576.本陣は収束する。
「姉君。……母上から許可を頂きました。」
ジルベールと再会を果たし合ったプライドにそっとステイルが言葉を掛ける。
ティアラや近衛騎士達が見守る中、プライドをジルベールの前まで送り出したステイルは女王であるローザと話を進めていた。全ての話を終えた今、静かな笑みをプライドとそしてジルベールへ向ける。
いつの間に自分の背後から移動したのか、それすら気付かないほどに泣き続けていたプライドは目を赤くしたまま振り返る。見れば、夫であるアルバートに肩を支えられながらも佇む女王は涙を止めたばかりの目でプライド達の方に視線を向けていた。
ジルベールもそれに気付き、丁重にプライドから手を離す。
一歩引き、片手を胸において恭しく頭を下げれば、拍子にまだ目元に残っていた滴がパラリと落ちた。塔から本陣へ通信を繋げた時から、ジルベールが落涙していたであろうことを知っていたステイルは、その様子に小さく鼻だけで息を吐く。
今は意地の悪い気持ちより、ちゃんと彼との約束も守れたのだとその満足感が大きかった。
ローザの眼差しにプライドもティアラも姿勢を正す。目元を拭うのも一度止め、身体の前で手を組み口の中を飲み込んだ。ステイルが言う許可とは何か。それを考えるよりも先にローザがその口を再び開く。
「…………ティアラ。少し、貴方と話しは良いかしら。」
静かな声色に、ティアラの肩がびくりと跳ね上がる。
はいっ……!と、怖々と肩を震わせるティアラの言葉の直後、今まで黙し続けていたセドリックが前に出た。「お待ち下さい」となるべく落ち着けた、しかしはっきりとローザ達に聞こえる声で自分の胸を指し示す。発言の許可を、と望み、ローザが一度頷けば広間中に響く声で彼は言い放つ。
「ローザ女王陛下、この度は御依頼を反故にしてしまい申し訳ありませんでした。今回のことは全て、この私一人の勝手な行動です。我が兄君達もそしてティアラ王女も、私に巻き込まれただけです。罰ならばこの私に」
「⁉︎ち、違いますっ!セドリック第一王子殿下も悪くありませんっ‼︎勝手にハナズオ連合王国を私が飛び出して、殿下は私の身の安全を確保する為に追ってきてくれただけでっ……」
セドリックの発言を、ティアラが慌てて否定する。
更にはティアラもまたセドリックと同じように自分だけに責任が及ぶように事実を隠蔽し始めた。唯一、二人の意見が交差しなかったのはハナズオ連合王国自体はフリージア王国とセドリックとの約束も知らずに、国王への書状も届けていないという点だけだった。
互いが互いを庇い合い、一歩も引かない状況に誰もが二人を交互に見比べてしまう。その内、直接口喧嘩でもしそうな勢いにステイルが呆れて肩を落とす。何も知らないローザ達は騙せたとしても、ティアラとセドリックが完全にお互い協力し合っていたことはステイルやジルベール、騎士達の目には明らかだった。
二人の意見を黙して聞き、最後の一音まで聞き終えた後、ローザは「双方の言いたいことはわかりました」と静かに響き渡る声を放つ。女王としての威厳に満ちた覇気で二人を黙させると、「まずは」と言葉を紡ぐ。
「ティアラの帰国に関しては。……今、責任自体を追求するつもりはありません。私が聞きたいのはその経緯です。」
お出でなさい、とローザが優しくティアラを手で招く。早とちりしてしまったことに顔を赤くするティアラは、俯き気味にローザへと歩み寄る。セドリックも頭を下げて詫びる中、ローザはくるりと優雅な動作でセドリックへと振り返った。
「セドリック王子殿下、……いえ、セドリック王弟殿下。この度はティアラの力になって下さったこと。この子達の母親として、……この国の女王として心より感謝致します。」
ありがとうございました、とちょうど傍まで歩み寄ってきたティアラの肩へと手を伸ばし、女王自らが腰を折る。
威厳に満ちた佇まいの女性に頭を下げられ、罰せられると思っていたセドリックは慄いた。「お、おやめ下さい……‼︎」と慌てて声を上げる中、セドリックだけでなくプライドやステイルもそれには驚く。王族、ましてや女王が他国の王族に頭を下げたのだから。
更にはローザだけに頭を下げさせまいと、王配のアルバートや摂政のヴェスト、そして騎士団長のロデリックを始めとした騎士達まで頭を下げる。信じられない光景に、周囲を見回したセドリックが対応しきれず冷や汗を滴らせる。何故、自分がここまで感謝されるのか本気で意味がわからない。自分はローザの大事な娘を安全地帯から戦場に放った張本人。約束を反故にした自分が、何故と。セドリックの知識では理解できない現状がそこにあった。
プライドやステイルは状況こそわかったとはいえ、女王が腰を折ったことにセドリックが狼狽するのは無理もないと理解する。相手はハナズオ連合王国より遥かに大国の女王なのだから。
「少なくとも、ハナズオ連合王国へ言及するつもりも、我が国から何かを撤回するつもりもありません。……その点はどうか、御安心下さい。」
女王からのその言葉にセドリックが唇を結ぶ。
騎士の前だからか、はっきりと明言こそされないが国際郵便機関も同盟関係も全てが撤回されないことにセドリックは眩暈がするほど安堵した。
今度は自分の方が頭を下げてしまい「感謝致します」と礼のみを伝える。だが、心中ではその顔を翳らすティアラのことで全く落ち着かない。
「プライド、ステイルから話は聞きました。ステイルと近衛騎士達と共にならばレオン王子の居られる救護棟への移動も許可しましょう。」
既にラジヤ帝国軍は制圧済み。アダムとティペットも九番隊による捜索は続いているが自爆したことは間違いない事実。少なくとも城内には一人も外部からの侵入を許さなかった。安全が確保された城内、更にはステイルの瞬間移動でならばとローザも許可を降ろした。
ステイルと母親の言葉にプライドは目を丸くする。
自分はまだ、レオン達の元へ行きたいと口には出していない。てっきりステイルの許可はアーサーのことだと思っていたプライドには全くの予想外だった。驚いた表情を隠さないプライドに、ステイルは笑みで返す。肩の力を抜いて笑うその表情が「わかりますとも」と言葉にせずとも告げ、そのまま口を開いた。
「本陣に通信兵から連絡が入ったそうです。レオン王子が先程目を覚まされたと。」
アネモネの騎士団にも通信兵から報告済みです、というステイルの言葉にプライドの紫色の目が光を差した。
良かった、と早くも目が潤みそうになるのを堪えながら、胸を両手で押さえつけた。逸る気持ちを抑えつけるように意識的に呼吸を繰り返し整える。
「ティアラ、そしてセドリック王弟殿下には少し私からお話があります。……宜しいでしょうか。」
勿論です、と。ローザの言葉にセドリックがまだ緊張気味に言葉を返す。
まだ現状を掴みきれていない今、誠心誠意を尽くすことにだけ意識を向ける。ティアラと、そしてハナズオ連合王国の進退がまだ自分の肩には掛かっているのだということだけは理解した。お姉様達はお先に、と。ティアラも笑顔を作って自分の肩に手を置くローザへ手を重ねた。
ティアラとセドリックが心配でこの場に残らせて欲しいと言おうともしたが、プライドはすぐに躊躇った。
何故セドリックも会話に加えたいのかはわからない。だが、間違いなくローザがティアラと話したいことは彼女の予知能力についてだ。ならば、余計に自分がこの場にいるのは不都合なのだと、誰よりもプライドが理解していた。その為にも、ローザは席を外させる為に自分を救護棟へ行くことも許可したのだろうと考える。
言おうとした言葉を飲み込み、代わりに「アーサーは」と尋ねようと口を開いたが、声に出す前にステイルが「大丈夫です」と言葉でプライドを留めた。
「母上から了承も頂きました。……彼にも、話したい事があると。」
そう言ってステイルはローザへ視線を向ける。
アーサーにも話したい事、という言葉に少しティアラやセドリックへと同じように不安は抱いたが。ステイルが言うなら少なくとも悪い目には遭わない筈だとプライドは思い直す。わかったわ、と言葉を返して頷き、瞬間移動をすべくステイルへと歩み寄……らずに、その傍らへと先に駆け出した。
「……っ、騎士団長!副団長‼︎」
その前にと。プライドは声を上擦らせながら意を決してローザ達王族の周囲に控えていた二人に駆け寄った。
近衛騎士も続き、ステイルもローザ達の前からプライドの隣へと移る。
突然のプライドからの呼びかけに、ロデリックも副団長のクラークも目を見開いた。何故ここで、と思いながら姿勢を正せば目の前には今にもまた泣きそうなプライドが立ち止まる。
彼らはステイル達と違い、狂気に取り憑かれたプライドに直接は関わっていない。だが、国を傾けかけ、騎士団に多大な迷惑をかけたプライドには二人に対しても知らない顔はできなかった。
「本当にっ……、……本当に、ごめんなさい。ステイルやジルベール宰相の力になって下さり、母上達を守って下さりありがとうございました。……っ。あの、アー」
「プライド第一王女殿下。」
ローザ達に聞こえないように、声を潜めて謝罪を重ねようとをする言葉を騎士団長のロデリックが遮る。
しどろもどろとなり、顔を歪める彼女がこの場で頭を下げたい気持ちを抑えているのがロデリックと副団長のクラークには一目でわかった。遮られ、肩に力を入れながら上目で見上げるプライドにロデリックとクラークは二人同時に跪く。
ガタン、と鎧が大理石に当たり音を立てる中、プライドは驚き、短く声を漏らした。えっ⁈と、謝ろうとしている自分が畏まられて狼狽するが、ステイルはわかっていたかのように落ち着いていた。更に、また騎士団長が跪いたことで近衛騎士を含むその場にいた騎士全員が跪く。
思わず身を硬くするプライドに、頭を下げるロデリックは重厚な声で敢えて響かせるように言い放った。
「我らが騎士団がお傍に居たにも関わらず、誕生祭ではアダム皇太子から御守りできず申し訳ございませんでした。…………どうか、御許し下さい。」
貴方には、責任は無いのだと。
そう、言われたことがプライドにも痛いほど伝わった。
更に「申し訳ございませんでした」と、クラークに合わせるように騎士達が一斉に声を張る。騎士の誰もがプライドを恨んでなどいない。責任があるとも考えていない。そして何よりも
「………………よくぞ、御戻りになられました。」
彼女の帰還を、喜んだ。
最後の潜ませる小声が、強くプライドの胸を打つ。
頭を下げたまま、目だけで見上げるロデリックの目が優しく笑んでいた。
彼女が今後全くの無罪放免になるわけではないことはロデリックも騎士達もわかってはいる。だが、それでも彼らの答えは変わらない。
その優しさに堪らずプライドは唇を震わせた。
両手で拳を硬く握り、震えを隠すように下唇を噛み締める。ロデリックのこれ以上ない優しい声と笑顔にまた涙が滲む。
許しの言葉よりも遥かにその言葉はプライドの胸へ浸透し、届いた。ローザ達の前で無ければ、この場でロデリックに泣き付いていたかもしれない自分を自覚しつつ、プライドは口の中を噛んでそれを耐えた。代わりに強く頷き、彼からの言葉両方に言葉を返す。
「はい……っ。」
目の前で涙を目に溜め、傷を負い、自責の念を背負い、それでも彼女は踏み止まった。
まだ、プライドに告げたい言葉も近衛騎士達に掛けてやりたい言葉も山のようにある。だが、今この場で全てを言うべきではないと判断し、ロデリックは顔を上げて立ち上がる。
自分を優しく見下ろす力強いその笑みに。
押されるように唇を噛んだプライドの目から、大粒の涙がまた零れた。




