577.収束せし者は辿り着き、
「では騎士団長、副団長。〝くれぐれも〟宜しくお願いします。」
プライドからの話を終え、最後にステイルが騎士団長であるロデリック達に言葉を掛ける。
女王であるローザ達が見送る中、ステイルはプライドと近衛騎士達の手を取った。視界が切り替わる直前、どこか悲しげに瞳を揺らして笑うティアラの姿がプライド達の胸に引っかかる。
視界が一瞬で切り替わり、見ればそこは騎士団演習場に隣接された救護棟の目の前だった。
プライド達が姿を現した途端、警護に回っていた騎士達はどよめき出す。通信兵からの報告でプライドを心身ともに奪還したことは把握している彼らだが、まさか突然目の前に現れるとは思っても見なかった。
プライド様⁈ステイル様‼︎と救護棟の外を守っていた騎士が何人か声を上げる中、近衛騎士達が道を開かせる。誰もが指示通りに道こそあけるものの、その目は真っ直ぐとプライドへ釘付けになっていた。
……やっぱり、レオンの元に直接瞬間移動して貰った方が良かったかしら。
騎士達からの視線を痛いほど感じながら、プライドは肩を上げてしまう。
ステイルの手によれば、レオンの部屋に直接瞬間移動など容易い。ステイルもプライドの危険を減らせるならばと尋ねたが、プライドが断った。ステイルが特定の人物の元に直接瞬間移動できることは出来る限り隠している。更には相手は隣国の第一王子。そんな人間と直接繋がってしまっているなど言えるわけがない。
ロデリックの言葉で騎士達もまた自分を恨んでいないことは受け止められた。だが、それでも胸を張って歩く気にはなれない。自分が甚大な被害と迷惑をかけたことは変わらないのだから。
ステイルと並びながらも俯き、強張った表情の顔を隠してしまう。建物の中に入った時には、堪らずに両手で顔を覆ってしまった。レオンの為に建物内を任された八番隊の騎士が「プライド様……‼︎」とまた呼んだが、やはり顔を上げられない。
「…………どんな顔をすれば良いのでしょう……。」
ぽつり、と耐えきれず零すようにプライドが投げ掛ける。
自分自身への問いと、そして彼らと同じ騎士である近衛騎士達への問いだった。彼らの優しさに応えたい、だが堂々とする立場でも偉そうにする立場でもない自分は文字通り会わせる顔がなかった。
プライドの呟きに、ステイルが気遣うように彼女の手を取った。彼女達を守る為控える近衛騎士達も一度は口を噤む。プライドの気持ちもわかる、一度は彼女が罪の意識に潰されかけたのを全員が目にしている。間違っても気軽な言葉は掛けられない。
彼ら八番隊の上官であるハリソンが「必要ならば全員払い除けましょう」と剣を構えたが、アランとカラムは同時に彼の肩を掴んで押さえた。救護棟が第二の戦場になりかねないと二人がかりで止めに入る。
プライドもその言葉に苦笑しながら「ありがとうございます、御気持ちだけで」と言葉を返した、その時だった。
「…………って、頂くと……ありがたいです……。」
ぽろっ、とプライド以上に小さな声が零された。
聞き逃し、プライドが振り返ればエリックだった。ステイルの隣に位置しながら、腰の剣に手を添えて歩く彼が口を開く。ぎこちなくも精一杯柔らかく見えるように笑い、顔を傾けながら僅かにだけステイルの肩越しにプライドと目を合わす。
「笑って、……頂くと。それだけで、伝わると思います。」
そう語るエリックの瞳は微弱に揺れていた。
言葉を何とか絞り出すかのように語る彼は、それだけで喉をまた詰まらせた。頬をうっすらと紅潮させ、必死にプライドが気負わないようにと笑むエリックの言葉にカラムとアランも応じる。「その通りだと思います」「だな」と言葉を続け、彼らからもプライドに笑みを向けた。
「……ありがとうございます。……そう、しますね。」
あまりに優しい言葉に、涙の痕が残ったままの頬に再び滴がなぞりそうなのをプライドはぐっと堪える。
代わりにエリックへ顔ごと向けたプライドは感謝の意味を込めて笑いかけた。ふわりと花のような柔らかさを纏うその笑みに、エリックの目が見開かれていく。
騎士であるエリックが、心優しい彼がそう言ってくれるならば信じてみようと、彼女は素直にそう思えた。
プライドの笑みに目が限界まで開ききった後、一瞬だけ顔を歪みかけたエリックは顔に力を込めて笑い返した。顔だけが正直に赤みを増し、彼を染め上げる。
プライドはエリックの顔の赤みに心配そうに首を捻ったが、それより先に前方からまた「プ、プライド王女殿下……‼︎」と騎士の叫び声が聞こえてきた。
目を丸くし、本当にプライドなのか、本当に正気をと。心配と期待にそれ以上の言葉が出ない騎士の視線を、プライドは今度こそ顔を上げ、正面から受け取めた。
緊張を隠すように胸元を片手で掴み、動悸を押さえつけた彼女は騎士達へ笑みを向ける。
心からの、感謝の笑みを。
それを確認した途端、騎士が次々と目を丸く見開いた。
今まで、近衛騎士以外の騎士達は、誕生祭からプライドは床に伏せっていると聞かされ続けていた。隠され、推測しか許されず、目が覚めたと聞いた後も彼女が本当は生きているのか死んでいるのか、病なのかすらも何も確証を得られないままだった。
更に、やっと知れたと思えばプライドが特殊能力で操られているという事実。そんな彼らにとって、近衛騎士と彼女の補佐であるステイルと共に並び現れたプライドの姿は
奪還戦勝利の、何よりの証でもあった。
彼女は笑む。
力なく、満面とは程遠い憂いも帯びた笑みだった。
だが心からの眩い笑みとその柔らかさは、間違いなく彼らが慕い続け、取り戻したいと願ったプライドそのものだった。
プライドが倒れてから彼らが常に求め、願い続けたその姿に顔が上気する。プライド様、と彼女を呼んだ口がぽかんと開き、固まる。
問わずとも、彼女が言葉を返さずとも、現実がそこに居た。
涙が滲みそうな騎士は、口の中を噛み、飲み込み、拳に力を込めてそれに耐えた。まだ彼らの任務は終わっていないのだから。
だが、それでも眩しい笑みの彼女から目が離せない。
目が合い、笑いかけられ、通り過ぎて行くまで立ち尽くす。彼女の背中が近衛騎士の陰に隠れて見えなくなるまで瞬きすらできなかった。
彼らは、豹変したプライドの姿を知らない。彼女が変わり果てていたことは知っていても、その目にしてはいない。だがそんな彼らでもプライドの笑みを前にした途端、一目で理解した。
フリージア王国、第一王女の帰還を。
拳を震わし、噛み締める。
自分達は全てを奪還し、守りきれたのだと。
通り過ぎて行く王女の笑みをその後も目に焼き付け、騎士の誰もが歓喜に再び胸を熱くさせた。
「レオン王子殿下はっ……この先の、部屋になります……‼︎」
ステイルに問われた八番隊騎士の一人が奥の部屋を手で示す。
プライドの存在と、優しい笑みを間近にして目をチカチカと瞬かせた。ステイルから礼を返され、手を取られたプライドが導かれるように部屋へとまた歩む。
プライドは通り過ぎざまにその騎士へも目を合わした。茫然と目を丸くする騎士に「ありがとう」と言葉を返す。部屋の場所を教えた以上の感謝が、確かにそこには溢れるほど含まれていた。
するりと通り過ぎていく彼女の深紅の髪が、揺れて流れて騎士の視界を鮮やかに染めきった。息も止め、その騎士もまた彼女と近衛騎士達の背中を目で追った。プライドの「ありがとう」の言葉が耳に残り、目頭が熱くなる前に丸縁眼鏡を一度外した騎士は目を擦って耐え切った。
「!マート。」
こちらですね、とステイルが示したのと扉の前を守る七番隊の騎士にプライドが掛けた言葉が重なった。
一年前の防衛戦で、自身の怪我の治療を担当してくれた騎士をプライドはよく覚えていた。
滅多に騒がない八番隊の騎士の響めきが僅かに聞こえていたマートは、プライド達より遥かに先に彼女達が近付いていることには気付いていた。
口を開けたまま固まり、背中に剣を差したかのように伸びきった背筋で立つ。遠目からプライドの深紅の髪を確認できた瞬間からずっとマートはそこから目を離せなかった。
しかもそのプライドが、あろうことか自分に気付いて名前まで呼んでくれた。彼が直接関わったのは一年前の防衛戦のほんのひと時だった。その時に聞かれ、答えた名前を彼女は覚えていてくれたのだと。それだけでも充分に彼には心臓に悪かった。
自分達が救いたかったプライドがそこにいる。しかも自分達の知る笑顔で、それを今は自分に向けてくれている。
あまりに現実感のないその存在に、マートは思わず僅かに身を反らす。それでも目だけはプライドに固定したまま身体ごと固まる彼に彼女は少し足を速めて歩み寄る。
「レオンを、……貴方も守っていてくれたのですね。ありがとうございます。」
そう言って、包むようにマートの手を両手でそっと握った。
突然プライドに触れられ、あまりの不意打ちにマートの顔が一気に赤らんだ。唇を結び、息を止めて堪えたが代わりに言葉が出なくなる。
とんでもありません、ご無事で何よりです、レオン王子はこちらですと言いたい言葉が頭には並ぶが口から出ない。
マートの様子に少し笑んでしまうステイルだが、すぐに助け舟を出した。「姉君」とそっと声を掛ければ、気が付いたようにプライドから顔を上げて短く返す。
プライドから手を離され、やっと少しだけマートの熱が引く。くらくらと夢心地に脳を揺らしながら、唇を結んだまま頭を下げた。
プライドを視界から何とか逃してからやっと身体が動き、彼女達へとその扉を開いた。扉と留め具が擦れる音をうっすら立て、扉の向こうへ視界が広がれば
青い髪を揺らす青年が、そこに居た。
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