッ……?」
苦しそうに絞り出すお姉様の言葉に、一度口を噤む。
葛藤している間にも、お姉様から抗おうとするように僅かに指に力を込められた。
腕の中のお姉様は身体が氷のように冷え切っていた。きっと、その心もアダム皇太子の所為で凍らされ、今も一人凍えているのだろうと思う。
……本当は、言いたくない。
言わずに済むなら、それが良い。
ずっとずっと隠していたい。お姉様と兄様にとってただの妹として生きて、死んでいたい。
そう思うと少し悲しくて、今から寂しくなった。だけど、たとえ私の全てを手放してもどうか幸せになって欲しいと思うから。
「…………視たから。」
あげます。
私の幸せ、全部を貴方に。
あんな悲しい未来を変えられるというのなら、悲しい運命へ貴方が自ら行くというのなら、私の全部をあげますから。
どうかどうか私の分、幸せになって下さい。
私の言葉にお姉様が息を飲む。既に何かを予感しているように身を硬くするお姉様を、私からぎゅっと抱き締めた。
「予知しました。貴方亡き、フリージア王国の未来を。…………私も、予知の力を持っています。」
最後まで隠しておきたかった。
大好きなお姉様から、お姉様の未来を望む沢山の人達から何も奪いたくはなかったから。そして私も、……大好きな人達との繋がりを奪われたくはなかったから。
「お姉様。…………貴方を失った未来は、とても悲しいですっ……。」
初めて、特殊能力を使う。
今まで意識的に使ったことのないそれは、私が望めばいとも簡単に叶ってしまった。
……きっと、本当はちゃんとわかっていた。
今朝、見てしまった予知の未来。全てが三年前に見てしまった未来と同じだった中で、最後の最後に強く思った言葉だけは違ったから。
二度も繰り返された絶望の未来で、確かに〝それ〟は私に訴えた。
今までも予知の度、未来を変える為に教えてくれた形のない衝動は私の手を引き、警鐘となって背を押した。
悲しいことが起こらないように、私が望む未来に変えられるように、その為の小さな小さなきっかけを私に教えてくれた。
悲しい未来に、怖い未来に、絶望の未来に私がいつも誰かに伝えたいと助けを求めようとする度にそれは〝誰か〟ではなく〝私〟に動けと教えてくれたから。
私が動くべき先を教えてくれたこの力が、何を捨ててでも絶望の未来を変えたいと願う私に囁いたのは
〝見セテ〟
ごめんなさい。
全ては私の我儘でした。
ずっとお姉様と兄様の妹として、幸せに暮らしたかった。
絵本の終わりみたいに、皆で幸せに暮らしましたとならなくても、皆〝が〟幸せに暮らしましたとなるように。
その為にたくさんの我儘を通しました。私が叶えたかったたった一つの我儘は、とてもとても難しいことだと知ったから。
この場にいる全員に、見せる。
私が予知した悲しい悲しい未来を全て。
私が止めた理由も、お姉様に触れてはいけない理由も、悲しい未来も全部全部ちゃんとわかってほしいから。
もう、あんな風に後悔なんてして欲しくないから。
頭の中に廻り回った世界は、現実では一睡の夢みたいに一瞬で。
大勢の戸惑いの空気の中、私はそっとお姉様の涙を拭う。茫然とした様子のお姉様は、今度はちゃんとその目元に触れさせてくれた。
「お姉様。……これでも、本当に幸福な結末だと言えますか?」
涙も止まったお姉様は、目を見開いたまま返事がなかった。
私が予知能力を持っていたことに驚いたのか、それとも……ご自分が亡くなった未来が思っていたものと違ったことを驚いたのか。
ジルベール宰相が教えてくれた。お姉様はアダム皇太子に操られていて、……狂気に駆られた自分を止める為に無意識に破滅を望んでいると。私達の為に殺されようとしていると。……だけど。
「信じられないのなら、もう一度やってみましょうか?……お姉様が、受け入れられるまで何度でも。」
そんな未来、誰も望んでいないから。
お姉様が死んでしまっては、本当に誰も救われないから。
ちゃんと、それを今のお姉様にも理解して欲しかった。
私の言葉にお姉様の顔が青くなる。怯えるように目を見開いて瞼が瞬きを拒むように痙攣した。何かを必死に受け入れて飲み込もうとして、溢れて溺れているかのように紫色の瞳の目が震えていた。
私を化け物のように見るその目が少しだけ刺さったけれど、今だけは……それでも良い。お姉様さえ救われるのなら私は何になっても構わない。
「ッッッッッッァアッ……ア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ‼︎‼︎」
叫び、出す。
絶叫に近い叫びは、本当に苦しそうで。
頭を抱えて目が転がってしまいようなほど見開いて、うっすらと涙を滲ませたお姉様は今にも死んでしまいそうで、……きっと誰よりもそれを望んでる。
「お姉様。」
お姉様を抱き締める。
痛くないように苦しくないように、誰よりも気高くて強かった人を私の……弱かったこの細腕で。
悲鳴が途絶えて、お姉様の息が耳に掠れて温める。まるでずっと深い海の底にいたみたいに息を荒げるお姉様の身体は嘘みたいに熱くなっていた。
─ どうか、救われますように。
「ずっと……っ。……一人で苦しんでいたのですよねっ……」
この、十年。
守れなかったと嘆く未来も、涙と憎しみしかなかった未来も貴方が変えてくれました。
貴方が、皆を救ってくれました。
『お姉様とお兄様に会えるんですもの。……すっごく、楽しみで』
『ティアラ、プライド・ロイヤル・アイビーよ。これから宜しくね、愛しい我が妹』
幸せな十年を、貴方がくれました。
貴方がいなければ、今頃私の周りには悲しみばかりが満ちた辛い世界になっていたでしょう。
だから、今度は貴方が救われて下さい。
「こんなに……追い詰めてしまって……。…気付いてあげられなくて……ごめんなさい……っ。」
一人で泣かないで。
一人で背負わないで。
一人で嘆かないで。
貴方一人が世界の全てを背負っても、きっと誰一人笑えないから。
今までずっと私達の為に傷付いてきてくれた、誰よりも前に出てくれた。
そんな優しい貴方だからこんな悲しい最期を望んでしまった。
そんな優しい貴方に私達が甘え続けてしまったから、こんな最期しか考えて貰えなかった。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。お姉様の傷付いた背中の向こうで、ずっと幸せばかりを貰っていてごめんなさい。
「お姉様。…………お願いします。死にたいなんて、言わないでください。私は、……私達はお姉様のことをもっともっと知りたいですっ……この先も、ずっとお姉様と一緒に居たいんです……!」
……本当にずっと一緒に、いたかった。
世界でたった一人の私のお姉様。
小さい頃から憧れていた、全てを私にくれた人。
貴方が変わってしまってから、どれだけ今まで私が愛してもらえていたのかがわかった。
一緒に手を繋いでくれて、お話ししてくれて笑ってくれて一緒に笑って食事をしてくれた。
寛ぎの時間は一緒に足を伸ばして、並んで時を過ごさせてくれた。
秘密のお料理や母上と父上への内緒事。本当に昔、絵本で読んだものと同じ〝当たり前〟で〝ありふれた〟姉妹の幸せ。
たくさんの幸せを、限られた時間の中で与えてくれた貴方だから。
私が居なくなった後も、どうか幸せで居て下さい。
大丈夫です、皆がいます。
皆がお姉様を一人ぼっちには絶対させません。
皆にとってお姉様は特別で、ずっとずっと一緒に居たい人。
そんなお姉様が大好きで、誰よりも大勢の人に囲まれて、幸せになって欲しかった。
「……お姉様。ただ、傍に居させてください。そして叶うならどうか、…………貴方の痛みを、私にも分けてください。」
ずっと自分の〝痛い〟を耐え続けてくれた貴方の苦しみと痛みを私達も知りたい。
貴方が地の底に沈むなら、私も一緒に沈みたい。沈んでから一緒に太陽の下へ向かって歩きたい。
どうか、今までたくさん傷付いてきたお姉様の痛みに、私達が少しでも触れられますように。
お姉様が誰かの為にたくさんたくさん傷つくのなら、私達も傷つきたい。背中ではなく、その隣に立って支えたい。
「……大丈夫です。絶対私達がお姉様を守りますから。…ずっと、ずっと私達を守ってきてくれたお姉様を。………今度は、私達が。……ずっと守りますっ。」
抱き締め返してくれたお姉様の腕は、酷く弱くて震えていた。
今までだって、きっと何度もこうして誰かに縋り付いて泣きたかったことだってある筈なのに。私がそうして弱みを見せて貰えた時なんて、ほんの僅かで。
傷つき、迷い、悲しみに惑うその度にお姉様が一人で耐え続けてくれたのか、私の知らないところでお姉様を大事に思う誰かが、支えてくれたのかはわからない。
ただ、その時きっと私はお姉様にとっては無力だったことは確かで。
……子どものような泣き声を上げるお姉様は、まるでこの十年分の悲しみを解き放つように泣いていた。
もし、ジルベール宰相が言っていたようにお姉様が狂気に駆られる自分を予知していたとしたら。……どれだけ自分の未来に怯えて絶望していただろう。
それでも、私達の前では笑ってくれた。心から嬉しそうに笑って、たくさんたくさん愛してくれた。
お姉様の髪を撫でる、手を止める。
そっと壊れ物のようなお姉様が、傷つかないように私から離し、正面から受け止める。
喉を鳴らして、大粒の涙を流しているお姉様は本当に小さなまるで……
たった八歳の、子どものようで。
……もっと、たくさん泣いてくれても良かった。
泣いてるお姉様の姿に胸が締め付けられる。
十年前からずっと笑って、私や兄様を……色々な人達を助けてくれたお姉様は自分の為に泣いたことがない。
私にとっては〝憧れのお姉様〟でも、民にとっては〝王女様〟でも、……お姉様は、私が出会った時はまだ少しの我儘を言っても許される筈の小さな子どもだったのに。
……まるで、既に大人の心を得てしまったかのようだった。
─ もっと泣いても良いの。
傷付いたと、当たり散らしても良い。
我儘だってもっともっと言っても良い。
その度にちゃんと私達が止めて、許して、怒って、助けてあげるから。
お姉様と同じように、私達も今は皆が〝大人〟になれたから。
─ ちゃんと、もう皆がお姉様の涙を受け止められます。
しゃくり上げ、ただひたすら泣き続けるお姉様に額を合わせる。
私よりもずっと熱くて湿っていて、十年分の苦しみを放ったお姉様はとても弱り切っていた。
─ 苦しませ続けて、ごめんなさい。
だけど、あと少し、もう少しだけだから。
私がお姉様を苦しめるのは、……きっと今日が最初で最後にしてみせるから。
─ 今度こそ、私が貴方を助けたい。
…………お姉様。
貴方の救いを、皆が望んでいます。
皆が、貴方を愛しています。
貴方を失うくらいなら、この命を捨てても良いと思うほど……愛してくれてる人が、この国に。
今まで自分を愛さなかった貴方だから、……その分私達を愛してくれた貴方だから。
─ ……これが、きっと〝最後〟だから。
熱いものが、喉の奥から音もなく込み上げる。
視界が滲んでぼやけながら、もっと早くこうして沢山泣かせてあげたかったと後悔した。
顔ごと俯いてしまえば、その途端に涙がパタリと落ちてお姉様の崩れた膝に吸い込まれた。
「私も……お姉様のことが、大好きですっ……‼︎」
私は、お姉様の幸せを願います。




