574.収束せし者は本陣へと向かう。
「それでは母上、これから準備が整い次第、僕が瞬間移動で近衛騎士と共に姉君とティアラ、セドリック王子を本陣へお連れします。……ハリソン副隊長が〝ここに来る途中で〟枷の鍵も発見して下さったそうですから」
通信兵の特殊能力による視点から、報告するステイルの言葉に女王であるローザは言葉を返す。
本陣からの映像には安堵するように笑む王配のアルバート、摂政のヴェストが並んでいた。ステイルはそこから小さくジルベールの姿も映像の隅に捉え、ちらりとまだ赤くなったままの目を向ける。「ジルベール宰相の枷の鍵も」と付け加えるように声を掛ければ、敢えてかのように映像から顔が見えない場所にいるジルベールが頭を下げるように腰を曲げる動作だけが映った。
自分達の映像を見てはいるのであろうジルベールに向けて小さく笑うと、ステイルは最後にローザ達へ頭を下げた。通信兵による特殊能力を切らせた後、今度はローザ達からの映像も消える。
それを確認した後、ステイルはくるりと団服を翻した。
眼鏡の黒縁を押さえつけ、涙の跡だけが残った顔を柔らかに笑ませたまま振り返る。視線の先では、未だ座り込んだままのプライドとセドリックの上着を羽織ったままのティアラが抱き合っているところだった。
「!……兄様。その、……母上達は、やっぱり怒ってた……?」
ステイルが通信を終えたことに気が付いたティアラが、僅かに強張った顔で振り返る。
ティアラの背後で膝をついていたセドリックも、その言葉に身構えるように肩を強張らせた。事態が収束したとはいえ、ティアラとセドリックは最上層部の指示を振り切って来たことに変わりはない。
ティアラとセドリック、そして眉を垂らすプライドの眼差しにステイルは首を横に振る。そして肩をすくめる動作をしながら口を開いた。
「というよりも、今はそれどころではないと言った方が正しい。これから姉君と共に今度こそお前にも本陣に戻って貰う。……母上達にちゃんと会ってくれ。」
その言葉にティアラはコクリ、と小さく頷いた。
少し萎むように黙りこくってしまったティアラは、頭の中でぼんやりと〝どこまで〟謝れば良いのかと考える。逃亡したこと、ハナズオ連合王国は悪くない、自分が勝手に逃げ出したのだと言う覚悟は最初からある。だが、一番は……
「お前の特殊能力について。……俺達にも聞かせてくれると、嬉しい。できる限りはお前の力になると約束しよう。」
そう言ってティアラの頭を撫でたステイルは、そのまま視線をセドリックへ静かに向ける。
突然ステイルから目を合わせられ、ビクッと肩を上下させたセドリックは蛇に睨まれたように彼から目が離せなくなる。妹を任されたにも関わらず、彼女の逃亡を手助け、更には戦場まで率先して連れ、乱入したのだ。この場で罰せられるのかと喉を鳴らしながら、セドリックは掌を湿らせた。が、……
「……まぁ、セドリック王弟殿下には敵わないが。」
ぼそっ、と予想外に丸い声で独り言のように呟くステイルにセドリックが目を丸くする。
どういう意味か、と尋ねたかったが今この場で深追いするのは無礼な気がして躊躇った。ステイルはセドリックの目が丸くなったのを確認すると、意識的に無表情を作り、深々と頭を下げた。まだ詳しいことは何も知らないステイルだが、少なくとも今回のセドリックの功績だけは理解していた。彼女がここに辿り着くまで、唯一の味方が誰だったのかは明らかなのだから。
突然のセドリックの話題にティアラの肩が跳ね上がる。恐る恐る振り返り背後を覗けば、わからないといった様子で自分とステイルを見比べているセドリックの顔があった。上着をなくした分、夜には少し寒そうな格好に見えるセドリックはティアラと目が合っても小首を傾げてしまうだけだった。……途端に、ティアラの顔も唇をくゅっと結んで顔の筋肉に力が入ってしまう。
セドリックはそれを受け、何か怒らせるような不敬をしただろうかと記憶を辿るがどれかわからない。抱き寄せたことか、手を引いたことか、上着を勝手に羽織らせたことか、それとも……と、その間にもティアラは顔ごと逸らし、再びプライドの肩に埋めるようにして隠してしまった。
「では行きましょう、姉君。……そして、近衛騎士の方々もお願いします。」
九番隊には拷問塔の後始末とアダム達の捜索がある。
ステイルの言葉に畏まりました、とカラム達が前に出る中、プライドも彼らへと振り返る。カラム隊長、アラン隊長、エリック副隊長、ハリソン副隊長と一人ひとり名を呼べば、彼らは応じるように頭を下げた。
特にカラムとアランに対しては自害しようとしたところを止められたことで、謝罪がプライドの舌上まで覗いた。だが、彼女が声に出す前にカラムとアランは無言で首を横に振る。
何も言わずに優しい笑みを返すカラムにも、ニカッと全く気にしてないように笑ってみせるアランにも、その顔を見るだけでプライドはまた泣きそうになる。
アランの手の傷が気になって目で追えば、敢えて見せるようにアランは手のひらを開いて振った。もう包帯も不要なほどに浅かった傷は七番隊の特殊能力によって殆ど塞がっていた。まだ痕こそあるが、すぐに完治するであろうそれに、プライドも肩から力が抜ける。
ハリソンも表情こそあまり変わらないが、その視線は真っ直ぐにプライドへ向いていた。
隣に並ぶエリック一人だけが、笑みこそ浮かべているがプライドと一度も目が合わない。狂気に蝕まれている間、エリックにも酷い仕打ちをしたことを自覚しているプライドは、やはり許されていないと胸を痛ませた。だが、プライドの姿が視界には入っていたエリックは、彼女の表情が曇ったことに気付いた途端、慌てたように今度こそ目を合わせた。
何とか笑顔を作りながら「宜しくお願いします」と挨拶をすれば、やっとプライドの顔が少し晴れた。だが、プライドが言葉を返し、続けて謝罪をしようとした途端、両手を胸の前で上げたままエリックはブンブンと首を振った。彼は怒っているわけでも、謝罪が欲しいわけでもないのだから。
近衛騎士達の優しさを肌で感じながら、プライドも彼らに倣い一度言葉を飲み込んだ。そのまま「行きましょう」とステイルがプライド達へ手を差し出すと
アーサーだけが、一歩退いた。
「あの。……俺は、すんません。今、行っても騎士団の面倒増やすだけだと思うンで。」
若干顔色悪く言うアーサーに、ステイルは溜息を漏らす。
馬鹿言うな、と言いたい気持ちだけを押さえて睨めば、首の後ろを掻いたまま俯くアーサーは「いや、マジだ」とステイルに断ってから近衛騎士達とプライドに向けて口を開いた。
「さっきも言った通り、自分は違反者なんで……。もちろん処罰は受けるつもりですけど、ンな俺が今王居に立ち入るのは……。それに、騎士団長も居られるンなら余計に俺は控えた方が良いかと」
「アーサー・ベレスフォード。お前は何を言っている?」
どわっ⁈と、突然至近距離で言葉を放たれたアーサーが反射的に身を反らす。
見れば、ハリソンが瞬きもせずにクワッと見開いた目でアーサーを睨んでいた。若干怒りも孕んでいる覇気まで感じ、アーサーは身の危険を感じて剣を構えてしまう。何故、ハリソンがそんなに突然怒り出したのかがわからない。
アーサーにとって自分は違反者。元を正せば、越権行為を犯した叛逆罪なども余罪がいくつもある。
更には騎士の身分を剥奪されたにも関わらず越権行為を繰り返し、最終的には戦場のど真ん中まで来てしまった。折角のプライド奪還と勝利という騎士団の功績と同時にそんな自分が最上層部の前に現れれば、確実に騎士団の功績に泥を塗ってしまう。しかもアーサーは騎士団長の息子でもある。恥の上塗りと思えば余計に今は避けるべきだと考えた。
しかし、あくまでそれはアーサーの主観での話だった。
「お前は此の期に及んで何を言っている?行かないと言うならば私がこの手で引き摺っ……」
「待て待て待て待てハリソン‼︎落ち着け⁈頼むから落ち着け‼︎」
「ハリソン。アーサーの言い分も〝一理はある。〟お前の気持ちもわかるが、今は堪えろ。鍵の件以外に問題を増やすな。」
今にもアーサーに掴みかかりそうなハリソンを、アランとカラムが二人で押さえつける。
エリックは何も言わないが、代わりにハリソンとアーサーの間に割って入った。苦笑いのような表情を自分にまで向けるエリックが、自分に対しても妙に無言だなとアーサーは気付く。その所為で一瞬ハリソンよりもエリックに首を捻ってしまう。しかも、その笑顔すらアーサーの目には違和感が強かった。
その間もハリソンが顔を顰めてアランとカラム、そしてエリックを睨んだがそれ以上はぐっと堪えた。カラムから投げられた〝鍵の件〟という言葉で一気に覇気を削がれる。
上層部へ報告前にカラムの口から正直にステイルへ報告はされたが、ハリソンは既に没収していた筈の鍵に関し、報告を忘れるというミスを犯している。何とかギリギリで間に合ったから良いが、一歩間違えればアーサーとプライド二人を同時に失っていたところだった。
ステイルもそれが大問題であることは理解していた。しかし、結果だけ見ればハリソンが将軍から鍵を回収してくれたお陰で二人を救えたとも言える。
プライドを取り戻せた今、かなり寛大な気持ちになれていたこともあり、ステイルからの計らいで鍵はあくまで拷問塔へ向かう途中で拾ったということにされた。
ハリソンも、自分の処分は良いとして騎士団長であるロデリックに迷惑が掛からずに済んだことに首の皮が一枚繋がったことは自覚している。完全に口を閉ざしてしまったハリソンにステイルは少し笑うと、改めてアーサーに目を向けた。
「アーサー、お前の言い分はわかっている。なら、俺が先に行って母上達に話を通しておこう。お前はその足で来れば良い。そうだな……王居の前で待っていろ。ちゃんと正式に迎えを向かわせてやる。」
良いな?と念を押すように尋ねるステイルに、アーサーも少し難しい顔で頷いた。
自分の処罰が後回しでも、ステイルが許可を取ってプライドの護衛を正式に許してくれるなら願ってもない。アーサー自身、本当はまだプライドから離れたくないのだから。
代わりに九番隊の騎士を何人かお借りできますか、とステイルは隊長のケネスに呼び掛けた。副隊長を含めた十名の騎士をケネスが名指しで選別すると、一人一人が前に出る。
ハリソンも後からアーサーが来るならばとやっと身体の力を抜く。
ステイルにとってもアーサーが罰せられるのは絶対に避けたい。もし万が一の判断がローザから下されようとも、自分とジルベール、そしてプライドとティアラの証言さえあれば彼の功績を正しくローザ達に伝えられる自信もある。
プライドの元にアーサーを一秒でも護衛から離れさせることは不満でもあったが、こればかりは仕方ない。何より、アーサーの意見も〝一理はある〟とカラム達と同様にステイルもわかっていた。だからこそのアーサーへの指示なのだから。
「……ンじゃ、それまでは絶対プライド様から離れんなよ。」
「当然だ。お前も寄り道せずにさっさと来い。待たせたら後悔するぞ。」
騎士達の前だということを忘れ、ドンと軽くステイルの肩に拳を当てるアーサーにステイルも少し意地の悪い笑みで返した。
そのままアーサーはカラム達に「暫くどうかお願いします」と頭を下げてからセドリック、ティアラにも挨拶を済ませ、最後にプライドへと向き直った。
「また、すぐ戻ります。……。……待っていて、貰えますか……?」
少しおずおずとした声で姿勢を正したアーサーは、どこか申し訳なさそうにプライドを覗いた。
ずっと傍にいると宣言しておきながら、すぐに彼女の護衛から離れることが心苦しい。すみません、とまた口から漏れそうなのを結んで堪える。プライドもアーサーが自分を心配してくれているのだと理解し、口端を緩めて微笑んだ。
「当然じゃない。アーサーのことなら何年でも待てるわ。……私の、騎士だもの。」
これ以上ない返答に、アーサーの中でまた喉まで熱いものが込み上げる。
口の中を噛んで堪えた後、その場で深々と勢いをつけて頭を下げた。そのままステイルの手で近衛騎士と九番隊の騎士十人全員が瞬間移動で消えるまで彼は頭を上げなかった。
気配が全て消えた後、やっとアーサーは顔を上げる。目を鼻と一緒に擦り、暫くその場から動けない。プライド達を見送った九番隊の騎士達も動き出し、最後に隊長のケネスがアーサーの背を叩いた。叩かれた拍子にその振動でまたポロッ、と滴が石畳みに落ちた。
「まだ任務は終わっていない。お前も〝元〟隊長格の一人ならアラン達を見習え。」
「……はい。」
ケネスに答えながら、またアーサーは強く目を擦った。
一度緩んだ涙腺は厄介なのだと思い知る。今まで五年以上耐えてきたものが、今は簡単に零れ出る。
離れても、もうプライドは大丈夫なのだと。本当にいつもの彼女に戻ったのだと。そして、彼女は待っていてくれるのだと。それを実感すれば、堪らず涙が溢れてしまう。
自分以外も騎士団なら誰もが嬉しくて堪らない筈なのに、騎士でいま泣いているのが自分だけだというのが情けなくて恥ずかしい。……それでもやはり
幸福感と安堵が、彼に堪えることを許してはくれなかった。
鼻を啜り、腕を使って目を擦った後。アーサーは改めて九番隊の騎士達一人ひとりへ頭を下げに回る。
塔からも飛び降り、見事に無傷で着地した彼は外に居た騎士達にも同じように挨拶へ回った。ご迷惑をおかけしました、この場をお願いしますと告げた後、彼は馬も借りずにその足で王居まで走り去る。
プライドの奪還だけではなく五体満足で現れた自分の存在もまた、騎士の誰もが感情的にならないように堪える要因であることを彼はまだ知らない。




