566.ラスボス女王は思考を巡らせ、
「ッ……。」
アーサーの言葉に、プライドは下手に動かず沈黙で応えた。
まさか自分の予知能力すら凌ぐとはプライドも思っていなかった。力の土俵にすら持ってこられなければとも思った。だが、こうして相対すれば目の前のアーサーには力以外でも勝てないのだと思い知らされる。
惑い、歯噛みしている間にもアーサーは近付いてくる。後退り、剣と銃を構えればまたアーサーによる追撃が始まった。
プライドの剣を弾き落とそうと振るい、意識を奪うべく拳も脚も振るう。その全てをプライドは剣でいなし、捌き、拳や脚が届く前に銃で反撃して防ぐことしかできなかった。
完全に、自分が後手に回っている。それを自覚しながら、プライドは考える。アーサーの身体能力は確実に自分を上回り、速い。更には剣も格闘も銃も敵わないなら残す勝機は頭脳だけ。
ラスボスとして優秀な知能を、前世を思い出してから唯一磨き続けてきた優秀な頭脳を働かせる。
アーサーの背後では必死にステイルがアダムに特殊能力を解けと詰め寄っていた。騎士から受け取った特殊能力を封じない通常の枷が今はアダムの両手に嵌められている。彼が解こうとすればすぐにでもプライドの特殊能力を解くことができるようにステイルが敢えてそちらを選んだ。その様子を視界の隅にだけ入れながらプライドは考える。
アーサーが生きていたならアダムは不要。最上層部の身柄の為にアダムを交渉材料にしても意味がない。
そして自分を盾にしようとしてもアーサーは必ずその隙を見逃さない。なら騎士かステイルを人質にするか。しかし標的を変えればその隙にアーサーに自分が捕まる。
「……満足かしら?アーサー。この私を越えられて。」
今度はプライドが時間を稼ぐ。
頭を必死に回しながら言葉で止める。焦りを悟られまいと口端を上げて笑いながら、銃弾を補充する。
だが、アーサーも完全には止まらない。ゆっくりプライドに歩み寄りながら構えも緊張感も解かない。隙を突かれることなどもう無いように細心の注意を払って距離を詰めていく。
「満足なわけないでしょう。俺はまだ、何も救えてねぇンですから。」
「あら?助けたじゃない。たった今、ステイルを」
「あんなの助けたうちに入りません。」
はっきりとプライドの言葉を斬り捨てる。
迷いない蒼い瞳が光り、プライドが視線で指そうとするステイルを庇うように位置を変える。
彼女の視線に、そして自分の視界にも彼女だけが入るように捉え続ける。
片手で軽々と重い剣を掲げ、反対の拳を強く握る。肩を背後に引き、胸を突き出し、一歩プライドに近付く度に引き上げた集中力はビリビリと剣の届く範囲まで入ったプライドの皮膚を痺れさせた。
掲げた剣を彼女に向け、剣先を急所から僅かに反らす。野生動物であればその場に佇むだけで追い返せそうな覇気に、プライドも僅かに気圧される。
背筋をぞくぞくと微弱に震わせながら、思考だけを巡らし続ける。アーサーの眼差しに囚われたように逸らせない。視界が深い蒼に次第に染まっていく。
「……まだ、まだ、全ッ然足りません。」
落ち着いた低い声でありながら、その言葉には熱が込められた。
怒りにも似た灼熱と、雪の中のように静まり冷えた感情が混ざり合い、プライドの足を縫い止める。アーサーの口から深呼吸でもしたかのような長い息が吐き出され、更に低めた声がプライドへと放たれる。
「貴方を止めて、貴方を取り戻して、貴方が笑えて。……それでやっと救われる。それでやっと満足できる。そうじゃないと意味がないンです。」
アーサーの覚悟が、願いが、真実が語られる。
誰一人、プライドの死を望まない中。負け惜しみでも何でもなく、その手でいつでもプライドを殺せる立場にいるアーサーの口から紡がれる。
「投降して下さい。ちゃんと、どんだけ時間掛かっても俺達が絶対貴方を〝そこ〟から引き戻します。貴方が死ぬ必要なんてありません。」
「!必要ならあるわぁ。その為に私はここまで来たのだから。」
届かない。目の前の事実にアーサーは眉を寄せて僅かにその顔を曇らせた。
だが、今の現状に悩まされているのはアーサーだけではない。アーサーの言葉を軽々と突っ撥ねたプライドもまた追い詰められていた。
勝てるわけがない、なのに殺してもくれない。
自分の組み立てた幸福な結末が音を立てて下から崩れ落ちていく。たった一つ残された手段も今の段階では不可能。
アーサーから自分が逃げられるわけがない。今、最も都合が良い展開はセドリックが辿り着くこと。彼が辿り着き、ティアラと彼女の国であるフリージア王国を脅かす自分を殺してくれる。そうすれば全てが纏まる、全てが上手くいく、幸福な結末が決まる。
だが、いくら目を向けても石橋の向こうからセドリックが現れる気配はない。まだ登っている途中なのか、一体何故アーサーのように直接跳んできてくれなかったのかと考えては口の中を噛み締めた。
アーサーの肩越しに覗けば、隣の塔からも多くの騎士がこちらの様子を伺っている。しかし、誰一人セドリックではない。全員が白い団服を着た……
「……!」
そこでプライドは気付き、口を強く閉ざした。
今はもうどうでも良い、それどころじゃないのだと一度合った目を逸らす。構えを解かないまま再び正面を向けばやはりアーサーと目が合った。
一寸の隙もなく詰め寄る彼に、プライドは必死に後退る。アーサーがこれ以上近付いてきたら、すぐ跳ねて彼の背後へ避けようと決める。なるべく時間を稼げるだけ稼ぐ、セドリックが来れば、彼ならばきっと自分を殺して
「断るに決まってんじゃん‼︎‼︎」
突然。さっきまでステイルに詰め寄られていた様子のアダムから嵐のような荒げた声が放たれた。
あまりの大声は対峙し合っているプライドとアーサーの耳にも嫌なほどはっきり届き、鼓膜へと殴り込んでくる。
「言ぃィ〜〜っとくけどなぁあ⁈これ以上プライドに指一本でも出したら〝俺様が〟舌噛んで死んでやるからぁあ⁈‼︎わかったら剣を引けこの死に損ない塵屑騎士が‼︎‼︎」
プライドの角度からは背中しか見えないステイルだが、アダムから唾が飛ぶほどの怒声を至近距離から浴びせられている。
最初こそ詰め寄っていたステイルに浴びせているようだったが、途中からはアーサーへ向けられていた。そのあまりの激しさにプライドも少しだけ眉を上げる。今更こんな状況になって何を騒いでいるのかと、蔑視に近い眼差しをアダムに投げる。
既にアーサーが目覚めた今、アダムが死んだところで問題はなくなった。アーサーならば最上層部の病もハナズオ連合王国のランスの時のように治せる。他の騎士はともかく、ステイルやアーサーがそれに気づいていないわけがない。むしろ何故まだステイルがアダムに詰め寄っているのが不思議なくらいだった。今更そんな脅しが効くわけもないと、プライドは微動だにしないアーサーへ視線を戻し、……見開いた。
初めて、アーサーの表情に惑いが生じていたことに。
39




