586.宰相は確認し、
「本来、このようなことを私がお尋ねするのは気が咎めるのですが……。」
申し訳ありません、と。
そうジルベール宰相が申し訳なさそうに尋ねてくれたのは、朝食後すぐだった。
ヴァル達のところへいつものようにステイル達と見舞いへ行こうとすれば、その前にノックを鳴らされた。ティアラもステイルも部屋に来てくれた後だし、誰だろうと思えば……まさかのだった。
若干顔色も悪いジルベール宰相が心配になったけれど、それ以上に改まるような様子に身体に緊張が走った。少しお話しを宜しいでしょうかと神妙な面持ちで聞かれ、ソファーに寄りかかっていた私もステイルもティアラも座り直した。近衛騎士で付いてくれていたアーサーとエリック副隊長も姿勢を正して喉を鳴らしていた。
テーブルを挟んで片側の席をジルベール宰相に勧め、その向かいにステイルとティアラが隣同士に並び、私は誕生日席にもなる上座に掛けた。
重々しく言うジルベール宰相に私まで緊張で手のひらが湿った。奪還戦からまだ一週間も経っていない。にも関わらず、わざわざ忙しい合間を縫ってジルベール宰相が会いに来てくれるなんて相当だ。
躊躇いがちでなかなか本題へ切り込もうとしないのもすごく気になる。私に尋ねたいということは私が知ってることなのだろうけれど、まさかやっぱり私が操られていたのではなく自分の意思でテロをしたと思われているのではないかと考えてしまう。
「今回の奪還戦、……までの話になります。プライド様のお話では、皇太子に操られている間の記憶は全てあると。」
一つひとつ確かめるように問うジルベール宰相に私は頷く。
ならばやはり、事実確認といったところだろうか。当時の事は私も未だに色々思い出したくないことが多い。醜態を晒しただけでなく、誰もが目を覆いたくなるような行為をいくつも犯しているのだから。
その事でジルベール宰相達が気を遣って言い難くしてくれているのなら頷ける。既に母上達にも色々私が協力してしまったことも含めてアダム達の内部や私の心理状況やどんな策だったかも洗いざらい話したつもりだった。……でも、まだ足りなかったらしい。
「遠慮は要りません、ジルベール宰相。どうぞ聞きたいことなら何でもお尋ね下さい。たとえ何であろうともお話しする覚悟はできています。」
躊躇ってくれるジルベール宰相に感謝しながらも、私ははっきりと言い切る。
もう覚悟は出来ている。たとえそれを話して私の立場がどう転ぼうとも悪化しようとも絶対に嘘はつかない。
畏まりました、と深々と頭を下げたジルベール宰相はちらりとステイル達を確認した。彼らに聞かれることも考えてくれたのか、私が「構いません」と言うとジルベール宰相は深い溜息を吐いた後に声を潜めた。単刀直入にお伺いします、と前置いた後に
「………………アダム皇太子とは〝具体的には〟何もありませんでしたでしょうか。」
……へ?
最初、ジルベール宰相が何を言っているのかわからずに呆けてしまった。
すると、私より先にステイルが何か気付いたように咳き込んだ。ゴホッ⁈と大きく咽せた後に喉に引っかかったかのように細かく肩を揺らして咳を続けた。ステイル⁈兄様⁈と私とティアラで呼び掛けるけれど、本人は咳で今は返事どころじゃなかった。
意味を尋ねようとジルベール宰相へ振り返れば、何か既に想定していたかのように目を閉じていた。ジルベール宰相……⁈と声をかければ、冷静な表情のまま再び目を開けて私を見てくれた。
「プライド様は、皇太子に操られている間はかなり親密に振舞っておられました。皇太子からは執着のようなものも。……そしてプライド様は我々の力不足故、皇太子と二人きりで居られた時も。」
きゃああああああああああああ⁈
思わず肩が強張りながら、私はやっとジルベール宰相の言いたいことを理解する。
つまりアダムと私の間に無体や疚しいことはなかったかということだ。そりゃあ男女で密接に振舞ったり二人きりでいた時とあるし‼︎第一王女である私がアダムとそういうことがなかったかと心配されるのも当然だ。
肩だけでなく顔まで強張る私にジルベール宰相が心配するように眉を寄せる。更には咳から復活したステイルが「姉君………⁈」と深刻そうな声までかけてくる。アーサー達もジルベール宰相の示唆している言葉の意味がわかったらしく、黙りこくる私に息を飲む音が聞こえた。待ってまずい完全に容疑が色濃くなっている‼︎
どう言おうか悩んで言葉が出ないでいると、ジルベール宰相が更に声を潜めて私を覗き込む。
「……必要ならば、やはり上層部から女性を寄越しましょう。その際は我々も部屋から離れるので御安心を」
「‼︎いっいいえ‼︎いいえ大丈夫です‼︎話せます!この場で‼︎全く問題ありませんから‼︎」
完全に暴行被害を受けた被害者女性みたいな扱いになってる‼︎
やっとジルベール宰相がわざわざ派遣された理由がわかった!
アダムと私のことが極秘になっている今、情報を流出しない為に事情を知っているジルベール宰相が選ばれた。更にはもし私がアダムと一線を越えていた場合、身内である母上や父上、ヴェスト叔父様には詳細を話し難いからその配慮もあってだろう。しかもたった今ジルベール宰相の中で確定されかけちゃったし‼︎
本来なら私がここで「何もありませんでした」と答えられれば、ジルベール宰相で問題なかった事案だ。なのに私が躊躇ったから完全に要案件と判断されてしまった。ここで人払いして女性から事情聴取なんて受けたらその後に「何もありませんでした」と言っても完全に皆からの容疑は晴れない。絶対に隠してるだけだと誤解されてしまう。
ソファーから腰を浮かすジルベール宰相を止めるべく慌てて喉を張る。絶対にジルベール宰相やティアラ達にそういう誤解はされたくない‼︎それならいっそ、少しくらい引かれても本当のことを聞いてもらった方が百倍マシだ。
改めてソファーに座り直してくれるジルベール宰相にほっと息を吐き、私は改めて質問に答える。
「……まず、第一に男女の一線は超えていません。母上が心配されるのならば検査を受けても一向に構いません。……純潔は守り抜きました。」
出来るだけ遠回しな言い方で断言する。もう純潔とか、その言葉を人前で言うこと自体が恥ずかしい。
私の言い方にティアラも気づいたらしく、顔を赤くして口を覆った。ヴァルの嘘八百なら未だしも、姉の口から純潔の天使にこんな生々しい話を聞かせて申し訳ない。でも後から誤解が広がってそういう目でティアラに見られたらそれこそ立ち直れないから許して欲しい。
ジルベール宰相が肩の力を抜くのと同時にステイルが項垂れるように座ったまま脱力した。ステイルからしてもこんな話を姉から聞きたくはないだろう。
背後にいるアーサー達へ振り向く勇気はないけれど、ずっと息を止めていたかのような深く息を吐き出す音だけが二人分聞こえた。人騒がせだと呆れているのか心配かけたのかはわからない。でも、……話はここで終わらない。
「…………ただ。……正直に話せば、何もなかったわけではなく……。」
そう言った途端、殆ど音もなく全員の視線が焼けるように熱く差し向けられた。
視線が痛い。しかもティアラまで青い顔で私を見ている。もしかしてここで軽蔑されてしまうだろうかと不安に思いながら、それでも嘘はつかずに言葉を続ける。ジルベール宰相に見せるように両手を胸の位置まで上げてみせる。
「まず、ご存じのも含めて私はアダム皇太子の手首に二度誓いの口付けを。そしてアダム皇太子からは……両手首に。」
申し訳ありません、となるべく冷静に聞こえる声色で頭を下げる。
私の掲げた両手首を前のめりになってジルベール宰相とステイルが確認した。今はもう痕は全く付いていないけれど、受けたことは事実だ。
そっと私の手を貴重品のように取ってくれたジルベール宰相は、痕があったであろう箇所をそっと指の腹で撫でてくれた。お労しい、と言わんばかりに顔を歪めるジルベール宰相の方に手首なんかよりも胸が痛くなる。
すると今度は別の方向から背筋が冷たくなる気配がして顔を向ければ、ステイルが凄まじい黒い覇気を溢れさせていた。
無表情まで感情を表だけは消しているのに、迸る殺気が物凄い。ひぃっ‼︎と思わずテーブルを越してジルベール宰相の方に身体を擦り寄せてしまう。やっぱり他国の皇太子に〝欲望〟の誓いをお互い残しちゃうとか軽蔑されたのかと思えば、眼鏡の黒縁を指で強く抑えたステイルは地に響くような声を呟いた。
「…………やはりもっと嬲ってやるべきだったか……。」
ひぃぃぃいいいいっっ⁈
怖い怖い怖い怖い恐い恐い‼︎‼︎ステイルから尋常じゃない殺気が溢れてくる。
心なしか黒い覇気まで纏っているように見える。取り敢えずその発言と私に視線が向いていないところから、ここには居ないアダムへの殺気らしいということはわかった。一度はステイルとジルベール宰相の前でやって咎められたアダムが、もう片方にまで同じことをやったのが許せないのだろう。私に向いてないということだけはほっとする。……それでもやっぱり怖いものは怖い。
ステイルの禍々しい殺気に怯えていると、ジルベール宰相が「成る程」と冷静に聞こえる声で返してくれた。
こっちも切れ長な目が更に鋭くなっているけれど、声だけはいつも通りだ。私が思わずジルベール宰相からも身を離して斜め隣にいるティアラへ手を伸ばしてぬいぐるみのように抱き寄せてしまう。ティアラも若干怖かったのか、席から身を乗り出して回した私の腕を両手で掴み返してくれた。
助けを求めるように背後を振り返れば、アーサーもエリック副隊長まで顔色が悪い。
アーサーは腕で、エリック副隊長は片手で口を覆い隠しながら私から目を逸らしていた。見事に血色が無いし、やっぱり軽蔑されただろうか。
すると今度はジルベール宰相から抑えるような声が放たれた。
「他に、……何か悪しきことは。」




