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【アニメ2期決定!】悲劇の元凶となる最強外道ラスボス女王は民の為に尽くします。〜ラスボスチートと王女の権威で救える人は救いたい〜  作者: 天壱
ラスボス女王と叛逆

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そして目を閉じる。


「ッアラン、隊長っ……。」


騎士達に道を譲られながら自分の傍に歩み寄る彼の姿に、プライドはまた込み上げる。

アランにどんな仕打ちをしたかも当然彼女は覚えいる。改めて思い、その耳へ目を向ければそれだけで耐え切れず目を強く瞑った。瞼に押し出され、余計に涙がボロっと溢れ出す。喉を鳴らし、俯いてしまえば再び顔を上げようにも首ごと震え出した。

アランは無言のまま歩み寄る。

呼びかけることもなくプライドの隣で立ち止まり、膝を折る。そしてカラムにナイフごと押さえつけられたまま固まったプライドの手へと目を向けた。

手を伸ばし、目だけでカラムに意思を伝える。それにカラムの目が一瞬見開かれ、躊躇った。だが、それ以上に真剣なアランの目に口の中を噛んだ後、頷いた。


「プライド様。」


これ以上なく温かなアランの声に、プライドの肩が震え上がる。

パタパタと瞑った瞼の裏から涙を滲ませながら、小さくなった王女が俯いた顔を上げられず怯える。それでもアランの呼びかけを無下にすることもできない。更には周りの騎士達から僅かに焦燥の息遣いまで聞こえ出し、恐る恐るプライドは顔を上げた。

見れば、そこには自分が握ったナイフの刃先にその掌をそっと押し付け笑うアランの姿があった。

ひっ……⁈と、思わずプライドが身を反らす。カラムに掴まれた自分の手は未だ固まったまま動かない。だが、自分の心臓とナイフの間に滑り込むようにアランの右手がそれを更に阻んでいた。

アランは手の鎧を外している。剥き出しになったその掌に突きつけられたナイフに、プライドの喉が干上がった。あと数ミリ動いただけでも、アランの手に傷を作ってしまう。なのに、アランはナイフから手のひらを離すどころかそのまま指先から刃先を包んだ。真っ直ぐどころか、下手に振っただけでもナイフが当たってしまう。


「差し上げます。刺すなら俺の右手ごとお願いします。」


はっきりと言い放つアランの言葉にプライドは耳を疑う。

彼は何を言っているのか。騎士にとって利き腕は命だ。怪我をすれば暫くは剣を振れなくなる、もし特殊能力を受けても後遺症が残れば騎士生命も絶たれる。そんなこと、騎士隊長であるアランが知らない筈がない。

にも関わらず、アランの笑みは柔らかい。脅しでもなく、本当にアランはそうなっても良いと思っているとプライドはその目を見て理解した。

首を小刻みに振り、アランの手を離させようと左手で彼の腕を掴む。しかし、やはり彼の腕も彼女の非力な手ではビクともしない。

すると、今度はカラムの手の力が緩められる。

ナイフごと掴んでいた自分の手が離される。さっきまでは離して欲しくて仕方がなかった筈のそれに、プライドは悲鳴に近い声を漏らした。ただでさえ、震えている自分の手がカラムの押さえがなければどう動くか。そう頭によぎっただけで、プライドの震えは全身に及ぶ。だが、それでもアランはナイフの刃先から手を離してくれない。

つぷっ……と、本当に僅かに震えたナイフの刃先がアランの手のひらの薄皮に沈んだ。それでも彼の表情は崩れなかった。笑みのまま、ただその口が開かれる。


「それができないなら、間違いなく貴方は正気です。俺達の知る、誰よりもお優しいプライド第一王女殿下です。」


「っっ……‼︎」

強く、低めた優しい声がプライドを撫でる。

その言葉にカラムから完全に手を離されてもプライドは手を動かせなかった。カタカタと震え、それだけで刃先がアランの手のひらを薄くなぞり、血を滲ませる。涙が止まることを知らず、紫色の目が赤く染まってアランから逸らせない。喉を鳴らし、しゃくり上げ、唇を噛み締めたプライドは震わした喉で大きく息を吸い上げ、


ナイフを、落とした。


カランッ……と無機質な音と共に石畳みに転がったナイフをアランは落ち着いた動作で拾い、立ち上がる。

血に濡れた手で掴めば、ナイフの持ち手にも鮮血が付いた。薄皮一枚の軽傷ではあるが、七番隊の騎士がすぐに治療をと駆け寄った。それほどに右手の存在は大きい。

唯一の武器であるナイフも奪われ、プライドは両手で顔を覆ったまま背中を限界まで丸めた。肩を狭め、俯き、全身を震わせて泣く姿にもう狂気に蝕まれていた影はどこにもなかった。自分の犯してきた罪に苛まれ、嘆くしかできない第一王女の小さな姿だけだった。

通信兵が報告をと特殊能力で本陣に繋ぎ、多くの騎士がプライドを気遣いながら手を伸ばす。だが、長い深紅の髪を石畳みにつくほど垂らし、打ち拉がれる彼女は首を横に振ったままその場から動けない。

自分に差し伸ばされた手を取ることすら、罪のように思えて仕方がない。呻きのような泣き声を漏らし、しゃくりあげ、罪の意識に押し潰されそうになる。重過ぎて、息をすることすらできなくなった。

今度こそアダムの特殊能力は関係なく死んでしまいたいと本気で思う。罪から逃げたいわけではない。むしろ蔑まれ、咎められ、裁かれたい。ただ、それよりも遥かに彼女は



「…………っ、…………怖いっ……。」



報告や、安否確認。プライドやティアラ達を気遣う声が交差する中、紛れるように零されたプライドの言葉に誰もが一度口を噤んだ。

それは、訴えでもなければ誰かに語り掛けているわけでもない。プライド一人の吐露だった。

顔ごと覆った手で声もくぐもり、小さくなった彼女から発せられる声は掠れていた。それでもプライドは、耐えきれないように一人言葉を零し続ける。


「っ……怖いっ……、…また、誰かを……傷付けっ……怖いっ……怖い……怖い怖い怖い怖い怖い……っ、……怖いっ……‼︎」


声を必死に殺し、それでも発することを止められない。

言葉にしないと、自分がどうにかなってしまいそうなほどプライドは〝自分〟に怯えていた。

言葉にすればするほど、震えが更に酷くなった。ガタガタと震え、吐く息すら細切れになる姿は一人凍えているかのようだった。まるで幼い少女のように泣き、顔を隠して小さくなり吐露し続ける姿は誰の目から見てもあまりに











弱かった。











手を、伸ばす。

彼女に向けその両手を衝動的に伸ばした時、もう他のことは考えられなかった。目の前で、自分が知るどの姿よりも弱く、幼く、傷付き壊れかけている彼女へ伸ばす手に躊躇いは消えていた。

ここが何処で、どんな状況で、誰が見ていて、自分が何者で、相手がどんな身分で、自分がどう振る舞うべきか。その全てが頭から取り払われた。

言葉より先に、身体が動く。ずっと、ずっと触れたかった彼女へ、ずっと伸ばしたかったその手を耐え切れず伸ばし、飛び込んだ。

ティアラが引いた今、誰よりも彼女の眼前に居た存在が両腕で彼女を抱き締める。飛び込まれた勢いで倒れ込みそうなのを、抱き締めた腕がそのまま支えた。

突然飛び込んできた存在にプライドも驚き、顔を覆っていた手を離す。俯かせた顔を上げ、腫れて重くなった瞼を開けば、視界入ってきた存在に思わず目を見張る。


「……っ、…………ステイルっ、……アーサー……。」




二人が、そこに居た。




息を合わせた訳でもなく同時に飛び込んだ二人は、プライドを挟むようにして抱き締めていた。

両腕を彼女の背中に、肩に回し、今だけは躊躇いなく自身へと引き寄せた。彼女の背中や肩に回し切った長い腕が互いの身体にまで伸び、それでも構わずアーサーもステイルもその背ごと掴み、抱き締める。彼女の肩に顔を埋めた二人の身体は既に微弱に震え、熱くなっていた。


─ やっと、この人の恐怖に触れられた気がした。


「ッ大丈夫です……‼︎俺らが、また止めます……!もし、ンなことがあっても……何度でも何度でもっ…………止めますから……‼︎」

最初に放ったアーサーの声は既に枯れかけていた。

血を吐くような声の直後、彼は歯を食い縛る。今までになく弱り切った彼女に、誰かを傷付けることを怯える彼女に、今度こそ届かせたいとそう願う。


─ 今度こそ、怯える彼女に手を差し出せた。


「アーサーの言う通りです……‼︎俺達が居ます、俺達が一生かけて護り続けます……‼︎……貴方が間違えば、必ず俺が正します……っ。」

間違う訳がない。

自分よりも清らかで、優しく女王となる為に努力してきた彼女がと心の中ではそう思う。

それでも、プライドがそれを恐れるのならばいくらでも言葉にしたかった。今の怯える彼女を安心させる為ならばどんな言葉でも嘘でも良いと思ってしまう。ただ、ただただ届かせたい。


二人に抱き締められ、またプライドの嗚咽が漏れる。

「許さないでと言ったのに」と涙声に混じって叫んだが、二人はプライドから離れない。むしろその言葉へ返すように抱き締める腕の力を強めた。

自分が何度も傷付け、苦しめ、殺そうとまでした二人に抱き締められて、プライドは泣くことしかできなくなる。アダムに操られていた彼女を許せない理由など二人には一つもない。ただ、それでも


「ッ……覚え、てるのっ……‼︎アレは、私だった……‼︎間違いなく、私でっ……私は、私の意思で……っ。……大事な人達を傷付け、て……っっ、……愉しんでたの……‼︎」

離れてくれない、見捨ててくれない二人にプライドが突き放すように声を上げる。

時折上擦り、裏返り、ひくついた喉で言葉を途切らせながら訴えるその言葉は、懺悔そのものだった。

アダムの狂気に侵されていたとはいえ、別人になっていたわけではない。ゲームのプライドに乗り移られた訳でも、十年前に戻った訳でもない。間違いなくそれは、狂気が宿っただけの自分だったのだから。

自分の意思で、間違いなくプライドは彼らをいたぶり、嬲り、敢えて苦しめ、それに喜びを感じていた。目的の為とは別に、単純に自分の悦楽の為だけに傷付けたこともプライド自身がよくわかっている。

自分を想ってくれる相手の優しさすら利用し、弄んだ。狂気に蝕まれている間、相手を殺そうとした時すら全く躊躇いがなかった。ゲームのプライドではない、〝自分という人間〟が、それだけの苛虐性を持ち合わせていたことが恐ろしくて仕方がない。

だが、それでも二人は離れない。黙ってプライドの言葉を聞きながらその腕に彼女を抱き締める。甲高い嘆きが至近距離から鼓膜を貫いたが、それでも二人は一ミリも彼女から離れようとしなかった。

「怖いのっ……‼︎こんな、〝こんな人間〟が存在するのがっ……も、誰も傷付けたくないっ……‼︎いまっ、……死なないとまた、……っまた誰かを傷付けたら」








「「貴方が死んだら俺も死にます」」








塗り、潰される。

躊躇いのない言葉だった。ステイルもアーサーも互いが同じ言葉を同時に放ったことに、大して驚きはなかった。互いがそれぐらいの覚悟であることに疑いもない。

二人の言葉にプライドは声も思考も全て掻き消された。続きを言うこともできず、口を開いたまま絶句してしまう彼女は心臓が一度止まる。自分の命と二人の命を天秤にかければ、それは当然のように大きく傾いた。死んでほしくない、この二人にはと。

言葉を失うプライドにアーサーが口を開く。


「……たとえこの世界の誰が貴方を否定しようとも、俺は肯定します。貴方が七年前の俺にそうしてくれたように。……その為なら、いくらでもこの命をかけます。」

さざ波のように静かに語られたアーサーの声が最後は僅かに上擦った。

喉を鳴らす音が、プライドの耳まで響く。抱き締められた身体が、温かさから更に熱を帯びた。今の自分には優し過ぎるその言葉に息が苦しくなる。

まるで、本当にこの世界全てから守られたかのような安堵がプライドを包む。

彼がその言葉を覚えていてくれたこともそれを酷い仕打ちばかりをした自分に返してくれたことも嬉しくて、そして悲しい。こんなに優しい人を自分はどれだけ苦しませてきたのだろうと罪悪感が胸を抉るほどに引っ掻いた。

すると、今度はステイルの腕の力が強まった。

腕を回した彼女の背中に爪を立てかけ、代わりに服を掴む。ティアラの涙で既に濡れていた筈の肩が、更に湿り気を帯びて熱を灯した。プライド、プライド、プライドプライドとアーサーにすら聞こえないほど消え入りそうな小さな声が彼女の耳を何度も震わせ、そして弾け出す。


「何度でもッ……何度でも、言います!貴方は俺の︎全てです……!……ッ貴方が与えてくれた人生です、民の為に貴方を殺すならッ……俺も死にます……‼︎……、……………………っ。……もうっ……俺から貴方を奪わないで下さいっ……‼︎」

いつものステイルとは想像がつかない程に激しく、震えた声だった。波立ち、上擦り、最後は子どものような声で訴える。

ステイルをまた泣かせてしまったことに酷く胸が痛み、そして温めた。きっと一番自分が言葉で苦しめ続けてきたであろう彼が、自分の為に泣いてくれたことが。そして、……自分はやはり彼を悲しませることばかりだと自己嫌悪が僅かに過ぎる。十年前の約束を自分は何度も破ってしまったと。ただ、それでもステイルの言葉はプライドの心を奥まで振動させた。

自分の存在が、この世界にほんの僅かでも価値があるのかとそう思えた。


「ずっと、ずっと貴方を想ってました。俺も、ステイルも、ティアラも、……皆。本当に数えきれねぇくらい大勢の人が…………貴方を、待ってます。」

そこから次々とアーサーの口から多くの名が紡がれ、止まらない。

プライドとそして彼女と同じように泣くステイルも抱き締めながら、まだ伝えきれないと名を唱え続け、そして一度口の中を飲み込んだ。


「皆、貴方を……っ、……プライド様を慕ってます。変わりません、今も誰一人恨んでません。死ぬなんて言わねぇで下さい。貴方が死んだら、今言った人皆が悲しみます。…………会えたら、すっっっげぇ喜びます。」

何かを堪えるように上擦らせながら、それでも優しく語り掛け続けるアーサーが最後に力一杯明るい声で言い放つ。

アーサーの言葉に、その名を並べられる度にプライドの涙が大粒になって溢れた。

その、一人一人がプライドにとって愛おしくかけがえのない存在だった。名前を出されればその顔が浮かび、胸が締め付けられる。会わす顔がない。どう謝れば良いのかもわからない。ただ、それ以上に



〝また会いたい〟とそう思った。



「……っっ……‼︎…ひっ……、ふ、ぅ゛………っ。」

郷愁のように、感情が波打ち込み上げる。

心臓の音が酷く遅い。泥に浸りきったかのように身体が重い。内側が針を刺されたように痛み、細切れに吐く息が熱かった。

プライドの声に押されるようにステイルが口を開く。一度喉が詰まり、声が出なかった彼は何度も口の中を飲み込み繰り返してからやっとガラついた声を放った。

涙を拭うこともなく、プライドを抱き締め直す。


「ッ貴方は、っ……昔、から……他人の……ばかり、……っ……でし、たねっ……」

プライドの肩へ更に顔を埋めれば、とうとう曇りきった眼鏡がずり落ちた。

カタン、と石畳みに転がったそれを目だけで追いながら、震える喉でステイルは決めていた言葉を彼女に告げる。


「そんな、貴方だからっ……。……己へ、向ける分の愛情を、他者にばかり向けて下さった貴方だから!だから貴方はその分ッ……その、倍以上多くに、愛されるべきなんです……っ。」

誰よりも、何よりも。

愛されて欲しいと、そう願う。……たとえ、許されざる罪を背負いながらであろうとも。

自分勝手な欲であることも自己満足と独善的な言葉だともわかっている。ただそれでも、他人の為にここまで傷付けられる彼女の幸福を願わずにはいられなかった。

涙で腫れて重くなった瞼を開き、泣き噦るプライドの背中をそっと撫で、摩る。

胸を両手で押さえつけ、苦しそうに泣いていたプライドはそこでとうとう動き、声を絞り出す。


「っ……、……っごめ、……なさいっ……。」

自身の胸を押さえつけていた両手を彼女はそっとほどいた。

上擦った声で告げられる二度目の謝罪に、二人は口を閉ざす。

胸騒ぎがしたが、それでも今のプライドから両腕を解くことは躊躇われた。いま離せば本当に二度と彼女を取り戻せないような恐怖が勝った。

喉を鳴らし、プライドがまた先を急がないようにと願うように二人は腕の力を込める。両膝をついたままの二人の腰の剣が何度も石畳に擦れ、音を鳴らす。

その間にもプライドは、ティアラに抱き締められていた時と同じように、音もなく胸の前にあった両手を静かに滑らせ














二人を、抱き締め返した。














背中から首に触れ、引き寄せるように回された細い腕の感覚と重みに、二人は息を止めて身体を強張らせた。

見開き、それが夢ではないことを腕の中で確かめる。

プライドがまたティアラからナイフを奪った時のように、ステイルやアーサーから試みようとしたのではないかと案じた騎士達は静かに息を吐く。

プライドの手は、二人の剣に伸びず真っ直ぐと彼ら自身へと伸ばされていた。腕が背中を抱き、手が首に触れ、指先が黒髪と銀髪にそれぞれ触れた。


「ごめっ……さい……っ。」

再び、さっきよりも枯れた声だった。

また、同じ言葉を苦しそうに繰り返す彼女が今度こそその続きを二人に唱えた。




「〝また〟助けて下さいっ……。……っ、…………弱くて、……ごめんなさい……っ。」




その、言葉に。

ステイルも、アーサーも、全身の皮膚が粟立った。

止まっていた血が全身を駆け巡り、脈打つ。視界が開けた感覚と共に目に光が宿る。返事を返す前に歯を砕けるほど食い縛り、震え出す身体を彼女ごと腕で押さえた。

プライドが生きる事を選んでくれたと、そう確信を得られたことに内側からの歓喜が抑えられない。〝弱くて良い〟とその言葉すら、出しそびれるほどにステイルとアーサーは迅る気持ちを零し、嘘偽りの無い答えを返した。


「はい……‼︎」

「約束します……‼︎」


その二人の言葉に一際大きくプライドは声を上げ、泣き出した。

もうプライドには大事な人が増え過ぎた。

知ってしまった、見てしまった。己が死へ逃げたところで誰も救えない。ただ皆を苦しめるだけであることを。

いくら自身の存在が怖く、恐ろしく、この先再び間違うことも、また誰かを傷付けてしまうことになろうとも、本当に大事な彼らをこれ以上悲しませることなく本当の意味で護り続ける為に自分ができることなど、……たった一つしかないのだと思い知る。


犯した過去が重くても、知った未来が怖くても、知らぬ未来が不安でも、生きて、立ち向かい、勝ち抜くしか道はない。


たとえ甘えでも、情け無くても無様でも、その為ならば、護るべき人にすら縋りたいとそう思った。

彼らを護る為、悲しませない為、そして自分を失わせない為には、自分からその手を掴むしかないのだから。

十年ぶりに大声で泣いたその日、一番の大きな泣き声だった。もう言葉が形成できないほどに喉を鳴らし、まるで慟哭だった。

顔を真っ赤にし、涙腺がいくつも跡を残し、腫れきった瞼ごと顔をぐしゃぐしゃにして泣く姿は王女からは程遠いほどに見窄らしい。だが、そこに居たのは間違いなく多くの民に愛され、数え切れないほどの従者や臣下に慕われ、家族に求められたフリージア王国の第一王女だった。


「っ……ラ、イド……!」

プライドを、今度こそ心も間違いなく取り戻せたのだと。もう自分の手から消えてしまうことは無いという安堵がステイルを満たす。

少女のように泣き噦り続けるプライドの温もりに、また視界が滲んだ。静かに流れる涙と、眩し過ぎる月明りに目が眩む。

良かった、と。このまま自分の方が意識を手放してしまいそうなほどに力が抜けてきたその時。


プライドと一緒に抱き締めていた、アーサーの肩が激しく震え出した。


同時に、自分とプライドを抱き締める力まで食い込むほどに強まった。

ステイルはプライドの肩越しに顔を向けてアーサーを覗く。プライドの顔を挟み、すぐ隣にあるアーサーの顔は自分と同じように月明りに照らされていた。




「っっっ……届いたッッ……‼︎‼︎」




歯を食い縛り、震える喉で吐き出すように声を上げたアーサーは、強く瞑った目からボロボロと涙を零していた。

顎を震わせ、熱い瞼で咽ぶように泣く彼の顔は赤かった。涙が初めて彼の頬を伝い、喉をヒリつかせ、口の中にまで伝って入る。プライドの肩の衣服にポツリポツリと新しい滲みを作った。肩を震わしながら涙の量が多過ぎて瞬きを繰り返した彼は、鼻も啜り出す。

プライドに言葉がやっと届いた。そして、正真正銘に彼女を取り戻せた今だからこそ、彼は言う。


「ッッ迎えっ……来ました……‼︎‼︎……ッ見つけンの遅く、なって……すみませんでしたっ……!やっと、やっと……やっと‼︎‼︎」

全身で咆哮する彼に、プライドはもう言葉が出ない。

そして彼もプライドからの返答はもう不要なように今まで堰き止め続けた感情と、何よりも彼女に伝えたかった言葉を吐露し続ける。

声が荒がり、詰まらせながらも大きくなっていくその声は、彼が背負いこんでいたものの大きさを物語った。

今までプライドの豹変にも、どんな扱いや言葉にも耐え切った。右腕を失った時でさえ涙の一つも見せなかった彼が嘘のようにボロボロと泣く姿はステイルだけではなく、騎士達にも衝撃だった。……だが、アーサーにとっては当然だった。

騎士であるアーサーにとっては、たった今やっと本当の意味で全てを完遂できたのだから。




「やっと、…ッ貴方の元に、帰ってこれた……‼︎」




叫び、抱き締めた手が耐え切れずに拳を作った。

アーサーのその言葉の真意は、ステイルにもわからない。ただプライドの騎士である彼がたった今、全てを完遂したのだと静かに理解する。

語っても尚、涙を零し続けるアーサーは今まで耐え続けた分も溢れているかのようだった。

泣き、泣き続け、喉を鳴らし鼻を垂らしそうになるアーサーに、ステイルは赤くなった目で見栄を張るように笑いかける。ガラガラに上擦った声で、彼へと言葉を投げかける。


「っ……っ、……泣い、たな……。……お前も。」

一度涙腺が緩んでしまった自分と違い、ずっと耐え続けていたアーサーが泣いた姿に、わざと意地の悪い笑みを向けてみせる。

ステイルの声で初めて顔を向けたアーサーは、また鼻を啜った。自分と同じように喉をヒクつかせ、涙が未だに止まっていないステイルに青い目を真っ赤にして睨みつける。


「っせぇ……。……テ、メェも、泣……てンだろォが。」

ズズッ……と鼻を鳴らし、目を擦る代わりにステイルの背中まで伸びた手で彼を叩く。ドン、と軽い振動が背中から伝わり、一度目を閉じたステイルは静かに笑った。


「良いんだ。…………もう、五年経ってる。」

気付いてなかっただろう?と目だけで尋ねるステイルに、アーサーの目が丸くなる。

もう約束したあの日から五年が過ぎていたことに今気付く。もう、そんなに経ったのかと思いながらも、涙腺が壊れたかのようにアーサーの目から涙が溢れ続けたままだった。すると



「……、…………ッれた……。」



ぽつりと、今度はステイルが言葉を零す。

さっきまでの落ち着き払った、余裕を演じた声とは違う。込み上げるような掠れ声だった。

聞き取れず目を向けるアーサーに、ステイルは口だけを無理に笑わせながら顔を向けた。ぐしゃり、と今のプライドと似たような泣き顔を見せた彼は耐え切れないように唇を震わせ、動かした。涙を目いっぱいに浮かべ、泣いてるような、笑っているようなその顔で。




「ッ…………本当にッ……ちゃんと、まもれたっ…。」




崩れかけるステイルの言葉に、アーサーは五年前を思い出す。


『強くなンだろ。俺と、お前で』

『…そうだな』


早く大人になりたい、強くなりたい、もう二度と情け無い姿を晒さずにすむように。

その為に二人で交わした約束だった。ただ、それをしようと思った一番最初のきっかけは



『ッ…姉君を…守れなかったかもしれない…‼︎』



プライドを、守れないという不安に駆られたステイルの言葉が始まりだった。

まだ十二歳だった彼がプライドを全てから守りたいと泣きながら強く望んだ。彼女の身を守り、清廉な心を護る為、大人にすら負けたくないと思うほど。

そして五年前のように勝てない、敵わなかった、守れなかったと嘆く彼はもういない。



あの時、確かに守りたかった人をその腕に抱き締め、間違いなく取り戻した自分がそこに居た。



それを自分で理解した瞬間、ステイルは再び泣き出した。

顔を赤らめ、ずっと守り通したかったプライドとそして共に彼女を取り戻してくれた相棒を抱き締め、泣き噦る。

歯を食い縛り、肩で大きく息をしながら声を殺して堪えるように泣くその横顔は間違いなく十七歳の青年のものだった。


「……そォだな。」


泣くステイルの横顔と、未だに言葉にならずすすり泣くプライドの声に、アーサーは静かに笑う。

頬を伝い、顎から滴り続ける涙が信じられないくらいに温かい。

彼は腕の力を優しく緩め、プライドと相棒を改めて抱き締めた。その途端二人からも応えるように強く抱き締め返され、三人で密着するようにして一つに固まった。



「…………………………護れた。」



三人分の涙が月明りに反射し、星屑のように瞬いた。


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― 新着の感想 ―
いやティペットはおろかアダムも捕らえられてないのに全員でそんなにゆるんでてええん?
良かった、ここまで読み進めてやっと救われた気分です。
泣きました。正気を取り戻したプライドがどれほど辛くて苦しくて情けなくて申し訳なくて、死にたくなるか想像に難くないからこそ、その苦しみを今まで与えてきた愛の分優しく溶かしてくれるのが、あまりにも救いで、…
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