582.生存者は目を覚まし、
…………ここ、は……?
暗い、世界。
何もかもが黒くて暗い。
締め切られた窓の外から陽の光も感じない。外は夜かしらとぼんやり考える。
……私、何故こんな……ところに……?
顔を窓へ向けて、横になった状態から身体を動かそうとしたけど全く動かない。ギギッ……、と縛り付けられているような感覚が不快で顔が歪む。
動かない、動けない。何故私がこんな目に。そこまで考えて、………………思い出す。
私は、負けたのだと。
まるで長い、長い夢を見ていた気分。
ならば此処は、と考えてやっと此処が何処かを理解する。
嗚呼、きっとそうだわ。だって、それしか考えられないもの。
それならば、私がこうなっている理由も察しがつく。だけど、敢えてこんなことをするなんて考えたのは誰かしら。ジルベール?ステイル?騎士団長?レオン?セドリック⁇それとも
………………ティアラ?
「……アッハ。」
思った途端に笑いが溢れる。
いっそティアラだったら面白い。あの甘いだけの出来損ないにそんな残酷で素敵なことが思いつけたなら褒めてあげても良い。
…………私は、負けた。
あああああああ思い出すだけでも忌々しい。
選ばれし女王である私を出来損ない共が集い、叛旗を翻した。私の手駒全てがあの子に奪われた。
『ティアラ様の仰る通り、この国はもう貴方のものではありません』
涼しげに吐いたあの男の声に、今は虫酸が走る。
あの男だけじゃない。生意気にも女王である私の足止めに剣を向けたセドリックも玩具の分際でそれに援護したレオンも騎士団全軍を反乱に率いた騎士団長も許しはしない。それにステイルは何をしていた⁈奴隷の分際で主人の危機にも駆けつけないなんて‼︎大体どうやってあんな所に奴らは爆弾を仕掛けられっ……、…………。
「……あぁ。……そういうコト。」
ステイルは現れなかった。そしてあの男なら、契約の穴をつくのも容易だろう。
本当に、本当に私の全てが奪われた。
『私には視えます……‼︎プライド・ロイヤル・アイビー……もう貴方の未来はありません‼︎』
……ティアラの、言う通りになった。
あの子が見せた予知は、きっと現実になる。
あの出来損ないには、……負けたくなかった。
父上だけじゃなく母上にも愛され、最期の最後にその手を取られ、第一王女の私を差し置いて母上に国まで任された。
ただ母上に似てるというだけで、民にまで無条件に愛された。
地位も特殊能力も器も能力も全て私の方が間違いなく上回っていたにも関わらず。なのに、今は‼︎
その全てを、……ティアラが上回った。
予知能力。私が選ばれし人間である証。
女王である母上に選ばれずとも〝神には〟選ばれたという証。
なのに、あの出来損ないはそれをも勝る予知能力者だった。
そして見せつけられた未来では、民の誰もがティアラを女王と祀っていた。
『お前は間違っている。このような治世、長くは続かない。お前の人生よりも早く崩壊する』
『必ずッ…貴様は断罪される…‼︎その命をもってッ…真に正しき者がっ……貴様を、殺す…‼︎』
ヴェスト叔父様。そして名も無き侵入者。
わかっていた。私の支配下で国が衰退していることぐらい。
別に、私はそれで良かった。
私の王政中まで保てば、それで。なのにそれすら待たず、崩壊した。民も部下も騎士も従者も上層部も何もかもが無能な所為で。
私が悪いんじゃない、全て無能な奴らが悪い。
私は選ばれた。なら選ばれた私の為に尽くしなさいよ。女王の為に国が尽くすのは当然でしょう?
私は国の為に産まれてきてあげたのだから、国の人間が私に尽くすのは当たり前なのに。……父上以外、誰も私に心をくれなかった。それなら〝心以外全て〟私にくれなくちゃ。
たとえいくら悪逆非道と呼ばれようと、最低だ外道だと謗られようとも女王である私に民が尽くすのは当然の義務でしょう⁈‼︎
なのに。………………終わってしまった。
私にはもう何もない。全てあの憎き女に奪われた。
怒りに任せてもう一度、腕を振り乱そうとしたけれどやっぱり動けない。それどころか傷も痛むし、頭も痛い。熱もあるのか息まで勝手に荒くなってくる。
……一体、私をこの後どうするつもりなのかしら。
公開処刑?磔?拷問?
どれもありそうだなと思う。今まで私が遊んできたのだから、今度は私が遊ばれる番ということだ。
どれにしろ、女王である私になんて身の程知らずにもほどがある。一体誰かしらといっそ待ち遠しくなってくる。
私が悲鳴をあげられるくらい楽しませてくれるなら悪くない。どうせもう全て失った。なら、たとえ死のうとも構わない。だって私はちゃんと愉しんだんだもの。
待ちきれなくて、もう一度暴れてみる。来るなら早く来なさいよと思ってベッドを軋ませる。真っ暗で、何も見えなくて、暴れるだけで傷が痛む。それでも身体なんてどうでも良いと
「女性一人でベッドを揺らすとは。男を誘っているようにしか思えませんね。」
…………突然の、声だった。
私一人じゃなかった。暗い部屋で私の頭の上に誰かいる。
私が起きてからもずっと気配を潜めて眺めていたのだと思うと腹立たしい。何となく聞き覚えのある声に誰かと考える。てっきりこんなことをするのはステイルかと思ったけれど、声からして違う。この声は……。
「お目覚めをお待ちしておりました、プライド・ロイヤル・アイビー殿。」
「…………女王陛下とお呼びなさいな。」
誰かわかり、意外な相手だったと思う。
目だけで睨むけれど、まだ顔がよく見えない。だけどこの声は間違いない。
「おや、もう女王ではないのでは?」
「………………。」
役にも立たなかったくせに生意気な。
いっそ早く殺してちょうだいとそう思う。なるほど、つまり計画が失敗した報復ということだ。その為に私を回収したらしい。
彼は私から離れると「外の方が明るいですよ」と言って閉め切っていたカーテンを開いた。うっすらと月明かりが部屋を照らす。
「あれからよくお眠りになられていました。お目覚めにならなければどうしようかと。」
「ふぅん。…………それで、私をどうするつもりなのかしら?」
月明かりに照らされた彼に目も向けず、天井を仰ぐ。
すると、戯けたように大きな声で「決まっているでしょう‼︎」と両手を広げて彼が謳い上げた。タンタンタンと床をわざとらしく踏み鳴らして近付いてくる。至近距離から私を覗き込み、醜く笑う。
「やっと、貴方を手に入れた……‼︎‼︎」
彼の獣のように細い目が歓喜に光った。
月明かりに照らされた顔が火照り切る。口端が引き上がり、涎が垂れそうなほど笑いを露わにする。
動けない私の頬に手を伸ばし、手のひらで舐めるように撫でた。噛み千切ってやろうかとも考えたけれど、彼がどう出るかの方が気になり敢えて受け入れる。
「ずっと、ずっとずっとずっとずっと貴方が欲しかった……‼︎奴隷も金もフリージアもどうでも良い‼︎私は貴方が欲しかった‼︎貴方のものになりたかった‼︎そしてようやく〝俺〟は貴方を手に入れた‼︎‼︎」
興奮し出したように鼻息荒く彼は言葉を吐き続ける。
話し方も少し変わって、彼は両手でまた私の頬を撫で回す。首筋まで指先で触れられ、思わず身体がビクリと反応すれば彼の目が恍惚と光った。
「我が君。……貴方が貴方であり続けて下さることこそが我が望み。この世の誰よりも美しく艶やかで、……何者にも染まらぬ苛烈な狂気の女神。」
彼の指先が両側から肩へと降りていく。
押さえつけるように掴まれ、ベッドが小さく悲鳴を上げた。何のつもりかと思えば、そのまま彼がベッドに乗り上がってきた。私を跨ぎ、覆いかぶさるようにして顔を近付ける。今更何とも思わず冷めた目で眺めていると、躊躇うことなく私の首筋に歯を立てた。
〝執着〟の誓い。
布一枚挟んだような感覚のまま吸われ、時折休むように舐められしゃぶられる。
目覚めの感覚に勝手に口が声を漏らせば、彼は嬉しそうに何度も繰り返し水音を響かせた。
見なくてもわかる、はっきりと痕が残ったであろうほどに味わわれた。じゅるりと音を鳴らした後、彼はゆっくりと顔を上げ、笑みを浮かべて見せた。
「御安心を。怪我治療の特殊能力者を始めとして今や我が国は本国以外でも多くの特殊能力者を〝所有〟しております。……貴方の望むものならば何でも御用意致しましょう。」
ニタァァ……と笑いを広げる彼に、やっと確信を持つ。
私まで可笑しくなってきて、思わず笑いを返してしまう。アッハハ……と声を漏らせば、彼が今度は私の胸元に顔を埋め出した。何のつもりかわかり、犬のような彼と、その証を無様につけられる私を同時に嘲笑う。
「金も、地位も、顔も、姿も、身分も全て。この私が貴方に捧げましょう。今日から貴方は私の所有物。そして私は、……貴方の所有物。」
そう言った直後、胸の膨らみを鷲掴み押し退けながら、彼が私に二つ目の証を残す。
〝所有〟の証。……この私を、フリージア王国の女王であった私を所有したと他でも無い私に示すその為に。
獣のように吸われ、痕を残した後も息を荒げて彼は笑う。犬が地面を舐めた方が綺麗だと思えるほど汚らしく涎に塗れた口で胸の間から私を覗く。最後に一度口付けを落とした彼は、顔を上げてまた切れた息で言葉を続けた。
「我がラジヤ帝国の全て。……この世界も、望まれるのであれば必ずや貴方のものにしてみせましょう。」
彼の乱れた紫色の髪が月明かりで妖しく光る。
血走らせた目と血色の瞳が混ざり、赤になる。本当にまるで獣だ。
欲望に塗れた姿の彼は、今度は私の右手に手を伸ばす。まだ証を残し足りないらしい。さっきまで動かない右手に目を向ければ、月明かりに照らされ包帯に巻かれた腕がそこにあった。
てっきり拘束具だと思ったら、どうやら全て包帯らしい。身体中の至る所を包帯で巻かれ、動けない。真っ暗だった部屋を改めて軽く見回せば、それなりの豪奢な部屋だった。
彼は包帯の上から今度は私の手首に歯を立てた。ベロリベロリと舌を大きく動かし、そして吸い上げる。布一枚越しのような感覚に、恐らく首も包帯越しにやられたのだろうと今更になって理解する。
「私をお選び下さい、プライド様。ラジヤ帝国を、私を、……貴方の欲望と望みのままに。」
そう言って、今度は左手首にも同じ痕を残すべく吸い上げた。
痕を残し、私に縋る。
なんて無様で醜い姿。私を飼い殺しにしながら傅くなんてあまりに愚かで醜悪。……だけど。
「フフッ……ハハハッ……アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ‼︎‼︎」
身体の痛みも気にせず笑う。
可笑しくて可笑しくて堪らない。私は確かに全てを失った。だけど、今こうして生きている。
動けない身体も堕とされた証もどうでも良い。やはり私は選ばれた存在なのだと確信する。
彼が私の笑い声に身を反らす。驚いたように上半身を起こし、下敷きになっている私を見下ろす。あああああああああああぁぁあ……まだあった。私の可愛い可愛い奴隷で玩具の馬鹿な犬。
「ねぇ……?私が貴方に所有されるのは良いけれど」
私の言葉に彼が細い目を見開く。
私の返答が意外だったのか、少し不満にも似た眼差しに私は口端を広げて見せる。あああ本当に愚かな子。この顔が、また私に平伏すのだと思えば悪くない。
まだ、私の身体は動かない。特殊能力者の治療があるというならば、一、二カ月程度かしら。
それまで絶対的に不利な、彼に命を握られている私が彼に言う。
「でも貴方も私の所有物なら、……私一人が〝所有〟の証を残されるのはおかしいわよねぇ?だって、貴方も私の物だもの。」
その途端、一瞬驚いた表情の彼から再び歓喜が満ちる。
望んでいた餌を貰えたように、息を荒げながら上着を何枚も脱ぎ捨てる。私がちゃんと〝証〟を残せるようにと燥ぐ姿は滑稽だ。
自分でも口端が引き上がるのを感じながら彼を眺め、最後の一枚を取り払った時に言葉を掛ける。
「来なさい、アダム。私の所有物にしてあげる。」
手の代わりに言葉で舐める。
私の言葉に興奮したように身体を火照らせた彼から舌舐めずりが聞こえた。ゴクリ、と正直な喉を鳴らす音も聞こえて鼻で笑う。
良いわ、くれると言うならば貰ってあげる。
折角生き長らえたんだもの。まだ楽しいことも愉しいこともたくさん沢山しなくっちゃ。
「仰せのままに。我が君、我が女王。そして──」
先に私の頭の横についた手が、髪を撫でた。
月明かりに照らされたアダムの身体は古い傷がいくつもある。鞭の痕か、削がれて後から皮膚が覆い残った傷が至る所に。
嬲りがいのある身体だものね、と思いながら彼と一度目を合わす。「唆る身体」と褒めて上げれば、また彼の息が上がった。
視界が塞がるその時まで、恍惚と光る彼の紅く細い目と覆い被さってくる胸板を眺め続ける。
……ええ、良いわ。いらっしゃい。私がもっと、もっと私の人生を楽しく謳歌するその為に
「我が、支配者。」
貴方を、使い潰してあげるから。
……
…
「ほんっっっっとに、ごめんなさい……。」
奪還戦を終えて四日。
朝にベッドで目覚めた私は、早速平謝りすることになった。
383.402-2
517-幕




