596.継承者は受け、
「おらよ。調整は侍女共にでもやらせろ。」
ヴァルからナイフを教えてくれるようになって一年が経った。
いつものように二人と〝遊ぶ〟名目で私の部屋に訪れてくれたヴァルは、専属侍女のチェルシー達が扉を閉めた途端、荷袋からポイポイッと乱暴にいくつもベルトのようなものを床に放った。
「これは……何ですか……?」
「王女サマがナイフをあからさまに持ち歩かねぇで済むもんだ。」
服の下に着けるらしいです!とケメトが教えてくれる。セフェクが一個一個「これは足でも腕でも良いやつよ」「これはこうするんですって」と身につけ方を教えてくれる。つまりはドレスの下で隠し持つ為の装具らしい。確かにこれならいくつも持ち歩けるし、もしもの時にもすぐ取り出せる。
背後で専属侍女のチェルシー達が「第二王女がそんな物をっ……」とすごく戸惑っていたけれど、私は嬉しい。だっていくらナイフを上手に投げられても、大切な時にナイフが手元になくっちゃ意味がないもの。
「思ったより王女サマの腕が上がっちまったんでな。か弱い姫様が十本もナイフを持ち歩けるかが不安だが。」
「じゅっ……十本くらいは幾ら何でも持てますっ!」
小ぶりのナイフだし、ベルトもそんなに重くない。これなら数十本でも持てる筈。なのにヴァルは無視するし、背後でチェルシー達は首をずっと左右に振っていた。……良いもん。持てなかったら時間をかけて少しずつ持てるようになれば良い。最初は護身用で三本くらい、そこから少しずつ重さに慣らしていこう。
ヴァルにベルトのお礼と代金を聞くと、思ったよりずっと高価なものだった。聞いてみると、最近アネモネ王国に寄り道することが多くて、そこで買ってきてくれたらしい。
アネモネ王国は、武器の流通も質が良い物や最新の物が最近は特に増えているから、きっとこれも普通の市場では買えないような良い品なんだなとわかった。もしかしたら私でも持ち歩けるように軽い物を選んでくれたのかもしれない。そう思ったら、ケメトが「僕にもいつか買ってくれるらしいです!」と目を輝かせてヴァルを見上げたから、ケメトのお買い物の下見ついでかしらと思う。それでもやっぱりこれだけたくさん私の分を買ってきてくれたのだから感謝しなきゃと改めてもう一度ヴァルにお礼する。
舌打ちで返事を返してくれたヴァルから、今度は服の下から直ぐに投げ放てるように練習しろと言われた。
もしもの時に服が引っかかったり、服の下でナイフの場所が分からなければ意味がない。服の中から一度に三本を投げて命中させられたら大したもんだと。
いくつかヴァルに見本を見せて貰って、教わって、それから自分でもまた何度も練習する。服の中から投げ放つことはすぐにできるようになった。それよりも一度に数本投げる方が難しい。
ヴァルに「一回目でそれだけできりゃあ充分バケモンだ」と褒められながら溜息を吐かれちゃったけれど。セフェクとケメトもたくさん褒めてくれて「やっぱり私もやりたい!」とヴァルにおねだりしたり、「僕はまだ全然なので羨ましいです!」と目をきらきらさせてくれた。
男の人の服と違ってドレスだから身に付けるのは難しかったけれど、チェルシーたちと相談しながら胸元や足に巻き付ければ何とかなった。
……大丈夫。
これだけやっているんだもの。ちゃんと、ちゃんと間に合う。
次こそ絶対にお姉様を助けるの。
今でもあの時に見た悪夢ははっきり覚えている。だけど見たのはたったあの一度だけ。
あの時の悪夢はただの夢だから大丈夫と思う私と、……あの悪夢には絶対負けないと思う私。
何故、どちらか一つになれないのかはわからない。ただ
〝止メナクチャ〟
……あの時、何かに囁かれたような衝動が今も張り付いたように頭から離れなかった。




