そして暴かれる。
「……おい、主。あと王子。」
泣き止んだプライドに、そろそろ戻りましょうかとステイルが声を掛けた時だった。
泣くプライドに最初こそ少し取り乱したヴァルだったが、彼女の嬉し泣きを知ってからはひたすら睨むように黙し続けた。耳を塞いでいたセフェクからも手を離し、膝に頬杖をつきながら低い声を発した。
目元を最後に押さえ終えたプライドと、そして寄り添うステイルが同時に振り返る。なんだ、ともう大分怒りも冷めたステイルが先に返した。すると、ヴァルは鋭い視線をプライドから逸らさないまま続きの言葉を放ち出した。
「さっきの話。王族の褒美ってもんが貰えるなら、……一つある。」
少しだけ改まるようなヴァルの言い方にプライドは涙で赤くなった目を丸くする。
セフェクとケメトも驚いたように「なにそれ」「何ですか?」と問いを投げた。レオンも首を傾げ、ヴァルが一体どんな要求をするつもりなのかなと考える。敢えて〝欲しい物〟ではなく〝望み〟というからには物や金銀ではないのだろうとそこまでも理解した。まさかプライドとの婚約だったりして、と冗談半分に軽く思いながらレオンもヴァルの言葉を待った。
ステイルが「言ってみろ」と促す。すると、今度は殆ど間も無くヴァルは望みを彼らに吐き出すべく口を開いた。
「───────────────。」
そう言って、指を三本立てるヴァルにプライドとティアラは同時に首を捻る。
セフェクとケメトも何でわざわざそんなことを?と尋ねるが、それに対してヴァルの返答はない。
そこまで大したことではない。ある程度条件さえつければ女王であるローザに許可を求めるまでもない。この場ですぐに叶えられる願いだった。
プライドが確認するようにステイルへ目を向ける。彼も肩を竦めながら「姉君さえ宜しければ」と一言で許した。プライドはそれに頷くとその場で望みを叶えた。
満足したようにヴァルは再びベッドに寝転がると、もう用はないとばかりに手で虫でも払うような仕草で彼らを追い出した。礼もなく、欠伸をしながら見送りもしようとしないヴァルにステイルとエリックは眉間に皺を寄せたが、何も言わなかった。
プライドが少しだけ、気になるように一つやんわりと尋ねてみる。するとヴァルは一度口を硬く閉ざした後、少しだけその問いに答えた。
「───────────────────────────────。……一生蒸し返されたくねぇ。」
ヴァルのその答えに、今度はティアラに続いたセドリックが首を捻った。
何故……?と声を漏らしたが、それに対して返答はない。
アランとエリックも訝しむように互いに顔を見合わせた後ヴァルを見た。自分達への当て付けか嫌味かとも思ったが、ヴァルはもう誰とも目を合わせない。むしろもう寝るといった姿勢で寝転がりながら目を瞑るヴァルに、彼らも諦めた。プライド達からの挨拶にセフェク達が返した後、エリックによって扉は閉められた。
パタン、と扉の音が一度だけ鳴った後、ヴァルはすぐに薄眼を開けた。そして唸るような声でうんざりと言葉を掛ける。
「…………まだ入り浸る気か、レオン。」
ギロリと軽く目だけを向ければ、レオンはいつもの滑らかな笑みで変わらずそこに座っていた。
プライド達に振った後の手を降ろし、ヴァルへと顔を向ける。
「うん、すぐ帰るよ。ただ少しだけ、意趣返しをしとこうかなと思って。」
アァ?と、ここでやっとヴァルが顔ごと向けた。
軽く起こし、レオンから放たれた不穏な言葉の意味を待つ。変わらず滑らかな笑みのレオンが今だけは薄ら寒い。
セフェクとケメトも首は傾げるが、レオンがヴァルに危害を加えることはないと知っている彼らは大して警戒しない。むしろプライド達が居なくなったことで緊張が緩んだ二人は、川の字のようにヴァルの隣に寝転んだ。二人分の体積に押され、仕方なくヴァルの方が端に追いやられる。その光景を微笑ましいと思いながらレオンは言葉を続けた。
「君、さっきのアレ。……僕への仕返しだけじゃなかっただろう?」
ふふっ、と敢えて笑いながら言うレオンにヴァルは余計不穏が募る。
何の話だ、ととぼけてみればレオンはその反応がくることをわかっていたように「まずは」と一言から言葉を重ねた。
「プライドが僕を殺そうとしたこと。……君は他の誰にも話したくなかったんだろう?」
今日一番の大きな舌打ちが、レオンに返された。
目も合わせず不快そうな顔とそれを十分な返答だと判断したレオンは、滑らかに笑う。そういうやり方が彼らしいなと心から思う反面、とぼけるのではなく明らかな返答で返されたのは、自分なら知っても良いと思ってくれたからだろうかと少し期待してしまう。
ヴァルは王族に嘘はつけない。
唯一彼が偽れる相手はプライドに許可されたレオンだけだ。もし、配達人業務中に他国の王族に聞かれれば彼は答えてしまう。単純に奪還戦のこと自体は近いうちに正式にプライドから秘匿命令も出る。だが、ヴァルはフリージア王国の王族にすらあの時のプライドとレオンのことは話したくなかった。そして、……自分がプライドを庇うようなことを望んでいるのも、知られたくなければ認めたくもない。
『何なら今度こそ嘘無しで話してみるか?主』
『ッ駄目です‼︎もうその事は誰にも話さないでください‼︎』
「さっき、プライドから貰った〝褒美〟もそういうことだろ?」
今度は若干殺意を込めてレオンを睨む。
それ以上は余計なところまで踏み入ってくるなと、目が如実に語っている。ヴァルのその眼差しの意味を理解すると「言い過ぎたかな」とレオンは笑う。あまり反省していないその顔は、むしろ満足げでもあった。
それにヴァルはげんなりと息を大きく吐き出すと、天井を仰いだ。両手を後頭部で組み、面倒そうにまた舌打ちを鳴らす。
「意趣返しが済んだなら帰るんだな。」
認めず否定せず、敢えてそっけない言葉でレオンを追い払う。
するとレオンは肩を竦めながら、掛けていた杖を手に取った。やっと帰る支度をするレオンに溜息だけを吐けば、横に転がるセフェク達が「帰るの?」「お大事に」と言葉を投げた。
二人から挨拶をされたことが嬉しそうに顔を綻ばせるレオンは、ゆっくりと椅子から腰を上げ、……る前に「あともう一つ」とヴァルに顔を近づけた。
セフェク達にも聞こえないように、自分の耳に顔を近づけてくるレオンにヴァルは眉間に皺を寄せる。しかし心底嫌そうな顔をしながらも、身体を逸らしはしなかった。黙ってレオンの囁きに意識だけを傾けながら、黙って彼の言葉を聞く。
「───────────────────?」
低く、妖しく放たれた声と何よりもその言葉に。
目を見開いたヴァルは一気に顔色を変えた。ぎょっとするように顔を歪め、反射的に身体を起こす。急に動いた所為で傷が痛んだが、あまり意識にはいらない。それよりも顔色を変えたヴァルがしっかり顔を向けてレオンを見れば、妖艶な微笑がそこにはあった。
自分に向けられるには、肩が強張るような笑みにヴァルの顔が引き攣る。セフェクとケメトがどうかしたのかと同じように身体を起こす中、レオンは珍しくヴァルの正直な反応が見れたとそこでやっと滑らかな笑みに切り替えた。
「今のが本当の意趣返しだよ。……僕も、君がそれを選んでくれて嬉しいよ。」
じゃあまた。と今度こそ椅子から腰を上げて立ち上がるレオンに、ヴァルは本気で殴りたくなった。
さっきプライド達が来る前に突き飛ばした時点で蹴りの一つは食らわせるべきだったと胃が煮えるほどに後悔する。
杖をつきながら一歩一歩扉に近付くレオンは、最後に自分を睨むヴァルとセフェク、ケメトにひらりと手を振ってから扉に手を掛けた。ヴァルから受けたやり過ぎの意趣返しを、余った分更に五倍にして返したレオンは滑らかな笑みとともに今度こそ部屋を去った。
「…………。」
バタン、と扉が閉まると同時にベッドに倒れ込むヴァルは低く唸る。
両腕を交差させて顔を覆い、天井を仰いだまま暴れ回りたい欲求に耐える。あまりに力尽きた様子のヴァルにセフェクとケメトが体調が悪いのかと覗き込んできた。それに手首から指先だけを軽く振って否定すると、ヴァルは開けたままだった口を意識的に閉じる。
レオンに口で勝つのは、自分には不利なようだと改めて思い知る。
認めたくはない、知りたくもない。もうプライドも全てが元通りに戻ってきた今、自分の状況など振り返りたくもない。ただ……
『君、今度は自分からプライドに隷属を望んだね?』
「〜〜〜〜〜ッッ……。」
気付かれた、と。
レオンのさっきの言葉を思い出すと羞恥と屈辱が込み上げる。
歯をギリリと食い縛り、八つ当たるようにベッドを踵で蹴る。クソがッと何とか言葉に吐き出したが、いつものように憎々しげではなく若干弱かった。これ以上表に出せば、折角塞がった傷から血が噴き出るだろうと確信する。
プライドから全ての許可を与えられたままだと気付いた時、ヴァルはそのまま隠し通すこともできた。過程がどうあれ、プライドから全ての許可を与えられた彼は怪我さえ治れば今度こそ自由も同然だった。
このままプライドからも離れて隷属の縛りもなく普通に生きることも、フリージア王国から離れることも、再び裏稼業に手を染めることもできた。上手くやれば隷属のふりをしたまま配達人を続ける事もできたかもしれない。
だが、彼はそれを望まなかった。
全く迷いも躊躇いもなく、彼はその権利をわざと投げ捨てた。
敢えてプライドをからかい、自分が隷属していないことを仄めかした。
言葉にしたくはない。
自分が、今度こそ望んで〝隷属〟という屈辱的な筈の今の立場を選んだ事を。
認めたくはない。
目の前にぶら下げられた自由よりも、プライドを選んでしまったなどと。
受け入れたくはない。
彼女へ交わした二つの誓いを貫き通す為の〝理由〟と〝方法〟の方が大事だったなどと。
知りたくもない。
彼女が望むまで奪えない。その方が良いと思ってしまった理由など。
気付きたくもない。
取り戻したプライドとの生き方を、もう二度と手放したくはないと思ってしまったことを。
「…………ッタチがわりぃ……。」
簡単に知ってしまったレオンより、自分にそう思わせてしまったプライドの方が、遥かに。
そう思いながら、ヴァルはギリギリと歯軋りを鳴らす。不快で腹立たしく気分が悪くて堪らない。指摘された所為で、気付かないままでいられた筈の何かがブクブクと沸騰し吹き零れる。
ペタン、と腕の隙間からセフェクが額の熱を測ってくる。ケメトが顔を覗き込み、彼の顔色を見る。無抵抗にされるがままに無視をするヴァルを二人は覗き込み、そして顔を見合わせた。
「僕も、また主達とたくさん会えるのが嬉しいです!」
「はい、水。窓開けるわよ?」
何も言わずともケメトは嬉しそうに笑い、再びヴァルの横に転がった。
セフェクが近くの水差しからコップへ注ぎ、ヴァルへ突き出した。無言で彼がそれを受け取ると、ぴょんっとベッドから飛び降りて窓を開ける。外の新鮮な空気が部屋に流れ出し、ヴァルの頭を心地良く冷やした。
何も言わず、少し頭を起こしてコップの中身を全て飲み干したヴァルは、空のコップを力無くベッドの下に転がした。
涼しい風の出所に顔を向け、カーテンが揺らめくのをぼんやり眺める。突風が吹き、舞い上がった花弁が一枚だけ窓から風に紛れ込んで入ってくるのを見て、腕の下の目を細めた。
「……クソガキ共。」
苛立たしげな声が、うわ言のように溢れた。
二人は振り向いたが、それ以上は気にしない。ベッドに転がり、目を閉じる。そしてヴァルもまた瞼に力を込めた。
ケメトもセフェクも、プライドもレオンも誰も彼もが腹立たしい。そして、……もう逃れられないのだと諦めた。




