追い詰め、
「ッおい‼︎早く特殊能力を解け……‼︎今度こそ殺されたいか……⁈」
ガッ、と。プライドと戦うアーサーの背後では騎士達に止血と治療を受けたステイルが、再びアダムに掴みかかっていた。
アダムとそれを掴み上げるステイルを挟むようにして騎士も剣を構え、睨みを利かせる。その背後にはプライドが出てきた隠し扉もあったが、閉ざされた今は石畳みと同化して外側から開けられない。
先程とは異なり、それなりに平静を取り戻したとはいえそれでもアダムに対しての手加減は一切無い。むしろ、安心して彼に触れられるようになったことがわかった為、首こそ絞めないまでも掴みかかった時に一発顔面へ拳を入れた後だった。
ステイルに殴られた頬を赤く腫らしながらもアダムは笑う。軽薄で不愉快な笑みを敢えて作りながら、必死なステイルを嘲笑う。
「い〜やぁ〜だぁね!んなことしたら台無しじゃん!折角できた最高の女を手放すと思うか⁇」
「解かないなら拷問してでも吐かせる。……お前如きが耐えきれないほどの苦痛も与えてやる。」
へぇ〜〜⁇とアダムの笑みは崩れない。
結局は自分を殺せないステイルを今のうちにと嘲笑う。だが、今度はステイルも首は絞めずに口の中を噛み切るだけで耐え切った。先ほども結局は煽られたままアダムに罠に嵌められただけだった。今も自分が感情的になったところでアダムに良いように踊らされるだけだと理解する。
いっそ今すぐ将軍の時と同じように副団長のクラークに依頼をしようかとも考えた。クラークは最上層部の警護中。ならアダムを取り敢えずは連行してしまえば良い。アーサーがプライドを止めた今、なにもここで解決する必要もなくなった。
ラジヤ帝国から侵攻についても本陣から連絡はない。あとはアダムを捕らえ、拷問をしてでもプライドにかけた特殊能力を解かせればそれで全てが丸く収まるのだから。
「もうお前達の陰謀も潰えた。足掻いたところで我が国は手に入らない。……全て終わりだ。」
「じゃあここで死んじゃおっかなぁあ〜⁇」
べ、と。アダムは軽い様子で舌を出して見せた。
このまま噛み切って死んでやる、という意思表示にぞわりとステイルの背筋が冷たくなる。制止の言葉より先にアダムの顎を頬ごと掴み、止める。顎関節を抑えて噛むのを止めたが、代わりに涎がまたステイルの手首まで垂れた。
「ッ……どちらにせよ、お前が姉君と関わることは二度とない。だが、もし姉君の特殊能力を解けば俺自らお前の生存を取引として母上に願い出てやる。……それでも、お前が姉君を解放しない理由はあるか……?」
ステイルからすれば最大の譲歩だった。
今こうして触れるどころか、同じ空気を吸ってるだけで不快なアダムを、彼自身がローザに生かして欲しいと頼むのだから。
他国の皇太子というだけではない。元奴隷被害者という点からも、アダムの罪の裁判は難しい。本心ならばこの場でローザやジルベールの判断も待たずに処刑したいアダムを生かす。
ステイルにとっても本意ではない。だが、プライドを救えるならと断腸の思いでそれを提示した。しかしアダムの答えは
「断るに決まってんじゃん‼︎‼︎」
あまりの即答にステイルは目を見開いた。
己が死をドブに捨てた男とは思えない生き生きとした目が不気味に光る。絶対的不利、むしろ既に敗者の位置にいるというのにアダムはまだ笑う。その姿にステイルは怒りよりも驚きと戸惑いの方が大きくなった。つまり彼は命よりもプライドを解放しないことを選んだということなのだから。
自分の命も、当然他者の命すら顧みないような男にどうすればプライドの特殊能力を解かせることができるのか。特殊能力の契約書も本人の意思がこもったサインでないと効力は発揮しない。命を天秤にかけられても揺るがない男が、サインを書くわけがない。
そこで、ステイルの思考が一度止まった。
〝不可能だ〟と。その結論に届いてしまう前に。
「言ぃィ〜〜っとくけどなぁあ⁈これ以上プライドに指一本でも出したら〝俺様が〟舌噛んで死んでやるからぁなあ⁈‼︎わかったら剣を引けこの死に損ない塵屑騎士が‼︎‼︎」
それを言われた瞬間。しまったと思った。
敢えてアーサーにも聞こえるように放たれた大声は当然二人に届いた。
その途端、ステイルが振り返ればプライドの冷たい眼差しがゆっくりとアーサーへと向けられ、丸くなった。背中しか見えないアーサーがどんな顔をしているのかはステイルにも想像がついた。アダムの罵声に石橋の向こうにいる騎士達からも一部殺気が跳ね上がるのを肌で感じ取る。そして、ステイルが口の中を飲み込むよりも先に
プライドが、笑った。
ニタァァアア……と、突然引き攣るような笑みを浮かべ出し、髪を揺らすように首を傾げてアーサーを覗き込む。
それにアーサーは僅かに背をそらしたが、一歩も足を退げはしなかった。代わりに剣を構え直し、攻撃から守りの体勢に変える。その背後姿だけで、ステイルは一気にアーサーが窮地に立たされたことを理解した。
歪んだ笑みを浮かべるプライドが、アーサーを下から舐めるように覗く。そしてべったりとした声を彼に投げ掛けた。
「ねえ?アーサー。聞いた⁇私に触れたらアダムが死んじゃうみたい。」
アッハハ!と余裕の笑い声まで上げだした。
アーサーから返事はない。だが、アーサーもまたアダムに死なれた場合の危機は理解していた。プライドを確実に元に戻す為にはアダムの存在が必要不可欠だ。アダムに死なれたら一生プライドを取り戻せなくなるかもしれないのだから。
プライド自身は、アダムが遠回しに彼女自身を人質にしていることには気づいていない。だが、アーサーが明らかにアダムの言葉で剣に迷いを生じさせたことは理解した。理由などどうでも良い。ただ、アダムに死なれたら困る今、彼こそが間違いなく有効な人質だと。とにかくこれで、アーサーに勝てずとも自分は彼にも誰にも捕らえられずに済むと。
試しに剣を横に振って斬りつけてみれば、易々とアーサーに防がれた。だが、そこから反撃には来ない。今度は銃を放てば、やはり叩き落とされた。だが、懐に飛び込んでくることもない。
完全にアーサーは力尽くで自分を捕らえられなくなったのだとプライドは確信した。
追い立てられるアーサーの状況にステイルが「訂正しろ……‼︎」と今度はアダムの頭を鷲掴んで叩きつけた。今の言葉がある限り、もうアーサーはプライドを捕らえられなくなる。
だが、口が自由になったアダムから放たれたのはステイルに向けての刃だった。
「気絶させるか?すれば⁇目が覚めたら死んでやるしプライドから引き離された時点で死んでやる。人間本気で死のうとすれば簡単に死ねるからな⁇拷問だっけ?じゃあ精々先に死なれないように気をつけろよ⁇なぁ、なあ⁈」
ゲラゲラとアダムが喉から笑い声を上げ、ステイルに自分から顔を近付けたところでとうとう騎士がアダムの口を背後から縛って塞いだ。
アダムに触れられるステイルが押さえている内にと、舌を噛まれないようにして縛ったが、それでもアダムの細目の奥はギラギラと光り続けていた。
目の前の気味の悪い男を本当なら殺してやりたいが、どうしても今だけは殺せない。歯を食い縛り、アダムを焦げた眼差しで睨み付けた、その時。
「ッお姉様っ‼︎‼︎」
「プライド‼︎‼︎」
バンッ‼︎と勢い良く開かれた扉から二つの声が重なった。
その声にステイルもアダムを押さえた手を放し、振り返りながら立ち上がる。息も止まり、心臓も一度動きを止めた。
まさか、とさっき塔の下で誰の声が聞こえたかと思い出す。視界に捉えるよりも先に〝ここまでどうやって〟という疑問が過ぎる。二人を保護し、本陣へ。それをどの騎士も把握している筈だというのに何故よりによって最も危険な場所に連れてきたのかと目を見張る。
扉を開いた二人は、叫んだ後には酷く息が荒かった。特にセドリックは金色の髪もグチャグチャに乱れ、服どころか顔にも土や汚れが付いている。汗の量も酷く、彼の上着が滴る汗を吸い込み、色を変えていた。顎まで伝い、滴る汗を手の甲で拭いながら燃える瞳が激しく揺れている。
ティアラ、どうして来たんだとステイルが石橋の向こうにいる彼女へ声を上げようとすると
「ッッ待っていたわぁ‼︎セドリック‼︎‼︎私を殺しに来たのでしょう⁈」
アッハハハハハ‼︎‼︎と、先にプライドの高らかな笑い声が響き出した。
何故セドリックを、と先ほどの疑問が再び生まれたステイルは、指先まで強張らせながらプライドとセドリックを見比べる。上機嫌のプライドに対し、セドリックの顔は険しい。扉の傍にいた騎士達がとうとう此処まで来られてしまったことで、連れ去るよりも二人をプライドから護ることを優先すべく二人に背を向け囲んだ。
ティアラが最初の呼び掛けで息を使い切ってしまったかのように両膝に手を置き、音になるほど切らした息を意識的に整えている。プライドどころか地面に頭ごとうな垂れるように俯けたまま動けない。そのティアラを騎士達に回収されないように片手で囲い、セドリックは燃える眼差しをプライドに向けた。
「何だと……⁈」
彼女に投げられた言葉に掠れた声で聞き返す。
ステイルもその言葉の真意を聞くべく口を結んで待った。プライドと正面から対峙しているアーサーだけが、安易に振り返ることはできず耳だけを背後にいるであろうセドリックとティアラに傾けて目の前のプライドから目を離さない。
セドリックの聞き返しにプライドは笑みを引き上げる。ぐわりと三日月のようになった口を露わにし、紫色の目を爛々と光らせる。アッハハ‼︎と込み上げる笑い声を上げ、言葉にする。
「その子の為に来たのでしょう⁈私を殺したいのでしょう⁈良いわよ!さっさと来なさいな。」
「ッ⁈あり得ない‼︎お前を手にかけるなど天地がひっくり返ろうともあるものか‼︎」
「………………へ……?」
─ ピシンッ。
その、言葉に。
突如として引き上げた笑みごと凍りついたプライドは、古びた蝋人形のように歪になった。
厄災が既に身を潜めていたことも、知らず。




