609.継承者は振り返った。
『貴方がっ……新たなる女王となるのです……‼︎‼︎』
『可愛い王女サマには気の毒だが、テメェみたいな甘ちゃんは反吐が出るほど嫌いでね』
『おやおや、……まさかここまで嗅ぎづけられるとは』
『悪いことは言わない。……ここで引き返すんだ。この先、たとえ僕を殺せても君を更に苦しめるものしか待ってはいないよ』
悪夢が、繰り返された。
嫌な予感も数は増すばかりだった。気が付いた時にはどちらも記憶は残らないけれどとても怖くて、何故覚えていないのだろうと思えば苦しくなった。……だけど
『そっ……そんなわけないじゃない‼︎‼︎選ばれし人間は私一人』
『ッありえない……‼︎ありえないわこんなことっ…こんな……‼︎』
『そこで見ていなさい、出来損ない。貴方の愛した罪人が自ら命を絶つ瞬間をね!』
抗ってみせると、そう決めた。
記憶に残らないのなら、きっと〝知る必要のない未来〟なのだとそう思うことにした。
悲しい未来も怖い未来もこれからこの手で変えられるものだから。知っていても意味なんてないものだから覚えてもいないのだと。
『今‼︎……ッこれから先も俺が生き続けるその理由は‼︎‼︎』
『……お前が心を痛める必要などない。……大丈夫だ、俺がずっとお前の傍にいる』
『……ティアラ。大丈夫だよ、僕がずっと君を愛すから』
知らなくて良い。
私に予知させてくれないなら、そのまま消えて。
未来にも現実にもならないで。私の未来は私の物。そして私達の未来は私達だけのものなのだから。
『御報告っ、……致します…‼︎プライド、第一王女殿下がっ……今ッ、……息を、引き取られました……‼︎』
……これ、は…………?また、あの……。
『捕らえた時には酷く暴れられ、舌を噛まれぬようにと布を噛ませっ……、……ッその、途端、…………ッ……‼︎‼︎』
……どうして……?それも、本当に本当に全く同
〝 〟
「!……ティアラ。今朝は随分と早いな。」
まだ侍女達も来てないといいうのに、と。セドリック王子が少しぼやけた声で私に言った。
身支度を済ませて部屋を出たら、扉の外でセドリック王子も既に目を覚ましていた。いつものように扉の横に寄りかかって座りながら、垂れる前髪を搔きあげて私を覗き上げる。金色の髪が潮風で傷んだかのように少し乱れていた。まだ昇り始めたばかりの朝日が、彼の金色に反射してとても眩しかった。
目覚めてから目が冴えてしまって、と言葉を返すと「俺もだ」と一言返したセドリック王子は目が瞳の色以外も少し赤かった。潮風が目に入ったのか、体調が悪いのかしらと少しだけ心配になる。だけどセドリック王子は全く平気そうに毛布を払って立ち上がると、固まった身体を解くように大きく伸びをした。
「だが、気が急くのも仕方あるまい。……今日で五日。もう少しでアネモネ王国に着く。」
航路も順調だ。と言い切るセドリック王子の言葉に胸が飛び跳ねる。
本当に、本当に本当に五日で着くっ!これで、フリージア王国に、お姉様のところに戻れると思った瞬間に今度は静かだった筈の鼓動が小さくとても速まった。
なのにセドリック王子はとても落ち着いていて「俺も身支度を整えてくる。何かあったら呼んでくれ」と小さく微笑むと自室へ戻っていった。…………本当にわからない人。
「………………どうして、二回も……。」
船員同士の行き交う声と海鳥、そして風と波の音。
それを聞きながら、紛れるように呟いてしまう。風の音が綺麗に掻き消してくれて、誰も答えはくれない。
また視てしまったということはきっと〝まだ未来が変わってない〟ということ。不思議とそうわかった。……もし、このまま本当に未来が変わらなかったら
「……なんて、絶っっっ対にさせないんだからっ……‼︎」
目の前には誰もいないのに、誰かに向けて宣戦布告する。
船の進路へと目を据えて、拳を握る。唇を噛んで、まだ見えない陸を睨みつけた。
あんな未来、絶対に絶対に認めない。絶対に許さない。
お姉様だって今までたくさん予知した未来を自分の手で変えてきた。なら、私にだって絶対できる筈。私はティアラ・ロイヤル・アイビー。プライドお姉様の妹なのだからっ!
気付けば船に乗った時よりも、気持ちはとても強くなっていて頭の中には四日前に予知したアダム皇太子の顔が浮かんだ。
あの人が何故あの場に居たのかも、どうしてお姉様と一緒に居たのかも、一体何をしたのかもわからない。だけど枷を嵌められた兄様とジルベール宰相を嘲笑っていたあの人を味方だとは思えない。
お姉様が利用しているのか、お姉様が利用されているのかもわからない。だけど絶対にお姉様に近づけちゃいけない人。
三年前と今朝見た未来にあの人は居なかった。ならお姉様の死には関係ないの……?口元に指を添えて視線を落として考える。
今朝見た予知と三年前の予知は、私の記憶の中では殆ど一緒。そしてそこには四日前の予知に居たアダム皇太子もその隣にいた男の人もジルベール宰相もいなかった。
そこまで考えて、ふとそういえばセドリック王子も今朝の予知には居なかったなと思う。夢の中で見回した時に、彼の姿はなかった。背後に誰かいた気はするけれど、彼かそれとも護衛の騎士か誰かかはわからない。単にあの場では別行動とかだったのかもすれないけれど、ただ……何となく彼なら傍に居てくれている気がしたから。
そのまま少しでも未来を変える手掛かりになればと、一つひとつ今朝の夢を思い出して最後にアーサーの言葉を思い出した時。……ふと、違和感に気が付いた。
最後の、本当に最後の最後。三年前、衝動的に強く思った言葉が違った気がする。あの時は、止めなくちゃと強く思ったのに今回は……
〝 〟
……何故か、そう思った。
何故そんな風に思ったのかはわからない。ただ、今までの予知で最後に思ったのと同じようにその言葉にも何か意味があるのだとしたら。
少しだけ、お姉様を助ける手立てに指を引っ掛けられたと思った瞬間。目的の陸が近いぞ追い風だと、船員達の覇気が漲る声が耳に雪崩れ込んできた。風向きが変わったみたい。着いたら一攫千金だ褒美だ船だと嬉しそうな雄叫びも聞こえてくる。
そういえば、この船はアネモネ王国に着いたらその場で彼らにあげるのだと思い出す。甲板を一歩一歩歩き、鎧を纏った身体で端まで行く。
今日は船に乗った時と同じ鎧と団服に着替えた。一人で身に付けてはみたけれど、もし着方が間違っていたら後でカーラーとチェルシーに直してもらおう。兄様に私の旅支度を命じられた二人は、ちゃんと私のことを考えて内緒で鎧や団服もナイフも全部ハナズオ連合王国に持ち込んでくれていた。二人もやっぱり私のことをよくわかってくれている。
船の手摺を、そっと撫でる。潮と風をたくさん浴びて、木の質感と一緒に少し湿ってざらついていた。たくさんたくさん、アネモネ王国に着くために私達を乗せて一番働いてくれたこの子に敬意を表する。
「……どうもありがとう。あともう少しだけ、宜しくお願いしますね。」
そう声掛けた途端、少しだけ船足が早まった。
風が突風のように吹いて、船の代わりに波の音が返事をするように大きく騒ついた。まるで船が応えてくれた気がして、もう一度船を優しく撫でる。
帆のそばで声を上げていた海鳥が鳴きながら私の傍に降りてきた。パタパタと羽根をはためかせて目の前に降りてきた時は少し驚いて声を上げてしまったけれど、攻撃も威嚇もなく人懐こそうに私に一声鳴いた。
鳥が居るのは陸が近いから。今までも違う国の陸地から鳥が船にやってくることは何度かあったけれど、彼らはもしかしてアネモネ王国から来たのかなと思う。
そう思うと、とうとう近いのだと教えて貰えた気がして胸が再び高鳴った。
……大丈夫。絶望の為じゃない。悲しい未来を変える為にきっと私は予知をしたのだから。




