567.ラスボス女王は置いていく。
『いっ……あ、あ、ああァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼︎‼︎‼︎』
……頭が、割れそうになった。
私の役目が、どちらも叶わない。
私の目的が、どちらも届かない。
セドリックも殺してくれないなら完全な手詰まりだと。
そう思った瞬間、頭が沸騰して息もできなくて叫び出さずにはいられなかった。唇が枯れたみたいに乾いて目の奥がチカチカ火花みたいに熱く弾けた。身体中が痛くて痛くて、……このまま憤死も極悪女王に相応しい死に方かなと少し思った。けれど
『ッ‼︎皇太子が‼︎‼︎』
その言葉で、やっと光が射す。
消えたアダム、理由は明白。そして開かれた隠し扉。彼の秘密道具が戻ってきたのなら手段はまだ一つ残ってる。
アダム達を止めようとする騎士達を撃ち抜いた。温度感知の特殊能力者さえ止めれば勝機はある。
早く、早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く‼︎‼︎‼︎
彼らを、塔の中に。それさえすれば手段はまだ一つ残ってる。たった一つ、たった一つだけ幸福な結末に辿り着く‼︎
彼らが無事に扉を閉じた途端、最高の充足感が私を満たす。やった、今度こそ叶うのだと。
「アッハハハハハハハハハハハ‼︎ハハハハハハハハハ……アハハハ‼︎アハハハハハハハハハハハ‼︎‼︎」
やっぱり、この世界はゲーム通り進むようにできている‼︎
その確信が嬉しくて楽しくて仕方ない。ステイルもアーサーもレオンも、ティアラに選ばれたセドリックすらも駄目だった。
私を殺せないどころか、殺そうとさえしてくれなかった。だから本当に駄目だった時の為に考えた最後の最後の希望。そのルートへ流れようと、ちゃんと運命が流れてくれた。
そうよ、別に誰に殺されても良いじゃない!
私が死ねば皆が皆幸せになるのだから。
騒ぎの元凶が消えて、アダムも消えて、ティアラが次期女王になる。全てが終わる、このゲームの中で私の役目も全てが完遂する……‼︎私が、私、が死ねば
『下階の方は?全て使用不可なんて言わないでちょうだいね?』
……本当に、ちゃんと準備しておいて良かった。
最初に塔に避難した後、将軍に確認した時の言葉を思い出す。
もし、万が一にも誰も私を殺せなかったら。
誰も幸福な結末へ進むことができず、全員がバッドエンドを迎えてしまうくらいなら。
『良くって?もし万が一私が捕まりそうになったら手筈通りにね』
私の手で、このゲームを終わらせよう。
隠しキャラのジルルート。
彼自身ではなく、今まで攻略したキャラクター全員が力を合わせてプライドを倒す最終決戦。そこで彼は、私の足場もろとも城の塔を攻略対象者達に破壊させた。
そしてアーサールートでは、塔の外側に仕掛けていた爆弾を私が狙撃することで塔を爆破した。……つまり、それだけこの塔は簡単に崩落するということだ。
だからアダム達に命じた。
私が捕まりそうになったらこの塔を爆破しなさいと。その為に下階にある武器庫の爆弾と火薬もちゃんと確認させておいた。
ローブちゃんが、そしてアダムが塔の中に入ったなら間違いない!私諸共ちゃんと破壊してくれる。そして
「これで、やっと終わるもの。」
ドカン、と。弾けた音に耳を覆う暇もなく、地震のように足元が波立った直後、崩落する。
下からの爆風に吹き上げられながら、足場も失い宙に浮く。
崩れ出す石畳みの大穴に吸い込まれる直前、月を見上げた。石橋の向こうからティアラの悲鳴と騎士達の叫びが聞こえた。まぁ特殊能力を持っている騎士とその周囲は助かるだろう。
……まぁ、爆破前に飛び降りていたら私も助かったけれど。
ジルルートのバッドエンドでは、ジルが私の注意を引くことに失敗し、私は爆破より先に塔から飛び降りた。
ジルを助ける為に不意打ちを狙った結果、逆に人質に取られたティアラを殺してから。「また……私は、間違えてしまった……‼︎」と嘆くジルと対称的に高笑いを私は上げ続けていた。
そして今回私は先に飛び降りていない。塔に瓦礫ごと飲まれれば流石に助からないし、あとは死ぬだけだ。バラバラと散らばっていく爆心地へ目をやりながら、三年前に崖から落ちたヴァルもこんな感じだったのかなと何となく考え
「ップライド様‼︎‼︎」
……ああ、邪魔なのが。
瓦礫音や風圧の音と一緒に聞き慣れた声が叫ばれ、耳から脳へと届く。隣に目を、そして顔ごと向ければ予想通りの人物がそこに居た。
「……手を離してちょうだい、アーサー。」
離すわけねぇでしょう‼︎と怒鳴るようにアーサーが私に声を荒げる。
爆破の衝撃で吹き飛ばされても尚、彼は掴んでいた私の左手を銃ごとずっと離さなかった。そして落下している今もこうして私の手を握り続けている。
頭から落ちる私に引っ張られ、彼も地上へ身体全体が斜めを向いている。アーサーならこの瓦礫の中でもゲームみたいに助かるかもしれない。……一人で、なら。
もう最終決戦は終わった。ティアラがセドリックルートを選んだ時点で彼の役目は無い。なのに、落下中にも関わらず片手で必死に私を手繰り寄せてくる。
「ッだアッ‼︎‼︎」
次の瞬間、アーサーが左で握った剣を塔の表面へ力尽くで突き立てた。
ガララララララッ‼︎と塔を裂くように剣が壁を削り、落下する速度を減速させる。……これ以上高度が下がってからの落下じゃ確実に死ねるかわからないのに。「掴まって下さい‼︎」なんて言われても掴まるわけがない。私は落下することが目的なのだから。
握られた腕を振り払おうとして振ってもアーサーは離さない。
仕方なく私は右手の剣を握り直す。その途端、気が付いたアーサーが慌てた様子で目を剥いた。彼の顔が今更血色を失っていくのが楽しくて少しだけ胸が浮き立った。
「なッ、にするつもりっすか⁈」
「離してくれないなら切り離すしかないじゃない?」
言葉を返せば、彼の目が更に見開かれた。
なっ…‼︎と零しながら、それでも私から手を離さない。どうせ脅し程度で怖気付く人じゃないとはわかっていたけれど。握られた左の銃で撃ち抜こうかとも思ったけれどしっかり私が引き金を引けないように掴まれたままだ。ならもう、後は剣しかない。
私に応じようにもアーサーの剣は壁に突き立てられたまま。減速させる為にも彼は壁から手を離せない。「ンなことしてる場合じゃっ……」と零しながらも落下速度を落とす剣と私とを交互に何度も見比べる。
私を手離せば一人分の体重でアーサーは塔の壁面に剣ごと引っ掻かれるかもしれない。そして私を止めるには、減速させてくれる剣を壁から引き抜いて応戦するしかない。……選ぶまでもないじゃない。
両腕を空中で封じられたアーサーに今なら勝てるかしらと思い、もうその必要もないのだと思い直す。焦りの色が濃くなる彼の蒼い瞳を見上げながら、私は迷わず剣を振り上げる。
「大丈夫よ。」
そう、彼に告げながら。
私の言葉に一度だけ瞬きを思い出したアーサーが口を結ぶ。緊張を張り詰めながらも、真っ直ぐに見つめ返してくるアーサーへ笑い掛ける。もうこれで終わるのだと思うとほっとして、気がつくと口端がそんなに上がらない。でも多分、笑顔だろうと思いながら私は最期の言葉を彼に伝える。
「アーサーは騎士だもの、腕を奪ったりはしないわ。……助かると良いわね。」
貴方だけでも、と。
そう続けたら自分で思ったよりずっと柔らかい声になった。
私の言葉にアーサーの掴む手がピクリと大きく震える。やはり自分の腕を斬られると思っていたのか、それとも今その可能性に気付いたのか。
まぁどちらでも良いと思いながら私は剣を振り上げる。狙うのはアーサーではなく私の手。どうせ死ぬのだから今更腕の一本や二本どうでも良い。利き腕ではない今のアーサーなら応戦されても私の方が速い。そう思いながら狙いを定めるべく視線をアーサーから掴まれた腕へと向けると
……手を、放された。
パッ、と指先から力を抜くように。
斬る前に手放されたことが意外で顔を上げれば、私から手を離したアーサーは一人分の体重になったお陰で更に降下が減速し、壁に引っかかり止まった。ぶらりと壁に刺さった剣にぶら下がった彼を見上げながら、正しいい判断だわと笑ってみせ
「……ッざけねぇで下さいよ……‼︎」
剣を抜き、壁を蹴る。
勢いをつけ、落下する私へ飛び込むようにアーサーが落ちてくる。一瞬で距離を詰められ、うっすらと投げられたのは震えるような声だった。
歯を食い縛るような音まで耳を掠る。彼を見上げながら、そういえば他の騎士は落ちてこないと考える。
「貴方は俺の〝英雄〟だ……‼︎騎士を目指せたのも最悪から立ち上がれたのも全部‼︎全部が全部貴方だ‼︎‼︎貴方がいたから強くなれた貴方がいたから生きられたッッ‼︎」
早口でまくし立てるように叫ぶ彼から、青い熱が迸る。
刺すように向けられた蒼い瞳から目が離せない。怒っているような鋭い眼差しはそれ以上の決意に満ちていた。笑うのも忘れて息を止めれば、彼は空中でくるりとその体勢を変える。
「俺達が剣を磨き続けた理由も‼︎ッ強くなった理由も全部‼︎‼︎」
自由落下で塔の壁面からもじわじわと離れてしまう。もう、彼の剣でもここからじゃ引っかかれない。
落下しているにも関わらず、彼は目下の私に狙いを定めた。青白い眼光を放ったと思った瞬間、落下よりも遥かに速い速度で向かってくるアーサーが私へ剣を振り上げる。
ゲームのアーサールートに酷似したそれに、まさかここで彼が手柄を立てるのかと思った瞬間。
「貴方を護る為ですッッ‼︎‼︎」
バキンッ、と。
私の剣が根本から斬り落とされた。
折れた、というには綺麗すぎる切り口に唖然としてそれを眺めてしまう。酷く世界がゆっくりに見えて、風圧に揺らされる自分の髪が一本一本波立つのまで捉えてしまう。
……振り下ろした後の、アーサーの顔がちらりと見えた。
辛そうに歪んでる。険しい表情のまま、歯を食い縛る俯き気味の顔を下から覗く。何故だろう、私に勝ったのにと疑問が呑気に浮かべばアーサーは握っていた剣をもう不要とばかりに腰へと差し納めた。そして私へ向けたアーサーの顔が、酷く泣きそうで。
なんでそんな顔するの、と疑問がぽっかり浮かぶ。
思わず目を見張れば、彼は空いたその両腕を今度こそ私へ伸ばす。掴んだ指先から手繰るように手を、そして腕を引き寄せ、最後はその両腕がしっかりと私の身体を抱き締めた。ガシンッと勢い良く掴まれ、一瞬だけ息が詰まる。
私と一緒に頭から落ち出す彼は、私の頭を押さえ込むように自分の肩へと押し付けた。全身で私を包むように抱き締めるアーサーは、……ずっと無言だ。
ただ、私を抱き締める彼の腕だけが震える程に力が入る。こんなことをすれば、私どころか彼も死んでしまうのに。アーサー一人なら、この落下でも無事に着地することができる筈なのに。
モブどころかラスボスの私が庇われるのも妙な話だと思い、彼の背中を掴み返す気にもなれない。見上げるように顔を落下先へ向ければ地面が大分近い。攻略対象者を道連れに死ぬのもラスボスらしい死に方だ。柄だけになった剣と銃を力なく握ったまま、私は静かに目を瞑る。やっと終わると、そう思った瞬間。
「……ッ届けら……くて、すみませんっ……。」
顔も見えない彼の泣きそうな声がすごく、すごく不思議で。
風圧と、先に落ちた瓦礫の音で途切れ途切れにしか聞こえない。何故か辛そうなその声も、さっきの泣きそうな顔も今は全然愉しくも気持ち良くもなくって。
私の頭を抱え込むように抱き抱えるアーサーの匂いが、風圧の中でも鼻をかすめた。至近距離からアーサーの優しい心音が聞こえてきて、こんな風に彼に抱き締めてもらったのはいつ振りだろうと思ったら
絹糸のような細い懐かしさが、込み上げた。
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