603.継承者は決めた。
「私からも母上に確認してみますねっ!お姉様達がセドリック王子とお話されている間にでもっ!」
防衛戦は無事に終息した。
ハナズオ連合王国にも人的被害は少なく、騎士団にも死者は出なかった。
「ありがとう。……だけど、ティアラはいいの?」
「はいっ。兄様とアーサーがいれば安心ですから。」
私の答えにお姉様は少しだけ苦笑いをした。
アラン隊長とカラム隊長も同じような表情で口元を引き締めていて、少し嫌な言い方だったかしらと少しだけ反省する。
……本当は、もう予知が終わっちゃったから。
お姉様を怪我させたのはセドリック王子ではなかった。なら、お姉様を彼から守る必要もないもの。
それに、防衛戦のあの日。
『ッ兄貴‼︎‼︎』
終戦直後、ランス国王に手を届かせた彼を見て。
もうお姉様にあんな馬鹿なことはしないと、そう思えた。きっとセドリック王子も今はお姉様を大事に思ってくれている。
なら、私はそれで良い。
セドリック王子のことは今も許してないし大嫌いだけど、お姉様を大事にしてくれるなら。
それに、私にはもっとやらなきゃいけないことがあるから。
「ティアラ様。どうかなさいましたか?」
お姉様達がセドリック王子とお話ししている間。
母上に祝勝会についての確認を終えた私は、すぐにジルベール宰相の元へ向かった。
「はい、大事なお願いがあって参りました。…ジルベール宰相。」
そう言うと、ジルベール宰相はもう私が何をお話ししたいのかわかってるかのように顔色を変えた。周囲の騎士達に一度この場を離れると指示を回してくれた後に「何なりと」と重々しく頷いてくれた。
そして促されるままに私はジルベール宰相と二人でお城の客間に移った。ここなら誰にも聞かれませんから、と部屋の外に警備の騎士だけ控えたそこは本当に内緒話の為の空間だった。
ソファーに座る気にもなれなくて、扉から少し離れた位置で手を前で結んで肩に力が入ってしまう。
「お忙しい時にごめんなさい。あのっ……、実は折り入ってお願いが……。」
いざ、言おうとするとすごく緊張してしまう。
声がいつもより更に小さく萎んで、結んだ手が指先まで震え出した。それ以上を言うことがとても躊躇われて、唇まで結んで俯いてしまう。自分でも言葉で認めるのが怖くて、だけどずっと言わないでいられることではないから。
「………………予知、のことでしょうか。」
声を潜めてそう囁いてくれたジルベール宰相の言葉に、肩が跳ねた。
見上げれば少し複雑そうに笑ってくれるジルベール宰相と目があった。切れ長な目の奥が薄水色に満ちていて、言葉を失ってしまった私に再び穏やかな言葉を掛けてくれる。
「おめでとうございます。とても喜ばしいことです、帰国次第すぐに陛下にも御報告を」
「ッお願いします…‼︎どうか、あの事はっ…!」
気が付けば声を張り上げていて、潜めるのを忘れた。
私の言葉にジルベール宰相は少し驚いたように目を丸くする。眉が上がって、確かめるように私を見る。
首を横に思い切り振って私はそれに応えた。言いたくない、知られたくないのだと全身で主張する。
すると、さっきまで穏やかな声を掛けてくれていたジルベール宰相が少し狼狽え始めた。言葉にしなくても、それだけで私の意思を全て汲んでくれたジルベール宰相は視線を泳がせたあと、人差し指の関節で口元を押さえた。
「ですが、……。これはっ…‼︎」
言葉を漏らして、詰まらせる。
わかってる、ジルベール宰相の言いたい事は。本当なら隠して良いことじゃない。だけどそれでも、私は絶対に隠し通さないといけないから。
「お願いしますジルベール宰相っ…!せめてあとっ……お姉様が女王戴冠をするまで……‼︎」
「っ…ティアラ様…‼︎」
知られたくない。
できるなら一生、せめてお姉様が戴冠するまでは絶対に。
息を呑んで私を見返すジルベール宰相に、私からも真っ直ぐ見つめ返す。その途端驚愕の表情が僅かに歪んだ。見開いた瞼が小刻みに痙攣して唇を絞った。
私が予知能力者だと知られたら、きっと継承権争いが起こってしまう。私が望まなくても、お姉様が望まなくてもきっと周りがたくさん騒いでしまう。
今まで同世代に予知能力者が二人居たことはない。つまりは比較基準が何もない。我が国では年齢や功績よりも特殊能力が重視されてしまう。私とお姉様とどちらが予知能力が秀でているかもわからない。もしかすると選抜方法からたくさん問題が起こってしまうかもしれない。
それに何よりも万が一お姉様よりも私の方がなんて思われたらっ……‼︎
お姉様から、何も奪いたくはないのに。
「知られたくないんですっ……‼︎この先も、ずっと!私は、ただの第二王女が良いんです……!」
声を潜めて、訴える。
震える手を指の跡が残るくらいに強く握り締めて、それでも段々声まで震えてきた。ジルベール宰相なら話せばわかってくれる、そう思うと同時に宰相であるこの人がこんな一大事を母上達に報告しないことは難しいことも知っている。
私の言葉にジルベール宰相は横に振ろうとした首を躊躇ってくれた。小さく喉を反らし、それからゆっくり沈ませるように縦に振ってくれた。
「……わかりました…。私の方で騎士達にも、口止めをしておきましょう。」
「!ありがとうございます…‼︎」
そのお返事に、視界がぱっと明るくなった。
私が予知を言ってしまった時、何人かの護衛の騎士がそれを聞いてしまっていたから。
胸が軽くなって、息が一気に身体の中に広がって循環する。両手を合わせながら、声が弾む。手のひらが湿っていた事にも今やっと気が付いた。
前のめりにジルベール宰相の顔を見上げれば、自分でも強張った顔が緩んでいくのがわかった。そんな私にジルベール宰相は重々しく頷くと、最後に深く息を吐いた。
「…………今日まで表舞台全てを、ステイル様に任されたのも同じ理由でしょうか。」
惑い気味に、それでもはっきり話すジルベール宰相の言葉にまた言葉が詰まった。
結んだ両手で胸元を押さえつけながら、握り直す。口の中がとても乾いて何度も飲み込もうとしても空になる。顔の筋肉にまた力が入って強張って、とうとうまた俯きながら目を逸らしてしまった。
お姉様が人前に出るまで、私はずっとお傍を離れなかった。
殆ど一日中、お姉様と一緒に部屋にいた。
お姉様が心配だったこともあるけれど、……お姉様の代わりという形で表に出たくなかった。だからお姉様が心配だと理由をつけて、兄様に全てを任せてしまった。
本当ならお姉様が動けない分、第二王女である私が民や兵士に挨拶をしたり、そうでなくてもお手伝いできることはたくさんあった筈なのに。
『本当に良いのか、ティアラ。お前も第二王女として終戦の挨拶を……』
『ううんっ、お姉様が心配だから。それに、……その賞賛を受けるべき王女はお姉様だもの。だから挨拶もお姉様の補佐の兄様が行ってきて。』
間違っても私の功績だと誰にも勘違いして欲しくなかった。
フリージア王国の騎士団を率いてきたのも、怪我を負ってまで戦って戦場に在り続けたのはお姉様なのだから。
第二王女の私が出たら、血の誓いを見たチャイネンシス王国は未だしもサーシスの民には勘違いされちゃうかもしれない。
ちゃんと、一番最初の大きな喝采はお姉様が受けて欲しいから。
「私は、……お姉様には幸せになって欲しいんですっ。」
大好きなお姉様だから、誰よりもずっと幸せでいて欲しい。
今までたくさんの人を幸せにしてくれた分、もっともっと幸せになって欲しい。
「お約束します。〝処置〟がなくとも、嫁ぎ先でも絶対に私はこの能力を隠し切ります。……たとえ、どんなに辛い未来でも。」
もし、またあの時のように未来を見て……助けたいと思っても知らない振りを続ける、耐えてみせる。
私はそのたくさんよりもお姉様とフリージア王国の未来を選んでしまったのだから。……たとえそれで誰かを見殺しにすることになってしまっても。ちゃんと罪として受け入れて、一人で背負って死んで行こう。
そう新たに決意して笑って見せれば、ジルベール宰相の顔が辛そうに歪んだ。まるで私の代わりに痛みを感じてくれているように眉を寄せ、苦そうに食い縛った口を引攣らせた。本当に、とてもとても優しい人。
そしてこの人も、お姉様の治める未来を願ってくれている。
大丈夫、ちゃんと隠し通すから。
ジルベール宰相に約束して貰えた今、私がフリージア王国でやり遂げるべきことはあと一つだけ。
『地獄だッ……‼︎』
二年前に視た、あの〝未来〟を絶対の絶対に変えること。
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