589.継承者は待ち侘びた。
ティアラ・ロイヤル・アイビー。
たくさんの人に守られ愛して貰えた、私の名です。
……小さい頃から、身体が弱かった。
お外に出てはいけません、部屋からも出てはいけません。そう言われて、ベッドの上とお部屋だけが小さな私の世界だった。
父上や乳母のチェルシー、たくさんの侍女さん、ジルベール宰相、母上、ヴェスト叔父様が私の世界の住人だった。
寂しくて、窓から顔を出すことも許されなくて、チェルシーが呼んでくれる絵本だけが六歳までの私の楽しみだった。
本の世界は広くって、知らないことも知らない物語もたくさん頭の中に浮かび上がらせてくれるから大好きだった。
特に〝王子様〟と〝家族〟の話が、大好きで。
たった一人の王子様に見つけて貰って、愛されて幸せになるお姫様の物語。
お母さんやお父さん。お姉ちゃんやお兄ちゃんと楽しく過ごすただただ幸せな日常の物語。
どちらもとてもとても好きだった。
〝王子様〟が好きと話すと、皆は「いつかきっと会えますよ」といつも笑顔で言ってくれた。
〝家族〟が好きと話すと、……皆は「そんな民の家族を守る素敵な王女になって下さいね」といつも笑顔で言ってくれた。
〝家族〟の話は、他人事。
それでも、ちゃんと幸せだった。
母上と父上は、私に会いに来てくれては沢山優しくしてくれた。ヴェスト叔父様も優しくてジルベール宰相も身体が弱い私をいつも心配してくれた。
侍女も乳母も優しくて、絵本も楽しくて、皆がいてくれたから寂しくなんてなかった。だけど……少しずつ、変わっていった。
最初が、父上と一緒によく会いに来てくれたジルベール宰相だった。
いつもにこにこ笑ってくれて、優しい笑顔を向けてくれたジルベール宰相がある日を境に陰っていった。
悲しそうで、会う度に胸がズキリと痛んだ。次第に、父上と一緒に会いに来てくれなくもなった。時々、こっそり仕事の合間に会いに来てくれる度「体調はいかがですか」「どうかお身体はお大事に」と言ってくれるジルベール宰相は、……まるで私を通して誰かを見ているようだった。
「明後日の生誕祭、楽しみですねティアラ様。」
はい!と乳母のチェルシーの言葉に嬉しくて声が跳ねてしまう。
寝る前にお気に入りの絵本を読んでくれる前にチェルシーが、ふふっと楽しそうに笑った。
いつもよりベッドに入っても落ち着かなくて、毛布の下から足をバタバタさせてしまう。キラキラした天井が小さな灯りに照らされて光ってる。見慣れた筈の天井が今は星空みたいに綺麗に見えた。
六歳の生誕祭。身体も元気になった私はやっと人前に出られるようになった。
外に出られるのも、たくさんの人に会えるのも嬉しかった。それに何よりも
「お姉様とお兄様に会えるんですもの。……すっごく、楽しみで。」
言葉にしただけでなんだか気恥ずかしくなって、目から下を毛布で隠してしまう。
自分でも声がどんどん小さくなって、それなのに嬉しくてつい口が緩んでしまった。父上にこの話を聞いた時からずっと生誕祭が楽しみで仕方がなかった。
まだ顔も見たことがない二つ上のお姉様と、二週間前くらい前に養子になられた一つ上のお兄様。
初めて私にお姉様がいると聞いた時は嬉しくて何度もベッドで飛び跳ねた。お気に入りの絵本を何度も読んで、夜は抱き締めたまま眠ってしまった。
しかも、お姉様はひと月前に女王の証という予知能力を覚醒させたすごい人。そんなすごい人が私のお姉様だなんて夢のようだった。
お兄様は〝養子〟といって、別の庶民のお家からやって来る人だと教えてもらった。
元のお家と離れて寂しくないかしらと、それだけが少し心配。でも、お姉様だけでなくお兄様まで私にできたことは嬉しかった。もし寂しいと思ってたら、寂しくないくらい沢山一緒にいてあげたいとそう思った。
一体どんな人達なのだろう、お姉様の話もお兄様の話もまだちゃんと話は聞いたことがなくて。だってお兄様はまだお城に来て二週間くらいしか経っていないし、お姉様は
「………………。」
……私の言葉に、またチェルシーが固まってしまった。
私が首を傾げると、慌てたように「では、御本を読んでから明日に備えましょうか」と言って本を開いてくれた。
いつもそう。
何故かお姉様の話になると、いつも皆が口を閉じてしまう。
チェルシーや侍女さん達だけじゃない、ヴェスト叔父様や父上、母上までもそうだった。ジルベール宰相も「ティアラ様はお気になさらなくて良いのですよ」としか言ってくれなかった。
最近は時々、侍女さん達が「でも最近は……!」「期待させてからでは可哀想です!」「私はまだ噂しか……」とこそこそお話合いをしてたけれど全くわからなかった。
本を読んでもらった後は頭を撫でて貰って、灯りを消されてから目を閉じた。
明日が楽しみで楽しみで、眠りたいのに眠れなくて私はいつものように瞼の裏で空想を膨らませた。本を読んでいない時は、こうして色々な空想をして時間が経つのを待った。幸せな気持ちで、段々と空想から夢へと頭も身体も溶けていく感覚がとてもとても心地よくて。
その日も、幸せな気持ちで眠りに溶けた。明日、まだ見ぬお姉様とお兄様に会えることに胸を弾ませて。とくん、とくんと静かになっていく鼓動の音に耳を澄ませて意識が沈めば、ふわりと溶けた。そして私は
『どうして‼︎どうして母さんを殺させた⁉︎僕が、母さんがお前になにをした⁈』
夢を、見た。




