607.継承者は胸を弾ませた。
『……私は、…生き続けなければ、…償い続けなければ…ならないのだから』
ある時は、辛さが胸を締め付けた。
『あ…ああああああああああああっっ…いやだっ…いやだいやだ嫌だ嫌だ嫌だ…‼︎』
ある時は、悲しみが胸を掻き乱した。
『何故、貴方様への献上に私自ら御伺いする必要があるのでしょうか。』
ある時は、恐怖が胸を縛った。
何かが頭の中を駆け巡った気がして、だけど本当に一瞬で気がつくと忘れてしまう。
ただ、感情だけがぽつんと足跡のように残っていた。まるで何かの予感のようで。
……その数は、月日を重ねるごとに増していて。
「ティアラ・ロイヤル・アイビー。……俺を、お前の婚約者候補に加えて欲しい。」
突然、救われた。
私の願いを叶えてくれたその人は、最後にとてもとても的外れで大馬鹿なことを言ってから我が国を去った。
腹立たしくてそれ以上に嬉しくて、翌朝には昨日のことは全て幸せ過ぎる夢じゃないかと思った。
せめて予知だったら良いなと思ったら、本当の本当に現実でそれからは毎日浮き足立ってしまうほどに幸せだった。
『…騎士団長になれば、お前の望みも叶うだろう。』
『ッ教えろ…‼︎貴様がっ…騎士団長を殺したのか…⁈』
ある時は、悲しみと恐怖が続けて襲った。……けれど、もう気にならなくなった。
『もうっ…俺はッ信じられない…‼︎兄さんも!民も!ダリオもファーガスも世界中の何もかも‼︎‼︎』
ある時は、胸が酷く痛んだ。……けれど、誕生祭のことを考えたらすぐに治った。
本当に、どんな暗い気持ちも直ぐに打ち消してくれるくらいに幸せで。明日が来るのが毎日楽しみで仕方なくなった。
あれほど一日が過ぎてしまうことが勿体なくて堪らなかったのに、あの日から明日も明後日も幸せで誕生祭が待ち遠しくなった。
誕生祭の準備もとてもとても楽しくて、ダンスパーティーもジルベール宰相と一緒に念入りに企画した。最初にそれをしたいとお話した時は、少し寂しかった筈なのにもう今は楽しくて楽しくて堪らなくなった。
「ティアラ様。今日はいつにも増してご機嫌が宜しいですね。」
「はいっ!だって凄く楽しみで。ダンスパーティーもそうですけれど、私の初めての主催ですからっ。」
あまりにもはしゃぎ過ぎてしまった所為か、ジルベール宰相にはすぐに気付かれてしまった。
だけどそれ以上は聞かないでいてくれたジルベール宰相は「そうですね」と優しい笑顔で返してくれた。娘のステラちゃんに向けるような笑顔で、私からも思いっきり笑顔で返したらフフッと笑われてしまった。
聞き返したら「失礼致しました。……何か、良いことがあったのですね。」とお見通しみたいに肩を震わせるから、ちょっぴり恥ずかしくなった。
初めて、ジルベール宰相に誕生祭の催しを企画するのを手伝って欲しいとお願いした時は、こんな風にははしゃげなかった。ジルベール宰相もきっとそれをわかっていて、すごく私を気遣いながらすごくすごく力になってくれた。だって、私が初めてこの催しを企画したいと考えて発案したのは
お姉様達とのお別れの為だったから。
『お願いします、力を貸して下さいジルベール宰相。私は絶対にこの催しを成功させたいんです……!』
そう言ってお願いしたら、ジルベール宰相は少し悲しそうに笑ってくれた。『後世まで残るものにしましょう』と言って。……私の考えていることは、すぐに気付かれてしまっていた。肯定の意味を込めて笑って見せたら、……とても下手な笑顔になってしまったことは今でも覚えている。一瞬だけ泣きそうになって、唇を結んで堪えたけれどその所為でジルベール宰相にすごく悲しい顔をさせてしまった。
ああ、もう本当にお別れなんだなと思ったから。
『宜しくお願いします。……ダンスをする度に皆が私を思い出してくれるくらい、素敵なものにしたいんです』
もうジルベール宰相相手に隠しても意味がないと思ったら、素直な気持ちを言葉にできて、……その途端、今度は本当に目から涙が溢れてしまった。
口だけが笑いながら、ぽろぽろ零れてしまったそれをジルベール宰相はすぐに拭ってくれた。だけど、その優しいジルベール宰相ともお別れが近いのだと思ったら余計に涙が溢れてしまった。
私の予知能力を唯一知ってるジルベール宰相は、秘密を約束してくれた時からずっとそれには触れないでいてくれた。きっと、とても優しいジルベール宰相は私が国を離れた後もずっと心配してくれるのだろうと思ったら余計に辛くて悲しくて。
私の十七の誕生祭で婚約者は三人に確定。そして十八の誕生祭で一人に決まったら、私は数日でこの国を去ることになる。
だから、最後の最後のお別れに思いっきり幸せな思い出を作りたくて企画した。もし大成功してこのダンスパーティーが私が居なくなった後も催しとして定着してくれたら、それが私がフリージア王国に居た証にもなるから。
私が居なくても、私が残したもので皆が楽しい時間を過ごしてくれれば。
そして時々で良いから、その時に私を思い出してくれれば良いなと思った。
二年後のお別れと向き合うのも、それから先のダンスパーティーに私は居ないのだと思うのも寂しかった。
だけど、もうそんな気持ちにもならない。
十八になってもずっとお姉様達と一緒に居られるのだからっ!
そう思ってしまうと、また顔が緩んで胸が弾んでジルベール宰相に「絶対成功させましょうねっ!」と声を上げてしまう。身体まで本当に飛び跳ねてしまって、ジルベール宰相も嬉しそうに笑いながら答えてくれた。
まだ、婚約者候補であるセドリック王子とのことは言えないけれど、話したらきっとジルベール宰相も一緒に喜んでくれる。そう思うと、いっそ二年後が待ち遠しくすらなった。
…………………………別に、セドリック王子との婚約が待ち遠しいわけではないけれど。
「おや、ティアラ様。御体調でも?顔色が些か熱っぽいようで……」
「えっ⁉︎ななななんでもないですっ‼︎‼︎」
……そう、別にそれとは関係ない。
ただ、皆とずっと一緒にいられることが嬉しいだけ。あんな大馬鹿な人は絶対絶対知らないものっ。
気を取り直してジルベール宰相といつものように打ち合わせをしながら、顔を緩めないように力を込める。
唇をムムッと結んだけれど、……ダンスのお話になるとやっぱり顔が綻んでしまった。
楽しみで楽しみで、本当にとてもとても楽しみで。きっと今までで一番素敵な誕生日になるんだわとそう思った。本当に幸せで、幸せ過ぎて、幸せなことで頭がいっぱいで、だから
「ァッ…ッ‼︎あ、…あ、あああ…ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼︎アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ‼︎‼︎」
「ッ頭を動かしてはなりません‼︎プライド様!聞こえますか⁈プライド第一王女殿下‼︎」
「城内の扉を封鎖しろ‼︎誰も城から出すな‼︎」
「アーサーッッ‼︎」
……忘れていた。
まるで、幸せな劇が幕を閉じたかのようだった。
この日を境に、それは信じられないほど増していった。
記憶に残らない、嫌な〝夢〟と〝予感〟。




