597.継承者は眠る。
「大ッッッッ嫌い‼︎‼︎‼︎」
……本当に、本当に本当に意味がわからない。
目の前で平然としているこの人が、王族としてどころか人としてわからない。
お姉様がアーサーの昇進祝いに頑張って作った料理も、兄様の為に作ったクッキーも食べちゃった。
あんなに、すごく嬉しそうにお姉様がお料理していたのに。
あんなに、すごく楽しそうにお姉様が兄様に似せたクッキーにしたのに。
今日ご馳走できるのを、ずっとずっと楽しみにしていたのに。どうしてこんな酷いことができるの?
お姉様を泣かせて、折角の素敵になる筈の日を台無しにしてしまった。本当なら、お姉様の手作りをアーサーも兄様もすっごく喜んでくれる筈だったのに。
……やっぱりこの人は、お姉様を傷付ける人。
ずっとお姉様は皆を大事にしてくれるから、だから皆もお姉様のことが大好きだった。
なのにこの人は、お姉様の大事なものも大事な時間も全部踏み躙ってしまう。お姉様だけじゃない、お姉様のことを大事に思う人達の想いまで踏み躙って、傷付けてしまう。
『俺のせいでお前はっ…‼︎』
あの〝夢〟の中で、何があってどんな理由であの人があんなことをしてしまったのかはわからない。
でもこの人なら本当に、すぐ後悔してしまうような理由でお姉様を傷付けてしまうかもしれない。
この人が怖い。この人が嫌い。
どうして夢に出てきたの?
どうして我が国に来てしまったの?
どうして未来であんなことをしてしまうの?
お願いだからお姉様に近付かないで。お願いだから関わらないで。
ずっとずっとただの怖い嫌な夢のままで終わらせて。
このままただの第二王女のまま国から立ち去らせて。
「そんなことよりも今日はお勉強の他はずっとお城中歩き通してお疲れですし、お庭でひと息入れましょうっ!」
誰にも、セドリック王子にも見つからないように庭園の草木の影を選ぶ。
ここだったらきっとお姉様もゆっくり休める。昨日はたくさん泣いて今朝もずっと落ち込んでいたから、今この時くらいはゆっくり休んで欲しい。
一年前に「寂しかった」と私に甘えてくれた時みたいに、悲しい気持ちも落ち込んだ気持ちも隠さなくて良い。抱え込まないで吐き出して欲しい。
毎日毎日、誰かの為ばかり考えてくれるお姉様だから、たまには自分の為に時間も感情も使って欲しい。
お姉様の心を癒す、ほんの少しでもお手伝いがしたいから。
大好きな人にはいつだって、心から笑っていて欲しいから。
目が覚めたらまた笑って、素敵な一日を過ごして欲しいから。
「お姉様っ!私の膝お貸ししますよ‼︎」
芝生に座り、膝を叩く。
するとお姉様は困ったような照れたような顔で笑ってくれた。「なら、御言葉に甘えようかしら」と言いながら、ごろりと私の膝に頭を乗せる。深紅の波立つ髪から、花のような香りがふわりと鼻をくすぐった。
大きく息を吸って、ゆっくり吐き出したお姉様は、ほんとうにすぐにコテンと眠ってしまった。お姉様の頭からそっと流れるように髪を撫で、木に背中を預けたまま私も目を閉じる。
『寂しかったぁ……』
……一年前。
お姉様は、そう言ってくれた。
婚約者として現れたレオン王子との三日間を過ごした後に。そう言って、私を抱き締めてくれた。
「寂しい想いさせてごめんなさい」や「あまり構ってあげられなくてごめんなさい」ではなくて「寂しかった」と言ってくれた。
お姉様がレオン王子に取られちゃったのが寂しくて、大人気ないと思いながらもやっぱり悲しかった。お姉様とずっと一緒に居られるわけがないとわかっていても、それでも突然遠くに行ってしまったことが寂しかった。
寂しいと、そう言ってくれたのが泣きたくなるくらいに嬉しかった。
私や兄様、アーサーがお姉様が大好きなのと同じように、お姉様にとっても私達や私達との時間が大切だと言ってもらえた気がした。
……わかってる。一年後には必ず、私はお姉様や兄様、アーサーやジルベール宰相とさようならをする日が来てしまう。
だけどきっと、その時に「寂しい」と思うのは私だけじゃないと思えるから。
皆が、私のことを大事に思ってくれて、第二王女としての役割ではなく、私の幸せを思って他国との婚姻も望んでくれている。
だから、私は大丈夫。
たとえ悲しくて寂しくてたくさん泣いてしまう日が来ても、相手がどんな人だとしても。……死ぬまで、一人じゃないとずっと信じていられるから。
「………………大丈夫ですよ。」
一度だけ薄く目を開けて、寝息を立てるお姉様を見つめる。
安らかなその顔に、ほっと私も力が抜ける。再び目を閉じれば、木に寄りかかったままぼんやりと意識が遠くなっていく。このままならきっと、私も良い夢が見られそう。
……大丈夫。次こそちゃんと守りますから。
ずっと、国にいる間はずっと私も傍にいます。セドリック王子なんて近付けない。兄様が傍にいれない時も、アーサーや近衛騎士の方々が傍にいれない時もちゃんと私が傍にいますから。
どうか、お姉様の幸せな日々がずっとずっと続きますように。
大事な人に囲まれて、愛されて、国中の人に望まれて、お婆さんになってもずっとずっと幸せにいてくれますように。
だから、だから、あんな……あんな怖い夢のようにはー……、……。
「馬鹿じゃないの⁈」
…………お姉……様……?




