584.配達人は辟易し、
「うざってぇ……。」
奪還戦から四日。
ヴァルはうんざりと息を吐きながら目の前の見舞い客へ悪態を吐いた。
奪還戦で名誉の重傷を負った彼は、医者の正確な治療と怪我治療の特殊能力者により一命を取り留めたが、目覚めたのはつい昨日だった。
目覚めてその後プライドが運ばれていった後は面会謝絶にした。ハナズオ連合王国の王弟すら追い払った。単純に誰にも会いたくなかったこともあるが、それ以前にソファーに寝かせたセフェクとケメトがずっと熟睡していた。
プライドが居なくなったお陰で警備の数も過剰ではなくなり、護衛の騎士も部屋の外に出ない限りは顔を合わせないで済むようになった。医者や侍女が出入りするのと、護衛の騎士が逃げてないか確認しに来る以外は過ごし易い。それでも厳重な警備下で騎士に囲まれていることには変わりないが、自分が目覚めるよりは遥かに風通しが良くなったのだと知ったのは、セフェクとケメトが目を覚ました今朝のことだった。
運ばれた朝食を食べ、傷が完全に治癒するまでは大人しくしていなければならない彼はベッドから動けない、そんな中。
「お酒がないと訪問するのも駄目かい?」
「テメェも怪我人の筈じゃねぇのか、レオン。」
セフェクとケメトの反対側の椅子に座るアネモネ王国の第一王子にヴァルは嫌そうに顔を歪めた。
朝から訪れたレオンは身体の負担を減らす為、ステイルと同じように杖をついて歩いていたが、顔色は大分良かった。今朝からプライドが無事目を覚ましたことを知った彼にはもう憂いはない。
ヴァルの嫌味に「心配してくれているのかい?」と驚いたように目を丸くするレオンに、余計ヴァルの血圧が上がる。うぜぇ、とまた零しながら顔をレオンから背けた。
「ずっと君に会いたかったんだよ。今朝、やっと救護棟内までなら移動の許可も貰えて。君も昨日ちょうど目を覚ましたと聞いたから。」
「テメェに見舞われる為に起きたわけじゃねぇ。」
「でも僕の所為で怪我をしたんだろう?」
「…………。」
この場に砂袋さえあれば、とヴァルは半ば本気で思う。
この場でうるせぇと拳を叩き込んでやりたいが、そんなことをすれば部屋の外に控えているアネモネ王国の騎士にその場で取り押さえられることは目に見えている。
顔を逸らしたまま「覚えてねぇ」と一蹴する。ほんの一瞬だけでもレオンが絶対安静とステイルに聞いた時に気になってしまった自分を呪う。
あの時、敢えてステイルが自分に詳しくレオンの容態を教えなかったことも確実にプライドを三日間独占した意趣返しだろうと確信する。
「でも本当に助かったよ、ありがとう。君がいなければ、……取り返しが、つかなかったから。」
僕も、プライドもと。そう言い切るレオンの声は途中から低く翳った。
結果としてプライドを取り戻せたが、自分の不甲斐なさが原因で愛するアネモネ王国のみならずプライドやフリージア王国にまで深い傷を残していただろうと思えば死んでも死に切れない。
レオンの真剣な表情と声に、ヴァルは面倒そうに舌打ちで返した。「テメェの為じゃねぇ」と返しながら、なんとなく自分の傍に座っているケメトとセフェクに目が行ってしまう。
二人ともヴァルの視線に気付き、喉が乾いたのかと尋ねるが敢えて無言で逸らした。目覚めてからヴァルは彼ら二人にまだ何も謝罪も礼もしていない。だが、セフェクが「私達居なかったらやっぱり死んでたじゃない‼︎」と起き抜けに怒鳴ってきたからには、何かあったのだろうとは思う。
「傷の方はどうだい?あとどれくらいで治りそうかな。」
「大事を見てひと月は居ろとよ。……テメェは。」
「同じかな。僕は傷痕も治して貰わなきゃいけないから。」
特殊能力者の治療は絶大だ。
特に王族であるレオンは、傷痕自体も残らないよう念入りに毎日医者の特殊能力を受けていた。すると話を聞いていたケメトが「体調はもう良いんですか⁈」と尋ねてきた。セフェクが続いて「その杖はずっと?」と聞く為、二人に心配されたことが嬉しくなるレオンは思わず砕けた笑みを零してしまう。
「体調はもう随分良いよ。あと数日もすれば杖無しでも歩けるようになるかな。」
心配してくれてありがとう、と言いながらレオンは椅子の横に掛けた杖を目で指した。
ステイルと違い、足を負傷したわけではない。それでも特殊能力者の治癒を早く進ませる為には動かないことが一番な為、少しでも身体に負担をかけないようにする配慮だった。
「ねぇ、何故僕を助けてくれたんだい?」
うぜぇ、とまた声に出してヴァルはレオンの問いに吐いた。
またその話題かと、目だけでちらっと見ればこの上なく嬉しそうで興味深そうなレオンの瞳が輝いていた。顔を顰めて不快を露わにしても全くレオンは気にしない。当時のことはヴァルもはっきり覚えているが、言いたくはない。なのにレオンは気になって仕方ないという様子で身体まで前のめりだった。ケメトが興味があることを尋ねてくる時とも似てると思えば、頼むからケメトはレオンに似るなよと心から思う。
「……主に頼んで命令でもして吐かせるんだな。」
「それじゃあ意味がないよ。僕は君の意思で聞きたいんだから。」
我ながら意地悪だな、と思いながらもレオンは笑う。
ヴァルが答えてくれないことも、どうして助けてくれたのかも自分なりにはわかっている。ただ、それでも彼自身の口から聞いてみたい欲もあった。顔を背けて顰めたまま「知るか」と断じるヴァル相手に楽しくて堪らない。怪我を押しても見舞いに来た甲斐があったと心から思う。
ヴァルが目を覚まさない間、心配で気が休まらなかったのはレオンも同じだった。セフェク達の話を聞けば、彼は閃光弾に気づいてすぐに駆け付けてくれた。そしてティペットに刺された後もプライドの元から自分を連れ出してくれた。しかもそこまでしてくれたのは自分の〝友人〟だ。
「……今度、また御礼に御馳走するよ。何か飲みたい酒はあるかい?」
「…………まだ呑んでねぇ酒から用意しとけ。」
呑み尽くしてやる、と悪態をつくヴァルにレオンが滑らかに笑った。わかったよ、と言いながらその時が来るのが今から楽しみになる。
セフェクとケメトは二人の会話を聞きながら、ヴァルの傍の椅子から少し離れたソファーに転がり出した。顔は変わらずヴァルとレオンに向けてはいるが、寝過ぎた所為かまだ身体のだるけが強かった。
「それにしても贅沢だなぁ……。」
何がだ。と、レオンの言葉にヴァルは片眉を上げる。
前のめりな姿勢から伸びをするように椅子に座り直したレオンは、ぐるりと部屋を見回していた。来賓用の部屋とはいえ、王子であるレオンの方が用意された部屋は上等だ。さらに言えばレオンの城の方が当然豪奢で贅沢なつくりとなっている。一瞬、この部屋がヴァル達に対しては贅沢過ぎるという意味かともヴァルは考えたが、すぐに思い直す。レオンがそういう嫌味を言わないのは経験上よくわかっていた。
訝しむヴァルに部屋を見回した後のレオンは再び顔を向ける。滑らかに笑いながら、彼の顔色を見逃さないように瞬き一つせず
「ここで三日間もプライドと時を重ねたんだろう?情趣溢れる逢瀬なんて、最高の贅沢じゃないか。」
ゴホッゴハッ‼︎
予想外の暴投に、流石のヴァルも大きく噎せた。
数度肩を上下させるほどに咳をすれば、強制的に傷が痛んだ。セフェクとケメトも心配するように顔を上げたが、ヴァルは何でもねぇと二人に視線だけで返した。
直後にはこの野郎、と思いながらレオンを鋭い目で睨むが全く彼は気にしない。むしろ「大丈夫かい?」とヴァルの背中を摩ろうとした為、指先が触れた瞬間に掴み上げられ、そのまま椅子の方へ雑に突き飛ばされた。摩るために少し腰を浮かせていたレオンはガタンッと椅子を鳴らして背凭れに軽くぶつかった。
多分今のは言葉よりも気安く触ったことに怒ったのかな、と思いながら椅子に姿勢良く座り直すレオンはあまり気にしない。寧ろヴァルの方が背中を打ったレオンと突き飛ばした自分の手を丸くした目で見ていた。それに対しレオンが「咳は止まったね」とまるで気にしてないというように滑らかに笑めば、気が付いたように口をきつく結んだヴァルが無言で彼を睨み直す。
レオンの言葉は、間違っていない。
だが、自分は三日間意識を失っていたのだから全く楽しくも役得でもない。目を覚ました後にはプライドは倒れて強制回収までされたのだから。寧ろ情趣だの逢瀬だのと気味の悪い言葉を並べ立てられることに身の毛がよだつ。ぞわぞわと背筋が気持ち悪くに騒めくのを感じながら、ヴァルは喉を反らし顔を最悪に痙攣らせた。
そしてレオンも知った上で、敢えてそういう言い回しでからかってきていることも彼は理解する。
「薄気味わりぃ言い方するんじゃねぇ、反吐がでる。」
気を取り直したようにこの上なく不快に顔を歪めるヴァルに、レオンは滑らかな笑顔で返した。ごめん、と言いながらも全く悪びれず、むしろ自分の言葉に動揺してくれたことが嬉しいとすら思う。
ヴァルもいつもならば腹が立てば自分が部屋を去っていたが、今は絶対安静でベッドからも逃げられない。それも分かった上での投げ掛けであれば、最悪の嫌がらせだと舌打ちをする。
何かレオンに意趣返しできればとも考えるが、自分の頭ではレオンに口で勝てないこともわかってはいた。記憶を巡らし、ふとそこである事をヴァルは思い出す。これなら、と思い口を開こうとした瞬間
コンコン。
「ヴァル、レオン。ごめんなさい、私達もお邪魔して良いかしら?」
部屋の外にいる騎士が扉を叩いた直後、聞こえたその声に二人は同時に顔を向けた。
明るく元気そうなその声に、衛兵からの報告通り無事目を覚ましたのだと理解したレオンは滑らかに笑み、ヴァルは眉間に皺を寄せる。
ケメトとセフェクが「主!」と跳ねた声をあげ、ソファーから飛び降りた。二人の返事を許可と判断し、扉が開かれる。プライドを始めとしてステイル、ティアラ、アラン、エリック、そしてセドリックが順に部屋の中へ入ってきた。
あまりの数にヴァルは怪訝に顔を歪めたが、セフェクとケメトは嬉しそうにプライドとティアラを呼んだ。
二人の呼びかけに返しながら、プライドはヴァルとレオンにも少し肩を狭くして笑いかける。
「昨日はお騒がせしてごめんなさい。もう大丈夫だから。」
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