570.ラスボス女王は、 される。
「……っ、……っっ……なん、……で…⁈」
頭に流し込まれた映像が終わり、思わず私は声を上げた。
……こんなの、違う。
ティアラが泣いて、ステイルが泣いて、アーサーが泣いて、セドリックが泣いて、騎士達が泣いて、母上達まで悲しんでいたあの映像は何⁇意味がわからない。
時間でいえば一瞬だった筈なのに、まるで白昼夢を見ていたかのように長く感じられた。いっそ、全部私の頭がおかしくなって見た幻じゃないかと本気で思う。……だけど、そう思うにはあまりに生々しくて。
本当にまるでいまこの場で起こったことのような錯覚に、気持ちが悪くなって吐き気がする。せっかく私が死ねていたのにティアラが見せた未来は全然っ……、……。
「……………………。」
あまりの衝撃に、涙も止まる。
目元に溜まった分だけが視界を塞ぐ中、指一本動かせない私は頭に注がれた映像を何度も何度も思い起こす。
ティアラに抱き締められたまま、今までとは違う理由で身体が動かない。すると呼応するようにティアラが私を抱き締める腕を緩め、離した。
すとん、と私の前に向かい合ったまま座り込むティアラを、動けないままただただ見返す。
ティアラはそっと私へ手を伸ばして、今度こそその指で私の涙を拭った。顔を逸らすこともできずに放心する私の視界が、拭われた分だけ鮮明になる。
驚いているのは私だけじゃ……ない。
ティアラの背後にいるセドリックも、息苦しそうに喉を押さえたまま顔を酷く硬ばらせていた。その向こうにいるステイルも目を酷く見開いたまま、自分の顔を眼鏡ごと鷲掴むように押さえて固まっている。
奥に控えた騎士達も、皆口や顔を押さえ、顔を驚きで強張らせている。気分が悪そうに顔を青くしたり涙を零していることに自分で驚いている騎士までいる。
「お姉様。……これでも、本当に幸福な結末だと言えますか?」
違う。
これは、私の知るエンディングじゃない。
……ゲームでも、あった。ティアラが最終決戦の対峙で私に見せた、女王プライドの亡き未来。
プライドが死んだ後、ティアラが新たな女王となって戴冠式を済ませた直後の映像だった。民が湧き、女王となったティアラを讃え喜ぶ姿を目の当たりにしたゲームの私は、それを見てどのルートでも酷く取り乱していた。
ティアラに王位を奪われたこと、民に支持され、自分の死が喜ばれて、己が亡き未来を突きつけられた。何より、自分を遥かに上回るティアラの特殊能力まで目の当たりにされたのだから。
ティアラに見せられた未来は、……どうみても幸福な結末とは程遠い。
「信じられないのなら、もう一度やってみましょうか?……お姉様が、受け入れられるまで何度でも。」
きっとできると思います、とそう言って悲しげに金色の瞳を曇らすティアラにぞわりと背筋が冷たくなる。
涙どころか息まで止まり、口を結んだまま首を横に振ることしかできなくなる。胃までチリチリと痛くなって、服の下がじんわりと汗で湿っていく。
一度また覗いてしまったティアラの目から離せなくなって、瞬きするのも怖くなる。今すぐ目の前のこの子から逃げたいのに、身体全てがそれを拒絶する。この子を突き放すことが指先一本すら許されない。
怖い、怖い、怖い、怖い、この子が、……怖い。
この子の言葉を疑えない。全てを信じて、受け入れてしまう。
ティアラの言う通り今さっき見せた未来が私の死んだ先の未来ということは、……幸福な結末が叶わないのだと、思い知る。
叶わない、叶わない、叶わない叶わない叶わない叶わない叶わない叶わない叶わない叶わない‼︎‼︎じゃあ、じゃあ私はっ……
どう、すれば。
私の望みは、フリージア王国破滅とその前に殺されて断罪されること。
そうして〝幸福な結末〟を迎えさせることがずっと私の役目で、存在意義で、望みで、そうしなければいけなかった筈なのに。
いま、私は何も叶えてない。何も、叶わない。私の、私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私私私私のののののののののののの‼︎‼︎⁈
「ッッッッッッァアッ……ア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ‼︎‼︎」
叫ぶ。
痛みで目が覚めたみたいにやっと身体が動く。
頭を抱えて、爪が食い込むほど指を引っ掛けて掻き乱される脳を必死に押さえつける。目が限界まで開いて、自分の声で潰される耳にうっすらと「プライド様⁈」「プライド⁉︎」とたくさんの呼ぶ声が聞こえてくる。喉を限界まで張り上げ、壊れてしまう前みたいに叫ぶ事しかできなくなる。
─ ああ……また、だ。
頭が、割れる。
さっきと同じだ。もう、私の望みが叶わない。それを思い知った途端化学反応みたいに熱を発して内側から何かが爆発を起こそうとする。
いくら叫んでも全然楽にならない。馬鹿みたいに叫び続けて息を吸う事も出来なくて頭が燃えるように熱くって。
瞬きすることもできず、身体の奥から息を吐き出し過ぎて空っぽになる。なのに喉がまだ叫ぶ。痛みを訴え、どんどん無い空気が身体の奥から一方的に吐き出されていく。血の巡りが急激に遅くなって、頭が酸素不足でぐらぐらする。熱くて、息ができなくて、どんどん視界がぼやけてチカチカ光って暗くなる。頭の痛覚と息苦しさが酷く鮮明でもう嫌このまま死んでしまいたい。
大丈夫、もう、もう死ねる。そうだ、このまま死ねば、私は幸福な結末を、駄目だっ……もう私が、死んでも何も叶わな
「お姉様。」
ふわり、と。
…………突然、また柔らかなものに包まれた。
花に包まれたような香りと柔らかさに気付いた瞬間、急に喉が叫ぶのを止めた。はっ……はぁっ……は……と、吐き出すことしかできなかった身体が酸素を必死に吸い上げ、また吐き出しては全身に駆け巡らせる。
あんなに、割れるほど痛かった頭の熱が引いた。気持ち悪いほど急激に。
見開いたままだった目が、乾いた眼球を潤わせようとするように瞬きを繰り返す。視界が段々と開けて明るくなって、茫然と呼吸が整い始めた時、やっと自分がまたティアラに抱き締められていることを理解した。
さっきよりもずっとしっかり、細い腕で強く抱き締められる私はまた無抵抗に身体を強張らせる。痛みが引いた代わりに、また拒めずティアラに囚われる。
息が出来た安心感からか、苦しかった所為での生理的な涙か。いつのまにか頬を伝ったそれがティアラの肩を濡らした。……それでも、また何もできなくなった私はもう死体同然だった。
恐怖の対象から自力で逃げることも、一人でこの痛みや発作を抑えることもできない。こんなのがラスボスなんて、こんな、滑稽な最期が
「ずっと……っ。……一人で苦しんでいたのですよねっ……」
ざわっ……と、全身の血が騒いだ。
自分でもわからない、ただ肌が粟立って折角整った息が止まった。
優しく抱き締める腕が信じられないくらい強くて愛しくて。彼女の声をどうしても拒めない。また、勝手に私の中に浸透して、血流のように巡り出す。
まるで何かを洗い流してされているかのように身体の内側がざわざわと落ち着かない。危険を感じるように身体がまた震え出して、歯が僅かにカチカチと音を立てた。
「こんなに……追い詰めてしまって……。…気付いてあげられなくて……ごめんなさい……っ。」
どくんッ。
今度は大きく心臓が波打った。あまりの衝撃に「ひっ……!」と思わず悲鳴みたいな声が漏れた。
止まる前触れかと思うほど大きく鳴った後、心臓が今度はドクドクと激しく音を立てて収縮し始める。身体に血を回し、空気を送って巡らせ続ける。指先まで熱くなって、さっきまで感覚もないほど冷え切っていたのだと今わかる。
ティアラの言葉を嫌でも勝手に全身が受け入れる。言われた通りに頭がその言葉を鵜呑みにする。そうか、私は苦しんでいた、追い詰められていた、気付いて欲しかったのだとそう思う。でも……
何故⁇
「お姉様。…………お願いします。死にたいなんて、言わないでください。私は、……私達はお姉様のことをもっともっと知りたいですっ……この先も、ずっとお姉様と一緒に居たいんです……!」
ベリリっ、と。
まるで壁板が剥がされるような感覚が、私を襲う。
優しいティアラの言葉に反して、その感覚は恐怖を覚えるほどに暴力的で。まるで力任せに引っ張られ、剥がされ叩き割られているかのように何かが強制的に引き剥がされる。
ベリッ‼︎ベリベリベリッ‼︎と、内側から撤去される感覚に、気が付けば私はティアラの腕の中で背中を弓のようにしならせた。息が漏れ、怖くて涙が滲む。
……やめて、やめてやめてやめてやめてやめて‼︎‼︎
自分の生皮を剥がされる方がマシだと思うほどの恐怖に、震えが止まらない。
抱き締めるティアラを拒めず声も出ず、嫌悪感が虫のように這い出し湧き上がる。
強制的な何かに私が侵される。ぞわぞわと背中の怖気が止まらなくて息を詰まらせたまま歯を食い縛る。
「……お姉様。ただ、傍に居させてください。そして叶うならどうか、…………貴方の痛みを、私にも分けてください。」
抗えない。
ティアラの優しい言葉に吐き気がする。彼女の望み通りに委ねたいと衝動が暴れ出す。
剥がされた奥にあるものが、壁を無くして溢れ出す。今まで無くて良かった筈のものが、失っていて良かった筈のものが強襲する。いらない来るなと思ってももぞもぞ喉まで突っかかって掻き毟りたくて仕方ない。実際に喉を引っ掻こうとしたら、感覚がないみたいに垂れたままの手は動かなかった。
食い縛った歯を砕きそうなほど力を込めて、込めて、……気がつくと視界がまた滲んでいた。
涙だと、思った瞬間に喉がヒクついて今度はティアラの輪郭も掴めないくらいに溢れ出た。ぼたぼたと、すぐにそれは胸元まで濡らして私を冷やす。
その途端、気が付くと垂れたままだった筈の腕がゆっくりと動いた。自分でも何の為に動かしているのかわからない。喉を掻き毟りたくて、涙を押さえたくて拭いたくて、やっとゆっくり動いた私の両腕は、……ティアラの背中を抱き締め返していた。
まるで、彼女の言う通り痛みを分けようとしているみたいに。
ティアラの背中に回した手で、その服を掴んだ途端に今度は赤ん坊みたいな泣き声が言葉にはならず口から溢れ出た。怖くて、辛くて、痛くて逃げたくて。しわくちゃな顔で恐怖の対象に縋り付く。こんな私、気持ち悪い。
「……大丈夫です。絶対私達がお姉様を守りますから。…ずっと、ずっと私達を守ってきてくれたお姉様を。………今度は、私達が。……ずっと守りますっ。」
そう言って、ティアラが私の髪を何度も撫でる。
抱き締めて泣き続ける私を、彼女の方から少しだけ優しく突き放した。背中まで届いていた手がその分服の両端へと離れる。
相対するように私の顔の正面にティアラの顔がある。僅かでも彼女と距離が空いたことに凄くほっとして、……すごく不安になった。するとティアラに背中へ回していた手をそっと剥がされ、指を絡め、ゆっくりと繋がれた。気が付けば勝手に私の指も彼女の手を握り返していた。
えぐえぐとまだ涙も泣き声も止まらなくて、まるで幼児退行してしまったような私はもう抗う気力すらも削がれた。剥がされて、壊されて、何か溢れ出した場所とは別の所にぽっかり大きな空白がある。もう、何も私を動かそうとしてくれない。
涙と汗でぐちゃぐちゃに濡れた私の顔に、……額に、つるりとしたものが当てられた。
ティアラが額を合わせてきたのだと、すぐにわかった。えぐえぐと喉を鳴らし続ける私は身体がしゃくり上げで上下に揺れて、当てられたティアラの額と何度も擦れる。握り合う手に力が込められる。そして
ピチョンッ……
一粒分の水滴音が、信じられないくらい耳に大きく響いた。
私の、膝に落ちただろうその水滴が落ちて弾けた感触までもが鮮明で。自分の涙で濡れきって、何度も受け止めている筈のその感触が、……私ではない、ティアラのものだと何故かすぐ確信した。彼女が泣いているのだと、そう思った時。
「私も……お姉様のことが、大好きですっ……‼︎」
その、瞬間。
パキャン、と。
私の中で、完全に何かが砂塵となって消え晴れた。
目が、限界まで開かれる。
息を引き、震えが止まる。身体の力が抜けてティアラを握り返していた手も腕ごとパタリと落ちて石畳に垂れた。そのまま石像みたいに固まって指先まで攣ったように動かせなくなる。表情が一度死んで、唇を結んだままとうとう呼吸もピタリと止まった。
「……………………っっ⁈」
頭が、急に冷える。
私の様子に、目の前のティアラが目を丸くして涙で濡れた顔で私に呼び掛ける。お姉様……?と呼び掛けられた言葉が何故かすごく懐かしくて、…………何故か、もう全然怖くなかった。
反応できない、声も出ない、目の前の情報を取り込むのが精一杯で息も出来ずに頭を回す。
「お姉様……お姉様、お姉様っ⁈」
ティアラの顔が急激に青くなる。
反応のない私を、心配するように小さな手で何度も何度も私を揺らす。すると、まるで堰を切ったように「プライド様‼︎」「プライド⁈」と叫び声と駆ける音が聞こえてくる。動けない私に触れ、ティアラと一緒に揺らして呼び掛ける。
「プライドッ!どうしたのですプライド‼︎……ッ意識は……⁈」
「プライド様‼︎ッなぁティアラ!これ一体どうなってンだ……⁈」
……聞き慣れているその声が、何故だか叫び出したくなるほど懐かしい。
二人に、触れられた身体が温かい。茫然とする頭で、七番隊の騎士が駆け寄ってくるのが見える。プライド様、プライドと二人がティアラを挟んで私を呼ぶ中で、七番隊に任せようとそっとティアラと一緒に私から離れ
……る、のを。引き止める。
離れようとする、二人の裾を指先で掴んでしまう。
何故だか酷く求めてやっと動いたその指が、また酷く震え出す。
私に裾を掴まれた二人が動きを止める。裾と私を何度も交互に見比べ、目を丸くした。信じられないものを見るように瞼を無くした瞳を激しく揺らす。二人だけじゃない、ティアラが涙で濡れた目で何度も瞬きを繰り返し、駆け寄ってくれた騎士もその場に固まった。
声が、……出したいと思って上手くでなかった。代わりにまた涙が滲んできて驚愕一色の三人を前に、また視界がぼやけた。
言おうとした言葉が、遅れて頭で処理された。輪郭も捉えられない三人を、俯くこともできないまま茫然と見つめ続ける。
プライド、プライド様、お姉様と、様子を伺うような怖々とした声が再び私に掛けられる。顔に力が入らない。頭が処理する事実に頭も追い付ききらずに感情だけが込み上げる。それでも、どうしても掴んだ裾を離すことができなくて指先だけに力を込め続けると、……震える指が手ごと温かさで包まれた。
両方の手が、殆ど同時に何かに包まれる。滲んだ視界でよく見えないけれど、誰かの手が重なっているのだろうと思えば、……誰なのかは、確認しなくてもわかった。
私の手の震えと関係なく、重ねてくれた手はどちらも私より酷く震えていて。やっと、今度こそ私は言おうとしていた言葉を、掠れた声で絞り出す。
「…………ごめん……なさいっ……っ」
息を、飲む音がいくつも聞こえた。
言葉にした途端、涙が倍量になって溢れ出す。身体がまた自由が効いて二人の裾を摘んでいた指を離し、重ねられた手を抜いて自分の両手のひらへ茫然と視線を落とす。一度顔を逸らしたら、もう誰にも合わせる顔がないことだけを理解する。
お姉様っ!と上擦った叫び声の直後、ティアラが私の胸に飛び込んできた。両手を胸の前に引いたまま、再び私はティアラに抱き締められる。この世界のたった一筋の光が、他でもないこの私を抱き締める。それでも一度俯けた顔を上げられなくて、茫然と涙だけを落とし続けた。
─〝攻略〟
不思議とその言葉が浮かんだけれど、今はそれ以上先を考えることはできなかった。
途中で思考がプツリと途切れ、自身の胸を押さえつけた両手を強く握る。そして、…………思い知る。
拭きれない、大罪を。
440-3.517-幕.517-2.550.
459.463.458-1.467.477




