601.継承者は踏み切った。
『ッ何故南棟が……‼︎‼︎』
最初に聞こえたのは、叫び声。
そして次が爆撃音と崩れゆく轟音だった。崩壊していく南の棟から次々と場面が移り変わり、目を背けたくなる映像に切り替わる。
断末魔とも呼べる悲鳴と怒声が混ざり合っていて、とてもとても怖かった。男の人の太い悲鳴が裏返ってはプツリと途切れて、遠くから「逃げろ」と叫ぶ声も聞こえてきた。
砂埃や瓦礫がいくつも舞って散らばって崩れていく。
逃げようとした兵士が走る。崩壊する足場と、落ちてくる天井を交互に見比べながら必死に出口に向かう。扉に手を掛けようと手を伸ばして、廊下へ出ようとした瞬間に足場が崩れた。人とは思えない叫び声を上げて、真っ青な顔で奈落へ落ちた。
倒れた壁に挟まれて動けなくなった兵士がいた。手をバタバタさせて何かを叫んでいるけれど、崩壊音に掻き消されて聞こえない。
扉のノブだけがガチャガチャと動いている。ダンダンダンッと内側から叩く音が聞こえて誰かが助けを呼んでいる。
窓から兵士が飛び降りた。その直後に瓦礫の塊が兵士を追うように落ちてきて悲鳴が途中で途切れた。
怖い……怖い……誰か、誰か彼らを助けてっ……どうすれば良いの?どうすれば彼らをっ……早く誰かに、彼らに今すぐこのことを伝え
〝避難サセナクチャ〟
……
…
………………今、のは……?
一瞬、だった。
爆撃が何度も落ちて来て、悲鳴を上げた直後に何かが頭の中に〝降りて来た。〟ほんの一瞬だけ気が遠くなったくらいの間隔で、多くの時間が頭に流れ込んできた。
まるで白昼夢を見ていたようで気が付いた後も視界がチカチカして、頭がぼんやりした。
「……………………⁇」
「ティアラ様!どうかなさいましたか⁈」
「ご安心ください、爆撃ならばもう止……、……ティアラ様……?」
頭を抱えたまま、心配してくれる騎士の人達に何も返せない。
今、私の身に何が起こったのかを嫌でも理解してしまう。視てしまった〝未来〟とは関係なく、身体から血の気が引いていく。奥歯が震えそうになって、認めたくないのに身体も頭も正直にこの先に怯え始める。
「…っ、…嘘…‼︎…なんでっ…!」
思わず出てしまった声が、震える。
こんな筈じゃなかったのに。あの時見たのも全部ただの悪い夢で、現実ではなくて、私にはこんな力はない筈なのに。こんなっ……こんな予知能力なんて私にはあってはならないのに‼︎
ティアラ様、と次々と騎士から心配してくれる声が上がる。どうしよう、知ってしまった視てしまった。このままでは罪のない兵士が死んでしまう。だけど、だけどそんなことを言ったらっ……
「ティアラ様、どうかお気を確かに。私の声が聞こえますか?」
ジルベール宰相の声が、優しく掛けられる。
肩にそっと触れてくれて、上手く言葉が出ない私は縋る思いでそれを握り返した。
ジルベール宰相、と呼べばとても驚いたように切れ長な目を見開いて私を見返してくれる。
……選んでいる暇なんて、ないっ……‼︎
言いたくない、絶対に知られたくない、お姉様を苦しめたくない、ジルベール宰相にも騎士にも誰にも知られたくない。だけど‼︎‼︎…………人の命に代えられるわけがないからっ……
「今すぐ城の南棟の人達を避難させて下さいっ‼︎もうすぐそこはっ…崩落します…‼︎」
助けて。
どうか、彼らを死なせないで。
視界が滲んでぼやけながら、ジルベール宰相に避難を訴えることしかできない私はやっぱり無力で。
目を極限まで開き切ったジルベール宰相が、私に尋ねるより先に避難誘導指示と通信兵へ急いで連絡を回し始めてくれた。
南棟の避難に騎士やジルベール宰相が動いてくれたのにほっとしながら、…………もう放った言葉は戻ってこないと覚悟した。
これで南棟が崩れたら、間違いなく私は予知をしてしまったことになる。フリージア王国で数十年に一人しか現れない筈の予知能力者が二人になってしまう。
そしてそれは、……未だに頭から消えないあの二つの悪夢が夢ではなく〝未来〟ということになる。
私は頭を抱え込みたい手に力を込めて、今だけは全てを振り払った。
まだ決まっていない。南棟が崩壊しないかもしれない。
セドリック王子を連れて行ったお姉様だって、……まだお怪我をしてるとは限らない。
大丈夫、ちゃんとお姉様達には騎士が大勢付いてくれているもの。
『来なさいセドリック!』
……引き止め、られなかった。
ううん、違う。あの時のお姉様とセドリック王子を引き止め〝たくなかった。〟
お姉様が誰かの手を取ってくれる時は、必ず意味があるものだから。
セドリック王子は、嫌い。だけど不幸になって欲しいとは思わない。
それに、あの人は。




