605.継承者は選んだ。
『ッ何故だ!何故俺をっ…ハナズオを裏切った⁈』
ある日はとても残酷で
『…裏切られ、その全てを失うだろう。』
そして悲しい夢を見た。
どんな夢なのかはいつも目が醒めると全部忘れてしまう。
ただ、目が覚めた時にも感情だけが引き摺るように残っていた。年を重ねるごとにはっきりと。
………………今はそれが、とても怖い。
「お久しぶりです、プライド第一王女殿下。ご機嫌麗しゅう。この度は兄君共々御招き頂きまして心より感謝致します。」
我が国の祝勝会でセドリック王子達と再会した時、最初はなんとも思わなかった。むしろ「そうよね」と少し安心までした。
やっぱりあれはセドリック王子の気の迷いだったんだ。きっとたくさんお勉強をして正しい距離感を学んでくれた。だからきっと、ちゃんとやり直そうとしてくれているのだそう思った。
ただ、……祝勝会の準備の為にお部屋に戻った途端。ほんのちょっぴりとだけ悲しくなった。
やっぱりそうよね、と二回目のそれを思ってしまえば溜息だけが小さく口から漏れた。
…………なのに。
「それでも…貴方への想いは変わりません。別れ際にお伝えした、あの誓いも言葉も取り消すつもりはありません。」
もうっ……‼︎もう本当にこの人がわからない!
しかもまたお姉様の目の前で!お姉様ではなく私にそんなことを言うから‼︎
「わっ…私は…き、きらいですからっ!」
「存じております。」
嫌いだと、また言ったのにそれでも彼は変わらない。それどころか顔が赤いのにもっと真っ赤な瞳を私に向けてきて、まるであの時みたいに低くて真剣な声であの時のと同じ話し方でそんなことを私に言うから!
『貴方に、心を奪われました』
「そっ…その、言葉遣いっ…早く直して下さいっ…!」
その声と話し方を聞くだけで、あの時のことを思い出して身体中が熱くなる。
目も合わせられなくて、恥ずかしくて、心臓の音が聞かれてしまいそうで。お願いだからせめてその言葉遣いだけでもやめて欲しい。
敬語も敬称もないあの話し方にしてくれないと、私がどうにかなってしまう。まるで、まるでこれでは私がセドリック王子の事を
「新たな婚約者選定方法と、…その候補者について。」
……母上に、説明を聞いた時。
〝これで予定より二年以上も長くお姉様達と居られる!〟と、その喜びが強かった。
婚約者候補を確定されるまで私は十七歳まで。そこから婚約者を選定する一年の期間もいれたら、二年もお姉様達と一緒にいられる。
最初から第二王女として婚約者を母上達に決められる覚悟ができていた私にとって、充分に恵まれたお話だった。……相手なんて誰でも良い。お姉様達と一日でも長く一緒に居られるなら、それで。
「一応、聞いておきましょう。プライド、ティアラ。現段階で書類に目を通してみて…貴方達の判断は。」
……相手、なんて。
そう思ったのにリストに目を通した時、すぐにその名前を探してしまっていた。
〝ハナズオ連合王国第二王子、王弟セドリック・シルバ・ローウェル〟
……別に驚くことなんかじゃない。
ハナズオ連合王国は今は我が国の同盟国。そして第二王女の私は王族の人間と婚姻することが望ましいのだから。
セドリック王子の名前と一緒に、サーシス王国の国王であるランス国王とチャイネンシス王国の国王であるヨアン国王の名前も並んでいた。…………ちょうど、三人。
ランス国王はとても男らしくて頼れる素敵な国王だった。
ヨアン国王はとても優しくて大人で素敵な国王だった。
お二人とのダンスもとても楽しくて、平和を取り戻したハナズオ連合王国もとても穏やかで明るくて素敵な国だった。
……だから。別に〝ハナズオ連合王国の誰か〟との婚姻を私が望んでも絶対絶対おかしくない。
セドリック王子は嫌い。だけど国王は二人とも、とてもとても素敵な人だったから。
「……決めました。」
「私もっ、……もう決まりました。」
母上達に、一言確認を終えた後すぐリストにチェックを入れたお姉様に私も続き、ハナズオ連合国の並んだ三人に纏めて大きく丸で囲う。〝国王二人にハナズオ連合王国との婚約を望むとお伝え下さい!〟と走り書きをして、何も言わずに母上達へ手渡した。
中身は貴方達が去ってから確認します、と言って私達に退室を許可した母上は静かに笑った。……この優しい笑顔も、父上やヴェスト叔父様のお顔を見るのもあと数年なんだと思ったら急に胸が苦しくなった。
だけど、大丈夫。ハナズオ連合王国はとても良い国だもの。きっと、寂しくなんて無い。それに
『その隣を俺は、…生涯の居場所にしたい。』
…………少しだけ。ほんの、ちょっぴりとだけ期待してしまう。
あの人なら、もしかして本当に私の隣を望んでくれるかもとか、妥協や政略ではなくて本当の本当に〝私だから〟隣が良いと思ってくれるかしらと。
お姉様達と離れて、他国に嫁いだらきっと私は九年前みたいにまた独りぼっちになる。専属侍女のチェルシー達は居てくれるけど、王族同士の婚姻なんて殆どが恋愛よりも国同士の政略婚。
だけどもし願えるなら、お姉様や兄様達と離れる時も笑顔で去りたい。できるなら作り笑いではなくて心から「幸せです」と言って手を振りたいから。
「それが本当にお前の望みなのか?プライドやステイル王子に心から〝幸福〟だと言えるのか?」
…………。
兄様の、誕生祭。
……やっぱり私は、この人が嫌い。




