そして向き合った。
「当然だ。プライドは俺を救ってくれた。大恩人である彼女には頭が上がらん。何物にも勝る尊い存在だ。……それは、今でも変わらん。」
誇らしげに語ってくれるその言葉には嘘も含みも感じられない。
本当に本当にお姉様を大事に思ってくれている。豹変してしまった今も、ちゃんと彼はお姉様の味方でいてくれている。それはとても嬉しい。……だからわからないの。
「セドリック王子殿下。……貴方にとって、お姉様と私との違いは何ですか?」
自分でも馬鹿な問いだとわかってる。
違いも何も、お姉様と私は全然違う。別の人間なのだから、それが当然なのに。
どんな答えを期待しているのかもわからない。ただ、あんなに素敵で優しくて、私よりもずっとずっと彼の為にたくさんのことをしてくれたお姉様ではなくて私を好きだと思ってくれた理由がわからない。そして今は、……少し知りたいと思ってしまう。
私からの問いに「違い……?」と小さく聞き返すセドリック王子は、少しの間を置いた後に簡単に返答を済ませてしまった。
「プライドのことは信じている。そしてティアラ、お前のことは愛している。それ以外の違いか?」
「〜〜〜〜〜っっ‼︎‼︎ばかっ‼︎」
予想外の返答に、思わず大きな声が出てしまった。
セドリック王子が驚いたらしく、背中を浮かせた拍子にか扉がガタンと揺れた。急激に顔が熱くなってクラクラする。どうしてこの人はそんな恥ずかしい言葉をさらりと言うの⁉︎
怒る私に、わからないみたいにセドリック王子が「す……すまない」と謝罪する。絶対絶対どうして怒ったかわかってないくせにっ!
「貴方のことは嫌いです大嫌いですっ!どうしてそういう言葉を今の状況で言えるのですか⁈」
「すまない、だが俺にとって一番の違いと言えばそれだと思ったのだが」
「ばかっ‼︎」
本当に本当に大嫌い‼︎
最後はセドリック王子の言葉を遮って大声を上げてしまう。寝衣だからナイフはないけれど、そうじゃなかったら絶対に今頃扉に向かって投げていた。肩に掛けていた毛布を頭まで被ってむくれながら、後頭部で扉を叩く。……痛くって、すぐ自分で頭を押さえて蹲る。
「プライドもお前も強く心優しく慈悲深く気高く賢い女性だ。そして、美しい。」
「…………。」
そう思って貰えるのは、嬉しい。
だけど、どれもお姉様の方がずっとずっと素敵。だからこそ私が選ばれる理由がわからないのに
「だが、お前はー……、…………。」
……?……突然、言葉が途切れた。
さっきまで殆ど止まらなかったセドリック王子の言葉が、突然。私の失言でも言いかけたのかしらと思って少し待つとまた「……すまない」と言ってしまう前から謝っていた。わからなくて、返事もできないでいるとさっきと違ってとても萎れた声が続いた。
「これは、……言えん。ただ、プライドは俺にとっては神のような存在で、お前は俺にとって眩過ぎる存在だ。……だからこそ追い求めてしまうのだろう。」
「神様より手が届きそうだからですか?」
「いや、永遠にそこで輝き続けて欲しいからだ。」
……うっかり出てしまった意地悪も、なかったみたいに恥ずかしい言葉で返されてしまう。
彼といると自分を嫌いになっちゃいそう。信じられないくらい意地悪な言葉ばかりを口にしてしまうから。もっと、もっとお姉様みたいに綺麗で素敵でいたいのに。
「……。……お姉様を……〝信じてる〟と、仰いましたよね。」
私の問いに、セドリック王子は一言で返した。
私はとてもとても意地悪で、彼のことがとてもとても嫌い。だけど、今だけはほんの少しだけ……期待したい。
どうしても他の人達へみたいに素直になれなくて、どうしても嫌な言い方になってしまうけれど。
「では、私の言葉は信じてくれませんか……?」
こんな言い方でごめんなさい。
貴方からの優しさに甘えてしまってごめんなさい。ここまで巻き込んでおいて、もっと巻き込もうとしてごめんなさい。
だけど、私一人では敵わないかもしれないから。あの未来を変える為に、一人でも多く力を貸して欲しいから。
「?愛する人を信じぬ者などいる訳がないだろう。」
……ごめんなさい。
試すような言葉しか言えなくてごめんなさい。だけど
どうかどうか、助けて下さい。大好きなお姉様と大切な人達を守りたいから。
大きな未来に立ち向かう為に、悲しい未来を変える為に、貴方にも力を貸して欲しい。
私を信じて下さい。私を助けて下さい。……この手をどうしてもお姉様に届かせたいの。
「…………私に、お姉様と同じ予知の力があると言ってもですか?」
……「信じよう」と。
彼は、溜めることなく言いきった。
あまりにもすんなり信じられてしまったことに、私の方が驚かされた。視た未来の詳細は安易にフリージアの王族の者以外に話せないと言えば、それすら彼は躊躇いなく「ならば聞かない。だが、お前の指示には従おう」と言い切った。
「むしろ一つ疑問が解けた気さえする。……何か、既に予知はしたのか?」
「……しましたっ。今も、…………三年前も。……三年前の予知は、とても悲しく救いのない未来でした。」
「ならば変えよう、絶対に。」
本当に、どこまでも躊躇い無くて。
いっそ騙されてるのではないかと思ってしまうほど。
その時にはもう、彼の答えに私は返事ができなかった。数分してから何度か呼びかけられたけれど、声を出したく無くて代わりにノックだけでそれに返した。何も言葉を返さない私に、それでもひたすら「大丈夫だ」「間に合わせてみせる」と繰り返す彼が本当に怖いくらい優しくて。
早く早くお姉様の元にと気だけが急く中で、……生まれて初めて私に足並みを揃えてくれる人が現れた気がした。
震える唇を枕に押し付けて、声を殺して目を閉じる。目を強く閉じれば、……瞼に押し出された雫で枕が濡れた。しゃくりあげる肩が毛布を揺らし、少しだけ喉が乾いた。
扉に寄りかかったまま、もう今夜はここで眠ろうとそう決めた。
雫と喉がしゃくり上げるのを止まるのを待ちながら、彼の言葉に耳を傾ける。
そうしてぼんやりと、さっき見てしまった方の予知を思い出した。兄様達の周りに倒れていた人が、生きていたか死んでいたかはわからない。だけど、兄様達が誰かの死を嘆き悲しんでいるような姿はなかった。
ならきっときっと無事な筈と、彼の声に心臓を宥められながら自分自身に言い聞かす。「大丈夫だ」「きっと変えられる」と。何度とまた繰り返されるのを聞きながら、初めて私は自らの予知の記憶と深く向き合った。
『フリージア王国は、今日から私のものになる。……ねぇ?ステイル。貴方はちゃあんと協力してくれるわよね?だって、私の補佐だもの』
お姉様は、まだ生きていた。
傍にいた男の人達は二人ともとても怖い雰囲気だったけれど、誰だったかはやっぱり思い出せない。ただ、深紫色の髪の人はその笑みを思い出すだけで背筋がひんやりと冷たくなった。誰だったかしら、どこかでやっぱり見たことがあるような……そう、確か
『アダムッッ……‼︎!』
…………アダム。
そう、兄様が呼んでいた。
覚えている、私の誕生祭で招かれたラジヤ帝国の第一皇子。母上に注意するようにお姉様と一緒に言われていて、誕生祭中に一度ご挨拶にも来てくれた。……親しみを感じない怖い笑顔が今も頭に焼き付いている。
『ッどういうことだこれは‼︎⁈母上達に何をした⁈プライド!何故この者達に協力をしたのですか⁈』
兄様の言葉から嫌な予感がして、深く思い出そうとすると、倒れていた人達の中に上等な衣服の人が三人ほどいた気がして……まさかと一瞬血が凍った。
……大丈夫、大丈夫、そんなことあるわけない。もし母上達が死んでしまっていたら兄様もジルベール宰相ももっと取り乱してとても悲しんでいる筈だもの。きっと倒れていても気を失っているか眠っているだけよと一生懸命自分に言い聞かせる。
見てしまった予知は、ジルベール宰相が枷を掛けられていて瞬間移動で現れた兄様に叫んでいた所からお姉様が女王を宣言するところまで。そして最後に今回の予知で強く思ったのは
〝逃ガサナキャ〟
……少なくとも今は、できない。
まだ最短でもアネモネ王国に着くのにも四日ある。もし今日でなくても今から四日間の間に起こってしまえば私にもどうすることもできない。
フリージア王国に戻れたら、真っ先にジルベール宰相に相談しよう。予知をしたことを隠しながら、どうやって母上達を玉座の間やお姉様やアダム第一王子……皇太子から逃せば良いのか。きっとジルベール宰相なら上手な方法を考えてくれる。
どうか、どうか間に合いますようにと膝の前で指を結んで願ってしまう。
……誰にも、何も、失わせない為に。
そう思って固く目を瞑っていると、……気がつけば朝になっていた。
何故だかベッドよりもずっとよく眠れたそこは、背後の扉一枚向こうから小さく寝息が聞こえてきた。不思議と風の音や海鳥の囀りではなくその音に私はずっと耳を澄ませ続けた。
どうか彼が潮風で風邪を引きませんようにと、そう思いながら。




