そして提案される。
「……あの、どうなさったのでしょうか……?ステイル第一王子殿下、アラン隊長、エリック副隊長……?」
プライドの部屋から出てきた三人にセドリックが狼狽える。
プライドからの伝言を近衛兵のジャックから聞かされ、そのまま廊下で待っていた彼だが、ステイル達の顔色が明らかに優れないことを不安にを覚える。挨拶にはきちんと三人とも返してはくれたものの、どうにも考えあぐねているような様子だった。続けて出てきたティアラに会えたことには胸がうっかり浮き立ったが、それでも今は彼らの顔色の方が心配になる。まさか、目覚めたプライドに何かあったのかとまで考えてしまう。
「……目を覚ました姉君が、騎士団演習場へ行きたいと仰りまして。」
ハァ……、と眼鏡の黒縁を押さえながら溜息混じりに話すステイルにセドリックはきょとん、とする。
それは喜ばしい、と相槌を打てば今度は三人分の溜息が返ってきた。全く訳がわからず首を捻ってしまい、あまり踏み込んではいけないのかと考える。
セドリックだけではない、ティアラも「お姉様に会えたら騎士の方々は喜ぶ筈よっ?」とステイルへわからないように提言する。すると、ステイルはチラリと一度セドリックを見た後、一度ここは黙ると決めていたことを考え直すように俯き、顔を上げた。
「…………セドリック王弟殿下も、昨日ヴァルが目覚めたことはご存知だと思います。姉君が、付ききりでいたことも。」
以前ならば彼には話さなかったが。と少し思いながらステイルは声を潜めて口を開く。
この言葉にセドリックも頷いた。昨日、ヴァルが目覚めたこともプライドが倒れたこともセドリックは聞いた。プライドの部屋にも面会に行っては無事を確認して胸を撫で下ろし、ヴァルの部屋にも面会に行っては扉の前で本人に追い返された。
プライドほどではないにしろセドリックも毎日頻繁に眠っているヴァルの見舞いには行き、プライドにも会っていた。
「そして、……我が騎士団では姉君はその、…………とても慕われておりまして……。」
自分で言うのも恥ずかしい、と言わんばかりにステイルが歯切れ悪く言う。
だが、当然それもセドリックは知っている。一年前の防衛戦でプライドがどれほどの支持を集めていたかは彼も何度も目にしている。
腕を組み、意図を考えながら頷くセドリックにステイルは「ここから先は内密に」と念押ししてから続けた。
「………………騎士達が感極まるので労いは結構だと、騎士団長に頼まれておりまして。」
途端、横で話に頷いていたアランとエリックが耐えきれずに顔を逸らした。気まずさと羞恥を口の中を噛んで耐えながら、息まで止める。
セドリックはその話に目を丸くする。ティアラも、アランとエリックを覗き込むようにしてステイルと見比べたが、二人は彼女の視線からも今だけは逃げ続けた。
もともと騎士団で絶対的人気を誇るプライドは、ティアラの誕生祭から姿を見せなかった。更には特殊能力で操られていることが発覚し、それを奪還。当然、敵の魔の手から取り戻せたプライドに誰もが会いたいと思っている。
しかし、もう収拾はついたとはいえ騎士団に休みはない。まだラジヤ帝国の追撃がないとも言い切れない中で、緊張を緩めるわけにもいかない。
ラジヤ帝国へのフリージア王国勝利と和平条約反故の申し立ては、ステイルの瞬間移動で既に書状を持たせたラジヤの参謀長と部下達の手で行わせた。一カ月後にはラジヤ帝国の皇帝が訪問し、捕虜の回収と共に改めて条約締結を行う予定だが少なくともそれまで騎士団は厳戒体制を崩せない。
更にはプライド奪還での状況を知る騎士達にも箝口令が敷かれていた。プライドではなくティアラのことに関し、現段階で秘匿を固める為に。その為、奪還戦後にも休息を回した騎士達が現場にいた騎士に情報共有を求めてもプライドを奪還できたこと以外は開示されなかった。
「せめて一ヵ月後のラジヤ帝国との条約締結後までは控えて欲しいと……。」
一年前の防衛戦で、プライドが怪我を負った騎士の元へ見舞いに来た時の惨状を考えれば、二ヵ月ぶりに会うプライドなど毒でしかない。
一目会っただけでも過剰摂取でその日の任務が手に付かなくなる可能性もあると、騎士団長のロデリックと副団長のクラークが判断した。
既に、奪還戦後の時点で救護棟の護衛でプライドを目撃した騎士達は放心し、感極まった者もいた。翌日からは、唯一毎日プライドに会えている近衛騎士であるアラン達には、毎日のように騎士がプライドの様子を聞きに詰め寄っている。
救護棟のヴァルへ見舞いに来ていると知られてからは、プライドを一目見ようと救護棟警護当番の取り合いまでもが連日行われていた。当然、一番人気はプライドが殆ど過ごし続けたヴァルの病室だった。元騎士団奇襲事件の犯人の護衛が隣国の第一王子の護衛よりも人気など笑い話にもならない。
レオンとヴァルは同じ棟に療養中ではあるものの、上の階に療養しアネモネ騎士団が守っているレオンに対し、ヴァルの病室のある階には第一王女の護衛としてぎっしりとフリージア騎士団が詰まっていた。
そして、プライドの元気な姿を初めて確認できた騎士は任務を終えて演習場に帰ってきた直後、一人として平然としていられるものはいなかった。
今まではプライド自身がヴァルの目覚めを待つことを優先していたから阻む必要はなかったが、とうとう来るべき時が来てしまった。
「勿論、騎士達に一生会わせないわけではありません。一ヵ月後にラジヤとの条約締結が終われば、早くて三日後に公表や表彰式、大規模な祝勝会も行う予定です。そこには勿論、姉君も参じる予定ですから。」
溜息混じりに言うステイルにセドリックは瞬きを繰り返す。
なるほど……と普通なら信じられないが、プライドならばそういうこともあり得るのだろうと彼はすんなり納得する。しかし、それでもやはり一ヵ月もプライドに会えない騎士達が不憫だとも思った。
しかし、ステイルの話を聞きながら口を結んでいるアランとエリックも騎士団長であるロデリックの判断に全く否定ができない。プライド奪還後、各隊任務と近衛任務から順に休息を回していった時、張り詰めていた糸が切れた自分達が自室でどうなっていたかはよく覚えているのだから。
同じ騎士であり、プライドを慕う彼らに「泣くな」などと自分を棚に上げて言えるわけがないほどに。
「まぁ、その時は母上達や上層部、アネモネ王国も招きますし、あくまで形式的な労いの場にはなると思いますが。」
今回はフリージア王国の勝利。国を挙げての大規模な祝杯にもなる。長らく公式の場に姿を現さなかった第一王女であるプライドは騎士達と直接関われる機会も少ないだろうと思う。騎士団長なら未だしも、普通の騎士では挨拶の機会も難しい。
申し訳なさそうに肩を丸めるステイルに、エリックは「充分だと思います」と言葉を掛けた。騎士達からすれば、プライドが笑っている姿を見られるというだけで充分な褒美になるのだから。
エリックの言葉にアランも続けて同意するが、ステイルは正直自分が一番不満だった。
今回、プライドを取り戻す為に実質的に力を尽くしたのは騎士。そしてプライドのことが秘匿されている間に尽力してくれたのは衛兵達だ。それが彼らの仕事であるといえば簡単だが、ステイルはちゃんと労いたい気持ちが強い。そしてそれが自分だけでなくプライドにとっても同様であることはわかっている。
なのに、衛兵は当然警備の為に祝勝会中は仕事。騎士達はプライドに直接労っても貰えない。関わる機会が最も多いのは何も知らされてなかっただけの上層部だ。
仕方ないとはわかりながらも、どうにも胸に気分悪く引っかかった。そして、衛兵は仕方ないにしても、騎士団についてプライドにこの事を話せば、彼女が同じように気を落とすであろうこともわかっていた。だが、あと一ヶ月近くプライドを騙し騙し押し留められる自信もステイルはあまりない。
「でしたら、こうするのは如何でしょう?」
突然、会話に鈴の音のような声が放たれる。
見れば、ティアラがにっこりと笑ってステイルとアラン達を見返していた。楽しい事を思い付いたかのように細い両手をぱちんっと合わせ、彼らに笑いかける。
その愛らしい笑顔にセドリックの顔が若干火照る中、ステイルはまた何か企んでるなとすぐに理解した。
そしてプライドが着替えを終える前に語られたティアラの案に、誰もが口をポカリと開ける。
まだ提案の段階にも関わらず、聞いた途端に近衛騎士二人は熱が上がった。母上達が許すかわからない、と最初は否定しようかと思ったステイルだが、その前にティアラが「ジルベール宰相にお願いすれば平気だと思うのっ」と言うと、言い負かされたかのように唇を結んだ。
確かに、それなら、と頭の中でいくつものパターンを考え、何よりも〝自分もそうしたい〟と思ってしまう。すると、ステイルやアラン達の心を読んだように勝利を確信して笑うティアラは、最後に弾んだ声で彼らに言い切った。
「その方がずっとずっと素敵だと思いますっ!」
ねっ?と悪戯っぽく笑う彼女は、プライドにも似た笑みだった。
……
「……では。本当に宜しいでしょうか、レオン第一王子殿下。」
時を同じくして、ヴァル達が滞在すると同じ救護棟。
プライドとステイルすら知らない内に、忍ぶようにレオンの病室には一人の訪問者がいた。
第一王女の為に深傷を負った隣国の王子。彼の負傷を責任持って傷痕一つ無く完治させる為、彼もまた滞在を長引かせていた。アネモネ王国の国王に許可を得たフリージア王国は、王子の護衛である騎士達と共に彼らを預かった。
そして今、彼は病室のベッドの上に居た。事前に連絡を受けていたその来訪者にベッドの上から身体を起こし、迎えた。
「……ええ、構いません。わざわざお話して下さってありがとうございました、ヴェスト摂政殿。」
滑らかに笑んだ眼差しの先には、フリージア王国の摂政が椅子に腰掛けていた。
いえ、とんでもありませんと首を振るヴェストは再び頭を下げる。奪還戦から四日。特殊能力者による治癒も進み、容態も安定したレオンの元に彼は訪れていた。
護衛であるアネモネ王国の騎士も、ヴェストの護衛であるフリージア王国の騎士も全員が今は部屋の外に下がっていた。二人きりの病室となった今、自国の窮地に援軍として尽力した第一王子に敬意と誠意を示す為、ヴェストは全てを打ち明けた。
フリージア王国の意思と、決断を。
「僕には、生涯不要なものですから。そうして下さることがフリージアと……アネモネ、双方の為だと思います。」
「……ありがとうございます。」
深々と礼をするヴェストは、心から感謝した。
レオンにそれを拒まれたところでフリージア王国の意思は変わらない、変えられない。それでも、できることならば強制や断行ではなくレオンから了承を得て行いたかった。
「それに、ヴェスト摂政殿のことも信用しています。プライドやステイル王子、ティアラが信用する貴方なら。」
そう言ってレオンは握手を求めるように手を差し出した。
病棟に運ばれた時より遥かに血色も良くなり、身体を起こしても問題はないほどに傷は癒えた。身嗜みこそ整えているものの王子としての格好ではなく、休みやすい寝衣だ。しかしその佇まいには王子としての風格と威厳を放っていた。
大陸でも貿易最大手国であるアネモネ王国。
その次期国王とされる第一王子のレオンは、滑らかな笑みをそのままに躊躇いもなくヴェストにその全てを委ねた。
アネモネ王国とフリージア王国の信頼関係を守り続ける、その為に。




